2014 年 32 巻 1 号 p. 14-17
放射性ヨウ素治療(RAI)不応分化型甲状腺癌に対するソラフェニブの有効性が証明され「根治切除不能な分化型甲状腺癌」に対して適応追加された。一般的に,分化型甲状腺癌の進行は緩徐でRAI不応な患者の中でも治療開始時期の見極めが重要である。実際の治療に際しては,分子標的薬と殺細胞性抗癌薬との違いを十分に理解する必要がある。分子標的薬は殺細胞性抗癌薬に比べて骨髄抑制や嘔気・嘔吐などは少なく管理しやすい面もあるが,ソラフェニブであれば手足症候群・高血圧・たんぱく尿のような特徴的な副作用を管理する必要がある。有効性の面でも分子標的薬は静細胞的に効果を発揮することが多く,十分な治療効果を得るには特徴的な副作用を適切に管理し治療が継続できるよう工夫する必要がある。以上のような分子標的薬の特徴を理解して適正に使用するには,甲状腺癌診療においても多職種診療体制の整備が急務である。
これまで放射性ヨウ素治療(RAI)に不応な転移・再発分化型甲状腺癌に対してはドキソルビシンによる治療を中心に行っていたが,その有効性は不十分なものであった[1]。しかし,2014年にmulti-target kinase inhibitorであるソラフェニブの有効性が証明され,新たな治療オプションとして日本でも使用できるようになった[2]。一方で,分化型甲状腺癌の進行は緩徐なことが多くRAI不応な患者の中でも適切な治療対象の見極めが重要であり,実際の分子標的薬の使用に際しては特徴的な副作用の管理が効果を十分に引き出すためには必要である。本稿では,分化型甲状腺癌に対する分子標的薬の現状と適正使用について述べるとともに,今後の甲状腺癌診療体制の整備についても言及したい。
一般的に分化型甲状腺癌の予後は良好であり,外科的治療と再発リスクに応じたRAIが治療の主役である。しかし,RAI不応となった分化型甲状腺癌の予後は不良なことが多く[3],有効な薬物療法は永らく存在しなかった。そのような状況の中,multi-target kinase inhibitorであるソラフェニブのRAI不応分化型甲状腺癌に対する有効性がランダム化第Ⅲ相試験において示された[2]。ソラフェニブはVEGF-R1,2,3,RET,RAF,PDGFR-βを阻害することでその効果を発揮する薬剤であり,肝細胞癌や腎細胞癌においても有効性が示されている[4,5]。このようなmulti-target kinase inhibitorが分化型甲状腺癌に有効である理由としては,分化型甲状腺癌においてVEGFの発現と予後が相関するという報告や[6],乳頭癌(PTC)の40%程度に認めるとされるBRAFV600E変異に代表されるMAPキナーゼ経路の活性化や濾胞癌(FTC)におけるRAS変異やPTEN欠失に伴うPI3K/AKT経路の活性化など,治療標的となりえる腫瘍増殖のメカニズムが存在することが挙げられる[6,7]。このため,ソラフェニブ以外にも分化型甲状腺癌に対して有効性が示唆されるmulti-target kinase inhibitorが多く開発されてきた(表1)[8~15]。この中でもソラフェニブは,二重盲検ランダム化第Ⅲ相試験(DECISION試験)においてRAI不応分化型甲状腺癌を対象にプライマリーエンドポイントである無増悪生存期間(PFS)の有意な改善を認めた(表2)[2]。日本からも22人の患者が本試験に登録されており,この結果を受けて,日本でも2014年6月20日に「根治切除不能な分化型甲状腺癌」に対して適応追加承認を取得している。

分化型甲状腺癌で有効性が示唆された分子標的薬

DECISION試験におけるソラフェニブの有効性
DECISION試験において,RAI不応分化型甲状腺癌に対するソラフェニブの有効性が示されたが,本試験におけるRAI不応の定義を示す(表3)。RAIに対して感受性がある分化型甲状腺癌については,RAIで長期生存が得られる可能性がある[3]。このためRAIが施行可能な患者に対してはそちらを優先すべきであり,RAI不応でない分化型甲状腺癌に対する有効性は証明されておらず,安易にRAI未施行の患者に適応することには慎重であるべきである。

DECISION試験におけるRAI不応の定義
実際にDECISION試験の結果を踏まえて,どのような患者にソラフェニブの投与を考えるかであるが,RAI不応の定義は臨床試験によって若干異なるものの,やはりRAI不応かつ約1年間(DECISION試験では14カ月間)でRECISTによる評価で腫瘍の増大が確認されている患者が治療対象になっていることは非常に重要なポイントである。つまり,単にRAI不応だけでソラフェニブを開始するのではなく,この1年前後の間に病勢の進行を認めている患者が治療の対象となりうる。さらに,DECISION試験のプラセボ群のPFSは約6カ月であり,治療をしていなくてもPFSが6カ月程度は見込める対象であることにも注意すべきである。後述する有害事象とのバランスを考えれば臨床的な病勢の増悪速度やそれに伴う症状の程度などを見極めて最終的な治療開始時時期を決定すべきと考える。また,一旦治療を開始すれば適切な副作用管理を行いつつ可能な限り長期間継続する工夫が必要である。十分な支持療法を行わなければ不十分な治療となり,結果として期待される効果が得られなければ患者にとってはharmfulな治療になりえるため,薬物療法に関する十分な知識と経験を有する医師を中心とした多職種チームで対応することが重要である。
DECISION試験においてソラフェニブ群で20%以上に認められた有害事象を表4に示した[2]。手足症候群,下痢,疲労,高血圧などが頻度も高く適切な対処が必要となる。手足症候群は頻度も非常に高く,患者の日常生活に影響を与えるため当院における処方例(表5)のような対応と日常生活における注意点の指導が重要である。下痢に対しては,ロペラマイドを予め処方し下痢をすれば遠慮せずに内服することと,内服しても改善しない場合には必ず病院に連絡するように指導しておく。また,高血圧に対しては,たんぱく尿に対する影響も考慮して,アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)・ACE阻害薬を中心にカルシウム拮抗薬などの降圧薬による管理を行う。その他にも低カルシウム血症やTSHの上昇,頻度は低いもののソラフェニブのBRAF阻害作用に関連したケラトアカントーマ/皮膚有棘細胞癌など多岐に亘る有害事象に気を配る必要がある。さらに,血管新生阻害薬や分子標的薬に共通する注意すべき重篤な有害事象を表6に示した。これらの重篤な有害事象発現頻度は高くないものの,万一生じた場合には生命に関わる可能性があるため慎重に治療を進めていく必要がある。

DECISION試験におけるソラフェニブに特徴的な有害事象

手足症候群に対する当院の処方例

血管新生阻害薬や分子標的薬に共通する注意すべき重篤な有害事象
本稿で解説したような分子標的薬の特徴を理解して適正かつ安全に使用するには,がん薬物療法に関して十分な知識と経験をもつ医師が中心となり施設での多職種診療体制の整備を行うことが必須である。また施設内での体制整備だけでなく,施設間での連携体制の構築が重要であり,日本甲状腺外科学会・日本内分泌外科学会・日本臨床腫瘍学会が協力して甲状腺癌診療連携プログラムを立ち上げている。今後,甲状腺癌に対する薬物療法の治療開発はさらに活性化することが期待されており,これを契機により良い甲状腺癌診療体制の確立が望まれる。