2018 年 35 巻 1 号 p. 24-29
気道・食道浸潤甲状腺癌は無症状のこともあるが,腫瘍浸潤が粘膜面に到達すると,血痰や呼吸困難,嚥下困難などの症状を引き起こす。治療方針は,浸潤の部位と深さ,範囲で決定される。粘膜発生の腫瘍と異なり,浸潤は気道・食道の外から始まり内腔へ向かうため,内視鏡検査でも浸潤範囲の正確な診断は難しい。このため,外科医は切除範囲の決定を術中に迫られることになる。気管粘膜に到達する浸潤では全層切除が必要であり,近年は術後管理が容易な気管窓状切除+気管皮膚瘻,二期的再建を採用する施設が増えている。
TKIの登場は再発性気道浸潤甲状腺癌の手術適応に影響を与えている。放射性ヨウ素治療抵抗性の遠隔転移にTKIを使用するとき,局所浸潤腫瘍が併存すると,病変の急速な縮小に伴い致死的瘻孔を形成する可能性がある。TKI治療を安全に実施するには,予め浸潤腫瘍を切除しておく必要がある。
われわれは気管壁深層浸潤においては,初回手術での全層切除こそが患者の予後とQOLを改善すると考えている。
甲状腺癌の気道・食道浸潤の頻度は1~8%であり,局所再発例では10~20%にみられる[1,2]。気道・食道に浸潤しても無症状のことが多いが,腫瘍浸潤が一旦粘膜面に到達すると,血痰や呼吸困難,嚥下困難などの症状を引き起こす。このため,遠隔転移が存在する場合であっても,局所のコントロール目的に病変を切除すべき場合が多い。ここで問題になるのが,甲状腺分化癌は腫瘍の生物学的悪性度が低いため,完全切除ならば予後が良いのは当然であるが,不完全切除例でもある程度の生存が期待できることである。くわえて,気道や食道の全層切除を行うと再建が必要となり,その際には縫合不全などの重大な合併症や患者のQOLに直結する発声や嚥下機能に関わる合併症が発生する可能性がある。これら二つが手術適応の判断を困難にしている。
当科では再発甲状腺癌の気道狭窄に対する呼吸器インターベンション治療を積極的に行っているが,その中にはQOL維持のもとに不完全な切除を受けている患者が少なくない。当科では初回手術での完全切除こそが患者の予後とQOLを改善すると考えており,局所根治性を目指した術式を選択している。
本稿では,気道・食道浸潤甲状腺癌(乳頭癌)の治療について,とくに議論の多い気管浸潤の手術にフォーカスして述べたい。
気管浸潤の有無とその程度は予後に影響を与える因子であり[3,4],治療戦略を立てる上で,腫瘍の気管への浸潤様式を知ることは重要である。Shinらは気管浸潤乳頭癌22例に対して気管全層切除を行い,気管浸潤の進展様式を明らかにした[3]。腫瘍浸潤は気管軟骨間の輪状靭帯に始まり,垂直に進展する。腫瘍が一旦粘膜下組織に到達すると今度は円周方向や頭尾方向へと進展し,最終的には粘膜を超えて浸潤する(図1)[5]。気管浸潤の程度は壁の深達度により4段階に分類される(Stage Ⅰ:軟骨膜まで,Stage Ⅱ:輪状靭帯または気管軟骨,Stage Ⅲ:粘膜固有層,Stage Ⅳ:粘膜上皮)。
粘膜に発生し周囲へ広がる気管癌や食道癌とは異なり,浸潤は壁外に始まり内腔の粘膜面へと向かう。内視鏡検査は浸潤の先進部である内腔からの観察であるため,粘膜浸潤がみられる場合(Stage Ⅳ)には,気管外膜側の浸潤はより広範囲であることが多い[6]。
