2017 年 34 巻 1 号 p. 2-6
超音波の臨床医学への適応は和賀井ら先人の努力によりその基礎から臨床応用まで,日本が世界に先駆けて研究を進めてきた。その中で乳腺・甲状腺をはじめとする表在臓器は比較的早い時期から超音波の臨床的有用性の検討がなされてきた。甲状腺における超音波診断の意義は結節性病変の存在診断と良悪性の鑑別診断が優先されてきた。甲状腺結節の超音波診断基準策定はその生みの苦しみを経て,より完成度の高いものへと昇華され,さらに進化しつつある。甲状腺の超音波診断への国民の関心は極めて高く,血流評価やわが国における縦横比の豊富な症例数による評価,エラストグラフィの積極的な臨床応用とこれからやるべき課題は多い。
日本における超音波の医学への応用は和賀井らにより世界に先駆けて1950年代に研究され始めた。その端緒やそれに引き続く展開は「超音波診断事始(和賀井敏夫著)」[1]に詳しい。その中で超音波検査の臨床応用として開発のごく初期から体表臓器が主要な対象のひとつとされてきた。
1961年11月に超音波医学研究会が発足し(連絡係:岡益尚,和賀井敏夫,仁村泰治),1965年の「日本超音波医学会」への設立へとつながった。和賀井らによる乳腺腫瘍の先駆的検討は植野による「日本乳腺甲状腺超音波診断会議(JABTS)の夜明け」に要約して解説されている[2]ので参照されたい。これらの研究に触発されるかたちで甲状腺の超音波映像化は,乳腺の映像化と同時に試みられてきたが,乳腺に比べその解剖学的構造の複雑性も手伝って,なかなか実用化までにいたらなかった。その時期にすでに藤本らにより,甲状超音波診断が甲状腺結節のパターン分類(図1)として検討されていたことは特筆に値する[3,4]。

甲状腺腫瘍のパターン分類[4]
Ⅰ型 acoustic cystic pattern,Ⅱ型 small spotted pattern,Ⅲ型 斑点が強く密集し,輝度高く,減衰も著明。Ⅳ型 Ⅰ型に似るが減衰の特に著明なもの。
Ⅲ型を示す甲状腺腫瘍は悪性,Ⅰ型を示すものは良性とした。
その後,横井らが世界で初めて受信,表示部のdynamic rangeの狭さを利用した感度断層法[5]を臨床応用した。一方,広帯域増幅器の利用を中心とした,全情報を表示する階調性超音波断層法が提唱され,1975年にはgrey scale echographyの名で発表された[6]。その後,grey scale表示法として,スキャンコンバータ利用,TVモード表示法利用など,分解能の向上,自動的複合走査法などを含む超音波断層法の飛躍的な進歩につながった[7]。その結果,甲状腺疾患においても病変の詳細な所見の検討が可能となり,甲状腺超音波検査の臨床的有用性が確立するに至った。
超音波診断が急速に普及した要因に電子スキャン装置が実用化したことがあげられる。それまでの装置では1枚の超音波断層像を得るために時間を要するため心臓などの動きの速い臓器の描出は不可能であった。そこでこの欠点を解決するために実時間表示断層法が研究されるようになった。この方法は超音波断層像を一秒間に数十枚という非常に速いスピードで表示するもので,心臓の内部の動きや胎児の手足の動きをリアルタイムで把握することが可能となった。この電子スキャン装置の進歩により装置は小型になり場所も取らず,検査も容易であるなどの特徴から非常な普及がみられるようになったが,空間解像力,コントラスト分解能の向上やサイドローブをはじめとするアーチファクトの改善には問題が残っていた。一方,甲状腺は皮膚表面が凸型を呈する前頸部に位置し,周囲の構造物が複雑な構成である表在臓器であることと呼吸性動揺を除けばほとんど動きのないことで,依然として高周波シングルプローブを用いた水浸法によるリニアスキャンあるいはアークスキャンが主流である時代がしばらく続いた。
