日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
症例報告
肝細胞癌に併発した囊胞性褐色細胞腫の1例
黒川 貴則, 室田 千晶, 金井 基錫, 金子 行宏, 高橋 弘, 金原 市郎, 廣田 則彦, 市村 健, 本原 敏司
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2012 年 29 巻 2 号 p. 152-156

詳細
抄録

症例は56歳,女性。5年前に慢性B型肝炎を指摘されるも未治療であった。上腹部痛を主訴に近医を受診し,肝細胞癌と右副腎転移巣からの出血が疑われ,当院紹介入院となった。腹部造影CTおよびMRIでは,肝S2に充実性腫瘤と右副腎に囊胞性腫瘤を認めた。

入院第3病日に動悸・発熱がみられた。高血圧・意識障害も出現し,多臓器不全に至りPheochromocytoma multisystem crisisと診断した。人工呼吸管理下に薬物療法および持続的血液濾過透析を行い,全身状態は改善した。131Ⅰ-MIBIシンチグラフィで,右上腹部に集積像を認め,肝細胞癌および右囊胞性褐色細胞腫瘍の診断で右副腎摘出術を施行した。肝細胞癌に対しては,肝動脈塞栓療法および化学療法を施行したが,術後11カ月目に肝不全のため死亡した。

はじめに

褐色細胞腫は充実性腫瘤の形態をとるものが多く,囊胞性変化を示すものはまれである[1]。また,褐色細胞腫ではしばしばクリーゼに至り,治療に苦慮することがある。Newellら[2]は褐色細胞腫によるクリーゼのなかでも①多臓器不全,②重篤な血圧異常(高血圧または低血圧),③高熱(しばしば40℃以上),④脳症を4徴とする致死的病態をPheochromocytoma multisystem crisis(以下PMC)と定義している。今回われわれは肝細胞癌に併発し,PMCに至った囊胞性褐色細胞腫の1例を経験したので文献的考察を加え報告する。

症 例

患 者:56歳,女性。

主 訴:上腹部痛。

既往歴:5年前に慢性B型肝炎を指摘されるも未治療であった。

現病歴:当院入院2日前に,上腹部痛が出現した。腹痛が増強するため近医を受診し,肝細胞癌を指摘された。また,右副腎転移巣からの出血が疑われ,精査加療目的に当院紹介入院となった。

入院時現症:身長149cm,体重42kg,体温36.4℃,血圧134/72mmHg,脈拍88回/分(整)。眼瞼結膜に貧血を認めた。正中やや左側の上腹部に圧痛を伴う腫瘤を触知した。表在リンパ節は触知しなかった。

入院時検査成績:HBs Ag(+),HBs Ab(−),HBe Ag 0.2 C.O.I(正常<0.9),HBe Ag 99.7%(正常<50),ICGR15は27%であり,肝機能は低下していた。貧血と低K血症を認めた。トランスアミナーゼおよび腎機能は正常範囲内にあった。腫瘍マーカーはAFP 3,250 ng/ml(正常<37 ng/ml),PIVKAⅡ4,880 mAU/ml(正常<40 mAU/ml)と異常高値を示した。尿中VMAは4.1mg/day(正常:1.5-4.3)と正常範囲内にあった。

腹部造影CT( 図1a ):肝S2に内部不均一な充実性腫瘤を認めた。また,右副腎にfluid-fluid levelを伴う囊胞性腫瘤を認めた。

図 1

a:腹部造影CT:肝S2に内部不均一な充実性腫瘤を認めた(矢印)。また,右副腎にfluid-fluid levelを伴う囊胞性腫瘤を認めた(矢頭)。

b:腹部MRI T2強調画像:肝S2腫瘤はSPIOにて取込低下を認めた(矢印)。また,右副腎にfluid-fluid levelを伴う囊胞性腫瘤を認め,副腎内での出血が疑われた(矢頭)。

腹部MRI( 図1b ):T2強調画像において,肝S2腫瘤はSPIOにて取込低下を認めた。また,右副腎にfluid-fluid levelを伴う囊胞性腫瘤を認め,副腎内での出血が疑われた。

入院第3病日に,突発的に胸痛・動悸が出現した。血圧が240/100 mmHg,脈拍が146回/分,40.1℃まで上昇し,血圧は変動を繰り返し意識障害も出現した。PMCの診断で治療を開始した。血液生化学検査では血中アドレナリン,ノルアドレナリン,ドーパミン値は110,830 (正常<100)pg/ml,138,739(正常100〜450)pg/ml,771(正常<20)pg/mlと著明高値となり,また,高血糖,肝機能障害,急性腎不全,呼吸不全を呈していた(表1)。人工呼吸管理下に,α・βblocker,ウリナスタチン,シベレスタットナトリウム水和物およびインスリンの静脈内投与行うとともに持続的血液濾過透析(CHDF)を開始した。12日間の保存的治療で循環動態,肝・腎機能の改善がみられ人工呼吸器より離脱した。PMC発症後17日目に測定した血中アドレナリン,ノルアドレナリン,ドーパミン値は194 pg/ml,1,035 pg/ml,61pg/mlまで低下していた。

表1.

