日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
新WHO分類に採用されるNIFTP,WDT-UMPについて
近藤 哲夫
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2017 年 34 巻 2 号 p. 76-80

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抄録

甲状腺腫瘍に境界病変borderline lesionもしくは低悪性度low malignant potentialとされる新たな診断カテゴリーが新WHO分類で採用される。ひとつは乳頭癌様核を有する非浸潤性甲状腺濾胞性腫瘍noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features(NIFTP),もうひとつは悪性度不明の高分化腫瘍well differentiated tumor of uncertain malignant potential(WDT-UMP)である。今後これらの診断名が甲状腺腫瘍の病理診断で使われるようになるが,現行の甲状腺癌取扱い規約には記載のない診断用語であるため,本邦における取扱いについては外科医と病理医の間で共通の理解と十分な議論が必要である。本稿ではNIFTPとWDT-UMPの概念と定義,臨床像,病理学的所見,細胞診との整合性,遺伝子背景について概説する。

はじめに

2017年には第4版となる内分泌腫瘍のWHO分類が発刊される。13年ぶりとなる改定であるが,その中でこれまでの甲状腺腫瘍分類にはなかった境界悪性borderline malignancy,中間悪性intermediate malignancy,低悪性度low malignant potentialの概念に相当する診断名が新たに採用される。ひとつは乳頭癌様核を有する非浸潤性甲状腺濾胞性腫瘍noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features(NIFTP),もうひとつは悪性度不明の高分化腫瘍 well differentiated tumor of uncertain malignant potential(WDT-UMP)である。

NIFTPはこれまで細胞診,組織診で乳頭癌と診断されてきたある腫瘍の一郡を生命予後の観点から癌carcinomaとは呼称せずに良性と悪性の中間に位置する腫瘍neoplasmとする新たな疾患単位である。従来の乳頭癌の診断基準を変えてしまうパラダイムシフトとなっている。一方WDT-UMPは同じく境界病変であってもその意味合いは大きく異なっている。線維性被膜を有した濾胞構造からなる結節で乳頭癌の核所見が弱いもしくは部分的にみられる場合,濾胞腺腫,腺腫様甲状腺腫か濾胞型乳頭癌かの判断に病理医が悩むことがある。これは病理医間で診断のobserver variationが生じる原因のひとつでもある。これまではそれぞれの病理医の判断により良性結節か濾胞型乳頭癌かの二つに分けてきたのであるが,乳頭癌の核所見がみられる結節性病変で質的,量的な最小基準minimal criteriaを満たさない形態学的な境界病変に対して今後はWDT-UMPという用語が診断名として用いられる場合がある。

NIFTP

1.濾胞型乳頭癌の諸問題

乳頭癌は特徴的な核所見を有する濾胞上皮の悪性腫瘍と定義されている[]。乳頭癌の核所見とは核内細胞質封入体,核溝,すりガラス状核,核型不整,核腫大などである。浸潤性増殖の有無は乳頭癌の診断基準には含まれていない。乳頭癌の名が示すとおり乳頭状構造が基本的な組織構築であるが,濾胞状構造もしばしば混在する。濾胞構造のみからなる乳頭癌は亜型のひとつとして濾胞型乳頭癌follicular variant of papillary carcinoma(fvPC)と呼ばれている[]。この濾胞型乳頭癌は当初,通常の乳頭癌に類似した臨床的態度を示すと考えられていた。しかし濾胞型乳頭癌の診断が普及し症例が増えていくに従い,線維性被膜を伴う症例があること,線維性被膜を有する濾胞型乳頭癌encapsulated follicular variant of papillary carcinoma(efvPC)では通常型乳頭に比べて予後がよい傾向にあることがわかってきた。Chanらが調べた6論文では線維性被膜を有する乳頭癌ではリンパ節転移はおよそ25%,血行性の遠隔転移はほぼなく,術後の局所再発,転移再発はみられていない[]。Liuらは浸潤性増殖の有無でも症例を分類し,浸潤を伴うfvPC(17症例)は乳頭癌,浸潤を伴うefvPC(18症例)は濾胞癌に似た臨床的態度を示し,非浸潤性efvPC non-invasive efvPC(43症例)ではリンパ節転移,術後再発がないと報告した[]。またPianaらは浸潤性(21例),非浸潤性(45例)とも平均11.9年の追跡で死亡例がないことを報告している[]。これらのデータは腫瘍被膜形成を有する濾胞型乳頭癌,特に浸潤性増殖(被膜浸潤,血管浸潤)を伴わない腫瘍ではリンパ節転移,再発,死亡の可能性が極めて少ないということを意味しており,non-invasive efvPCは悪性腫瘍なのか,乳頭癌と同じ治療方針でよいのかという課題を呈していた。

