日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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原著
甲状腺悪性腫瘍における頸部郭清術後乳糜漏に対する対策と管理
森 祐輔橘 正剛横井 忠郎佐藤 伸也進藤 久和高橋 広山下 弘幸
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2017 年 34 巻 4 号 p. 244-248

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抄録

【はじめに】頸部郭清術後の乳糜漏は術中の予防と術後管理が重要である。乳糜漏予防の目的で術前長鎖脂肪酸を含む食品を摂取し左頸部郭清を行っているが,その成績をふまえて予防と管理について検討した。

【対象】2012年6月から2016年8月までに術前長脂肪酸摂取にて左頸部郭清術を施行した甲状腺分化癌(再発含む)177例207側を対象とした。

【結果】術後乳糜漏を認めたのは177例中8例(4.5%)であった。7例に保存的加療,1例に再開創を行った。前者の内4例では問題なくドレーン抜去できたが,3例ではドレーン排液が持続・漸増を認めたためドレーンクランプしドレーンを抜去した。ドレーン排液量は40~630ml/日。ドレーン抜去までに要した日数は平均3.3日,抜去後に頸部腫脹をきたした症例は認めなかった

【考察】術前脂肪摂取し頸部郭清を行った症例では軽度の乳糜漏症例が多く,持続陰圧を解除しても問題なく早期のドレーン抜去が可能であった。

はじめに

甲状腺癌における頸部郭清術後乳糜漏の発生頻度は反回神経麻痺や副甲状腺機能下症などの合併症と比べると頻度の高いものではない。しかし,乳糜漏を合併した場合は絶食・脂肪制限食や局所圧迫処置を要し長期間の入院治療を要し患者のQOLを損なうばかりでなく高額な医療費を必要とする。そのため頸部郭清術において術中のリンパ管処理,特に静脈角でのリンパ本幹が合流する静脈角付近での処理に関しては,現在まで多くの対策が検討されている。今回われわれは,術前に長鎖脂肪酸摂取を用いた乳糜漏予防方法および予防にかかわらず合併した乳糜漏患者の特徴とその対応について報告する。

方 法

(1)乳糜漏に対する術前予防法

左側頸部郭清術を行う患者に対して,執刀の3時間前に長鎖脂肪酸を含む食品(当院では市販のアイスクリーム 摂取量90ml,脂肪成分10.6g)を摂取させている。

(2)術中のリンパ管処理およびリンパ漏確認方法

脂肪摂取後のリンパ管は肉眼で白濁した半透明な管として確認できる(図1)。リンパ管を処理する際には4-0バイクリルにて結紮縫合しハーモニック®あるいはリガシュア®を用いてシーリングし切開を行っている。術中に白濁したリンパ管からの漏れ(図2)を確認した場合は結紮処理を追加する。

図 1 .

術中に白濁し拡張したリンパ管を確認できる

図 2 .

術野にリンパ漏(乳糜漏)を認める

また,閉創直前に麻酔科医によって気道・胸腔内圧を20~30mmH2Oに上昇させリンパ漏がないことを確認した上で閉創を行う。ドレーンは3.5mmSBドレーン®を使用した。

(3)術後乳糜漏が出現した場合,明らかな頸部腫脹を認めれば再開創を検討するが,頸部腫脹がなければ創部に挿入しているドレーン圧を解除あるいはドレーンを一時クランプ(以下クランプテストと呼ぶ)し,適宜局所圧迫を追加する。その後ドレーン排液量が減少すれば,ドレーンを速やかに抜去する。頸部腫脹に加えてドレーン排液の明らかな増加を伴う場合には再開創を行う(図3)。

図 3 .

術後乳糜漏に対する当院で実施しているプロトコール

対 象

2012年6月から2016年8月までに術前アイスクリーム摂取にて左頸部郭清術を施行した177例207側を対象とした。郭清側は左側のみが177例,左側を含む両側郭清が30例である。男性39例,女性138例,年齢は18歳~85歳(平均45歳)であった。

結 果

術前アイスクリーム摂取し郭清を行った177例207側の内,8例(4.5%)に術後乳糜漏の発生を認めた。そのうち7例は保存的治療を行い,1例で再手術を必要とした(表1)。

表 1 .

術後乳糜漏症例 M=male,F=female

再開創を要した1例は術後12時間で400mlの乳糜漏を認め,頸部腫脹を伴ったため術翌日に再度アイスクリーム摂取下に再開創を行った。術中に結紮処理した左静脈角のリンパ本幹からのリンパ漏を認めたため結紮処理追加した。再開創後2日目にドレーンを抜去し,初回手術第5病日に退院となった。

再手術症例を除く7例の1日平均ドレーン排液量は約167mlであった。そのうち,4例では経過中にドレーン排液量が減少(ドレーン漸減)し術後平均2.5日でドレーンを抜去した(図4)。

図 4 .