甲状腺の超音波診断は当初より結節性病変の存在診断とその良悪性の鑑別診断に重点がおかれてきた。このため,甲状腺超音波診断基準はまず甲状腺結節の診断基準として検討が行われ,制定にむけた作業がなされてきた。その検討内容の多くは日本超音波医学会に設置された乳腺・甲状腺研究部会で行われ長時間にわたり白熱した論議が繰り返された。その後,日本超音波医学会の制度改革により乳腺・甲状腺研究部会が廃止されてからは日本乳腺甲状腺超音波診断会議(JABTS 現日本乳腺甲状腺超音波医学会)が実質的にその役割を担ってきた(後述)。
日常診療で汎用される超音波機器が前述のようにちょうど変遷時期にあたったこともあり,意見の収束がなかなか得られなかった。特に専用バッグを用いた水浸法による前頸部の圧迫が甲状腺を含む軟部組織の変形につながり,縦横比の臨床的有用性の評価などに大きな影響を与えていたと考えられる。
最初に乳腺・甲状腺研究部会で検討,提唱された甲状腺結節超音波診断の指針を図2に提示する。

結節性甲状腺腫の超音波診断の指針
これを受けて平成2・3年度日本超音波医学会医用超音波診断基準に関する委員会でさらに検討が加えられ,1991年に日本超音波医学会甲状腺結節超音波診断基準(案)として超音波医学19:558-559.1992に公示されたがなかなか確定には至らなかった。
その後,日本超音波医学会の組織改編によりその業務は同学会用語・診断基準委員会に引き継がれた。以上の経過があり本診断基準は1999年に至り漸く,理事会の議を経て甲状腺結節(腫瘤)超音波基準として公示された(図3)。

甲状腺結節(腫瘤)超音波診断基準
診断基準(案)の公示より診断基準確定まで7年間を要したためか,その経緯が診断基準の公示に付随して記載される必要性が生じた。その診断基準委員会小委員会審議経過の詳細は超音波医学(vol.26 No3)より参照されたい[8]。
この公示の1年前の1998年,部会の廃止による乳腺・甲状腺領域の研究活動の停滞を避ける意味もあって,JABTSが発足したわけであるが,以後の甲状腺診断基準の検討はJABTS甲状腺班(現甲状腺用語・診断基準委員会)が中心となって行われた。
より客観性をもとめて,甲状腺結節のリファレンス画像による多変量解析を行い,それに基づく診断基準の改訂を目指した。この詳細については志村らの報告[9]を参照されたい。
この結果をもとにJABTS甲状腺班で甲状腺結節(腫瘤)超音波診断基準の改訂について検討が加えられた。筆者が日本超音波医学会用語診断・基準委員会の委員長を2008年4月より2期4年間担当したが,甲状腺結節超音波診断検討小委員会を同委員会内に設置したうえで診断基準の改訂作業が進められ,JABTS甲状腺班による検討成果を十分に生かすことで2011年に超音波医学に公示されるに至った(図4)[10]。

甲状腺結節(腫瘤)超音波診断基準
<付記>
1.超音波所見として客観的評価の中から有用性が高い(明らかなもの)を「主」とした。また,悪性腫瘍の90%を占める乳頭癌において特徴的であるが,主所見に比べ有所見率の統計学的差違が低い所見を「副」とした。
2.内部エコーレベルが高~などは良性所見として有用である。
3.粗大な高エコーは良性悪性いずれにもみられる。
4.所属リンパ節腫大は悪性所見として有用である。
5.良性所見を呈する結節の多くは,腺腫様甲状腺腫,濾胞腺腫である。
6.悪性所見を呈する結節の多くは,乳頭癌,濾胞癌,髄様癌,悪性リンパ腫,未分化癌である。
7.良性所見を呈しうる悪性疾患は,微少浸潤型濾胞癌および10mm以下の微小乳頭癌・髄様癌・悪性リンパ腫である。
⑴ 微少浸潤型濾胞癌は,良性所見を示すことが多い。
⑵ 10mm以下の微小乳頭癌は,境界平滑で高エコーを伴わないことがある。
