2014 年 31 巻 1 号 p. 29-33
医療の質向上を目的とした臨床データベース事業として,2011年から外科専門医制度と連携したNational Clinical Database(NCD)が始動した。NCDは開始当初より,一部の臓器がんに対してはがんの詳細情報が登録され,2012年からは乳癌登録・膵癌登録も開始された。NCDデータは,がん診療の質を評価する指標の開発やがん医療の均てん化の取り組みなど,様々な活用が期待される。一方,がん情報の症例登録では,登録の悉皆性や予後情報の追跡調査などデータの質の担保が重要である。個人情報保護や倫理的側面に配慮したうえで,他のがん登録との連携も見据えたデータ収集の効率化を検討している。さらに,医療現場にリアルタイムで直接情報をフィードバックする仕組みを構築し,患者の術後死亡や合併症の予測率を計算する機能の開発や,NCDデータを基盤とした臨床研究などにも取り組んでいる。NCDは患者視点に立ち,医療従事者が理解・納得して参加できる事業として,さらに発展を目指している。
医療の質向上を目的とした臨床データベース事業として,2011年から外科専門医制度と連携したNational Clinical Database(以下,NCD)が始動した。NCDでは,症例登録の開始当初より,一部の臓器がんに対してはがんの詳細情報が登録され,2012年からは乳癌登録・膵癌登録も開始された。とくにがん患者の症例登録においては,症例登録の悉皆性や予後情報の追跡調査が重要である。これらの情報を用いて,医療の均てん化や治療成績の比較など,臨床へ有用な情報として可視化することができる。またNCDでは,臨床現場に直接情報をフィードバックする仕組み作りに取り組んでいる。本稿では,NCDとがん登録の概略,症例登録の悉皆性や追跡調査について,NCDにおけるデータの活用事例を紹介する。
患者の視点に基づいた良質な医療を根拠に基づいて提供するため,医療の質向上を目的として,2011年から外科専門医制度と連携したNCDが開始された(http://www.ncd.or.jp/)[1]。NCDは,臨床現場が主体となって運営する臨床データベース事業としてはじまり,参加施設は約4,000施設で(2013年11月現在),年間約120万件のデータが蓄積されている。NCDは外科共通項目を基本として,専門領域ごとに詳細な入力項目が設計されている。
がんの詳細な情報は,NCD開始当初より,消化器外科,乳腺,内分泌・甲状腺外科領域で蓄積されている。また臓器がん登録は,2012年より乳癌登録・膵癌登録がNCDへシステムを移行し,現在,内科領域の連携も行っている(表1)。さらに消化器外科領域でも,NCDでの臓器がん登録の構築について検討中である[2]。
NCDに参加している専門領域と主体組織(2013年12月時点)
がん対策については,WHOも国家的ながん対策プログラムの推進を提唱しており,根拠に基づいた戦略を系統的,かつ,公平に実行し,限られた資源を効率よく最大限に活用することが求められている。詳細な臨床情報をベースにした症例登録では,症例の臨床病理学的な特徴や治療法,治療成績,および,これらの推移など,診療実態を正確に把握することが可能で,重要な基礎情報となる。このような情報を用いて,がん診療の質を評価する指標の開発やがん医療の均てん化の取り組みも可能となる。例えば,患者背景の違いや診断治療方針について全国平均と各施設の差異を把握し,それによって全体としての医療の質向上につながると期待される。また,診療ガイドラインの基礎情報,臨床研究や医療政策などの基礎データとして,様々な活用が期待されている[3~5]。
本節では,NCDで行われている取り組みの1例を紹介する。
内分泌・甲状腺外科領域では,甲状腺・副甲状腺・副腎の腫瘍に対する手術症例について,詳細情報の登録が可能である。例えば甲状腺癌では,腫瘤の大きさやTNM分類,Stage,切除範囲などである。消化器外科領域では,食道・胃・膵臓・肝臓・大腸・胆囊など腫瘍に対して詳細情報が登録されており,後述するリスクモデルの開発や海外との連携が進んでいる。
乳癌登録は,日本乳癌学会で2004年から行われている臓器がん登録で,従来のデータベースからNCDへ移行する形でデータベースを構築した。乳癌登録の追跡調査は5年後・10年後・15年後の予後調査で行われ,これまでの蓄積データに対する患者追跡調査を継続して行うため,NCDへ従来のデータを移行する準備も進んでいる。膵癌登録は,日本膵癌学会で1981年から行われている臓器がん登録で,乳癌登録と同様に,従来のデータベースからNCDへの移行により,継続したデータ収集を行っている。
医療の質向上には的確な現状把握が必要で,そのためには正確にデータを収集しなくてはならない。とくに,がん患者の生存率の推定には,登録症例の悉皆性と長期予後の追跡調査が必須となる。長期予後情報の追跡漏れは臓器がん登録としても課題となっており,各臓器によって追跡のばらつきが指摘されている[6]。参加施設の偏りや登録症例の偏り,追跡調査の不備はバイアスとなり,結果の解釈への影響が大きい。