気管浸潤の手術戦略を立てるには,CTや内視鏡検査による浸潤の三次元的評価を行うことが大切である。すなわち,①浸潤部位,②浸潤の深さ,③長軸および円周方向の浸潤範囲,を診断する。気管の内腔を開かずに気管の接線方向に浸潤部の気管壁をメスで削り取る方法をシェービングと呼ぶ。浸潤が気管外膜か軟骨膜までで,軟骨層には及んでいない場合(ShinのStage Ⅰ)には,気道の支持性を確保しつつ軟骨層の辺縁をシェービングすることは十分な治療であるとのコンセンサスがある[7]。次に,輪状靭帯または軟骨層に浸潤しているが,気管粘膜への浸潤を認めない場合(Stage Ⅱ)である。この深達度でシェービングを行うと,正確な浸潤範囲の診断は術後に判明することになるため,組織学的断端陰性を確保できる全層切除を推奨する施設もある[8,9]。その一方,全層切除は切除後の再建が必要であるため,手術侵襲や合併症の少ない術式のシェービングで対処している施設もある。シェービングでは切除断端に腫瘍が残存する可能性はあるものの,シェービング後の局所再発率は平均7年の観察期間で約5%と報告されている[10~12]。
しかしながら,気管浸潤に対する手術術式の比較(シェービング vs 全層切除)をした前向き研究は存在せず,これまでの報告は気管の不完全切除(シェービング)と完全切除とをレトロスペクティブに比較したものである。すなわち,外科医は術中に判明する気管浸潤の程度に従って,適切な範囲の手術を行っているため,術式の違いは単に異なった浸潤段階や病状を反映しているだけなのかもしれない。同様の進行程度の症例で術式の優劣を比較した報告はなく,とくに壁深達度が軟骨層までに留まる気管浅層浸潤をいかに治療するかについては,国際的なコンセンサスは得られていない。我が国においてはシェービングで対処している施設が多く,本邦のガイドライン作成委員のアンケートでは全委員の2/3がシェービングを選択していた[13]。
腫瘍浸潤が軟骨を超えて粘膜に到達したとき(深層浸潤),すなわち,粘膜固有層(Stage Ⅲ)や粘膜上皮(Stage Ⅳ)への浸潤では,気道構造の全層切除が必要である[14]。
全層切除には,窓状切除と管状切除がある。窓状切除は気管の浸潤部に安全域をつけた気管の部分切除である。気管周囲への喀痰汚染防止のため,残存した気管と頸部皮膚の間に気管皮膚瘻を形成する。瘻孔の閉鎖は二期的に行うが,小範囲なら局所皮弁で対応可能である。切除範囲が気管軟骨の1/3周または5軟骨輪(2cm)を超える場合には,管腔の保持性が低下するため,耳介軟骨や鼻中隔軟骨とDP皮弁などを用いた硬性再建が必要となる[1,15]。硬性再建は段階的に行われる多期的手術である。気管切除範囲が広く,1/2周を超える場合や膜様部に及ぶ場合には,窓状切除は技術的に困難となり気管孔が閉鎖できなくなる可能性がある。このような場合は管状切除の適応となる。
管状切除は腫瘍を含めた気管の全周切除であり,気管軟骨輪間の輪状靭帯を切開する。再建には端々吻合を行う。Ozakiらは甲状腺癌で気管管状切除を行った21例の気管内腔での腫瘍の広がりを検討し,気管の長軸方向では粘膜側の浸潤は外膜側を超えることはないが,円周方向では粘膜側の浸潤が外膜側の浸潤範囲を超えて広がることを報告した[16]。そして気管外膜側の浸潤範囲に従って窓状切除を行うと,切除断端での腫瘍遺残の可能性があるとして管状切除を勧めている。その一方で,気管窓状切除のみで十分な局所制御が得られる症例も多く,窓状切除が管状切除と比較して局所再発率が高いという結果は示されていない[1,2]。
管状切除―端々吻合は,切除断端陰性が得られやすく,一期的手術であり整容性にも優れる。再建後の機能面でも,皮弁閉鎖により気管内腔に皮膚がくる窓状切除と異なり,気管内腔が粘膜で覆われるため,気道分泌物の喀出困難は発生しない。理論的に優れる管状切除であるが,本邦での実施件数は決して多くない。日本胸部外科学会の年次報告によると[17~22],本邦の気管腫瘍手術(良性および悪性腫瘍,甲状腺癌気管浸潤を含む)における気管管状切除の手術件数は年間20~30例である(図2)。日本胸部外科学会認定施設のアンケート結果であり,甲状腺外科医が実施した手術が網羅されているわけではないが,絶対数の少ない術式であることはわかる。ではなぜ,少ないのであろうか?
