2013 年 30 巻 3 号 p. 197-200
近年,筋電図電極を装着した気管内挿管チューブが開発され,甲状腺・副甲状腺手術の際の,反回神経の探査,同定,状態の監視および健全性確認を目的とした術中神経モニタリング(IONM)が普及してきた。ガイドラインが発行されるなど,手技の標準化が進むにつれて信頼性も向上しており,とくに術後反回神経麻痺のリスクが高い症例での有用性が認められている。反回神経喉頭外分枝から声帯運動枝を同定する場合や非反回下喉頭神経の分岐部同定,上喉頭神経外枝(EBSLN)の確認温存などに役立つうえ,反回神経麻痺の部位や原因を特定しうることで,手術手技向上につながる可能性もある。最近では,手術中に迷走神経を持続的に刺激する方法が報告されており,IONM反応が低下する瞬間をとらえることにより,反回神経損傷の危険を察知し,術後麻痺の危険を回避できるという。現在,保険適応外のため,使用コストが普及の壁となっており,近い将来の保険収載が期待される。
甲状腺・副甲状腺手術において,反回神経の損傷は重大な合併症のひとつである。術後反回神経麻痺のリスクは,バセドウ病や縦隔進展例を含む巨大な甲状腺腫,腺外浸潤を伴う悪性腫瘍,腎性副甲状腺機能亢進症といった疾患,周辺臓器の拡大合併切除,内視鏡手術や再手術例,および経験の少ない術者が行う場合や高度肥満の患者などで上昇する。近年,全身麻酔用の気管内挿管チューブに筋電図電極を装着したEMG気管内チューブが開発され,甲状腺・副甲状腺手術の際の,①反回神経の探査,②反回神経の同定,③術中における反回神経の状態の監視,および④手術終了時の反回神経の健全性確認を目的とする術中神経モニタリング(intraoperative neuromonitoring:IONM)が普及してきた[1]。本稿ではIONMの有用性と使用上の注意点,今後の展望について述べる。
IONMでは,筋肉に電極をセットしたうえで,手術中にその支配神経を直接,神経刺激プローブによって電気的に刺激することで,筋肉の誘発筋電図(EMG)をモニターし,その振幅波形およびEMG反応を変換した音により神経機能を確認する(図1)。

術中神経モニタリング(IONM)の原理
全身麻酔導入時に,EMG気管内チューブを挿管する。チューブの外側にはカフ手前の左右に電極が装着されており,それぞれが左右の気管披裂部に接するように留置することで,反回神経(迷走神経)刺激時に輪状甲状筋あるいは輪状披裂筋の収縮をとらえることが可能となる。電極が正しく左右の声門部に接触していることは,モニター上で電気抵抗値に左右差がないことで確認できるとされる。しかしながら,電極のずれは後述する偽陽性の原因の多くを占めるため,挿管後に喉頭ファイバーによって直接確認することが望ましい。
現在,日本で市販されているEMG気管内チューブは内径6mm,7mm,8mmの3種類で外径は8.8~11.3mmと比較的太めであり,材質も硬い。そのため,巨大甲状腺腫による気管の圧排や腫瘍の気管内浸潤がある場合には挿管困難なことがある。その場合には,直接,輪状甲状膜に針電極を刺入し,モニタリングを行うこともある(図2)。

針電極を輪状甲状膜から刺入
また,筋弛緩薬の効果遷延は偽陽性の原因となりうるため,短時間作用型の非脱分極性筋弛緩剤(rocuroniumなど)の使用が推奨される[2]。
IONMではある程度の確率で偽陽性,偽陰性が起こりうる。ここで偽陽性とは実際には神経麻痺がないにもかかわらず,IONM反応が認められない(陽性)場合を指す。反対に偽陰性は神経麻痺が起こっているにもかかわらず,IONM反応が認められる(陰性)ものである。一般に偽陽性の頻度が比較的高く,IONMの陽性反応的中率は70~90%,陰性反応的中率は95~100%程度といわれている[1,3]。
IONM偽陽性の原因として考えられるものを表1に示す。最も多いのは電極位置の不適正である。神経刺激プローブの電流設定については,反回神経末梢の直接刺激の場合は0.5mA程度で十分と考えられるが,迷走神経を頸動脈鞘外から刺激する場合には3.0mAとしている。臓器損傷のリスクを回避するため,先端がボールチップ型のプローブを用いている。偽陽性が疑われた場合には指先を下咽頭背側に挿入し,声帯内筋の運動を直接触知する方法もある(laryngeal twitch assessment)。

