日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
グレーゾーンの甲状腺乳頭癌に対する甲状腺切除術式
杉谷 巌
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2014 年 31 巻 4 号 p. 261-265

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抄録

乳頭癌のリスクに応じた取扱いが推奨される中,甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版では,乳頭癌のリスク分類法としてTNMステージングを推奨したうえで,T1N0M0の低リスク癌には葉切除を,T>5cm,高度のN1,高度のEx,M1などの高リスク癌には全摘を推奨した。中間のグレーゾーンに対する方針は術後合併症の発生頻度と予後のバランスをもとに,個々の症例について決定することが求められた。癌研式乳頭癌の癌死危険度分類では,M1,50歳以上で高度のExまたは3cm以上のNを認めるものが高危険度群で,それ以外はすべて低危険度群とした。低危険度群の82%に甲状腺温存手術が行われたが,術式による予後の差はなく,疾患特異的10年生存率は99%以上であった。再発率は8%で,再発危険因子として,年齢60歳以上,T>3cm,Ex2,2cm以上のNが有意であった。これらに該当する症例をグレーゾーンとして,甲状腺全摘・放射性ヨウ素内用療法を推奨すべきかどうかは今後の検討課題である。

はじめに

従前より諸外国では臨床的顕性乳頭癌のほとんどに対して甲状腺(準)全摘術が選択されてきたのに対し,日本においては甲状腺温存手術(葉切除~亜全摘)が広く行われてきた。前者が後者に比べて,再発・生命予後を向上させるというエビデンスに高位のものはなく,近年では欧米でも乳頭癌の治療においてはrisk-adapted management(リスクに応じた取扱い)が重要視されるようになってきた。癌死のリスクを最小化するという目的を達成するために,適切なリスク分類法に基づいて,再発の可能性,患者の生活の質(QOL)を損なう危険性,医療経済に及ぼす影響などのリスクバランスを考慮して,個々の患者に最適の医療手段を選択しようとするものである。しかしながら現況では,既存の甲状腺癌の治療手段(手術,放射線療法,ホルモン療法)の効果そのものが限定的であることに加え,完璧なリスク分類法が存在しないことから,明確に治療方針を呈示するのが難しい「グレーゾーン」の乳頭癌というものが存在する。

本稿では,ガイドラインにおけるグレーゾーンの設定とNCDに見る日本の乳頭癌治療の傾向を概観した後,自験例の解析から考える「中間リスク群」の取扱いについて検討する。

ガイドラインにおけるグレーゾーンの設定

日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会の共同編集による『甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版』では,妥当性(予後予測性)および利便性に優れた甲状腺乳頭癌のリスク分類法として,国際対がん連合(UICC)によるTNMステージングを最も推奨したうえで,T1N0M0の低リスク癌には葉切除術でよいとし,腫瘍最大径>5cm,高度のリンパ節転移(3cm以上,内頸静脈・頸動脈・主要な神経・椎前筋膜へ浸潤する,あるいは累々と腫れているリンパ節転移),高度の腺外浸潤(気管および食道粘膜面を越える)または遠隔転移合併といった高リスク症例には甲状腺全摘術を推奨している。どちらにも当てはまらない症例はグレーゾーンとして残り,これに対して全摘を行うかどうかの判断は,反回神経麻痺・副甲状腺機能低下の発生頻度とリスク分類を用いた再発予後・生命予後の予測とのバランスをもとに,個々の症例において手術を実施する施設ごとに最終決定することが求められている[]。

本ガイドラインにおけるグレーゾーンの設定は,施設の実力(いかに反回神経麻痺・副甲状腺機能低下症といった合併症の発生を少なく抑えて甲状腺全摘術を行いうるか)のばらつきを踏まえたうえで,ガイドラインとしての普遍性を意識して作られた妥当なものである。しかしながら,治療方針選択において重要な自己点検を怠ってしまうと,多くの乳頭癌症例が「低リスクではない」と解釈される結果,過剰治療へと導いてしまう危険性もはらんでいる。

