日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
甲状腺未分化癌の臨床像―予後と予後因子―
伊藤 研一大場 崇旦家里 明日美岡田 敏宏花村 徹渡邉 隆之伊藤 勅子小山 洋金井 敏晴前野 一真望月 靖弘
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2013 年 30 巻 3 号 p. 168-174

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抄録

甲状腺未分化癌は発生頻度の少ないorphan diseaseであるが,甲状腺癌死に占める割合は高くその予後は極めて不良である。甲状腺未分化癌のほとんどは,分化癌から脱分化のステップを経て発症してくると考えられているが,未分化転化の機序も解明されていない。現在のTNM分類では,原発巣の状況と遠隔転移の有無でⅣA,ⅣBとⅣCに分類されているが,多くは診断時ⅣB以上である。本邦と海外で共通に報告されている予後因子としては,診断時の年齢,原発巣の広がり,遠隔転移の有無がある。本邦で設立された甲状腺未分化癌研究コンソーシアムでの世界に類をみない多数例の解析では,急性増悪症状,5cmを越える腫瘍径,遠隔転移あり,白血球10,000mm2以上,T4b,70歳以上が有意な予後不良因子であった。今後,新規治療戦略の開発とともに,未分化癌においても治療戦略に有用なバイオマーカーが同定されることが期待される。

1.はじめに

甲状腺未分化癌は全甲状腺悪性腫瘍の1〜2%と発生頻度は少ない“orphan disease”であるにも関わらず[],甲状腺癌死の14〜39%を占める[,]。現時点では未分化癌に対する治療戦略として確立したものはなく,その予後は極めて不良である。稀少癌であるため,これまでprospective studyが施行されてこなかったが,未分化癌の治療成績改善を目指したエビデンス構築のためには多施設共同研究が必要との認識から,本邦で2009年1月に甲状腺未分化癌研究コンソーシアムが設立され,世界に類をみない多数例の臨床データが集積されてきており,それに基づいた予後因子も報告され始めている。本稿では,これまでに報告されている甲状腺未分化癌の臨床症状と予後および予後因子について概説する。

2.甲状腺未分化癌の臨床像

(1)臨床所見

一般に短期間で(週単位のことが多い)で増大する前頸部腫瘤を主訴とすることが多く,腫瘤の急速増大に伴う頸部痛や,嗄声,嚥下困難を伴うことも珍しくはない。このような周囲組織への強い圧排,浸潤症状を呈する症例では,未分化癌の可能性を考えることが必要である。触診上,腫瘤は極めて硬いが,甲状腺全体が腫瘍に置換されている場合もあり,びまん性腫大の場合には橋本病と,多結節性の場合には腺腫様甲状腺腫のようにみえる場合もあり注意が必要である。また,局所の炎症症状や発熱,倦怠感,体重減少などの全身症状を伴うことも少なくなく,圧痛を伴うが前頸部腫脹が中等度の症例では,亜急性甲状腺炎や急性化膿性甲状腺炎との鑑別が必要になる場合がある。悪性リンパ腫でも甲状腺腫の急速な増大を認めることがあるが,浸潤所見は乏しいことが多い。分化癌でも巨大な腫瘍を形成することもあるが,通常その増大は緩徐である。長期間にわたり自覚または指摘されていた甲状腺腫が,急激に増大を呈した場合には,未分化転化を念頭におき診療を進める必要がある。

約50%の甲状腺未分化癌は先行または同時に存在する分化癌を有している。未分化癌症例では,分化癌が何らかの脱分化のステップを経て発症してくると考えられているが[],その誘因や未分化転化の機序は解明されていない。甲状腺未分化癌に罹患した患者の15~50%は,診断がついた時に著明な局所浸潤や遠隔転移を有する。遠隔転移臓器としては,肺と胸膜が最も多く,遠隔転移臓器の90%前後を占め,骨転移が5~15%,脳転移5%,以下,皮膚,肝臓,腎臓,膵臓,心臓,副腎など,全身のあらゆる部位へ転移しうる[]。