一方で濾胞型乳頭癌の病理診断においても問題が生じていた。同じ診断基準を用いているはずが,被膜を有する甲状腺結節の診断では病理医間のobserver variationが大きいのである[,]。Hirokawaらの報告では濾胞構造からなる線維性被膜を有する結節21症例を日本人病理医4名,米国病理医4名がそれぞれ診断した結果,日本で濾胞腺腫,腺腫様甲状腺腫と診断する甲状腺結節を米国病理医が乳頭癌と診断する症例が少なからずあった[]。2名の米国病理医が乳頭癌とし,日本人病理医全員が良性結節と判断していた症例が21症例の中に6症例も含まれていた。どちらの病理医の判断が正しいかの議論は不毛だが,efvPCとして報告される各国の研究データには本邦で濾胞腺腫,腺腫様甲状腺腫と診断される症例が混在している可能性を少なくとも理解しておく必要があろう。

2.NIFTPの提唱

このような濾胞型乳頭癌における臨床的,診断的状況において本邦のKakudoらは2011年のReview articleの中でnon-invasive efvPCを癌carcinomaと呼称することは間違っており,悪性ではなく境界悪性のカテゴリーに分類すべきと結論付けた[]。また2014年には米国Pittsburgh大学のNikiforov教授が中心になってefvPCの諸問題に対するEndocrine Pathology Society working group(各国より24名の病理医,その他に内分泌内科医,外科医,心理学者,分子病理学者,統計学者,患者代表が参加)を結成し,本邦からは覚道教授が病理医として参加した[]。このワーキングではnon-invasive efvPC(109症例)と血管浸潤もしくは腫瘍被膜浸潤を伴うinvasive efvPC(101症例)に対して臨床病理学的分析,遺伝子解析,統計解析を行っている。この検討においてinvasive efvPC(平均5.6年のフォローアップ)の12%に有害事象(遠隔転移,死亡など)が発生していたが,non-invasive efvPC(平均14.4年のフォローアップ)では再発,転移はみられず,死亡例は皆無であった。この結果をもとにworking groupはnon-invasive efvPCを極めて低リスクの腫瘍と分類し,乳頭癌様核を有する非浸潤性甲状腺濾胞性腫瘍noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features(NIFTP)の用語を使用することを提唱した[]。これまで癌と診断されてきた腫瘍の一群を癌と呼称しないことになるが,対象となる患者の精神的負担を軽減できること,予後のよい腫瘍に対して過剰治療を防ぐことできるというのが診断名変更の理由としている。2017年にはATAガイドラインのtask forceがweak recommendation,moderate-quality evidenceとコメントを公表しており,NIFTPの患者予後のさらなるエビデンスを求めている[10]。

3.NIFTPの診断基準と病理所見

表1にNIFTPの診断基準を示す。NIFTPは被包化された境界明瞭な結節である(図1)。腫瘍性被膜の厚さは様々で不明瞭な場合もある。肉眼的には濾胞腺腫や腺腫様結節(単結節性の腺腫様甲状腺腫)と区別がつかない。内部は比較的単調な濾胞構造からなるが,濾胞の大きさは症例によって異なる。乳頭状構造(許容範囲は1%未満)や充実状/索状/島状構造(許容範囲は30%未満,いわゆる低分化成分)はみられない。砂粒体はみられない。腫瘍細胞の核には乳頭癌の核所見を認める(図2)。Nikiforovらの論文では乳頭癌の核所見の評価にスコアリング方式を用いているが,通常診断における乳頭癌の核所見の基準で判断して差し支えない。NIFTPには定義上,腫瘍被膜を貫通するような被膜浸潤や血管浸潤はない。浸潤性増殖がある場合にはfvPC,invasive efvPCと診断が変わるため,濾胞腺腫/濾胞癌の手術検体と同じく,標本の切り出しは十分に行う必要がある。低悪性度の腫瘍を前提としているため,壊死や核分裂像の増加(3個/10HPF以上)がないことも基準に含まれている。

表 1 .

