2015 年 32 巻 4 号 p. 247-252
今回のATAガイドラインでは,超音波所見と予想される悪性の可能性および腫瘍径を制限した細胞診の適応に関して明らかに記載されている。1cm以下の腫瘍に対しては,特徴的な超音波所見,リンパ節腫大,臨床的高危険要素(幼児期の頸部への外照射歴,甲状腺癌の家族歴)などを除けば,1cm以下の危険性の少ない症例を精査から除外することを提唱している。また,微小甲状腺癌の全てに対して,極めてわずかな例外的結果を防ぐために精査,加療を行うことは患者にとって有益であるよりも,有害であると決断付けている。また,殆どの甲状腺癌は低リスクであり,多くの甲状腺癌は人体の健康をわずかながら脅かすリスクをみせているが,十分に治療可能であると述べられており,今回のATAガイドラインは,微小乳頭癌に対する精査・加療を不要との意思を明らかにしたものである。
甲状腺腫瘍検出・診断のFirst-Lineは,言うまでもなく超音波検査であり,現在の高分解能超音波機器は2~3mmの微小病変であっても容易に検出し,診断が可能である。わが国は,1960年代より諸外国に先駆けて,体表用超音波検査に関しての臨床導入・応用がなされ,病態に応じた甲状腺手術範囲の決定や90年代には超音波ガイド下穿刺吸引細胞診(FNA)も臨床応用されてきた[1]。
超音波機器の分解能向上に伴い,「10mm程度の石灰化を検出できる時代」→「5~6mmの病変を検出し鑑別できる時代」→「2~3mmの微小がんを診断できる時代」へと進化を遂げてきた。当然のことながら,得られる画像情報が大きく変貌すれば,超音波診断基準としての所見の項目や重み付けも変更せざるをえない(図1)。
この様にわが国おける甲状腺超音波診断は,諸外国に比して10年以上早期より発展進化してきたものと言えよう。一方,1990年代欧米をはじめとした国々では,超音波診断に対する臨床的な重み付けはわが国に比べ低く,CTおよびMRI診断がその客観性,普遍性から超音波よりも重要視されてきた。2000年当初より,デジタル式超音波機器の普及から諸外国でも甲状腺超音波検査が次第に認知され,その病変検出力,非被爆性,医療費用の面からも急激に甲状腺超音波検査は普及してきた。ここ10数年の間,急激な超音波検査数の増加に伴い,韓国,米国において1cm以下の微小乳頭癌が数多く拾い上られ,その罹患率の急増が問題となっている。甲状腺癌による死亡率自体には変化はなく,超音波による「過剰診断」が懸念されている[2,3]。わが国では,甲状腺癌の罹患率の急激な上昇はみられず,甲状腺癌の生物学的な特徴を鑑みて「微小がんに対する非手術・経過観察」の提唱がなされ,甲状腺超音波に関する見識が抑制的に働き,不必要な検査を制御できる状態にあるものと考える[4,5]。
今回のATAガイドラインでは,超音波所見と予想される悪性の可能性および腫瘍径を制限した細胞診の適応に関して明らかに記載されている[6]。1cm以下の腫瘍に対しては,特徴的な超音波所見,リンパ節腫大,臨床的高危険要素(幼児期の頸部への外照射歴,甲状腺癌の家族歴)などを除けば,1cm以下の危険性の少ない症例を精査から除外することを提唱している。微小甲状腺癌の全てに対して,極めてわずかな例外的結果を防ぐために精査,加療を行うことは患者にとって有益であるよりも,有害であると論じている。また,殆どの甲状腺癌は低リスクであり,多くの甲状腺癌は人体の健康をわずかながら脅かすリスクは存在するが,十分に治療可能である。微小乳頭癌に対する精査・加療を不要との意思を明らかにしたものである。
超音波所見と悪性度の相関
ATAガイドラインでは,悪性の危険度と超音波所見と腫瘍径の組み合わせから5段階に所見を分類し,FNAの適応をも定めている(図1,2)(表1)。
・ High Suspicion(70~90%):微細多発石灰化,低エコー,境界不明瞭,縦横比高値,被膜外進展,rim状石灰化の断裂,リンパ節転移
1cm以上でFNA
・ Intermediate Suspicion(10~20%):境界明瞭な低エコー腫瘤
1cm以上でFNA
・ Low Suspicion(5~10%):境界明瞭な高-等エコー腫瘤,部分的なのう胞変性
1.5cm以上でFNA(Weak recommendation)
・ Very low Suspicion(<3%):Spongeform様,のう胞変性
2.0cm以上でFNA(Weak recommendation)
・ Benign(<1%):のう胞
No Biopsy:自覚症状やCosmeticな意味合いでは穿刺排液
甲状腺癌のリンパ節転移(のう胞化)が疑われる場合はFNA