(2)血液検査所見

血液検査では,白血球増多,赤沈亢進,CRP高値が認められることが多い。白血球増多は甲状腺悪性リンパ腫との鑑別が,赤沈亢進,CRP高値は亜急性甲状腺炎との鑑別が必要となる場合がある。また,甲状腺未分化癌細胞がG-CSFやPTH関連タンパクなどのサイトカインを産生することがあり,著明な好中球増多や高カルシウム血症を呈することがある。

甲状腺機能は正常範囲内のことが多いが,腫瘍の急激な増大による正常甲状腺の破壊により一過性の機能亢進症状を認める場合,甲状腺破壊による機能低下を示す場合がある。甲状腺分化癌はサイログロブリンを産生できるが,典型的な未分化癌はその性質を失っている。そのため,血中サイログロブリン値の上昇は非特異的であり,現時点では未分化癌に特異的な腫瘍マーカーはなく,確定診断には病理組織学的診断が必須である。

(3)画像診断

未分化癌では,初診時に既に周囲臓器への高度な浸潤や,肺,胸膜をはじめ全身の臓器への遠隔転移を有することが多く,治療方針の決定のためにはこれらの正確な評価が必要である。CT,MRIは原発巣の局所浸潤の評価に有用であり,頸部から上縦隔での原発巣の周囲の大血管や気管への浸潤の評価を行い,切除の可否を判断する。

遠隔転移の検索にはCTやPET-CTによる全身検索を行う。NCCNガイドライン(2013年第2版)では,頭部〜骨盤までのCT検査が推奨されており,PET-CTの施行も考慮すべきとされている[]。高い悪性度と急速な進行を考慮した慎重な全身検索が必要である。骨転移巣は一般的に溶骨性変化であることが多いとされる。

甲状腺分化癌はヨードを取り込み,サイログロブリンを産生できるが,典型的な未分化癌はその性質を失っている。そのため,放射性ヨードによるシンチグラフィーでは取り込みは認められない。

(4)病理組織診断

確定診断には,まず穿刺吸引細胞診検査(fine needle aspiration cytology:FNA)を行うことが多いが,同一腫瘍内に分化癌成分と未分化癌成分が混在していることも珍しくはないので,超音波ガイド下に複数の個所から細胞の採取を試みる。典型的な未分化癌細胞は,高度な核および細胞異型が特徴的であるが,細胞診検査のみでは悪性リンパ腫,髄様癌,甲状腺低分化癌,扁平上皮癌,転移性甲状腺腫瘍などとの鑑別が難しい場合も多い[]。また,急速増大に伴う腫瘍の壊死により確定診断が得られないこともしばしば経験される。確定診断を得るためには,太針生検(core needle biopsy:CNB)が行われることも多いが,これによっても確定診断が困難な症例もあり,鑑別診断のために十分な組織が必要な場合には切開生検(incisional biopsy)を行う場合もある。急速に増大する腫瘍と呼吸困難を主訴に受診した症例では,気管切開の際に組織採取を行うことも稀ではない。NCCNガイドライン(2013年第2版)には,「FNAで未分化癌疑いの場合は“core biopsy”を考慮すべき」,と記載されており,組織診での確定診断が推奨されている[]。

(5)病期分類

国際対がん連合(Union for International Cancer Control;UICC)のTNM分類では,6th editionからそれ以前は一律にStage Ⅳであった甲状腺未分化癌を,原発巣の状況と遠隔転移の有無でⅣA,ⅣBとⅣCに分類している[]。「T4a:腫瘍が甲状腺内にとどまるもの(切除可能と考えられる腫瘍);Tumor limited to the thyroid(Intrathyroidal anaplastic carcinoma-considered surgically resectable)」がⅣA,「T4b:腫瘍が甲状腺外に浸潤するもの(切除不能と考えられる腫瘍);Tumor extends beyond the thyroid capsule(Extrathyroidal anaplastic carcinoma-considered surgically unresectable)」がⅣBで,「M1:遠隔転移を有するもの」をⅣCと分類しているが,臨床症状を有する未分化癌の多くはⅣB以上である。

3.甲状腺未分化癌の予後と予後に関連する因子

甲状腺未分化癌に対する有効な治療法は確立されておらず,長期生存例は稀である[]。これまでの諸家らの報告では(表1),診断からの生存期間中央値は約5カ月であり,1年生存率は30%以下とする報告が多い[1052]。上気道閉塞や窒息による死亡が約50%の症例で起こるとされ,気管切開を施行しても生ずることがある。診断時に腫瘍が頸部にとどまっている場合の平均生存期間は8カ月であるのに対し,頸部以外に進展している場合には平均生存期間が3カ月とされる[11]。

表1.

