最初に,永続性副甲状腺機能低下症を回避するために必要な,術翌日の血中i-PTH(Day1-PTH:非移植副甲状腺機能)と移植腺数を検討した。Day1-PTH≧10pg/mlでは,永続性機能低下は0.6%(3/493)と低かった。Day1-PTH<10pg/mlでも,2腺以上移植した症例は,9.2%(22/239)に抑えられた。
次に,術中i-PTH値(全摘後5分値:PTT-PTH)と,Day1-PTHの相関を調べた。PTT-PTH≧15pg/mlは,Day1-PTH≧10pg/mlに対して,感度80.15%,特異度82.91%,PPV 76.22%,NPV 85.94%であった。計算上,PTT-PTH<15pg/mlの時,移植腺なしでは,36.1%の確率で永続性機能低下となりえる。2腺以上の移植を行うと8.3%となり,絶対危険減少27.8%,相対危険減少77.0%が期待される。
甲状腺全摘後の永続性副甲状腺機能低下症は,1.6~30%と報告されている[1]。副甲状腺を支配血管とともにin situに温存することが求められるが,温存した副甲状腺おのおのの機能を測定する方法はない。血中PTH値(intact,whole)は,温存副甲状腺のホルモン分泌の総和となるが,機能評価の唯一の指標である。一方で,切除された副甲状腺を筋肉内に自家移植することで,術後の副甲状腺機能の改善が見込まれることはよく知られている[2]。移植した副甲状腺組織からのホルモン分泌が,血中で測定されるには,少なくとも数日は要すると考えられるため,術翌日の血中PTH(Day1-PTH)は,in situに温存した副甲状腺機能(非移植副甲状腺機能)だけを評価するのに有用である。今回の検討では,非移植副甲状腺機能に加え,何腺を移植した結果,永続性副甲状腺機能の発生頻度が,どの程度になるかを明らかにする。また,術中迅速PTH測定が,永続性副甲状腺機能低下症の予測因子として活用できるかについても検討した。
永続性副甲状腺機能低下症を回避するために必要な,術翌日の血中i-PTH(Day1-PTH:非移植副甲状腺機能)と移植腺数は?
◆2009/1~2010/12に伊藤病院で施行された甲状腺全摘および準全摘症例。
◆CND(中央区域郭清)やMND(保存的頸部郭清)の有無は問わない。
◆原発性副甲状腺機能亢進症,家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症の合併症例は除外。
◆血中カルシウムおよびi-PTHが正常にもかかわらず,ビタミンDの減量や中止が試みられていない症例は除外。
◆術後1年の時点で,カルシウム,ビタミンDの内服なしで,血中カルシウム8.0mg/dl以上を維持できる症例を,副甲状腺機能温存症例と定義。
◆血中i-PTHは,ECLusys“PTH”;Roche Diagnostics K.K.(15.0~65.0pg/ml)を用い院内測定。
◆1,077例を後ろ向きに解析。
結 果表1に示すように,Day1-PTH≥10pg/mlでは,移植線がなくても,副甲状腺機能は,98.8%で温存された。Day1-PTH<10pg/mlでは,機能回復のために自家移植されていることが必要で,移植線数が多いほど,機能温存の成功率は上昇した。移植腺数を2腺以上と2腺未満で群分けして,表2に示した。Day1-PTH≥10pg/mlでは,99.4%の症例で副甲状腺機能が温存された。Day1-PTH<10pg/mlでも,2腺以上の副甲状腺を移植することで,90.8%の症例で機能温存された(表2a)。甲状腺癌でCND(MND)を併施した症例のみの解析でもほぼ同様の結果で,Day1-PTH≥10pg/mlの99.1%,Day1-PTH<10pg/mlでも2腺以上移植症例では90.7%の症例で機能温存が達成された(表2b, c)。Day1-PTH≥10pg/mlもしくは2腺以上の副甲状腺の移植で,永続性副甲状腺機能低下症は10%以下に抑えられた。

副甲状腺移植腺数と副甲状腺機能温存成功率

Day1-PTHと副甲状腺移植腺数,副甲状腺機能温存成功の関係(全例 n=1,077)

Day1-PTHと副甲状腺移植腺数,副甲状腺機能温存成功の関係(郭清なし n=362)