ただし,High Suspicionは,いわゆる乳頭癌の所見であり,日本での診断基準項目とは大きな差はないが,わが国ものには縦横比が導入されていないのみである(表2)。まとめれば,1cm以上の乳頭癌のみを拾い上げようとする意図と考えられる。Intermediate Suspicionは,濾胞性腫瘍を主として意味しており,悪性予想頻度はB-modeのみで10~20%もやむをえないものと推察する。
TSH正常からノーマルな症例における超音波所見分類とFNA対象となる腫瘍径のフローチャート
超音波所見と予想される悪性危険度およびFNAの適応基準
2011年 甲状腺結節(腫瘤)超音波診断基準
ATAガイドラインの超音波所見には「Vascularity」という単語が用いられているが,悪性度の評価までには至っていない。乳頭癌主体の検討では,血流評価は悪性の診断に有用ではないことが述べられており,一方,濾胞癌および濾胞型乳頭癌では結節内部の血流と悪性度は相関すると報告されている[7~9]。いずれも,濾胞癌の超音波所見として等-低エコーの楕円形充実性結節であり,石灰化を伴わず,のう胞変性が少ないことも特徴として報告されている[10]。
3)組織弾性イメージング (Ultrasound elastography:USE)組織の硬さを評価するものであるが,論文によって評価,有用性に大きな差異がある。評価自体が変動しやすく,術者依存性が高く,全ての甲状腺結節に対して,B-modeやドプラ法と同様に用いることは勧めないと述べられている[11]。USEにおけるこれからの課題である。
超音波所見と腫瘍径からみたFNAの適応基準は,超音波B-modeのところで記載したとおりである(図1,2)(表1)。腫瘍径からみると,乳頭癌が疑われる症例と濾胞癌疑い症例は1cm以上からFNAの適応とし,一部のう胞変性を呈した腺腫様結節は1.5cm以上,悪性に可能性が少ないSpongiformを呈するものは2.0cm以上をFNAの対象としている。完全なのう胞は大きさによらず,細胞診不要としているが,症状のあるものや外観的な意味合いから穿刺することや,リンパ節転移がのう胞化していると疑われる症例ではFNAも考慮すべきと付記されている。
また,FNAにて診断され経過観察されている1cm以下の微小乳頭癌1,235例に関して,60歳以上より40歳以下において腫瘍の増大および新たなリンパ節転移が多かったという日本から報告を用いて,被膜外進展がなく,US上でリンパ節転移を疑う所見がない1cm以下の疑い症例においては,腫瘍と頸部リンパ節の慎重なUS経過観察が行われるであろうが,FNAに固執するよりも,患者年齢が今後の加療方針を変える可能性があると述べられている[12]。
わが国の甲状腺結節診断のDecision treeに入ることの少ないTSHは,ATAガイドラインでは従来同様に,TSH低値のHyper functioning noduleでは悪性は稀であり,細胞診の評価は不要との見解を変えていない[13,14]。
わが国におけるFNA適応基準とATAの適応基準の差異をまとめると,ATAでは腫瘍径10mm以下の症例とTSH低値の症例を適応から除外している点である(表3)。わが国の適応基準の元になったのは,乳腺甲状腺超音波学会(JABTS)からの甲状腺超音波診断ガイドブック第2版(2012)であるが,これまでになかった腫瘍径によるFNA適応基準(強く悪性を疑うものは5mm以上から,悪性疑いは10mmからFNA施行)を定めている[15]。また,のう胞性と充実性病変に分けて基準を設けている点も特徴の1つである(図3,4)。今後はMolecular markerの研究,臨床応用が進めば,FNAで鑑別困難な濾胞性病変に対する診断方法も大きく変わると推察される。またわが国から発信された微小癌経過観察における報告から,年齢(40歳以下)というFactorがこれまでのFNA適応基準,加療方針決定に大きな変化を促す可能性がある。
腫瘍径および超音波所見などからみた甲状腺FNA不要基準(ATAとJTAの対比)
囊胞性病変の超音波診断フローチャート
充実性病変の超音波診断フローチャート
今回のATAガイドラインでは,超音波所見と予想される悪性の可能性および腫瘍径を制限した細胞診の適応に関して明らかに記載されている。臨床的高危険要素などを除けば,1cm以下の危険性の少ない症例を精査から除外することを提唱している。これらは諸外国に比して早くから導入・研究されたわが国における甲状腺超音波検査による知見の集約をもとにはじめられた「微小乳頭癌非手術・経過観察」からのエビデンスによる影響と考えられる。甲状腺腫瘍の特徴,生物学的予後を反映し,診断,加療方針を定めることの出来るStrategyのUpdateが常に求められている。