日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
特集1
内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術の現状と課題
中条 哲浩有馬 豪男平田 宗嗣田上 聖徳新田 吉陽喜島 祐子夏越 祥次
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2016 年 33 巻 4 号 p. 210-214

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抄録

2016年,甲状腺良性疾患に対する内視鏡手術が保険収載された。これを機に,甲状腺内視鏡手術は急速に普及していくことが予想される。一方,甲状腺悪性腫瘍に対する内視鏡手術は,施行施設が限定的であるために今回の保険収載は見送られ,先進医療Aのまま継続となっている。すでに先駆的施設では内視鏡下の外側区域郭清が行われ,術式の改良や手術器機開発も進んでおり,内視鏡下のリンパ節郭清の質は開創手術に勝るとも劣らないレベルに達している。しかしながら現時点での甲状腺悪性腫瘍手術(先進医療A)の認定実施施設は全国で6施設のみであり,今後の普及のためにも安全性と根治性を高度に両立した術式の確立および定型化が必要である。また,関連学会を中心とした手術手技の議論や啓蒙活動も重要であり,悪性腫瘍手術に限らず,甲状腺内視鏡手術を効率よく若手外科医に継承していくための教育システムの構築も急務である。

はじめに

2016年,ついに甲状腺良性疾患に対する内視鏡手術が保険収載された。本邦では1998年に石井らの前胸部アプローチ法[],清水らのVANS法[]が報告されてから実に18年後の保険収載であった。

2年前の2014年に甲状腺良性腫瘍摘出術および甲状腺悪性腫瘍手術が各々先進医療Aとして認可されたが,これが今回の保険収載へ大きく前進する契機となった。この際,日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会合同の内視鏡下甲状腺手術ワーキンググループが設立され,保険収載に向けて多施設でのデータ集積が開始された。以後2年間で集積されたデータが先進医療会議で審議され,本年,甲状腺・上皮小体の良性疾患に対する内視鏡手術(表1)が保険収載となった。今回の保険収載を機に,甲状腺内視鏡手術は急速に普及していくことが予想される。

表1.

2016年診療報酬改訂(甲状腺・上皮小体の抜粋)

一方,甲状腺悪性腫瘍に対する内視鏡手術は,残念ながら施行施設が限定的であるなどの理由で今回の保険収載は見送られ,先進医療Aのまま継続となっている。内視鏡下甲状腺手術ワーキンググループでは,甲状腺悪性腫瘍手術についても2018年の保険収載を目指して引き続きデータを集積するとともに,安全性を担保した根治性の高い術式の確立および啓蒙,先進医療施行施設の拡充に取り組んでいる。本稿では,内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術の現状を報告し,今後の課題について検討したい。

甲状腺・上皮小体内視鏡手術の概要

甲状腺内視鏡手術は,頸部に小切開創を置くDirect approachと,頸部外に切開を置くExtra cervical approach(Remote access)に大別される。甲状腺良性疾患に対する内視鏡手術では,より整容性の高いExtra cervical approachが主流である。Extra cervical approachでは頸部外にポート創もしくは小切開創を置いてremote accessによる操作を行うが,腋窩・前胸部・乳輪あるいはその組み合わせ[]などアプローチ方法は多彩である。

Working spaceの作成方法はCO2ガスを用いた送気法(いわゆる完全内視鏡手術)と,専用の挙上鉤やキルシュナーワイヤーなどを用いた吊上げ法がある。送気法による完全内視鏡手術は腹部領域の内視鏡手術と同様にTriangle formationでの操作を基本とし,より小さなポート3本(場合により小ポートを追加する)で操作を行うため安定した鉗子操作が可能である。ただ,Working spaceがより狭い頸部領域ではミストの影響を受け易くなる。一方の吊上げ法は,腋窩や前胸部に3cm程度の小切開創を置くことが多く,カメラ以外の鉗子操作は単孔式手術に近いものがあり独特であるが,ミスト対策が容易であり,内視鏡手術専用器機に限らず多彩な手術器具が使用可能である。近年の腹腔鏡手術とは異なり,頸部領域の内視鏡手術では吊上げ法を採用している施設が多いことも特徴である。

