症例は62歳,女性。主訴は頸部腫瘤。現病歴は左頸部に腫瘤を自覚し,当科紹介受診となった。触診にて甲状腺左葉に3cm大の弾性,軟な圧痛を伴う腫瘤を触知した。穿刺吸引細胞診2回施行するも,良悪性の判定は困難であった。血清CEA 56.0ng/ml,カルシトニン6,980pg/mlと高値であった。131Ⅰ-MIBGシンチにて甲状腺左葉に一致して集積を認めた。 甲状腺髄様癌の診断で,甲状腺全摘術および頸部リンパ節郭清術を施行した。病理診断は甲状腺髄様癌であった。術後RET遺伝子を検索したところ,エクソン11(コドン691)の変異を認めたが,われわれの経験した症例は散発例の遺伝子多型と考えられた。一側性に腫瘍が発生する散発性甲状腺髄様癌においては,その手術術式は腺葉峡切除+リンパ節郭清も選択される。甲状腺髄様癌が疑われた場合,術前よりRET遺伝子検査を行い,遺伝性の有無の詳細な検討,術式の検討を行うことが重要であると思われた。
甲状腺髄様癌はカルシトニンを分泌する甲状腺傍濾胞細胞に由来する癌であり,全甲状腺癌の約1〜2%の発生頻度とされ,比較的稀な腫瘍である。散発性と遺伝性に2分別され,遺伝性甲状腺髄様癌の発生頻度は約1/3と言われている。末梢血よりRET遺伝子解析を行うが本検査にて遺伝性症例の95%以上にRET変異が証明され,変異はexon10,11,13〜16のいずれかに認められる。また,その遺伝子変異が点突然変異(point mutation)でなく,遺伝子多型(polymorphism)の場合もあり,注意を要する。今回われわれはRET遺伝子エクソン11に遺伝子多型を認めた散発性甲状腺髄様癌の症例を経験したので報告する。
症 例:62歳,女性。
主 訴:頸部腫瘤。
既往歴:18歳時虫垂切除術,40歳時子宮筋腫切除術。
家族歴:特記すべきことなし。
現病歴:2010年8月左頸部に腫瘤を自覚。近医受診し,超音波検査にて甲状腺腫瘍と診断され,2010年9月当科紹介受診となった。
初診時局所所見:触診にて甲状腺左葉に腫大した3cm大の弾性,軟な圧痛を伴う腫瘤を触知した。
血液検査所見:甲状腺機能はFT3:2.31pg/ml,FT4:1.07 ng/dl と正常であった。TSH,サイログロブリン値も正常であった。
頸部超音波検査所見:(図1)甲状腺左葉に4×3cm大,形状は整,境界は明瞭,内部は低エコー,不均一な腫瘍性病変を認めた。穿刺吸引細胞診2回施行するも,血性のう胞内容液を20ml吸引したのみで,良悪性の判定を含め,判定困難であった。

甲状腺超音波:甲状腺左葉に4×3cm大,形状は整,境界は明瞭,内部は低エコー,不均一な腫瘍性病変を認めた。
頸部造影CT検査所見:甲状腺左葉に一致して,辺縁が造影される,5cm大の腫瘍陰影を認めた。内部は液体貯留を示した(図2)。明らかな頸部リンパ節転移は認めなかった。

頸部造影CT:甲状腺左葉に5×3.8cm大の辺縁部が造影される腫瘍を認めた。
追加の採血にて血清CEA 56.0ng/ml,カルシトニン6,980pg/mlと高値であった。甲状腺髄様癌の疑いにて,131Ⅰ-MIBGシンチグラムを施行したところ,甲状腺左葉に一致して集積を認めた(図3)。同時に施行した腹部CT検査にて副腎腫瘍(褐色細胞種)は認められなかった。

131Ⅰ-MIBGシンチグラム:甲状腺左葉に一致してRIの集積を認めた。
以上より甲状腺髄葉癌(T3N0M0,StageⅡ)と診断し, 2010年10月 甲状腺全摘術および頸部リンパ節郭清術(左Ⅲ)を施行した。
甲状腺切除標本:左葉に3.5cmの既割の囊胞状構造を認め,腫瘍の充実性部は2.5×1.0cm大であった。右葉には転移を含め,異常所見を認めなかった(図4)。

