日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺乳頭癌の至適手術術式について
杉谷 巌
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2012 年 29 巻 2 号 p. 135-138

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抄録

日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会共同編集による『甲状腺腫瘍診療ガイドライン』では,甲状腺乳頭癌(PTC)に対する甲状腺切除術式について,「甲状腺全摘術が,甲状腺葉切除術に比べて,再発・生命予後を向上させるというエビデンスは弱いが,ハイリスクと評価したPTCに対して甲状腺全摘術を推奨する」と述べ,低危険度癌に対しては甲状腺温存切除を容認している。当科における経験では低危険度群の治療成績は甲状腺切除範囲にかかわらず良好であり,最近では患者のインフォームド・デシジョンを重視して治療方針を決定している。一方,高危険度群の治療成績は甲状腺全摘・放射性ヨード内用療法によっても劇的な改善は見込めそうになく,他臓器合併切除なども含めた局所根治手術に加え,新たな治療法の開発が期待される。PTCのリンパ節郭清については予防的側頸部郭清を行わない方針により良好な治療成績が得られている。

はじめに

甲状腺乳頭癌(PTC)に対し,欧米のガイドラインは無症候性の微小癌などごく一部の例外を除き,遍く甲状腺(準)全摘を推奨してきた。これに放射性ヨード(RAI:Ⅰ-131)内用によるアブレーション治療と甲状腺刺激ホルモン(TSH)抑制療法を加えることで再発率を低下させることができ,術後のサーベイランスも血清サイログロブリン(Tg)測定とRAIによる全身シンチグラフィ(WBS)によって容易に行える点がメリットとして強調される。一方,わが国においては従来,術前超音波検査(US)による評価に基づき,可及的に腺葉切除ないし亜全摘手術を採用する施設が多かった。生命予後良好なPTCの治療で,副甲状腺機能低下などの合併症を起こす確率を下げ,甲状腺機能もできるだけ維持することで,患者のQOLをよりよく保てると考えてきたのである。これら2通りの治療方針には彼我の医療環境の違い(ヨード摂取量,RAI治療施設の充足度,USにかかる費用など)が大きく影響している[]うえ,両者の優劣を決定づける科学的エビデンスは乏しい(すべて後向き症例集積研究)。これらの事実に配慮して,日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会編『甲状腺腫瘍診療ガイドライン』2010年版ではPTCに対する甲状腺切除術式について,「甲状腺(準)全摘術が,甲状腺葉(峡)切除術に比べて,再発・生命予後を向上させるというエビデンスは弱いが,委員会のコンセンサスとして,ハイリスクと評価したPTCに対して甲状腺(準)全摘術を推奨する」と述べている[]。言い換えれば,低危険度癌に対しては甲状腺温存切除を容認したことになる。

本稿では,当科においてわれわれが適当と考えてきたPTC治療方針とその結果について後向き,前向きに解析し検証した。なお,腫瘍最大径1cm以下の微小癌は除外,現在のWHO分類では低分化癌に該当する低分化型PTCは含めて検討した。

1. 後向き治療成績検討による独自の癌死危険度分類の考案

1976〜1998年の初取扱いPTC 604例について後向きに検討した[]。術前USに基づき対側腺葉上中部または対側頸部リンパ節への癌の広がりがある場合および遠隔転移(M)症例にのみ,甲状腺全摘が行われた。リンパ節郭清は全例に中心領域郭清が行われ,側頸部郭清は選択的治療的に施行された(後述)。RAI治療はM症例にのみ行われた。一方,局所進行症例には積極的に拡大手術が行われており,肉眼的非根治切除は1例のみであった。

平均11年(2〜25年)の経過観察にて,予後因子の多変数解析を行った結果,有意な生命予後不良因子として,Mと年齢50歳以上における高度の他臓器浸潤(術前反回神経麻痺および気管・食道粘膜面までの浸潤)および3cm以上の巨大リンパ節転移が挙げられた(表1)。これに基づき,以上の予後不良因子を有する症例を高危険度群,それ以外を低危険度群に分類する独自の癌死危険度分類を考案した。低危険度群498例の10年疾患特異的生存率(CSS)は99%であったのに対し,高危険度群106例のそれは69%と有意差を認めた(図1)。低危険度群のうち451例に甲状腺温存切除(腺葉切除ないし亜全摘)が行われており,再発は残存甲状腺に7例(1.6%),リンパ節に31例(7%),遠隔部に6例(1.3%)認めた。一方,(準)全摘が行われた47例では,残存甲状腺,遠隔部への再発はなかったが,リンパ節再発を5例(11%)に認めた。高危険度群のうち,Mを認めた32例の10年CSSは33%,Mを認めなかったが術後3年以内に再発を来した13例の10年CSSは48%と不良であったが,Mを認めず術後3年再発のなかった55例の10年CSSは96%と良好であった(図2)。

表1.

甲状腺乳頭癌の生命予後因子(癌研病院1976〜1998年初取扱い症例)

図 1 .

癌研式乳頭癌癌死危険度分類に基づく生存曲線

図 2 .

