2017 年 34 巻 1 号 p. 65-69
今回われわれは,気管憩室を併存した甲状腺乳頭癌の1例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する。症例は63歳,男性。甲状腺乳頭癌の術前CTで,偶然右気管傍領域に気腫像を認識し気管憩室の存在を予想することによって,安全に手術を施行しえた。気管憩室を損傷した場合には縦隔気腫・縦隔炎・肺瘻を生じうるため,甲状腺手術に限らず頭頸部手術において気管憩室を始めとした気管形態の異常の可能性を念頭に置くことが重要と考えられた。
気管に隣接する気腫は総称して傍気管囊胞と呼ばれる[1]。傍気管囊胞は気管と細い茎をもって交通する囊胞性病変[2,3]と定義され,右傍気管囊胞の大部分は気管憩室である[4,5]。頭頸部領域の手術,とりわけ甲状腺腫瘍の手術においては,気管憩室を含め気管の形態異常が存在する可能性を念頭に置く必要がある。今回われわれは,術前CTで予め術野に気管憩室の存在を予想することによって,手術を安全に施行しえた甲状腺乳頭癌の1例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する。
患 者:63歳,男性。
主 訴:頸部のしびれ。
既往歴:大動脈閉鎖不全。閉塞性肺疾患や肺結核の既往はなし。
現病歴:3カ月持続する右頸部のしびれを主訴に当院内科を受診したところ,頸部超音波検査にて甲状腺に腫瘤影を認めたため,精査を目的に当科を紹介され受診した。
臨床所見:頸部超音波検査にて,甲状腺右葉に内部に充実部を伴う11mm大の腫瘤影を認めた。頸部には病的なリンパ節の腫大を認めなかった。喉頭内視鏡検査にて,声帯麻痺は認めず咽喉頭に明らかな異常は認めなかった。甲状腺右葉の病変に関して穿刺吸引細胞診を施行したところ乳頭癌が疑われたため,手術治療として右葉峡切除・D1郭清を計画した。右頸部のしびれに関しては,当院整形外科にて頸椎症との診断であった。
画像検査:頸部CTを施行したところ,胸郭入口部付近の気管右側に隣接する長径17mm大の囊状気腫像を認めた(図1)。気腫像は食道や肺尖部には接していなかった。気管のその他の部位に明らかな形態異常は認めなかった。外来にて喉頭ファイバースコープを用いて声門から気管分岐部にかけて気管壁の観察を行ったが,気管に明らかな陥凹は認めなかった(図2)。気管と気腫像の交通ははっきりしなかったが,CT画像所見上気管憩室と診断した。術前に超音波検査にて気管右側壁を再確認したところ,甲状腺右葉背側から尾側にかけて気腫を示唆する低エコー領域が存在した(図3)。
術前の頸部造影CT(A.水平断 B.冠状断)
胸郭付近の気管右側壁に楕円形の気腫像を認める(矢印)。
喉頭内視鏡検査
声門から気管分岐部にかけて観察を行ったが,明らかな憩室の交通路は認めなかった。
CTと超音波検査所見の比較(A:水平断CT所見 B:超音波検査所見)
CTで気管憩室が存在する部位に(矢印),超音波検査で気腫像を確認できた(矢頭)。
手術所見:術中,右側気管傍領域の郭清操作を慎重に進めたところ,気管右側壁に接する弾性硬の含気を伴う約1cm大の囊状の膨隆を同定した(図4)。気管憩室の周囲組織に癒着傾向は認めなかった。術中気管憩室に損傷を生じることなくD1郭清を終えた。閉創前にバルサルバ法を行い,気管憩室に損傷がないことを確認した。
術中所見(A:D1郭清前 B:D1郭清後)
A:気管傍領域の脂肪組織(矢印)を反回神経内側(矢頭)に沿って郭清操作を進めた。
B:気管右側壁に接する弾性硬の含気を伴う約1cm大の囊状の膨隆を同定した(矢印)。