乳糜漏症例のドレーン排液量

残り3例はドレーン排液量が1日平均183ml~256ml,最大排液量630mlと持続あるいは増加(ドレーン持続・漸増)を認めた。この3例に対してクランプテスト,ドレーン圧解除を行った結果ドレーン排液は1日平均20~40mlと著明に減少を認めたのでドレーンを抜去した。

いずれの症例もドレーン抜去後に乳糜漏再発や頸部腫脹を認めなかった。また絶食処置をした症例はなかった。ドレーン抜去までに要した期間は平均3.1日,ドレーン漸減型で2.5日,ドレーン持続・漸増型で3.6日であった。術後入院期間に関しては平均5.3日であった。

考 察

甲状腺悪性腫瘍に対する頸部リンパ節郭清術に伴う合併症の一つに乳糜漏がある。その処理に関しては周囲の組織をつけ結紮を行う方法が一般的とされているが,HRMONIC FOCUS®によるエネルギーデバイスによって安全に処理できた[]との報告がある。手技が問題視される大きな理由はリンパ管の解剖的特徴によるところが大きい。太さが0.2mm以上のリンパ管は平滑筋および繊維組織によって形成されているが,細いリンパ管に関しては平滑筋を欠き膠原線維も乏しい脆弱な管腔臓器であり[]術前の絶食状態時によるリンパ管の虚脱とリンパ流の減少,加えてリンパ液の無色透明な色調により周囲結合組織とリンパ管を肉眼では区別することが困難となる,さらに胸管終末部の解剖学的形成異常や複雑なネットワーク形成[]のためリンパ管処理およびリンパ漏防止への対策は難しい。当院では乳糜漏予防目的で術前に乳製品を摂取させて頸部郭清術を施行している。長鎖脂肪酸を含む乳製品は小腸でchylomicron化し,リンパ管流が3~10倍にも増加する[]それにより術中にリンパ管を肉眼で確認でき,術中に生じたリンパ漏を確認することが可能となる。この方法は施設間の差が生じず,特殊なデバイス等を使用することなく行える簡便な方法である。乳製品の吸収には1.5時間は必要とするので,執刀の3時間前に投与しておくのがよいとされる[]。

閉創時に気道・胸腔内圧を上昇することによってリンパ胸管内圧を上昇させると,リンパ漏が存在する場合には術野に白濁した乳糜漏を確認でき[]脂肪摂取しない場合と比べて術中のリンパ漏の検出感度が上がると考える。

乳製品摂取下にて手術を行った術後乳糜漏の発生頻度は約4.5%であったが,過去の報告(0.9~8.3%[])とほぼ同程度であった。

術後乳糜漏をきたした症例の内,保存的治療は88%,再手術を要した症例は12%であった。報告では保存的治療が29~63%,再手術症例が25~50%とされ[],過去の報告と比べると当院の症例では保存的治療例が多く,再手術例が少なかった。また,保存的治療におけるドレーン抜去までの期間は平均3.1日であり,Saitouら[]の平均21.5日(5~60日間),Rohら[]の平均11.3日の報告に比較してかなり短かった。乳製品摂取下での頸部郭清での乳糜漏の発生頻度は他施設の報告と同程度であったが,発生した乳糜漏の程度は軽くほとんどが再手術を要すことがなく入院期間も短かった。

保存的治療症例の内,ドレーン排液量が持続・漸増する症例でクランプテストを行うと,ドレーン排液量が著明に減少した。胸管のような太いリンパ管では生理的内圧は0~15mmHg,その他のリンパ管内圧は0~0.5mmHgとされ[10],内圧の低いリンパ管(以下,低圧性リンパ管)ではドレーン圧をかけると創部圧が陰圧となり,持続して乳糜を引き続ける可能性がある。ドレーン圧を解除あるいはクランプすることでリンパ管内圧より創部圧を上昇させると,持続あるいは増加する乳糜漏は著しく減少しドレーン抜去が可能と推察される。このような低圧性リンパ管は容易に創部圧によって治癒し問題になることはないと考える。逆に持続する排液をドレーン圧にて引き続けることにより医原性にリンパ管と創部の瘻孔を形成し難治性乳糜漏になると予想される。術後乳糜漏症例の中には,このような低圧性リンパ管からの乳糜漏が存在し,これを鑑別するのにクランプテスト(ドレーン圧解除あるいはドレーンをクランプする方法)は有用と思われた。

再手術症例を1例で行い,再手術時に確認されたのは初回手術時に結紮したリンパ管からの漏れであり,結紮糸の緩みが原因と考えられた。リンパ管は非常に弾力性に富み,拡張と虚脱が生じやすい。それに加えて乳製品摂取下ではリンパ管の拡張がさらに増強し術中には巨大なリンパ管として確認される。しかし,術後の絶食によって著明なリンパ管の虚脱現象が生じ結紮糸は結果緩んだ可能性が高いと考えられた。乳製品摂取下での拡張したリンパ管処理を要する場合には2重結紮などのリンパ管虚脱現象に対する処置を考慮する必要がある。

術後乳糜漏に対してソマトスタチンアナログ製剤使用の有効性について報告を散見する[1112]。しかし,本邦において頸部郭清後の乳糜漏に対しての保険適応はなく倫理委員会の承認や高価な薬剤であるため患者への負担も大きくなる。ドレーンクランプテストはソマトスタチンアナログ製剤使用といった特殊治療や再手術を迷う症例において有効な方法と考えている。

おわりに

術後乳糜漏の予防方法として

1)術前乳製品摂取を行い,術中の乳糜漏および注意の必要なリンパ管走行を確認することができる。

2)術中に胸腔内圧を上昇させることによりリンパ漏を確認することができる。

術後乳糜漏の対策として

術後乳糜漏の軽症例では創部圧のみで治癒する場合がある。再開創あるいは特殊治療を行うかどうかの判断に,ドレーンクランプテストは簡便で有用な方法であり早期治療の手助けとなると考える。

本論文の要旨は第49回日本甲状腺外科学会学術集会(2016年10月,山梨)において発表した。

【文 献】
 

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