高危険度群乳頭癌の治療成績

以上より,低危険度群に対しては甲状腺温存切除で良好な生存率が得られること,高危険度群であっても局所制御に成功すれば長期予後が期待できることが示された。

2. 癌死危険度分類に基づく新しい治療方針とその結果〜前向きデータを求めて

上記の癌死危険度分類に基づいて,当科では2005年より新たな治療方針を採択した[]。すなわち低危険度群の患者には,片側性病変であれば腺葉切除を行い補助療法は行わない従来の方法と甲状腺全摘を行いRAIアブレーション・TSH抑制を行う方法について十分説明したうえで,インフォームド・デシジョンによって治療法を決定することとした。一方,高危険度群に対しては従来通り可及的局所根治切除を行ったうえで,甲状腺全摘と術後RAI治療を行うことを原則とした。

2005〜2009年の5年間における初取扱いPTCは476例で,うち380例(80%)は低危険度群に分類された。これらのうち,80例(21%)は両側性に病変があるなど全摘不可避の症例であった。残る300例について,インフォームド・デシジョンに基づき手術法を決定した。甲状腺温存切除を希望した患者が246名(82%),全摘・補助療法施行を希望した患者は6名(2%)であった。48名(16%)は担当医師に決定権を委ねた。これまで低危険度群患者の原病死は認めていないが,10例(3%)で再発を認めている。

一方,高危険度群は96例(20%)であった。このうち36例が術前検査でMありと判断された症例で,急速な進行や他癌合併のため治療のタイミングを逸した3例を除き,33例にRAI治療(Ⅰ-131 100 mCi以上)が行われた。うち6例は後の臨床経過からMの存在が否定された。残る27例中,M病巣にRAIが集積したのは7例(26%),うち画像上効果が見られた(CRまたはPR)のは2例(7%)に過ぎなかった。Mをともなわない高危険度群60例のうち,これまでにRAI治療(Ⅰ-131 100 mCi以上)を行いえたのは24例で,6例(25%)で癌病巣へと思われる集積を認めた(リンパ節3,肺2,骨1)。うち3例はRAI治療によってCRが得られた。一方,RAI異常集積を認めなかった症例は18例(75%)であった。その中でTSH刺激Tgも陰性であったのは8例で,Tg陽性例が10例あり,うち3例で臨床的再発を来した(リンパ節1,骨1,多臓器1)。高危険度群96例中,これまでにすでに4例(4%)が原病死した(表2)。

表2.

癌死危険度分類に基づく新しい治療方針による乳頭癌治療成績(がん研有明病院2005〜2009年取扱い症例)

観察期間は平均3年と短いが,われわれの癌死危険度分類は前向きに当てはめても,おおむね妥当に予後を予測できていた。一方,高危険度群におけるRAI治療の効果は限定的で,全摘・RAI治療導入による治療成績改善には過大な期待は抱けない印象であった。今後さらに症例数,観察期間を増して検討を継続する予定である。

3. PTCに対するリンパ節郭清〜術前US診断に基づく郭清方針についての前向き検討

当科では1993年以来,PTCに対しては術前US診断に基づいて,N0またはN1a(中心領域のみに転移)と判定された症例には中心領域郭清(D1)を行い,N1b(側頸部転移あり)と判定された症例に対してのみ保存的側頸部郭清(D2:片側またはD3:両側)を行う方針を採用してきた(選択的治療的側頸部郭清)。2001年までの初取扱い例361例に対し,D1を231例(64%),D2を106例(29%),D3を24例(7%)に行った[]。2〜14年,平均8年の経過観察にて,D1施行例のうち18例(8%)にリンパ節再発を認めた。全例郭清範囲外(側頸部)の再発であり,10年リンパ節無再発生存率(NDFS)は91%であった。一方,D2-3施行例では26例(20%)でリンパ節再発を来し,10年NDFSは76%で,郭清範囲内への再発も15例で認められた。多変数解析の結果,D1施行例におけるリンパ節再発危険因子として,腫瘍最大径4cm以上,Mありが有意であった(表3)。

表3.

中心領域のみの郭清施行例におけるリンパ節再発危険因子

予防的側頸部郭清を行わないわれわれの方針により90%以上の10年NDFSが得られることがわかった。側頸部リンパ節再発高危険群に対しては予防的に側頸部郭清を行うことで,リンパ節再発を低減させうる可能性があるが,これらの再発はすべて再手術でサルベージできており原病死を認めていないことから,今のところ方針変更には至っていない。

おわりに

PTCの場合,微小な腺内転移(多発)やリンパ節転移が存在する確率(〜80%)と再発率(通常10%以下),癌死率(低危険度群で1〜2%)との間に大きな乖離が認められる事実からわかるとおり,癌でありながら患者の生涯にわたり無害に経過し生命に影響しない病変が実在する。「再発なくして癌死なし」も真理ではあるが,癌死する危険のほとんどない低危険度癌に対しては,できるだけ後遺症の少ない手術を行い患者の負担となる補助療法は行わないのも正当な考え方であろう。最近改訂されたアメリカ甲状腺学会(American Thyroid Association)のガイドライン[]でも,RAIアブレーションの適応やTSH抑制の程度について,再発・癌死リスクに応じた適応の縮小・緩和が勧められており,欧米の治療方針が日本のそれに近づいてきている印象さえある。乳頭癌の頻度と予後を考慮すると,大規模なランダム化比較試験を行って,純粋に科学的に治療方針の優劣についてのエビデンスを得ることは現実的でない。実地臨床においては患者の自己決定権も尊重しつつ,個々の患者の利益を損なうことのない治療法を選択する必要があるだろう。

一方,日本では現在,RAI大量療法を施行しうる施設が絶対的に不足している。「できないからやらない」というのは,癌に悩む患者に対し大変不誠実な対応である。外来投与可能なRAI量の30 mCiへの増加(施設によりすでに可能)や遺伝子組換え型ヒトTSH(rhTSH)のアブレーションへの適応拡大(2012年5月頃認可の予定)も含め,必要な治療を十分に行うことができる医療環境の整備に努めなければならない。

とはいえ,本質的に高危険度な癌においては癌細胞のTSHレセプターやSodium-iodine symporter の発現は当然失われていくのであり,TSH抑制療法やRAI治療の効果に多くは期待できない。これらの治療に代わる分子標的薬剤などの開発,治験も徐々に始まっており,それに乗り遅れないための体制作りも喫緊の課題である。

【文 献】
 

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