気管憩室の周囲組織に癒着傾向は認めなかった。
術後の経過:術後の経過は良好で,気管憩室の損傷を示唆する皮下気腫などの合併症は認めなかった。術後10カ月時のCTでは,気管憩室の形状・大きさに目立った変化は認めなかった(図5)。現在外来にて経過観察中である。
術後10カ月時の頸部単純CT(A:水平断 B:冠状断)
気管憩室の形状・大きさに目立った変化は認めなかった(矢印)。
本症例においては甲状腺乳頭癌の術前にCTを施行することによって,偶然気管右側の気腫像を認識した。気管に隣接する気腫は総称して傍気管囊胞と呼ばれ[1],傍気管囊胞は気管と細い茎をもって交通する囊胞性病変[2,3]と定義されている。傍気管囊胞は症状として慢性咳嗽,呼吸苦,喘鳴,および反復性の気管気管支炎を生じることもあるが無症状のことが多く[6~9],本症例のようにCTで偶然発見されることが多い[3,9,10]。無症状の場合特別な治療は必要なく悪性化の報告もないため,経過観察でよいとされている[3]。無症状例が多いため発生頻度の詳細は把握しにくいが,2~3.7%と報告されている[1,4,5]。好発部位に関しては,傍気管囊胞の98.5%は気管右側の後外側に位置し,胸郭入口部に最も多い[1,2,6]。本症例においてもこれまでの報告と同様,胸郭入口部の気管右側後外側に位置していた。高橋ら[11]は,気管右側壁が左に比較して脆弱であると推測しているが,その理由として気管の右側では食道など周囲支持組織が欠乏していることが挙げられる[1,7]。また胸郭入口部において気管壁の抵抗力が最も少ないことが発生の要因と報告されている[1]。
右傍気管囊胞の大部分は細い茎をもった気管憩室と報告されている[4,5]。右傍気管囊胞は病理学的に気管支原性囊胞,気管瘤,気管憩室に分類される[6]。気管支原性囊胞は胎生期に前腸の腹側胚芽から発生した気管気管支原基の異常発芽や迷入により発生し[12],囊胞壁に正常気管支壁に存在する線毛上皮,腺組織,軟骨,および平滑筋を含んでいる[6]。気管と交通することは極めて稀で,内容は粘性あるいは漿液とされる[13]。気管瘤と気管憩室はいずれも気管壁から外側へ突出している気腔構造で,気管との交通を有している[2]。2cmより大きいものが気管瘤,小さいものが気管憩室と分類されている[6]。深さを判断材料として囊胞の直径より深いものを憩室と判断した報告もみられる[11]。本症例に関しては,病理組織学的な検討は行っていないが,気腫の大きさが長径2cm以下であったこと,および画像上囊胞内に液体貯留を認めなかったことから,気管憩室と診断した。
気管憩室は発生学的に先天性と後天性に分類される[6]。先天性は男性に多く[7,14],後天性では男女差はない[7]。先天性はヒト胎児に高頻度にみられる気管右側壁のbronchial budが成長の過程において吸収されずに遺残することにより形成されると報告されている[11,15]。一方,後天性は内圧性と牽引性に分類され,前者は肺気腫,囊胞性疾患,気管狭窄といった閉塞性肺疾患を基盤として,気道内圧の上昇に起因して気管後壁膜様部もしくは気管軟骨輪移行部の生理的な脆弱部に好発し,後者は主に結核による縦隔リンパ節炎によるとされている[11,16]。