内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術の現状

内視鏡下甲状腺良性腫瘍摘出術と悪性腫瘍手術の違いは,開創手術と同様にリンパ節郭清の有無である。海外の甲状腺乳頭癌に対する内視鏡手術では,整容性を重視するあまり不十分な郭清を行うケースも見られる。これはもともと郭清に対する考え方が日本とは異なるという背景の差もあるが,日本では郭清の質についての外科医の意識が高く,甲状腺を摘出した後に開創手術と同等のリンパ節郭清を内視鏡操作で行うことが要求される。そこで日本における甲状腺悪性腫瘍手術は,やや整容性には劣るものの確実な郭清を優先してDirect approachを併用する施設が多く,郭清の質は高いと考えられる。

原らは専用のシリコンリングを開発し,頸部小切開からのDirect approachを併用した内視鏡補助下甲状腺切除+頸部リンパ節D2郭清を報告している[]。鳥らも頸部小切開を併用した吊上げ式のHybrid-type endoscopic thyroidectomy(HET:Toriʼs method)[]を開発し,進行癌に対するD2郭清を行っている。われわれも様々なアプローチ方法を用いながら内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術法について検討してきたが,その過程において,気管周囲のリンパ節完全郭清にはcraniocaudal approach(頭側から尾側方向の操作)が有用であることを認識した[]。その後,清水らのVANS法をベースに,下顎部に小ポート創を置いてCraniocaudal approachによる気管周囲郭清を行うBidirectional approach of Video-Assisted Neck Surgery(BAVANS)を報告し[],臨床応用している(図1)。最近では視野方向可変式硬性内視鏡を導入することで,郭清用の下顎部ポート創を5mmと3mmの2カ所(術後にほぼ消失)のみとし,整容性と根治性の両立に努めている(図2)。

図1.

Bidrectional Approach of Video Assisted Neck Surgery(BAVANS)

(a)前胸部アプローチ:腋窩や前胸部からのアプローチのみでは鎖骨や気管・総頸動脈に囲まれた下部傍気管部の郭清が不十分になることがある。(b)頭側尾側アプローチ(Craniocaudal approach):下顎からのcraniocaudal approachでは下部気管周囲の郭清操作が容易である。(c)2方向アプローチ(Bidirectional approach):従来の前胸部や腋窩アプローチに頭側尾側アプローチを組み合わせると,内視鏡下の気管周囲完全郭清が可能になる。(d)BAVANSによる気管周囲完全郭清(craniocaudal view)。

図2.

視野方向可変式硬性鏡(Endocameleon)を用いたBAVANS

初期のBAVANSでは下顎部正中にカメラポートを置いていたが,視野方向可変式硬性鏡(EndoCAMeleon® KARL STORZ)の導入により,下顎には5mmと3mmの2ポートで気管周囲の完全郭清が可能となった。下顎のポート創は術後にほぼ消失するため,高い整容性を維持できる。

2016年9月時点で,日本における甲状腺悪性腫瘍手術(先進医療A)の認定実施施設は全国で6施設である(表2)。

表2.

先進医療を実施している医療機関の一覧(抜粋)

内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術の問題点と対策

上述の如く,内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術でも開創手術と同等のリンパ節郭清が可能であるが,手術時間がやや延長するとともに手技の習熟にやや時間を要するため,施行施設が少ないのが課題である。内視鏡下甲状腺良性腫瘍摘出術が保険収載された時点での先進医療認定施設は全国で9施設であったが,内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術に関しては表2に示すように現時点で6施設にとどまっている。先進医療会議でも手術手技の普及と患者数の増加が勘案されるため,今後の保険収載に向けて先進医療認定施設を増やす必要がある。最近は関連学会のシンポジウムなどで甲状腺内視鏡手術が取り上げられているが,研究会の新設など,更なる普及を目指していく必要があると思われる。

一方,概要で述べたように甲状腺内視鏡手術には多彩なアプローチ方法が存在するため,各手術手技の更なる改良も必要である。特に先駆的施設においては,安全性と根治性を高度に両立した術式の確立および定型化が重要であり,手術時間の短縮および手術手技の難易度を下げる工夫も甲状腺悪性腫瘍手術の普及の鍵となると考えられる。これには専用器具の開発が不可欠であり,これまでミストレスリトラクター[10]や鋼線筋鉤[11]などが登場しているが,今後も様々なアイデアに基づく専用デバイスの登場が期待される。