IONM偽陽性の原因
一方,偽陰性を避けるためには,神経中枢側(迷走神経)で刺激を行うこと,十分な止血操作を行ったあと閉創直前に刺激すること,神経発見時と閉創時の刺激(同一電流)に対するEMG電位および潜伏時間に変化および左右差がないことを確認することなどが挙げられる。
2011年,International IONM Study Groupにより,甲状腺・副甲状腺手術における反回神経モニタリングのガイドラインが発行され,標準と考えられるIONM施行手順が示された[4]。その中核を成すのはChiangらが提唱した,開創時の迷走神経刺激(V1)→発見時の反回神経刺激(R1)→閉創前の反回神経刺激(R2)→迷走神経刺激(V2)からなる4-step procedure(表2)であり[5],V1とV2,R1とR2の反応が一致することが求められている。ガイドラインでは,IONM反応消失時のトラブル・シューティングについても詳述されている(図3)。

標準的なIONM施行手順

IONM反応消失時の評価手順
反回神経はしばしば喉頭外で分枝し,声帯運動枝のほか,喉頭内知覚枝などに分かれる[6]。声帯運動枝は多くの場合,前枝として最も腹側を通るが,その確実な同定のために低電流での神経末梢側の刺激が有用である。
2)非反回下喉頭神経の同定右反回神経は稀に右鎖骨下動脈の起始異常に伴って,それを反回せず迷走神経から直接喉頭に向かうことがある。術前CTや超音波などの画像診断により,その存在を推測することが可能であるが,IONMを用いると,迷走神経からの分岐部を正確に同定することができる(図4)[7]。

非反回下喉頭神経の迷走神経からの分岐部同定
EBSLNは甲状腺上極付近を上甲状腺動・静脈と交わりつつ走行して輪状甲状筋を支配し,声帯の緊張を保つ。EBSLNを損傷すると高い声や裏声が出せなくなる。EBSLNの走行には色々なパターンがあり[8],必ずしも術中に視認できるとは限らないが,最近のランダム化比較試験によれば,IONMの使用によりEBSLNの同定率が有意に向上(IONM使用で84%,視認のみで34%,p<0.01)し,麻痺率が低下(IONM使用で1.5%,視認のみで6.0%,p=0.02)したという[9]。
4)反回神経機能評価に基づく術式決定甲状腺癌が反回神経や気管に浸潤するようなケースで,両側反回神経麻痺をきたした際には,気管切開(気管皮膚瘻)が必要となる。IONM反応の消失をその判断基準とすることが可能である[3]が,そのためには高い陽性反応的中率が前提となる。
一方,Endemic goiterの多発地域からは,甲状腺全摘を予定していた場合でも,術中に片側反回神経のIONM反応が消失した場合には,反対側の操作は行わずにいったん手術を終了し,二期的に考慮するのがよいとする報告もある[10]。
5)反回神経麻痺の原因の特定と迷走神経持続刺激法への期待IONM反応が消失した場合,その部位が特定できる場合(それより末梢側では反応あり)と,できない場合(全神経の麻痺)がある。前者の場合,その部位に加えた操作(クランプ,圧迫,牽引など)を検討することで,麻痺の原因を知ることができ,手術手技の向上と麻痺発生の減少につながる可能性がある[11]。また,Berry靭帯付近の操作の際にIONMを使用することで,甲状腺全摘の完全性が向上するともいう。
最近では,迷走神経を手術の開始から終了まで持続的に刺激する方法が報告されており,IONM反応が低下する瞬間をとらえることにより,反回神経損傷の危険を察知し,術後麻痺を回避できる[12]。迷走神経持続モニタリングのための神経刺激電極や材質の改良によって柔軟性を増すとともに,EBSLNモニタリングも可能にしたEMGチューブの市販に向けた開発も進んでいるという。
IONMの使用によっても反回神経麻痺のリスクは減少しないと考えられたこと,偽陽性率が高く信頼性に疑義が持たれたこと,手術手技の習得には安易な方法とも思われたことなどから,当初は腕に覚えのある専門医ほどIONM導入に消極的な場合も少なくなかった。しかし,手技の標準化によって信頼性は向上すること,とくに局所進行甲状腺癌や再手術例,巨大甲状腺腫症例などにおいては反回神経の同定・温存に有用であることが徐々に認識されるようになり,IONMはわが国においても必須のデバイスとなりつつある。欧米では術後反回神経麻痺にまつわる訴訟回避のためにIONMを採用する傾向にあるというが[13],日本においては使用コストが普及の壁となっており,症例を選んでの使用が一般的である。近い将来の保険収載が期待される。