2011年度NCD登録症例に見る乳頭癌に対する甲状腺切除術式

第46回甲状腺外科学会学術集会(2013年9月)での特別報告[]によると,2011年度National Clinical Database(NCD)に登録された乳頭癌症例7,169例のうち,65%がT1,73%がN0,97%がM0で,Stage Ⅰが65%を占め,Stage Ⅳは15%であったが,甲状腺切除術式としては全症例の40%に甲状腺(準)全摘術が施行されていた。この結果は,2006年のShigematsuらの日本の内分泌・甲状腺外科医を対象としたアンケート調査において,T2(片側性)低リスク癌に対して,8割が甲状腺温存切除(腺葉切除または亜全摘)を選択したとの報告[]とは印象が異なっている。ガイドラインの影響か,わが国においても乳頭癌症例に甲状腺全摘術が選択されるケースが増えている傾向が示唆される。一方でNCD報告によれば,全摘術後の反回神経麻痺は11%,副甲状腺機能低下は32%の症例で発生しており,いずれも非全摘例(それぞれ1.5%,3%)より有意に高頻度となっている。

癌研病院式乳頭癌の癌死危険度分類法

がん研究会有明病院は高度進行例を扱うことが多いがん専門病院であるが,従来,遠隔転移症例および両側性病変以外には,可及的に甲状腺を温存する術式を採用してきた。放射性ヨウ素(RAI)内用療法は遠隔転移に対してのみ行われ,アブレーション治療は行っていなかった。それでも微小癌(腫瘍径≤1cm)を除く乳頭癌における原病死は5%ほどに過ぎず,TNMステージングでは過剰診断になる印象を抱いていた。そこで,1976~1998年の初取扱い乳頭癌(微小癌は除く)604例を対象とした平均観察期間11年での後向き解析により,癌死にかかわる予後因子の多変数解析を行い,独自の癌死危険度分類法を考案した[]。遠隔転移症例および年齢50歳以上で高度の甲状腺外他臓器浸潤(術前反回神経麻痺または気管・食道の粘膜面までの浸潤に相当)または3cm以上の巨大リンパ節転移を認めるものが高危険度群(106例),それ以外はすべて低危険度群(498例)と定義した。前者の10年疾患特異的生存率(CSS)は69%であったのに対し,後者のそれは99%であった(p<0.0001)。

癌研分類での高危険度群は全体の18%であったのに対し,TNM分類では34%がStage Ⅳに該当した。癌研式低危険度群の20%がTNM分類ではStage Ⅳで,Stage Ⅳの40%は癌研分類で低危険度群であり,癌研分類は低危険度群をかなり広く取った分類法であるといえる。

癌死危険度分類に基づくrisk-adapted management

2005年以降,本分類法に基づき,高危険度群乳頭癌に対しては,従来からの他臓器合併切除などによる徹底した局所根治手術に加え,甲状腺全摘・RAI療法をルーチン化した。一方,両側性病変やバセドウ病合併など全摘推奨例を除く低危険度群乳頭癌に対する甲状腺切除範囲(葉切除または全摘)は患者のインフォームド・デシジョンに基づいて決定することにした。両術式のメリット・デメリット(再発および合併症の可能性など),術後サーベイランスの方法などにつき,書面を用いて時間をかけてできるだけ公平に説明したが,全摘を希望した患者は3%のみであった(腺葉切除希望:82%,医師にまかせる:15%)。

低危険度群における再発危険因子

1993~2010年に取扱った微小癌を除く乳頭癌患者は1,187例で,うち967例が低危険度群に分類された。10年CSSは99%(原病死11例)であったが,再発は79例(8%)で認め,10年無再発生存率(DFS)は88%であった。

967例中791例(82%)の症例には甲状腺温存切除が行われ,全摘は176例(18%)に行われた。術式による予後の差はなく(図1),甲状腺温存切除例における残存甲状腺再発は4例(0.5%)であった。腺葉切除例における顕在性甲状腺機能低下は13%(橋本病合併例を除くと10%)であった。全摘例では永久性副甲状腺機能低下を7%の症例で認めた。術後反回神経麻痺の頻度には術式による差はなかった。

図1.

甲状腺切除範囲と治療成績

LTT:甲状腺非全摘 TT:甲状腺(準)全摘

A)疾患特異的生存率(CSS)

B)無再発生存率(DFS)

低危険度群における術前・術中に判明しうる遠隔再発危険因子の多変数解析の結果,年齢60歳以上,腫瘍径>3cm,2cm以上のリンパ節転移が有意であった(表1)。これらの危険因子3項目中2項目以上該当する症例では10年の無遠隔再発生存率は70%であった(図2)[]。

表1.