また,今回良性腫瘍に対する内視鏡手術のみが保険適応となったことで,術中・術後に悪性腫瘍と診断された場合の取り扱いが問題視されている。例えば,濾胞性腫瘍が術後の最終病理で微小浸潤型濾胞癌と診断されたり,結節性甲状腺腫やバセドウ病の最終病理で数mmの微小癌が見つかることはよく経験することである。このように術後に甲状腺悪性腫瘍の診断がついてしまう場合でも,内視鏡下甲状腺部分切除・腺腫摘出術や内視鏡下バセドウ甲状腺全摘術での保険請求は正当と考えられるが,このようなケースが存在することを管轄の厚生局と事前に打ち合わせておくことが必要である。但し,術前診断が良性でも術中に悪性腫瘍と診断され内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術に切り替えた場合は先進医療としての取り扱いになるため,患者の自己負担が生じる。稀ではあるがこのような場合を想定して,保険適応の開創手術に移行するのか先進医療である内視鏡下悪性腫瘍手術を施行するかの選択を含めて,術前に十分なICを行っておくことが重要である。このような保険制度上の不均衡を是正するためにも,内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術の早期保険収載が望まれる。

甲状腺内視鏡手術の教育システムの構築

悪性腫瘍手術に限らず,甲状腺内視鏡手術を効率よく若手外科医に継承していくための教育システムの構築も急務である。

まず,ドライラボによる基礎訓練の重要性を強調したい。内視鏡用鉗子類の操作がスムースにできない状態で安易に術者を行うことは厳に慎むべきである。昨今の内視鏡手術の不祥事は,この基礎的操作の習得が不十分であることに起因する可能性が高い。内視鏡器具を用いた結紮・縫合手技は内視鏡手術の根幹をなす手技であり,十分な基礎トレーニングを行わない状態で手術を行うことは禁忌である。

ドライラボを中心とした基礎トレーニングを十分に行い,鉗子をスムースに操作できるようになった後,いよいよ甲状腺内視鏡手術の手順および手技の教育を開始する。甲状腺内視鏡手術は,手術手技や内視鏡器機の進歩によりsolo surgeryの性格が強くなっており,助手として手術に参加するだけでは手術操作を直接施行・習得することが困難となってきている。ただ,モニター画面を通した同一の拡大視野手術であるため,術者以外でも手術手技をイメージし易く,参加者全員がより深く共有できるという点は手術教育に有利と思われる。

効率的な手技の習得には,上級医による模範ビデオを用いた教育が重要である。特に数か所の核となる手術手技(例えば甲状腺の脱転操作・反回神経の同定・上皮小体の同定・神経周囲の剝離操作・上極の処理・郭清手技など)を抜粋した模範ビデオの作成は有用で,未編集ビデオでの学習も重要であるが,抜粋ビデオは多忙な中での僅かな空き時間を手技習得に生かせるため効率性の観点から極めて有効である。Learning curve上にある医師には定期的に甲状腺内視鏡手術のビデオクリニックを行い,特にKeypointとなる箇所の手技についてはその都度模範ビデオと対比しながら解説を行う。このビデオでの対比学習が最も重要なトレーニングの一つと考える。

内視鏡下甲状腺悪性腫瘍手術の今後の展望

甲状腺良性疾患に対する内視鏡手術が保険適応となったことで,甲状腺癌に対する内視鏡手術の需要も高まることが予想される。近い将来,内視鏡下悪性腫瘍手術が保険適応される可能性は極めて高く,いよいよ甲状腺領域も本格的な内視鏡手術時代へと突入するであろう。すでに先駆的施設では内視鏡下の外側区域郭清が行われ,術式の改良や手術器機開発も進んでおり,内視鏡下のリンパ節郭清の質は開創手術に勝るとも劣らないレベルに達している。今後は,まだ限定的な施設で行われているこれらの手技がより多くの施設で行われるように,学会を中心とした手術手技の検討や啓蒙活動の継続が重要である。また,若手外科医には日本内視鏡外科学会の内視鏡技術認定医(甲状腺領域)の取得に大いにチャレンジしていただきたい。若手外科医を中心とした甲状腺内視鏡外科医が増加すれば自ずと技術レベルが上がり,内視鏡手術が悪性腫瘍を含む甲状腺疾患の標準手術となる時代がやって来るだろう。

謝 辞

本稿の作成にあたり,日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会合同 内視鏡下甲状腺手術ワーキンググループに謝意を表する。

【文 献】
 

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