2014 年 31 巻 1 号 p. 14-18
永続的副甲状腺機能低下症は,甲状腺全摘術で懸念すべき合併症の一つである。今回甲状腺全摘を要する疾患ごとに,副甲状腺の機能温存状況を検討した。その結果,術後1年の時点でintact PTH値が正常値下限であった症例の頻度は甲状腺癌症例で0.78%,バセドウ病で2.0%,非中毒性甲状腺腫では0%であった。また副甲状腺が将来過形成をきたす可能性のある重症慢性腎臓病やMEN2A型への甲状腺全摘を施行した症例では副甲状腺を全摘し,一部前腕筋肉内へ自家移植したがこれらの症例で永続的副甲状腺機能低下症をきたしたものはなかった。副甲状腺の温存状況は個々の症例や対象疾患により様々ではあるが,まずは発見しやすい上腺を確実に術中に同定することが重要と思われる。
甲状腺全摘術後に副甲状腺機能を温存するには,術中に副甲状腺を可能な限り同定し各副甲状腺の血行温存を図るかあるいは自家移植を行うことが重要であるが,副甲状腺は発見することが困難な臓器である。過去の報告では甲状腺全摘術後の永続的副甲状腺機能低下症の頻度は0.4~33%と報告されているが[1~4],ひとえに甲状腺全摘術といっても,頸部リンパ節郭清を必要とする甲状腺癌に対する手術,甲状腺腫大を伴うバセドウ病や非中毒性甲状腺腫への手術,さらには重症慢性腎臓病やMEN2型症例における副甲状腺過形成の可能性を念頭においた手術では,それぞれ副甲状腺の温存状況は違ったものになる。本稿では自験例における,各種甲状腺疾患に対する副甲状腺温存状況および術後の副甲状腺機能低下症の頻度につき述べる。
2005年5月から2012年6月までに施行した甲状腺全摘症例は392例であった。副甲状腺については,①甲状腺癌では副甲状腺上腺は血行温存,下腺は中央領域郭清時に発見し摘出,胸鎖乳突筋内へ自家移植。②甲状腺中毒性・非中毒性甲状腺腫に対しては,上腺は血行温存を,下腺は甲状腺を摘出した直後に甲状腺実質表面を検索し,発見されればそこから摘出し自家移植(あえて傍気管領域内を積極的には探索しない)。③将来的に副甲状腺過形成腺に進行しうるような基礎疾患を有する症例には全摘し,前腕筋肉内へ一部自家移植する。を原則とした。以上の基本方針にて施行した甲状腺全摘術症例での副甲状腺の温存状況や術後副甲状腺機能低下症の頻度につき検討した。甲状腺全摘症例の内訳は甲状癌258例(慢性腎不全・MEN2Aを除く:A群),バセドウ病98例(B群),慢性甲状腺炎・腺腫様甲状腺腫31例(C群),重症慢性腎臓病症例4例(甲状腺乳頭癌3例,腺腫様甲状腺腫1例)+MEN2A症例1例(甲状腺C-cell hyperplasia)(D群)。
A~C群で術中に肉眼的に同定した副甲状腺の腺数を検討した。それぞれの群で血行温存ないし自家移植にて温存した副甲状腺の腺数の分布を図1に示す。A群では全例で2腺以上を同定した。さらにそのうち90%の症例で3腺以上が同定された。B群では2腺以上を確認された症例は87.1%,C群では95.9%とA群に比べて少なかった。これはB群,C群では,下腺が前述の方針により確認されないものがA群より多く,また腫大した甲状腺のため,副甲状腺の探索が広範な範囲となり,発見が困難なためと考えられた。
甲状腺癌症例(A群),バセドウ病手術症例(B群)および中毒性びまん性甲状腺腺腫手術症例(C群)において術中に同定された副甲状腺数別の症例数の割合。
A~C群では上腺をできるだけ血行温存することを方針としたが,それがどれだけ達成されたかを検討した。図2にA~C群における副甲状腺上腺の血行温存数を示す。上腺1腺以上を血行温存したと考えられたのは,A~C群でそれぞれ88.4%,82.7%,87.5%の症例であった。
A~C群の甲状腺全摘術時の副甲状腺上腺の血行温存数別の症例数の割合。