NCDにおける予後情報の収集は,まず術後30日時点までの術後評価を基本とし,これにより,短期的な予後のアウトカム評価が可能となっている。さらに,専門領域ごとに各がんの臨床的な特徴をふまえた追跡調査が設計され,1年後・5年後・10年後といった長期的な予後情報の収集が計画されている。またNCDは,施設のカバー率・症例のカバー率ともに,高い水準で,悉皆性の高いデータベースであることが期待されているが,本来期待される母集団と,実際の登録症例の乖離がどのように・どの程度あるかは,結果の一般化可能性に直接影響する。NCDではデータの質や整合性の検証にも取り組んでおり,今後も継続した検証が必要である。
一方で,予後情報の追跡調査に関しては,複数のがん登録や症例登録事業が並行して行われているため,データ収集の効率化への取り組みも重要な課題である。NCDはオプトアウトで予後情報の収集も行うこととなるが,データ収集の効率化のためには,施設間連携や行政データとの連携,地域がん登録・院内がん登録との連携が今後重要となる(図1)[7]。個人情報保護や倫理的側面に十分配慮したうえで,がん登録法やマイナンバー制度の導入など,昨今の社会の動きにも対応した形で,今後も発展的にシステム開発や運用面での検討を行う予定である。
予後情報の追跡調査とデータ収集の効率化
NCDデータの活用事例
NCDでは,蓄積されたデータを活用した臨床現場へのフィードバックに取り組んでいる。NCDはインターネットを介した登録を行っており,同じインフラを利用して,次のような情報を臨床現場に直接フィードバックする仕組みを構築中である。
① 術後死亡や合併症発症の予測値の計算機能臨床データベースでは,患者さんの背景情報以外に,アウトカム情報(例:生存状況,術後合併症,がんの再発・転移など)も蓄積される。これらの情報から,患者さんの予後に影響するリスク因子の特定と,それに基づくリスクモデルの開発が可能となる。術前情報を用いて,臨床的・統計的観点から死亡や合併症の発症に影響するリスク因子を検討する。そして,各リスク因子が死亡や合併症の発症に寄与する大きさを推定し,術式ごと・アウトカムごとにリスクモデルを開発する。例えば消化器外科領域では,胃全摘術や肝切除術など,8つの医療水準評価対象手術でリスクモデルが検討されている[8]。このようなリスクモデルは,がんの部位別に構築することが可能であるが,リスクモデルの構築にはnational-wideのデータが必要となる。そのためには,NCDのような全国規模での詳細な患者情報・アウトカム情報の収集が不可欠である。
リスクモデルを活用した臨床へのフィードバックの例としては,NCD症例登録画面から術前情報などを入力すると,患者さんの死亡率などの予測値を計算して表示することができる。この情報は,患者さん・家族への説明や医局カンファレンスで利用することができる。また同様の機能は,例えば海外では,米国外科学会のAmerican College of Surgeons National Surgical Quality Improvement Program(ACS NSQIP)で,“Surgical Risk Calculator”としてwebsiteで公開されている(http://riskcalculator.facs.org/)。
② 施設診療科ごとのベンチマーキング大規模臨床データベースの特徴として,治療成績や症例数を自施設と全国で比較しながら,自施設の特徴を把握することが可能となる。全体としての均てん化のためにも,まずは医療現場で,医療従事者が自ら,継続的に,現状を直接把握することは重要である。臨床データベース事業に医療機関が参加することで,医療の質向上が期待されることも明らかとなっている[9]。ただし,単純な比較ではバイアスが生じるため,前項のリスクモデルを用いたリスク調整済の死亡率をフィードバックするなどを考慮している。その他にも,Quality Indicator(QI)を施設診療科ごとに算出し,各医療機関で自施設の傾向を把握することも可能である。とくにQIによるリアルタイムなモニタリングは米国で普及しており[10],日本でもがん登録のさらなる活用が期待される。
またNCDは,データベースのプラットホームとしての役割も有している。データを利用したデータ分析や,臨床データベースを基盤とした臨床研究も可能で,エビデンスの創出にも取り組んでいる[11]。さらに,海外の臨床データベース事業との連携も行われており,例えば,日本心臓血管外科データベースでは胸部外科学会,消化器外科領域ではACS NSQIPが連携している。このような連携によって国際比較が可能となるよう,データベースの設計段階から入力項目や定義が検討されている。国際比較によって,治療成績の比較のみならず,治療対象患者の背景の違いや治療法の適応の違いなども検討が可能となる。
NCDは,医療の質向上のための臨床データベースとして,患者視点に立ち,医師をはじめとした医療従事者が理解・納得して参加できる事業を目指して取り組んでいる。とくにがん領域では,がん対策推進計画でもアウトカム評価の検討がはじまっており,NCDをプラットホームとしたデータの蓄積は,ますます重要になると考えられる。一方で,データ集積には,NCD全参加施設の医療従事者の協力なくしては成り立たず,データ入力の効率化に今後も継続的に取り組む必要がある。そのうえで,臨床データベース事業を通じて,さらに医療現場へのフィードバックや社会への情報還元をより強化し,がん医療の質をさらに高めていくことが期待される。
NCDの全参加医療機関ならびに医療従事者の皆様に感謝申し上げます。