甲状腺切除標本
病理組織所見:被膜を持たず,比較的境界明瞭な腫瘍で,円形核を有し,充実性索状に増殖している(図5a,b)。CEA, calcitonin, chromogranin A, synaptophysin はいずれも陽性であった(図6a,b)。以上より甲状腺髄様癌と診断された。

病理組織所見(H.E.染色)

CEA染色,カルシトニン染色:いずれも陽性の所見であった。
術後,CEAおよびカルシトニン値は共に正常化し,術後1年経過した現在無再発生存中である。
術後RET遺伝子を検索したところ,エクソン 11(コドン691)において,比較配列との差異を認めた。
甲状腺には濾胞細胞のほかに少数のC細胞があり,これは血中カルシウム値を低下させるカルシトニンを分泌する。また,この細胞はCEA(癌胎児性抗原)も産生する。甲状腺髄様癌はこのC細胞から生じる癌で,患者の血液中のカルシトニン,CEAは高値である[1]。わが国ではその発生頻度は甲状腺癌の1.5%と稀である[2]。甲状腺髄様癌の1/3は遺伝性に発生する[3]。遺伝性の髄様癌は多発性内分泌腫瘍症(Multiple Endocrine Neoplasia, MEN)2A型,MEN2B型,家族性甲状腺癌(familial medullary thyroid carcinoma, FMTC)の3つのタイプに分類され,それ以外が散発性(非遺伝性)甲状腺髄様癌となる。甲状腺髄様癌における触診や超音波検査では良性腫瘍と鑑別が難しい場合があり,腫瘤に痛みを伴う場合がある[2]。本症例においても,触診にて圧痛を伴っていた。
MEN2およびFMTCの原因遺伝子はRET遺伝子であり,その遺伝子変異はexon 10,11,13-16に集中しており,この領域を検索する必要がある[3]。甲状腺髄様癌と診断された場合,RET遺伝子診断に関して文書で同意を得た後に,遺伝子検査を施行する。試料は患者の末梢血を4ml採血し,エクソン10,11についてPCRにて増幅を行ったのち,ダイレクトシークエンス法により解析を行い,Gene Bank data AJ243297と比較される[4]。2011年現在RET遺伝子検査は保険収載されておらず,約90,000円の自己(患者)負担となっているのが実情である[5]。MEN2Aは膜貫通型受容体であるRET蛋白の細胞外ドメインをコードするエクソン10,11(コドン609,611,618,620,630,634)に,MEN2Bは細胞内チロシンキナーゼドメインをコードするエクソン16(コドン918)に,FMTCでは上記エクソン10,11(コドン609,611,618,620,630,634)以外にも細胞内ドメインをコードするエクソン13,14,15(コドン768,804,891)などに変異がみられる[6〜8]。本症例の場合前記MEN2A,2B,FMTCのいずれでもないexon11codon691SNP(c.2071A>G)が認められた。コドン691の塩基配列の差異は遺伝子多型(polymorphism)であると報告されている[9]。従って,RET遺伝子解析の結果を慎重に判断することが重要と思われた。宮内らは,髄様癌患者のRET遺伝子解析の結果,RET変異のない非遺伝性髄様癌59例の検討ではすべて一側性であったと報告している[10]。その術式は甲状腺腺葉峡切除および頸部リンパ節郭清が選択されている。甲状腺髄様癌が疑われた場合,術前よりRET遺伝子検査を行い,遺伝性の有無の詳細な検討,術式の検討を行うことが重要であると思われた。
RET遺伝性異常を呈した,散発性甲状腺髄様癌の1例を経験した。遺伝子検索の結果,多型性変異であったが,腫瘍径が4cm大と大きかったため,甲状腺全摘術および左Ⅲリンパ節郭清を施行した。臨床学的に遺伝性甲状腺髄様癌が疑われるが,術前RET遺伝子に変異がみられない場合,腺葉切除および気管周囲リンパ節郭清も選択される術式と思われた。
本論文の要旨は第44回日本甲状腺外科学会学術総会(2011年10月7日,米子市)で発表した。