日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
予後不良な高分化癌(乳頭癌,濾胞癌)とは?
岡部 直太菅間 博
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2017 年 34 巻 2 号 p. 93-96

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抄録

甲状腺癌は予後が良好である。2017年の全国がんセンター協議会の集計によれば,甲状腺癌の10年相対生存率は前立腺癌に次いで2番で,発症年齢や手術率,臨床病期Ⅳで生存率などを考慮すると,実質的には1番である。甲状腺高分化癌には,癌遺伝子変異が高率にみられ増殖シグナルが恒常的に活性化されているが,他臓器の癌に比べ増殖速度は極めて遅い。微小乳頭癌は進行することが少ないため,手術することなく経過観察することが推奨されつつある。手術検体の病理診断の結果,乳頭癌で術後に注意が必要なのは,予後不良な未分化癌や低分化癌との鑑別が問題となる場合,相対的に予後が悪い組織亜型の高細胞型乳頭癌や円柱細胞癌の場合などが挙げられる。濾胞癌では,広汎浸潤型で血行性遠隔転移が予測される場合や,低分化癌の島状癌との鑑別が問題となる場合である。

はじめに

甲状腺濾胞上皮由来の癌は,病理組織学的に高分化癌,低分化癌,未分化癌に分類され,高分化癌が,95%以上を占める。高分化癌は乳頭癌と濾胞癌に分類され,浸潤性に増殖してそれぞれリンパ行性および血行性に転移する。しかし,適切な外科的治療がなされれば他臓器の癌に比べ予後は良好である。何故,甲状腺高分化癌は予後良好なのか?あるいは予後不良な高分化癌とは何か?本稿では甲状腺癌の予後について考察するとともに,特に予後良好で経過観察が推奨される微小乳頭癌と,相対的に予後不良で術後の注意が必要な乳頭癌と濾胞癌について,その病理診断学的なポイントを解説する。

甲状腺癌の予後

甲状腺癌は予後が良好である。2017年の全国がんセンター協議会の集計データ(表1)によれば,甲状腺癌の10年相対生存率は,前立腺癌に次いで2番目である。甲状腺癌は前立腺癌より発症年齢がより若いこと,手術率がより高いこと,また臨床病期Ⅳで生存率がより高いことなどを考慮すると,より長期の予後は甲状腺癌が最も良好と考えられる。この集計データは甲状腺癌の組織型は考慮されていないが,若年者の乳頭癌に限れば,その20年生存率は98%を超えると言われている[]。

表 1 .

部位別臨床病期別 10年相対生存率

全がん協(2000~2003年診断症例) http://www.gunma-cc.jp/sarukihan/seizonritu/seizonritu2007.html

甲状腺高分化癌は,乳頭癌も濾胞癌も発癌に関わる遺伝子変異が高頻度に認められ,乳頭癌ではBRAF(V600E)変異とRET/PTC再構成が,濾胞癌にはRASの変異により細胞増殖の主要なシグナルが恒常的に活性化されている(図1)。他臓器の癌ではそれらにより細胞増殖の亢進が起こるが,甲状腺高分化癌の増殖速度は極めて遅いため,細胞分裂像は認められず,またKi-67のラベル率も1%以下で,病理組織学的な増殖速度の評価が困難である。その細胞増殖の抑制機構については甲状腺機能シグナルの調節機構との関係から検討がなされつつあるが,分子病理学的な機序は解明されていない。

図 1 .

甲状腺高分化癌(乳頭癌・濾胞癌)の遺伝子変異

微小乳頭癌と腫瘍の進行度

甲状腺癌のリスクないし予後を予測する分類としては,他臓器同様にUICC(Union for International Cancer Control)によるTNM分類が用いられている[]。原発腫瘍を評価するT因子に関して,病理組織学的に甲状腺に限局し最大径が2cm以下の腫瘍をpT1,さらに1cm以下の腫瘍をpT1aに,1cmを超える腫瘍をpT1bに分類する。このpT1aの最大径が1cm以下の乳頭癌は,微小乳頭癌(Papillary microcarcinoma)といわれる。微小乳頭癌の90%の症例は進行することがないため,手術することなく経過観察することが推奨される方向にある。病理組織学的に微小乳頭癌には,被胞化されている腫瘍(図2)と瘢痕を伴い周囲に浸潤性に進展する腫瘍が経験される。腫瘍がさらに増大するか否かは,前述の如くKi-67のラベル率が低すぎるため,病理組織学的な判定は困難である。ただし,被胞化されずに周囲に進展する腫瘍のうち,病理組織学的に甲状腺外に進展し(>pEx1),反回神経浸潤する腫瘍や,気管浸潤する腫瘍は注意を要する。

図 2 .

被胞化される微小癌

予後不良な未分化癌,低分化癌と乳頭癌の鑑別

高分化癌に予後が不良な未分化癌が混在ないし併存する場合がある(未分化転化 anaplastic transformation)。第7版(2015年)の甲状腺癌取扱い規約[]では,混在する未分化癌の量がごく僅かであっても,予後に大きな影響を与えることから,未分化癌の病理診断となる。一方,低分化癌成分が混在する場合は,乳頭癌が優位(50%以上)であれば,乳頭癌の病理診断となる。また,第6版の甲状腺癌取扱い規約までは,低分化癌が充実型乳頭癌を含んでおり,第3版WHO分類[]と解離があったが,第7版から,充実型乳頭癌は乳頭癌の組織亜型となった。充実型乳頭癌は充実性ないし索状構造が全体の50%以上を占める癌であり,核に乳頭癌の特徴が認められることが診断のポイントとなる。低分化癌との鑑別に苦慮する場合は,細胞増殖の指標が参考になる(図3)。これまで小児,若年者に多く,放射線被爆との関連とRET/TPC遺伝子再構成がみられる頻度が高いことが指摘されている。また,通常の乳頭癌より予後が相対的に不良とされているが[],本邦での統計学的検討はなされておらず,今後の解析が待たれる。

図 3 .

