日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺癌登録
伊藤 公一
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2014 年 31 巻 1 号 p. 34-38

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抄録

甲状腺悪性腫瘍登録として甲状腺悪性腫瘍全国登録(UICC),地域がん登録,National Clinical Database(NCD)の3種が存在するが,そもそもの目的が異なるために,不一致,無駄な作業が多数存在し,現場の登録業務で問題が山積している。

そこで,それぞれの経緯,現状を調べ,登録項目の詳細を分析した。

それらが効率よく整理,省力化されたうえで,長年に渡り日本甲状腺外科学会が管轄し,諸般の事情で8年前より休止中であるUICCの円滑な復活に繋げたい。

はじめに

日本内分泌外科学会,日本甲状腺外科学会および日本甲状腺学会担当者の尽力により,わが国の臨床サイドにおける診療ガイドラインが構築され,甲状腺癌診療の標準化も進んでいる[]。

しかしながら,それらの応用できわめて大切な役割を果たすべき悪性腫瘍登録はUICC,地域がん登録,NCDなど複数が存在し,それぞれのシステムに差異が存在する。

いずれも内容は多岐にわたり,現場で大量の情報整理を司る外科医や診療情報管理士の登録業務は多忙をきわめている。

その中,本来,最も大切である学会主導のUICCが中断したままである。

そこで本稿ではUICCを中心に3種の登録について,それぞれの経緯,現状,問題点などを紹介したうえで,今後の展望を述べる。

甲状腺悪性腫瘍全国登録(UICC)

日本甲状腺外科学会(甲状腺外科検討会,甲状腺外科研究会から発展)が管轄するUICCは,術後病理診断により悪性腫瘍の診断が確定された初回手術例を対象としている。

その歴史は古く,検討会時代の1977年度治療例より毎年の登録が蓄積され,図1の如く順調に登録数も増え,独自の登録用紙(図2)により学会員の手術症例を術前情報から術後病理検査結果,術後追加治療,予後までを細かく統計網羅していた[]。

図1.

甲状腺悪性腫瘍全国登録 症例数と協力施設数の年次推移

図2.

UICC登録用紙

さらには,それらの集計・分析により,日本人の甲状腺癌の予後因子を規定すべき多くの知見が得られ,国内外に医学論文として情報発信されてきた[]。

このように尊いトライアルであったUICCであるが,2005年に施行された個人情報保護法により2007年に休止を余儀なくされ現在に至っている。

地域がん登録

地域住民の情報登録は多数の異なるデータ源から,長年の経過を追って発生するデータを追跡し,資料を照合して同一人物と同定するための情報が必要となる。

よって電子媒体の普及とともに,個人情報保護の重要性が見直されるようになった現在では,がん登録に関しても,内部の情報保護規定の作成と遵守,資料利用審議会の設置など多くの保護策がとられるようになった。また他方で,がん登録の立法化も各国で進められている[10]。

わが国の地域がん登録は,1955年に5府県2市で開始され,1975年に厚生省がん研究助成金により「地域がん登録」研究班が創設された。

1983年の老人保健法制定に伴い,府県が行うべき事業と位置づけられ,19県が事業を開始し,1992年に地域がん登録全国協議会が創設された。

このような長い歴史を踏まえ,がん対策が本格化し,2007年に策定された「がん対策推進基本計画」に従い,「がんによる死亡者の減少」および「すべてのがん患者およびその家族の苦痛の軽減並びに療養生活の質の維持向上」という全体目標の達成を目指して推進が図られた。

「がん対策推進基本計画」では,エビデンスに基づいて進め,がんの罹患率および生存率などを把握する,がん登録を重点課題として掲げ,さらなる推進を図っていくことが定められた。

現状では38道府県1市およびがん診療連携拠点病院を中心とした一部の医療機関,ならびに一部の臓器を対象においてのみ行われている(図3)[11]。

図3.

日本の現在の状況(2000年1月)

そこで,がん登録の質的精度を保つためには,一定の大きさを越える規模の人口を対象に中央登録室の存在が不可欠である。そして医療機関の相互連携,信頼関係をもって,正確ながん登録が成立するわけだが,一つの登録室が対応する医療機関数にも自ずと限界が生じる。

現実的には北欧諸国のような200~500万人単位の調査が,適切規模とされているが,一国がこれを越えた大人口を持つ場合は,地方行政単位に分けて実施し,国の中央に,これらを統括する「全国システム」を置かざるをえない。

National Clinical Database(NCD)

NCDは,日本全国で行われている外科手術に関する情報を登録し,それを集計・分析することで外科系医療の質を向上させ,最善の医療を提供することを目指す,いわば“国家的プロジェクト”である。

目指す内容は,①外科関連の専門医のあり方を考えるための共通基盤の構築,②医療水準の把握と改善に向けた取り組みの支援,③患者に最善の医療を提供するための政策提言,④領域の垣根を越えた学会間の連携である。

2011年1月1日から本登録がウェブサイトを通じて開始された。当初は作動が遅いなど種々の問題があり,細かいものまで数えれば膨大なクレームが寄せられたが,試行錯誤のうえ,現在では,おおむね順調に登録作業が行われるようになってきた。