本邦における気管管状切除実施件数
管状切除―端々吻合のもっとも重大な合併症は縫合不全である。頻度は0~10%であり[16,23],動脈穿波や縦隔炎をきたし手術関連死に発展した症例もみられる。縫合不全の原因には次の二つが挙げられる。第一に吻合部感染である。これは気管切開を契機に発生する。甲状腺癌の気管浸潤では,すでに腫瘍浸潤により一側の声帯麻痺をきたしているケースが多く,これに本術式に必要な広範囲の両側反回神経の剝離操作が加わることで,両側声帯麻痺のリスクが高まる。ここが気管原発腫瘍に対する管状切除と大きく異なる点である。吻合部への影響を減らすために,気管切開孔はできるだけ離れた尾側に作成するが,十分に距離がとれないことが多い。気切孔周囲の喀痰汚染を防ぐため,前頸筋や胸鎖乳突筋を気切孔周囲へ縫着して気管皮膚瘻を作成する。このような対処を行っても,吻合部の血流障害や感染のリスクは避けられず,縫合不全へと進行する可能性がある。当科では,術中反回神経モニタリングで(一過性)両側声帯麻痺が予想される場合には,管状切除を避けるようにしている。縫合不全の第二の原因は吻合部の過緊張である。吻合部にかかる張力を減らすために,術後は頸部前屈位を保持する。頸部の最大前屈の結果,6輪の長さ分の気管が寄ってくるとされる[24]。とくに5輪を超える気管切除を行った場合は吻合部の張力が高まるため,前屈位を7~10日間保持する必要がある。安定的に前屈位を保持するためには,気管挿管による気道確保と鎮静,レスピレーター補助などの全身管理を要し,結果として肺炎や無気肺などの呼吸器合併症が発生しやすい。
このように,気管管状切除―端々吻合は術後気道管理の煩雑さや縫合不全による致命的トラブルの可能性などから,必ずしも最善の術式とはいいがたい。他方,気管窓状切除は気道の完成に多段階の手術を要する上,再建気管内腔面が気管粘膜でないため,喀痰貯留や痂皮形成・付着,皮膚粘膜縫合部の肉芽形成などのデメリットも多い。しかしその反面,気管孔を作成するため,気道確保が確実であり,管状切除よりもはるかに安全である。また,前屈位固定の必要がないため,気道管理は簡便である。
以上の理由や近年の医療事情から,本邦では全層切除における管状切除と窓状切除の腫瘍学的評価はあまり考慮されず,部位や浸潤範囲が許せば,安全な術後管理を行える窓状切除を第一選択とし,それを超える浸潤の場合に気管管状切除が実施されることが多い。表1に気管浸潤甲状腺癌に対する各術式の適応と限界を示した。周術期リスクの高い管状切除の適応は,各症例毎に慎重に判断すべきである。とくに頸部外照射既往例やコントロール不良の糖尿病を合併する症例は,窓状切除に留める方が無難である。高齢者は予備能が低下しているため,合併症リスクは高くなる。
気道浸潤甲状腺癌の術式,適応と限界
Dralleらは喉頭と気管の全層切除の術式を病変の部位と大きさに従って6つのタイプに分類した[1](図3,表2)。切除方法は,窓状切除,管状切除―端々吻合,切除―再建なし(喉頭摘出・永久気管孔造設)の3つであり,浸潤の局在(喉頭か気管か)や,窓状切除と管状切除では反回神経の取扱いにより細分される。窓状切除はType 1(喉頭,喉頭気管)とType 2(気管のみ)で実施される。管状切除はType 3(気管・喉頭の切除),Type 4(気管)で行われる。窓状切除を第一選択にした手術術式による分類であり,本邦の実情に近い。
気道全層切除の分類(Dralle らの分類,一部改変)
甲状腺癌の食道浸潤はたいていが筋層に留まり,粘膜に浸潤して内腔まで露出することは稀である[25]。筋層を合併切除した後の補強は必ずしも必要ないが,食道憩室の予防に筋層縫合を行うこともある。浸潤が粘膜まで達していて食道内腔を開いた場合も,二層で縫合可能であり,食道全周の1/3程度までなら狭窄をきたさないとされる[26]。
一方,術前の内視鏡検査で内腔への腫瘍浸潤を認める場合には,より広範囲の食道全層の合併切除と再建が必要になる。喉頭を温存して食道のみ部分切除を行った場合は,微小血管吻合の技術を用いた遊離空腸によるパッチ閉鎖や遊離前腕皮弁を用いた再建を行う。食道とともに喉頭を摘出する場合には(Type 6),遊離空腸による再建を行う。
TKIの登場により、再発性気道浸潤例の治療戦略が変わりつつある。放射性ヨウ素内用療法不応の遠隔転移にTKIは有用であるが,TKIによる急速な腫瘍縮小に伴って管腔臓器浸潤部も縮小して穿孔や気管食道瘻が発生した症例が報告されている[27]。このため,安全にTKIを開始するには,気道や食道に浸潤する腫瘍が存在しないことが望ましい。そこで従来なら経過観察されていた再発腫瘍の気管浸潤例の肺転移巣に対する,将来の安全なTKI治療を目的とした気管浸潤部の手術を依頼されるようになった。
気道・食道浸潤の外科的アプローチについては議論が多いものの,近年は三次元的評価に基づいた腫瘍浸潤の段階的進行に相応しい,より保存的なアプローチが選択されることが多くなった。その一方,明らかな遺残手術は慎むべきであり,担当医療チームの技量を超える場合には,経験豊富な施設への紹介を考慮すべきである。
甲状腺癌気管浸潤では,浸潤の深さによりシェービングか全層切除かを判断し,全層切除なら浸潤の長軸方向と円周方向の広がりにより切除範囲を決定する。初回手術での過不足のない手術が患者の予後とQOLとを改善する。