NIFTPの診断基準

図 1 .

NIFTP

薄い線維性被膜を有する境界明瞭な結節。

図 2 .

NIFTP

核溝,すりガラス状核,核内細胞質封入体など乳頭癌に特徴的な核所見がみられる。

4.細胞診との整合性

NIFTPの腫瘍細胞は乳頭癌でみられる特徴的な核所見がみるため,細胞診では悪性(乳頭癌)もしくは悪性疑い(乳頭癌疑い)と術前に推定される場合がある。一方でfvPCでは乳頭癌の特徴的な核所見が弱い傾向があり,通常の乳頭癌に比べると穿刺吸引細胞診で悪性:乳頭癌と判定される割合は必ずしも高くない。Malettaらは術前のベセスダシステムによる判定を調べ,NIFTP(96症例)はBenign 0%,AUS/FLUS 15%,Follicular neoplasm 56%,suspicious for malignancy 27%,malignancy 2%,invasive efvPC(24症例)はBenign 0%,AUS/FLUS 0%,Follicular neoplasm 62.5%,suspicious for malignancy 37.5%,malignancy 0%という結果であった[11]。NIFTP,efvPCいずれも悪性と判断される症例が少なく,半数以上の症例が濾胞性腫瘍と判定されていた。Zhaoらも同様の検討を行っているが,NIFTP(50症例)はNon-diagnostic 6%,Benign 4%,AUS/FLUS 28%,Follicular neoplasm 26%,suspicious for malignancy 18%,malignancy 18%,invasive fvPC(47症例)はNon-diagnostic6%,Benign 4%,AUS/FLUS 13%,Follicular neoplasm 15%,suspicious for malignancy 26%,malignancy 36%という結果である[12]。こちらの報告では悪性疑い,悪性と判断される割合がより高くなっているが,二つの報告ともNIFTPとnon-invasive efvPCには細胞学的所見にオーバーラップがあり,細胞診上では区別できないと結論している。現時点では難しいと言わざるを得ないが,理想的な状況は術前の穿刺吸引細胞診 fine needle aspiration biopsy(FNAB)でNIFTPを推定できることであろう。FNABの判定を行う上で,細胞検査士,病理医は細胞集塊の構築(濾胞構造)や頸部超音波画所見により注意し,濾胞型亜型,NIFTPの可能性についても言及することが求められてくる。本邦におけるNIFTPと細胞診の研究,報告はまだ少なく,今後の課題である。

5.NIFTPの遺伝子異常

乳頭癌ではRET遺伝子再構成(RET/PTC),BRAF点突然変異(BRAFV600E),NTRK遺伝子再構成がみられ,乳頭癌に特異性の高い遺伝子異常である。一方でRAS点突然変異は組織構築が類似する濾胞型乳頭癌や濾胞性腫瘍に認められる[13]。NikiforovらはNIFTP27症例中8例(29.6%)にRAS変異を検出した[]。ZhaoらはNIFTPの54%(27/50症例)にRAS変異があることを報告した[12]。PaulsonらはRAS変異を有する甲状腺癌27症例を再診断したところ,半数以上(59%,16/27症例)がNIFTPであった報告した[14]。これらの報告からNIFTPの主要な遺伝子異常はRAS変異であるといえる。