Day1-PTHと副甲状腺移植腺数,副甲状腺機能温存成功の関係(CND併施 n=715)
術中迅速PTH測定値は,永続性副甲状腺機能低下症の予測因子になりえるか?
◆同意が得られた甲状腺全摘,準全摘症例 20例。
◆測定項目として,術中にi-PTH(PTT-PTH:Post-Total Thyroidectomy-PTH),Ca,Albを同時測定。手術翌日は,i-PTH(Day1-PTH),Ca,Albを測定。
◆甲状腺標本摘出時(全摘およびCND終了時)を0分として,5分後,10分後に採血。麻酔導入後手術開始前採血,手術翌日早朝採血と比較する。
◆血中i-PTHは,ECLusys“PTH”;Roche Diagnostics K.K. (15.0~65.0pg/ml)を用い院内測定。
結 果一般に,血中i-PTHは,血中Ca値に鋭敏に反応し,影響を受けるが,同時測定の補正血中Ca値は,手術中ほとんど変動しなかった(図1a, b)。よって,測定は,i-PTHのみで良いと判断した。また,PTT-PTHは,摘出後5分でほぼ安定し,PTT-PTH<15pg/mlの13例中11例(84.6%)はDay1-PTH<10pg/mlとなり,PTT-PTH≥15pg/mlの7例中5例(71.4%)は,Day1-PTH≥10pg/mlであった。そこで,PTT-PTH5分値15pg/mlをcut offとして,次のstudyを行った。

血中i-PTH値の変化

補正血中Ca値の変化
◆同意が得られた甲状腺全摘および準全摘症例。
◆CNDやMNDの有無は問わない。
◆副甲状腺機能亢進症,家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症の合併症例は除外。
◆術中にPTT-PTH(摘出後5分値),手術翌日はDay1-PTHを測定。
結 果CNDを併施する場合,両下の副甲状腺は,多くの場合で,切除,移植となり,さらに,両上の副甲状腺も血流障害となりやすい。陽性的中率や陰性的中率は,Day1-PTH≥10pg/mlを達成できた頻度に大きく影響を受けるため,PTT-PTHがDay1-PTHの予測因子となりえるかについては,CND併施の有無に分けて検討した。
表3a, b,表4にその結果を示すが,CND併施の如何によらず,特異度は約83%と高かった。郭清なしの群では,陽性的中率が92%と高かった。一方で,CND併施の群では,陰性的中率が89%と高かった。すなわち,郭清なしの症例で,PTT-PTH≥15pg/mlは,永続性副甲状腺機能低下症を回避する安心材料となる。CND併施の群でPTT-PTH< 15pg/mlが術中に判明するのであれば,移植線2腺を確保して,永続性副甲状腺機能低下症の回避に努めたい。

PTT-PTHとDay1 PTHの関係(郭清なし n=335)

PTT-PTHとDay1 PTHの関係(CND併施 n=218)

Day1-PTH≥10pg/mlの予測因子としてのPTT-PTH≥15pg/mlの成績
現時点で,対象症例の1年以上の追跡が終了していないので,PTT-PTHと永続性副甲状腺機能低下症との直接的な相関は出すことができない。そこで,Study1の結果とStudy2の結果から,PTT-PTH値と移植腺数別の副甲状腺機能温存に対する期待値を計算して表5a, bに示した。

PTT-PTHと副甲状腺移植腺数による副甲状腺機能温存成功の期待値(郭清なし)

PTT-PTHと副甲状腺移植腺数による副甲状腺機能温存成功の期待値(CND併施)
例えば,CNDを施行した場合,PTT-PTH<15pg/mlかつ移植腺0の場合は,36.1%の永続性副甲状腺機能低下が見込まれる。一方,PTT-PTH<15pg/mlでも移植腺2腺以上の場合は,8.3%の永続性副甲状腺機能低下に抑えられる。よって,計算上は,PTT-PTH<15pg/mlの状況下では,2腺以上の副甲状腺を移植することによる絶対危険減少は27.8%,相対危険減少は77.0%となり,永続性副甲状腺機能低下症を回避するために,副甲状腺自家移植は極めて有用である。
甲状腺全摘後の低カルシウム血症を予測するための,術中,術後のi-PTH測定の報告は多い[3,4]。術後10分から数時間のPTH値が,術後の低カルシウムを予測するのに有用であるとしているが,永続性副甲状腺機能低下症との関係について調べた報告はない。中央区域郭清の追加が,永続性副甲状腺機能低下症のリスクを増やし,副甲状腺の自家移植がリスクを減らすという報告も数多い[1,5]。しかしながら,移植腺数と永続性副甲状腺機能低下症の関係についての情報は少ない。今回われわれは,Day1-PTH≥10pg/mlもしくは,2腺以上の副甲状腺自家移植により,永続性副甲状腺機能低下症を10%以下に抑えられることを示した。また,甲状腺全摘5分後の術中i-PTH値(PTT-PTH)のcut off値15pg/mlが,Day1-PTH値10pg/mlを予測するのに有用であることを示し,PTT-PTH値と移植腺数から,永続性副甲状腺機能低下症のリスクを予測できる可能性を示唆した。今後,対象症例の1年後の甲状腺機能低下症とPTT-PTHの相関について,集計,解析を行っていく。