A~C群で自家移植された下腺数を図3に示す。A群で下腺が2腺とも確認し自家移植された症例は62%,1腺のみ確認され自家移植された症例は31.4%であった。一方,B群およびC群では2腺とも自家移植したものはそれぞれ8.1%,6.3%,1腺のみ自家移植したものはそれぞれ29.6%,28.1%の症例であった。
A~C群の甲状腺全摘術時の副甲状腺下腺の自家移植数別の症例数の割合。
D群の5例中,重症慢性腎臓病の1例を除く4例で術中に副甲状腺4腺を同定したのち摘出し,重症慢性腎臓病症例では摘出腺から1×1×3mmの切片を30個,MEN2A症例では20個作成し,前腕筋肉内へ自家移植した。重症慢性腎臓病症例1例は術中2腺しか同定されず,これらを摘出し迅速病理組織診に提出したところ,1腺は副甲状腺,1腺は脂肪組織と診断されたので,副甲状腺と診断された腺を4分割し,前腕へ自家移植した(迅速病理組織診で脂肪と診断された組織は永久組織診では副甲状腺と診断された)。
(5) intact PTH値が正常下限未満の症例数割合の変化術後の各群におけるintact PTH値が正常下限未満(10pg/ml未満)の症例の割合を図4に示す。同値が正常下限未満を呈した症例の割合は,A群では術翌日には81.3%であったが1カ月後には49.0%,6カ月後には2.3%まで減少した。一方B群とC群では術翌日にはそれぞれ32.6%および38.7%であったが1カ月後には15.3%および22.6%,6カ月後には6.1%,3.0%に減少した。D群では術翌日に80.0%の症例で正常値未満になったが1カ月後には全例正常範囲内となった。術後1年の時点で正常値未満の症例の割合はA群で0.75%,B群で2.0%,C群では0%であった。
各群のintact PTH値が正常下限未満の症例数割合の変化。
POD;術後日数,POM;術後月数。術後1年目で,A群は0.75%,B群では2.0%の症例でインタクトPTH値が正常下限未満であったが,CおよびD群では0%であった。
術後1年の時点でC群およびD群においてCa補充療法が必要な症例はなかった。
表1にA群およびB群で術後1年の時点で血中Ca値正常化にCa補充療法が必要,またはCa補充療法を施行していないがintact PTH値は正常下限未満の症例を示す。A群では2例(0.75%の症例)が術後1年の時点でintact PTH値は正常下限未満であり,Ca補充療法が継続されていた。一方その他の8例は,術後1年の時点では血中Ca値は正常下限未満(8.7mg/dl未満)であったが,その前後の期間で血中Ca値が正常範囲に上昇することもあったのでCa補充療は施行されていなかった。一方B群では2例(2.0%)が術後1年の時点で,intact PTH 値は10pg/ml未満でありCa補充療法が継続されていたが,その他6例はintact PTH値は正常範囲内であったが低Ca血症のため,Ca補充療法が継続されていたがそれでも血中Ca値は正常下限未満であった。
術後1年目の時点で血中Ca値正常化にCa補充療法が必要な症例
甲状腺癌に対する甲状腺全摘術を施行する際には,通常胸腺舌部を含め,両側中央領域郭清を同時に行うので,下腺は意識して発見するようにしなければ,高率に甲状腺あるいは郭清した組織ごと摘出される。下腺は甲状腺下極表面かその近傍に一見して発見されることもあるが,気管前面や気管傍のリンパ節郭清組織内にある場合では,郭清しきってからでは色調が変化し同定が困難となるため,できるだけ郭清操作の早い段階で発見するようにしている。さらに郭清により下甲状腺動脈からの栄養血管の温存は困難になるため,摘出し自家移植することがほとんどである。