低危険度群乳頭癌における再発危険因子(多変数解析)

図2.

低危険度群乳頭癌における遠隔再発危険因子(年齢60歳以上,腫瘍径>3cm,2cm以上のリンパ節転移)の数と無遠隔再発生存率(D-RFS)

高危険度群の治療成績

2005年以降,47例のM1症例に対してRAI大量療法を行ったが,標的病変のうちRAIを集積したのは8例(22%)で,画像上その縮小効果(CRまたはPR)を認めたのは3例(8%)に過ぎなかった。

M0高危険度群に対するRAIアブレーション治療の結果,25%の症例で甲状腺床以外へのRAI集積を認めたが,RAIによって,画像上の治療効果を認めたのはその44%であった。一方,アブレーション後にRAI集積陰性となった症例の33%で血清サイログロブリン陽性が持続し,うち67%で後に構造的再発を認めた。

高危険度群に対するrisk-adapted management導入以前の症例(1993~2004年,101例,平均観察期間13年)の5年CSSは89%,5年DFSは66%であったが,導入後(2005年~2010年,119例,平均観察期間4年)はそれぞれ87%,60%であり,今のところ有意の改善は認めていない。

「中間リスク群」(グレーゾーン)の設定と取扱い

癌死をエンドポイントに,広義に設定した癌研式の低危険度群のうち,遠隔再発リスクの高い症例(遠隔再発危険因子3つのうち2つ以上該当)を「中間リスク群」(癌死しにくいが,再発しやすい患者群)と設定して,甲状腺全摘・RAI療法を推奨するのがよいかどうか,現在,日本医科大学内分泌外科において前向き試験を検討中である。

狭義の癌死高危険度群に対しては,まだ観察期間が十分ではないとはいえ,historical control群との比較で甲状腺全摘・RAI療法による劇的な治療成績改善は認められていない。高リスク群に対する甲状腺全摘・RAI治療の効果は十分とはいえない中で,近年の国際的治験での良好な結果を受けて,いくつかの分子標的薬が甲状腺癌治療の現場に参入し始めた。2014年6月にはsorafenibが根治切除不能な分化型甲状腺癌に対する保険適応が承認されたが,治験において示されたのはRAI抵抗性分化癌における無増悪生存期間であり,とくに日本人患者においては手足皮膚反応などの副作用の頻度も高いことも報告されている[]。RAI治療のaccessibilityの問題などから,高危険度癌であっても甲状腺が温存され,RAI治療が行われていない症例が多いわが国において[],どのように分子標的薬の適応を確立していくかは今後の大きな課題である。

ところで,高危険度群といってもその10年CSSは70%近い。とくに反回神経のみへの腺外浸潤[],肺のみへの小さな遠隔転移[]などの症例の予後はよい(10年CSSは90%程度)ことが知られている。癌死または再発リスク分類におけるグレーゾーンの設定においては,あらかじめ目安となる死亡率,再発率についてのコンセンサスが必要かもしれない。

おわりに

適切なリスク分類に基づくrisk-adapted managementは甲状腺癌治療の理想形ではあるが,ここでいう「リスク」には,癌死リスク,再発リスク,合併症リスク,医療経済リスクなど様々なものがある。多様な「リスク」を複合的に評価しうる確立したシステムはいまだ存在しないため,グレーゾーンという形でリスク解釈に幅を持たせている現況にある。したがって,普遍性を重視するガイドラインにおいてその設定が広めになることは致し方ないところであろう。一方でhigh-volume centerにおいては,自施設の治療成績,合併症成績を検討したうえで独自のリスク分類に基づく明確な治療方針を持ってよい。最近では術後経過[]や初回RAI治療の結果[10],血清サイログロブリンの倍加時間[11]などの動的リスク評価も行われるようになってきた。今後さらに分子マーカーなどにより精度の高い癌死・再発マーカーが開発されることが期待される。

乳頭癌にはラテント癌をはじめ,癌でありながら,生涯人体に無害に経過する病変が数多く存在するという特性がある[12]。精度の高い超音波検査の普及などに伴い,subclinicalな乳頭癌の発見が年々増加しているが,甲状腺癌による死亡者数は変化していない[13]。リスク分類法の構築においては,大半の予後良好な乳頭癌の患者の不安をいたずらに煽るようなことなく,過剰診断,過剰治療を避けるための配慮が重要であろう。

【文 献】
 

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