⑶ 髄様癌は,甲状腺上極1/3に多く,良性所見を呈することがある。
⑷ 悪性リンパ腫は,橋本病を基礎疾患とすることが多く,境界明瞭,内部エコー低,後方エコー増強が特徴的である。
8.悪性所見を呈しうる良性疾患は,亜急性甲状腺炎,腺腫様甲状腺腫である。
⑴ 亜急性甲状腺炎は,炎症部位である低エコー域が悪性所見を呈することがある。
⑵ 腺腫様甲状腺腫では,境界部エコー帯を認めない場合や境界不明瞭なことがある。
診断基準をできるだけ単純化しつつその診断能を担保する点に留意したがその改訂の骨子を示す。診断基準における超音波所見を「主」と「副」とにした。超音波所見として客観的評価の中から有用性が高い(明らかなもの)を「主」とし,主所見に比べ有所見率の統計学的差違が低い所見を「副」している。「主」としては,形状,境界部の明瞭性・性状,および内部エコー(エコーレベルと均質性)を,「副」としては微細高エコーと境界部低エコー帯をそれぞれ配置し,良悪性における特徴を記載した。また,8項目の付記を記載し,上記の診断基準を足した。特に,悪性所見を呈する結節の多くは「主」を呈し,乳頭癌,濾胞癌,髄様癌,悪性リンパ腫,未分化癌などで認められるのに対し,良性所見を呈しうる悪性疾患としては微少浸潤型濾胞癌および10mm以下の微小乳頭癌・髄様癌・悪性リンパ腫などがあることも付記することで,従来の診断基準が乳頭癌に的を絞ったものである点を回避した。
以上,約20年間にわたる甲状腺結節の診断基準の変遷について触れてきたがこの経緯が甲状腺超音波検査の発展過程とその中での関係者の真摯な討論と地道な努力をよく示していると思われる。
JABTSとしてすでに「乳腺超音波診断ガイドライン」が幅広く使用されており,乳腺超音波診断の分野では必要不可欠の存在となっていることを受け,甲状腺・副甲状腺領域の超音波診断の教範とすべく,「甲状腺超音波診断ガイドブック」が2008年作成された。これまで甲状腺・副甲状腺の画像診断の第一選択が超音波検査であるにもかかわらず,同分野で病理を含む基礎から応用まで網羅する体系的な教科書が存在しなかったので甲状腺・副甲状腺の超音波検査を志す者にとって,技術習得に困難を覚える場合も少なからず存在していたが,本書の出版はこれに答えるものであった。日本における同分野の超音波診断に携わる専門家をほぼ網羅する形で執筆を分担し,約二年間をかけてその文章のみならず超音波画像について相互レビューを繰り返して完成させた。これは日本超音波医学会の診断基準の内容に準拠しものであるが,日本甲状腺学会をはじめとする関連する主要学会などで超音波診断や他の画像診断を含めた網羅的な診断基準の検討が行われつつあることを踏まえて「ガイドライン」の呼称は用いず,あえて「甲状腺超音波診断ガイドブック」として出版された。この時点ですでに甲状腺結節(腫瘤)超音波診断基準の改訂が進行していたこともあり,翌年4月には改訂作業にはいり,3年の歳月をかけて改訂第2版が出版された。その後,2016年には福島県県民健康調査「甲状腺検査」により得られた小児甲状腺基準値や甲状腺結節の精査基準を中心にした改訂が行われ第3版を上市するに至った[11]。
現在,新しい甲状腺結節の診断基準策定にむけて血流評価については福島県立医科大学の鈴木眞一教授,縦横比については昭和大学横浜市北部病院外科福成信博教授を中心に精力的に作業が進められている。また,組織弾性評価(エラストグラフィ)についてもWFUMBのガイドラインが提示され[12],益々臨床的有用性が高まってきている。
また,バセドウ病や慢性甲状腺炎(橋本病)をはじめとするびまん性甲状腺疾患についても微細血流評価を含めて超音波診断の有用性があらためて評価されている。
濾胞性腫瘍の鑑別診断など残された課題も多いが,これからの臨床成績の集積による新たな進展に期待するところ大である。