一方,上腺については,その周囲近傍には基本的にリンパ節は存在しないとされていることから[5],近傍組織へ癌浸潤が高度な時や甲状腺近傍リンパ節が著明な場合を除き,発見されれば血行温存することを基本方針とした。上腺のうち1腺も確認ができず,上腺の副甲状腺の温存(自家移植によるものも含む)がなされないと思われた症例は7.8%であった(data not shown)。すなわち92.2%の症例では血行温存もしくは自家移植にて上腺の機能温存が少なくとも1腺はできたと考えられた。上腺の多くは甲状軟骨と間で甲状腺上極の後内側面に接する場所にあるため,そこを探索すれば高頻度に発見される。術翌日にintact PTH値が正常下限になった症例はB群およびC群にくらべ頻度が高かったが,これは下腺を自家移植するケースが多いことや,上腺を血行温存したとしても関連血管を郭清で荒廃させているので,術直後で分泌能を維持しえる症例が少ないためと考えられた。A群全体では全例で2腺以上の副甲状腺が温存されたと考えられたが,一方で2.0%に相当する2例で3腺血行温存もしくは移植されていたにもかかわらず1年後にintact PTH値が正常下限未満のままであった。これらはいずれもCa補充療法が継続されていたが,うち1例は血中カルシウム値はやや高値であり,Ca補充療法の減量は可能でその結果,PTHの分泌が正常範囲内へ回復することも期待できると思われた。
バセドウ病および非中毒性甲状腺腫に対する甲状腺全摘術では頸部リンパ節郭清を伴わないので,甲状腺表面に位置しない副甲状腺下腺が偶発的に摘出される機会は少ない。一方,それらを術中に気管傍もしくは気管前領域内を積極的に探索しようとすると甲状腺表面からの発達したドレナージベインからの出血をきたすので,無理には副甲状腺を探索せず甲状腺下極を周囲の脂肪組織から切離していく時には実質ぎりぎりで処理していき,肉眼的に下腺が同定されなくても生体内に残るようにしている。また甲状腺表面に存在する場合,甲状腺摘出前に甲状腺被膜を切開して探索するとやはり出血をきたすことがあるので,完全に甲状腺を摘出してからその実質表面を探し,そこに発見されなければ生体内に温存しえたと考えている。しかし腫大した甲状腺実質のため,副甲状腺はその被膜下で菲薄下していたり,結節状化した実質表面の間に隠れていることがあるので甲状腺表面の探索は早めに断念せず,しっかりと行うように心がけている。C群では術後1年の時点でintact PTH値や血中Ca値が正常下限未満であった症例はなかったが,B群では8例がいずれかを呈し全例Ca補充療法を要した。甲状腺腫大という点は共通であるので,この差は従来からいわれているようにthyrotoxicosisによる骨代謝回転亢進に起因している[6~8]と考えられた。
重症慢性腎臓病やMEN2型では,甲状腺手術時に副甲状腺機能亢進症を呈していなくても将来的にそれを発症する可能性がある。将来の頸部再手術の可能性とそのリスクを考慮し副甲状腺は全摘し自家移植の方針としたが,結果として副甲状腺機能低下症をきたした症例はなかった。MEN2A症例については,欧米では副甲状腺は亜全摘を施行する施設が多いが,日本からはMEN2A型による成人の甲状腺髄様癌手術症例12例において(うち2例は副甲状腺機能亢進症を合併),副甲状腺全摘および自家移植術を施したが手術後1年で,全例intact PTHおよび血中Ca濃度は正常範囲内であったとの報告があり[9],当施設でも全摘自家移植術を選択し施行した。
自験例における各種甲状腺疾患に対する副甲状腺温存状況と術後の副甲状腺機能低下症の頻度につき述べた。甲状腺全摘術における副甲状腺への対応は,対象疾患や個々の症例により様々ではあるが,術後の副甲状腺機能維持には,まずは発見しやすい上腺を確実に術中に同定し温存することが重要と思われた。