WDT-UMP

1.WDT-UMPの背景

甲状腺腫瘍の病理診断,特に濾胞上皮由来の分化型腫瘍においては乳頭癌の核所見と浸潤性増殖(腫瘍被膜浸潤,血管浸潤)が組織型を決定する重要な因子となっている。しかし日常の病理診断の中では核所見や浸潤所見の有無の判断が難しい甲状腺腫瘍にしばしば遭遇し,病理医間のobserver variationの原因ともなっている。線維性被膜を有する非浸潤性の腫瘍において乳頭癌の核所見が弱いか部分的であると良性結節(濾胞腺腫や腺腫様甲状腺腫)か乳頭癌かの診断が分かれる。浸潤性の分化癌で同様のことが生じれば濾胞癌と乳頭癌かの判断が難しくなる。また線維性被膜を有する濾胞構造からなる結節で浸潤性増殖(被膜浸潤,血管浸潤)の判断が難しい場合には濾胞腺腫か濾胞癌で悩むことになる。通常の診断業務の中では個々の病理医が最終的な判断をして病理診断をしている訳だが,共同研究などで複数の病理医が診断に関わる場合にはこの診断の不一致が時として問題となる。

2010年にWilliamsらは病理医間で意見の一致しない状況を整理し,3つの境界病変を提唱した(表2)[15]。高分化癌NOS well-differentiated carcinoma(WDC-NOS),悪性度不明の高分化腫瘍 well differentiated tumor of uncertain malignant potential(WDT-UMP),悪性度不明の濾胞性腫瘍 follicular tumor of uncertain malignant potential(FT-UMP)である。境界となるのは乳頭癌の核所見と浸潤性増殖の判断であり,図3にシェーマを示す。これらの境界病変は病理診断として積極的に用いるということでなく,当初は病理医間で意見の一致しない症例をとりあえずこの境界カテゴリーに区分けしておくというものであった。Williams教授らはチェルブイリ事故後の小児甲状腺癌の診断を各国の内分泌病理医で検討したが,診断が一致しない症例が多く,やむを得ずこのようなカテゴリーを作ったようである。このような診断の不一致は線維性被膜を有し,濾胞構造からなる甲状腺腫瘍で特に大きいと述べられている[15]。

表 2 .

WDT-UMPおよび関連病変の定義

図 3 .

NIFTP,WDT-UMPの概念

2.WDT-UMPの病理所見と遺伝子異常

境界明瞭な結節性病変で,線維性被膜を有し,内部は濾胞構造からなる。乳頭癌の核所見は弱いか部分的であり,乳頭癌と診断するには所見が十分ではない。NishigamiらはWDT-UMPの核溝の頻度,核面積,核の長径/短径比は腺腫様甲状腺腫/濾胞腺腫と乳頭癌の中間的な所見であったと報告している[16]。Hofmanらの報告よるとWDT-UMPにRAS変異(19%,3/16症例)を検出しているが,BRAF変異,RET遺伝子再構成,PPARG遺伝子再構成はみつかっていない[17]。

NIFTPとWDT-UMPの異同

NIFTPとWDT-UMPの定義上の違いは乳頭癌の核所見が十分にあるかないかである。しかしながら,どこから乳頭癌の核所見とするか不十分とするかの境目は病理医によって異なるため,NIFTPとWDT-UMPの診断がオーバーラップすることはやむを得ない。提唱されてきた背景や遺伝子異常にも共通性がある。NIFTP,WDT-UMPはいずれに診断しても低悪性度,境界悪性であることには変わらず,臨床上の問題はないであろう。

NIFTPとWDT-UMPは癌の前駆病変か?

NIFTPは共通の組織像と遺伝子異常から濾胞型乳頭癌の前駆病変であることが推測されている[]。WDT-UMPが濾胞癌や濾胞型乳頭癌の前駆病変であるかについては,その可能性はあるもののエビデンスは未だ示されていない。

おわりに

WHO分類は癌取扱い規約ともに病理医が診断をする上での根拠とする定義,診断基準であり,新たなWHO分類が発刊されると同時にNIFTP,WDT-UMPの新しい用語が国内,国外で使われるようになるであろう。しかし境界病変は諸刃の剣である。濾胞状構造からなる甲状腺結節のobserver variationはより大きくなることが予想される。またこれまで良性としていた甲状腺結節が安易にNIFTP,WDT-UMPと診断されてしまう懸念もある。診断後の患者説明,治療方針,患者予後のデータなどと併せて,外科医と病理医によるエビデンスの確立とコンセンサスの形成がさらに必要になると考えている。

【文 献】
 

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