報告されている未分化癌の予後

未分化癌の予後因子としては,「宿主因子」として年齢,性別,「腫瘍因子」として腫瘍径,局所浸潤の状況,遠隔転移の有無,「治療因子」として,外科的切除の状況および放射線照射や化学療法を用いた集学的治療の施行の有無などが報告されており,われわれも自施設症例の解析で,集学的治療の有無が予後と相関することを報告した[52]。

治療因子を除いた予後不良の因子として報告されているものとして(表2),2001年にSugitaniらは単施設でのretrospective studyでの解析で,急性増悪症状,5cmを越える腫瘍径,遠隔転移,白血球10,000mm2以上の4つを,有意な予後不良因子としてあげ,これらを用いたprognostic indexが,未分化癌の予後と相関することを報告し[53],その後のprospective studyで,prognostic indexを用いた予後予測に基づいた治療戦略が有用であったことを報告している[54]。さらに,本邦で2009年に設立された甲状腺未分化癌研究コンソーシアム Anaplastic Thyroid Carcinoma Research Consortium of Japan(ATCCJ)で集積された677例の未分化癌登録症例中,転化型(頸部または遠隔転移部で分化癌が再発を繰り返す過程で未分化転化したもの)と偶発型(分化癌として手術された症例の一部に少量の未分化癌成分を含むもの)を除いた547例の通常型未分化癌の解析で,先に述べた4項目およびT4b(甲状腺外浸潤)と年齢70歳以上が多変量解析で有意な予後不良因子であったこと,およびprognostic index別の疾患特異的生存率も各群間で有意差を認めたことを報告している[51]。吉田らは,ATTCJ登録症例の中で1年以上の長期生存例について解析し,治療因子以外では,単変量解析では,1カ月以内に出現した急性症状なし,初診時の白血球数10,000mm2未満,腫瘍径5.0cm未満,腺内にとどまる腫瘍(T4a),初診時遠隔転移なし(M0)が,多変量解析では腫瘍径5.0cm未満が有意な予後良好因子であったことを報告している[55]。また,Akaishiらは単施設での解析で,70歳以上,白血球数10,000mm2以上,甲状腺外への進展,遠隔転移あり,が独立した予後不良因子であったことを報告している[50]。海外での報告では,Kebebewらは米国のSEERデータベースの解析で,年齢60歳以上,甲状腺外への進展,が治療以外の予後不良因子であったことを報告している[38]。Besicらは,スロベニアの単施設での32年間にわたるretrospective studyで,年齢71歳以上,Performance status 2以上,3カ月未満での腫瘍の増大,腺外への進展,遠隔転移あり,の5項目が[37],Kimらは専門多施設での10年間の未分化癌症例解析で,年齢60歳以上,腫瘍径7cm以上,甲状腺外への進展,の3項目が有意な予後不良因子であったことを報告している[41]。これらの報告に共通している予後因子として年齢と原発巣の広がりがあり,高齢者や初診時の原発巣が大きい,または腺外に進展する症例は予後不良と考えられる。また,Sugitaniらが報告した予後不良症例での初診時の白血球数増多は,未分化転化の過程で生じてくるbiologyの変化や,未分化癌の中でもさらに予後不良なサブタイプのbiologyを反映している可能性も推測され,それを誘導している因子の解析が期待される。

表2.

報告されている未分化癌の治療以外の予後因子

4.おわりに

甲状腺未分化癌の臨床像と主に治療因子以外の予後因子について概説した。これまで有効な治療法が確立されていない甲状腺未分化癌であるが,今後分子標的薬を中心とした新規治療戦略の開発とともに,未分化癌においても多癌で既に臨床応用されているようなバイオマーカーが同定されることが期待される。

謝 辞

今回執筆の機会を与えて下さいました編集委員会の諸先生方に深謝申し上げます。

【文 献】
 

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