先天性と後天性の違いとして,部位,大きさ,および壁の構造が挙げられる。先天性は声帯から4~5cm尾側の気管に多くみられ[6,14,16],気管とは細い交通路で連続している[14]。後天性は先天性と比較して高位に位置し[17,18],形態が大きく[6,7],気管と広い交通をもつ[7,14]。先天性の壁には正常気管の壁構造がみられる[14]のに対して,後天性では軟骨や平滑筋などの気管構造の一部をかくことが多い[7]。壁の構造に関しては,先天性においても正常気管支と同一の構造をとらないこともあり,先天性と後天性を問わず憩室の定義として必ずしも軟骨を伴うことは必要条件ではないとの報告[8]や,壁を構成する軟骨成分が少ない場合は判定困難との報告がある[19]。臨床的には,入口部の形態[2,19],憩室周囲の癒着の有無[8]が鑑別に有用との報告がみられる。本症例においては喉頭内視鏡検査で気管と憩室との交通の確認を試みたが,交通路は同定できなかった。また,慢性咳嗽や呼吸器疾患の既往がなかったこと,および術中周囲への癒着傾向を認めなかったことからも,先天性と考えた。
憩室の陥凹部分に空気の流出入を反映する気泡が交通路の同定に有用であったとの報告もみられる[16]が,憩室と気管との交通路はきわめて細いことが多く,気管支鏡で直接観察しても交通路は発見が難しい[3,4,13]。傍気管囊胞に関して気管の形態異常以外の鑑別疾患としては,咽頭・喉頭の奇形・食道のZenker憩室,肺尖ヘルニア,肺気腫などが挙げられる[6,16]。本症例においては咽喉頭に明らかな異常を認めず,CTにて食道・肺には接することなく気管右側壁のみに隣接していたことから,気管憩室と画像診断した。本症例では無症状であったため更なる精査は行わなかったが,治療を検討し上部消化管疾患との鑑別を行うには経口造影検査の追加が必要と考えられた。
当科では甲状腺腫瘍に関して通常超音波検査を施行するが,悪性腫瘍の場合は縦隔・肺転移の有無を検索する意味もあるためCTを施行している。本症例では初診時の超音波検査では気管憩室の存在に気づかなかったが,CT後に改めて超音波検査で確認したところ,甲状腺右葉背側から尾側にかけての気腫像を確認しえた。これまでに超音波検査による気管憩室の検討の報告はない。超音波検査ではCTと比較して気腫の大きさ・形状の把握は難しいが,注意深く観察することで気腫の同定は可能と思われた。
これまでに甲状腺癌に併発した気管憩室の報告はないが,食道癌に気管憩室を伴った報告はみられる[10]。この報告では,術中憩室をリンパ節と誤認する危険性が指摘されている。気管憩室損傷は,縦隔気腫・縦隔炎・肺瘻の原因となりうる[10]。本症例においても球状を呈した憩室は肉眼上リンパ節と類似していたため,術前に右気管傍の気腫の存在を把握していなかった場合には術中憩室を損傷する可能性も十分に考えられた。本症例においては,気管憩室による自覚症状がなく,気管傍領域の郭清操作に支障がなかったため気管憩室の摘出は行わなかった。外科的治療の報告は稀であるが,頸部外切開を行い,基部を3-0絹糸にて結紮処理後摘出した報告[20]や,基部で切離後断端部は吸収性合成糸を用いて縫合閉鎖した報告[8,21]がある。頸部外切開以外では,胸腔鏡下自動縫合器による切除が報告されている[13]。気管憩室の術中所見として本症例と同様,甲状腺の下極付近[8],もしくは反回神経付近[10,20]の気管傍領域に存在した報告がみられる。そのため,甲状腺手術に限らず頭頸部手術において,気管傍領域に気管憩室を始めとした気管形態の異常の可能性を念頭に置くことが重要と考えた。
甲状腺乳頭癌の術前にCTを施行することによって,偶然気管右側の気腫像を認識し,気管憩室と診断した。気管憩室を損傷した場合には縦隔炎などの重篤な合併症を生じうる。甲状腺悪性手術に限らず頭頸部手術において,気管傍領域に気管憩室を始めとした気管形態の異常の可能性を念頭に置くことが重要と考えた。
本症例報告は,第49回日本甲状腺外科学会学術集会にて発表を行った。