Pheochromocytoma multisystem crisis発症時の血液生化学所見

131 I-MIBIシンチグラフィ( 図2 ):PMC発症後17病日目に施行した。右上腹部に集積像を認めた。

図 2  .

131Ⅰ-MIBIシンチグラフィ:右上腹部に集積像を認めた。

以上より,肝細胞癌および右囊胞性褐色胞腫の診断で,PMC発症後31病日目に手術を施行した。

手術所見:上腹部正中切開で開腹した。右副腎腫瘤は下大静脈,肝右葉を圧排していたが,癒着は軽度であった。肝S2に腫瘤を認め,胃を圧排していた。また,肝右葉に小結節があり,肝内転移が疑われた。肝病変に対しては生検にとどめ,右副腎摘出術を施行した。

摘出標本( 図3a ):大きさ11.5×10.0×8.5cmの囊胞性腫瘤で,内部に凝血塊,血腫を認めた。

図 3 .

摘出標本と病理組織所見

a:摘出標本割面(ホルマリン固定後):大きさ11.5×10.0×8.5cmの囊胞性腫瘤で,内部に凝血塊,血腫を認めた(矢印)。

b:病理組織所見(HE×200):腫瘤は著明な出血・壊死を伴い,褐色細胞腫と診断された。

病理組織所見( 図3b ):腫瘤は著明な出血・壊死を伴い,褐色細胞腫と診断された。また,肝生検部は肝細胞癌と診断された。

術後経過:一過性に低血圧となり,ドーパミンの投与を3日間行った。その後,血圧は安定し,術後第24病日に軽快退院となった。術後第35病日に再入院し,肝細胞癌に対し肝動脈塞栓療法(TAE)を施行した。その後,肝内転移巣が多発・増大し,化学療法(low-dose FP療法)を2クール施行したが,肝不全のため右副腎摘出術後11カ月目に死亡した。

考 察

囊胞性褐色細胞腫は稀な疾患であり,副腎囊胞の分類中のPseudocystに分類される。成因として,副腎内の出血あるいは壊死を契機に血管外漏出,液化,吸収,線維化を経て囊胞壁が形成されるためとされる[3]。褐色細胞腫では腫瘍が分泌するカテコラミン自体に強力な血管収縮作用があり,虚血,壊死および出血を伴う機序が考えられている[4]。また,囊胞性褐色細胞腫では高血圧などの臨床症状を呈さない無症候性の頻度が40.6〜47%と,通常の褐色細胞腫より多い[5,6]。カテコラミンに対する感受性の違い,囊胞壁によりカテコラミン放出が妨げられる,あるいは囊胞内でカテコラミンが代謝,不活化されていることがその理由として考えられており[7],手術操作などを契機にカテコラミンが大量放出され,クリーゼに至ることがある。

肝細胞癌の転移先として副腎はまれではなく,剖検例の全国集計では13.1%とされる[8]。また,副腎転移巣からの出血例の報告も散見される[9]。自験例では入院時の尿中VMAは正常範囲内にあり,また,入院第3病日まで高血圧などのカテコラミンによる臨床症状は認めなかったため,当初は肝細胞癌の副腎転移巣からの出血が疑われた。急激にPMCにいたった原因は不明だが,囊胞内容および病理所見からは副腎内の出血・壊死を契機に血中に大量のカテコラミンが放出されたものと推測された。

PMCは極めてまれな病態である。腫瘍細胞の産生する過剰なカテコラミンによる血管透過性亢進や血管収縮因子の作用,心筋障害が多臓器不全や脳症の原因とされる[10,11]。また,腫瘍から直接または間接的に産生されるIL-6が発熱をもたらすと考えられている[12]。血圧は,高血圧・低血圧などさまざまであるが,血圧異常を呈さない例も存在し,注意を要する。医学中央雑誌で1983年から2011年まで「Pheochromocytoma multisystem crisis」をキーワードに検索した結果,本邦での文献的報告例は3例のみであった(表2)[10,13,14]。PMCを含め本症の治療は,初期ではαblocker等の薬物療法が中心となるが,報告例では急激に発症し,悪化するため外科的摘出に至らずに死亡したものが2例,薬物療法では病状の進行を制御できず,緊急腫瘍摘出術を行い救命しえたものが1例となっていた。自験例では,保存的治療で多臓器不全の進行を回避し手術を施行したが,本症と確定診断のついていない時点でも,画像および臨床症状より本症のクリーゼを疑い,薬物療法を先行せずに緊急腫瘍摘出術を行い,救命し得た症例報告もある[15]。手術のタイミングに関しては一定の見解が得られておらず,今後更なる検討が必要である。

表2.

本邦におけるPheochromocytoma multisystem crisisの文献報告例

囊胞性褐色細胞腫のなかには無症候性のものがあり典型的な臨床症状を呈さないことがある。まれではあるが,肝細胞癌において囊胞性副腎病変が併存する際には,出血性転移以外にも,囊胞性褐色細胞腫も念頭におくことが必要と思われた。

おわりに

肝細胞癌において囊胞性副腎病変が併存する際には,まれであるが無症候性の囊胞性褐色細胞腫の可能性も考慮することが,クリーゼに伴う致死的病態を回避するうえで重要であると思われた。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top