充実型乳頭癌と低分化癌のKi-67 ラベル率

a)充実型乳頭癌 b)低分化癌

相対的に予後不良な乳頭癌

通常の乳頭癌より相対的に予後が悪い組織亜型として,時々経験されるのが高細胞型乳頭癌(papillary carcinoma, tall cell variant)である。高細胞型乳頭癌は高齢者,特に男性に好発し,背の高い縦長の腫瘍細胞が全体の50%以上を占める乳頭癌である(図4)。その際,第7版(2015年)の甲状腺癌取扱い規約では,腫瘍細胞の高さが幅の3倍以上を示すことが定義となっている[]。核は通常の乳頭癌と同様の所見を示すが,核溝や封入体が多く認められる。また核分裂像,壊死,甲状腺外進展,血管浸潤が頻発する。手術時の腫瘍径が大きく,病期が進行した症例が多く,再発率が高いとされている[]。

図 4 .

高細胞型乳頭癌 腫瘍細胞の高さが幅の3倍以上

形態的に高細胞型乳頭癌に類似する稀な腫瘍として,円柱細胞癌(columnar cell carcinoma)が挙げられる。円柱細胞癌は甲状腺癌取扱い規約では乳頭癌とは独立した腫瘍と位置付けられているが,WHO分類では乳頭癌の組織亜型(papillary carcinoma,columnar cell variant)として分類されている[]。円柱細胞癌は高円柱腫瘍細胞が偽重層化して乳頭状,索状,濾胞状,腺管状,または充実状に増殖し,濾胞ないし腺管の内腔にはコロイド物質を欠く点が高細胞型乳頭癌と異なる。円柱細胞癌は局所浸潤性が強く,甲状腺外進展をきたすことから,予後は通常の乳頭癌と比べて不良されているが,症例数を集積し,今後の検討が待たれる[]。

相対的に予後不良な濾胞癌

濾胞癌は腫瘍の浸潤様式ないし浸潤の程度により,微少浸潤型濾胞癌(Follicular carcinoma,minimally invasive)と広汎浸潤型濾胞癌(Follicular carcinoma,widely invasive)に分類される。広汎浸潤型濾胞癌は,微少な被膜侵襲や血管侵襲の有無により濾法腺腫と鑑別される微少浸潤型濾胞癌以外の濾胞癌を全て含む。周囲甲状腺組織や脈管内に広範囲の浸潤を示すため,通常,肉眼で,あるいは弱拡大の顕微鏡像で,周囲の組織への浸潤が容易に判別可能である(図5)。腫瘍被膜が不明瞭なことも少なくない。また,周囲への浸潤が不明瞭でも,多数の血管への浸潤が顕微鏡的にみられる場合には広汎浸潤型濾胞癌と診断する。濾胞癌の予後は血行性の肺や骨などへの遠隔転移により左右され,特に血管浸潤が目立つ場合には予後が悪い[]。濾胞癌の核は,微少浸潤型より広汎浸潤型で異型が高度な傾向はあるが,核異型により,濾胞癌の転移ないし予後を予測すること困難である。濾胞癌の血行性転移分子遺伝学的なメカニズムの解明が待たれる。

図 5 .

広範浸潤型濾胞癌

a)周囲甲状腺組織に広範進展 b)濾胞癌の粗顆粒状の腫大核

乳頭癌と同様に低分化癌成分が混在する場合,濾胞癌が優位(50%以上)であるなら,濾胞癌の病理診断となる。ただし,低分化癌のうち島状成分なる島状癌(Insular carcinoma)は増殖能が高く予後が悪いことから,島状癌成分の有無を記載することが必要である。

濾胞癌の組織亜型のうち,好酸性細胞型濾胞癌の予後については議論がある。好酸性細胞型濾胞癌の多くはミトコンドリアの変化を伴い,核異型が高度なことが多いため,過去においては通常型の濾胞癌より予後が悪いとする論調が多かった。しかし,今日まで有意な予後の差を証明するデータは示されていない。

おわりに

東日本大震災に伴い起こった福島第一原発事故から6年が経過し,甲状腺癌に対する科学的な理解,特に甲状腺癌の予後についての正しいコンセンサス形成が社会的に求められている。本稿では,甲状腺癌の大部分を占める高分化癌の予後について,国内の他臓器癌のデータと比較し考察した。甲状腺癌の予後についての社会的なコンセンサス形成を主導する役割が甲状腺外科医に課せられている。甲状腺高分化癌は背景の癌遺伝子変異とは裏腹に,他臓器癌に比べ予後良好であることを改めて認識し,微小乳頭癌に対する治療方針の議論,術後の注意が必要な相対的に予後不良な乳頭癌と濾胞癌についての理解の一助となれば幸いである。

【文 献】
 

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