特に外科専門医と密接にリンクしており,日本外科学会では,日本消化器外科学会,日本小児外科学会,日本胸部外科学会,日本心臓血管外科学会,日本血管外科学会,日本呼吸器外科学会,日本乳癌学会,そして日本内分泌外科学会(のちに日本甲状線外科学会が参加)の9学会を交えた一般社団法人が設立された。

このように広範な診療科領域が連携してデータベース構築に取り組むことは,世界でも例がない先進的な事例である。

本邦には,これまで手術に関して全国を網羅するような基礎的データベースはなく,それゆえ,医療水準の施設間比較,外科医の適正配置,外科専門医制度といった問題を客観的に議論することが不可能であった。

NCDでは,日本全国の約9,500の病院施設のうち,およそ2,000~3,000施設が対象となり,年間約100万件の手術症例の登録が見込まれている。

しかし,もし参加施設が予想外に少なければデータベースとしての価値は低くなるので,登録しなければ診療報酬請求ができないなどの対策が必要になるかもしれない。

NCDは今後も種々のBrush-upが必要であろうが,画期的な試みであり,この制度により本邦の外科医療が正しい方向に進むことが期待される。

おわりに~UICCの復活を願って

UICC,地域がん登録,NCDの登録項目を対象症例,目的,患者情報,入院情報,術前情報,術中情報,術後情報,病理,術後治療,退院情報,追跡に分け,分析したものを表1に示した[12]。

表1.

NCD,UICC,地域がん登録の比較

そもそもの目標が異なるために不一致が多数存在するが,正確な情報を蓄積するために現場の入力担当者はすべてを遵守しなければならない。

これら既存の3種の登録法に加え,日本核医学会でもアイソトープ内用療法委員会が中心となり,追加治療の適応,成績を正確に把握するべく甲状腺癌手術症例の集積を計画されている。

さらに甲状腺疾患専門医有志で構成されるThyroid Oncology Doctors Network(TODoc)よりも独自の疾患登録開始が提言されている。

そして,これら学術的なトライアルのみならず,当然,医事業務としての診療報酬請求業務が行われ,手上げ方式ではあるがDiagnosis Procedure Combination(DPC)も含めれば,ここでも違った疾患分類,診療行為の登録業務が発生している。

以上述べてきたように疾患登録,特にがん登録については問題も山積するが,こと甲状腺癌については同業先人の方々の知恵と工夫と努力の結晶であるUICCを無駄にしたくない。

甲状腺外科医に加えて,泌尿器科医が参加する内分泌外科学会と,耳鼻科医,放射線科医,病理医が積極的に係る甲状腺外科学会は,構成メンバーも似て非なるところがあり,登録業務を難解にしている。

そこで内分泌外科学会理事より甲状腺学会と共同歩調し,両学会独自のデータベースの構築が提唱されてもいる。

現在のNCDの項目に沿った改良により,現場の負担を極力軽減させるアイデアであるが,いずれにしても諸条件を整えたうえでのUICC復活が検討されている。

さらに8年間の空白期間に手術が行われた症例分析も含め,整合性を追及し,すべての登録手法について正確さを担保しつつ,可能な限りの省力化を図りたいものである。

【文 献】
  • 1.   吉田  明:甲状腺腫瘍診療ガイドライン.日外会誌 113:507-511,2012
  • 2.   斉川 雅久:厚生労働省がん研究助成金(9-1)報告書.甲状腺悪性腫瘍全国登録について.2012
  • 3.   Ezaki  H,  Ebihara  S,  Fujimoto  Y, et al.: Analysis of Thyroid Carcinoma Based on Material Registered in Japan during 1977-1986 with Special Reference to Predominance of Papillary Type. Cancer 70: 808-814, 1992
  • 4.   海老原 敏:多変量解析よりみた甲状腺癌の予後因子.KARKINOS 6:473-479,1993
  • 5.   Saikawa  M: THYROID CANCER REGISTRY. Gann Monogr Cancer Res 43: 29-38, 1995
  • 6.   Ebihara  S,  Saikawa  M: Survey and analysis of thyroid carcinoma by the Japanese society of Thyroid Surgery. Thyroidol Clin Exp 10: 89-95, 1998
  • 7.   斉川 雅久, 海老原 敏:甲状腺癌の疫学.JOHNS 15:901-904,1999
  • 8.   海老原 敏:「甲状腺悪性腫瘍全国登録症例の長期予後調査」資料.第31回甲状腺外科研究会 当番世話人報告 1-13,1998
  • 9.  Office for National Statistics,  Coleman  MP,  Babb  P(eds), et al.: Cancer survival trends in England and Wales, 1971-1995:deprivation and NHS Region. Studies in Medical and Population Subjects No.61Stationery Office, London, 1999.
  • 10.  Institute of Medicine(IOM): National Cancer Policy Board, National Research Council. Enhancing Data Systems to Improve the Quality of Cancer Care. National Academy Press, Washington DC, 2000.
  • 11.  平成22年度国立がん研究センターがん研究開発費「がん登録等,がんの実態把握に資する疫学的・基礎研究」班:がん対策を推進するために必要ながん登録に関する提言  http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001scv3-att/2r9852000001sd1l.pdf 平成25年1月28日参照
  • 12.   伊藤 公一:甲状腺悪性腫瘍登録の検討~UICCとNCD,地域がん登録.日甲状腺会誌 4:32-37,2013
 

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