日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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症例報告
甲状腺片葉欠損にバセドウ病を発症した2症例
田村 温美矢野 由希子筒井 英光小原 亮爾星 雅恵池田 徳彦
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2018 年 35 巻 1 号 p. 53-56

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抄録

甲状腺片葉欠損にバセドウ病を発症し,手術を施行した2例を報告する。症例1は38歳,女性。30歳時にバセドウ病と診断され,内服でのコントロールが困難であり,手術適応となった。術前の超音波検査で甲状腺右葉欠損を認めた。手術は甲状腺左葉摘出を施行した。症例2は33歳,女性。30歳時にバセドウ病と診断され,抗甲状腺薬の副作用が出現し,手術適応となった。術前の超音波検査にて左葉欠損を認めた。手術は甲状腺右葉摘出を施行した。両症例とも手術に伴う合併症なく順調に経過した。甲状腺片葉欠損のバセドウ病手術例の報告は日本では稀である。今回われわれは,甲状腺片葉欠損の手術に際し,健存の甲状腺を摘出し,欠損側の手術操作は行わない方針とした。手術操作による両側反回神経麻痺のリスク,および副甲状腺の損傷による低カルシウム血症のリスクを避けるため,欠損側の反回神経と副甲状腺は術中に確認しなかった。

はじめに

甲状腺片葉欠損は先天性の甲状腺形成異常であり,非常に稀である。検索しえた限り,本邦における甲状腺片葉欠損で甲状腺機能亢進を呈した報告例は13例,うち手術に至ったのは10例である[]。今回われわれは,甲状腺片葉欠損にバセドウ病を発症し,手術を施行した症例を経験したので報告する。

症 例

症 例1:38歳, 女性。

既往歴・家族歴:特記事項なし。

現病歴:30歳時に月経異常の原因精査中に,バセドウ病と診断された。メチマゾール(MMI)を8年間内服したが寛解せず,バセドウ病眼症も併存したため,手術目的に当科を紹介受診した。

現 症:腫大した甲状腺左葉を触知した。

血液生化学:FT3 3.78 pg/mL,FT4 1.14 ng/dL,TSH 0.02μIU/mL,TRAb 12.0 IU/L。

頸部超音波検査:甲状腺左葉および峡部の腫大を認めた。右葉は描出されなかった(図1a)。

図 1 .

症例1の頸部超音波と頸部造影CT像

a:頸部超音波 腫大した甲状腺峡部および左葉がみられるが,甲状腺右葉は描出されない。

b:頸部造影CT 造影された甲状腺峡部および左葉を認める。気管と右総頸動脈間に甲状腺右葉は描出されない。

頸部造影CT検査:腫大した甲状腺左葉と峡部を認めたが,右葉はみられなかった(図1b)。

123I シンチグラフィ:甲状腺に一致したヨウ素の強い集積がみられた。全身像で異所性甲状腺を疑う集積はみられなかった(図2)。

図 2 .

症例1の123I全身シンチグラフィ

甲状腺に一致した集積が認められる。全身像において他の部位に異常集積は認められない。

手術所見:左側方到達法にて甲状腺左葉を露出。甲状腺上極を処理したのち,甲状腺左葉を脱転し,反回神経を確認温存した。左反回神経の走行は正常であった。気管前面の峡部および錐体葉は確認されたが,峡部から右側に連続する甲状腺組織はみられなかった(図3a)。甲状腺左葉および峡部切除を施行した(図3b)。左上下副甲状腺は血流を残して温存した。摘出甲状腺重量は31gであった。手術時間は127分,出血量は42mlであった。

図 3 .

症例1の術中所見と摘出甲状腺

a:術中所見:側方到達法で甲状腺左葉から峡部を切除。

b:摘出甲状腺:甲状腺峡部と左葉が認められる。甲状腺右葉が欠損していた。

術後経過:第1病日のintact PTH16pg/ml(正常値10-65pg/mL),Ca8.5mg/dL。現在,レボチロキシン(LT4)100μgの投与で甲状腺機能は正常範囲にある。

症 例2:33歳,女性。

既往歴・家族歴:特記事項なし。

現病歴:30歳時に近医でバセドウ病と診断され,プロピルサイオウラシル(PTU)を3年間投与されるもコントロール不良であった。MMIに変更されたが,皮疹のため1カ月で中止となった。皮疹改善後にPTUに戻したところ,結節性紅斑が出現した。抗甲状腺薬による治療の継続は困難であり,挙児希望もあったため,手術目的に当科を紹介受診した。

現 症:腫大した甲状腺右葉を触知した。

血液生化学:FT3 14.36pg/mL,FT4 1.82ng/dL,TSH<0.01μIU/m,TRAb>40.0IU/L。

頸部超音波検査:甲状腺左葉は描出されず, 腫大した右葉および峡部を認めた(図4a)。

図 4 .

症例2の頸部超音波と頸部造影CT像

a:頸部超音波:右葉から気管前面にかけ腫大した甲状腺を認める。甲状腺左葉は描出されない。

b:頸部造影CT:腫大した甲状腺右葉を認める。甲状腺左葉は描出されない。

頸部造影CT:右側から気管前面に甲状腺が描出された(図4b)。

MMI10mg,ヨウ化カリウム丸 1丸(50mg)で甲状腺機能を正常化した後,手術を施行した。

手術所見:右側方到達法で甲状腺右葉に到達。上極を処理し,甲状腺を脱転して反回神経を確認した。右反回神経の走行は正常であった。甲状腺峡部にあたる気管前面まで甲状腺組織を確認温存したが,左側へ連続した甲状腺組織はみられなかった。右上下副甲状腺は血流を残して温存し,甲状腺を摘出した。頸部左側は操作しなかった。摘出した甲状腺は右葉から腫大した峡部がみられたが,左葉にあたる甲状腺組織はみられなかった。重量は98gであった。手術時間は123分,出血量は92mlであった。

術後経過:術後副甲状腺機能は正常であった。現在,LT4 100μg投与で甲状腺機能は正常範囲にある。

考 察

甲状腺片葉欠損の発生頻度は非常に稀であり,本邦では原田らが0.056%[],欧米ではMikosch[]らが0.22%と報告している。原田らが手術症例における検討に対して,Mikoschらは超音波検査における検討であり,当院で経験した2症例はともに超音波検査を契機に明らかとなった。

甲状腺は,胎生5週頃,原始咽頭の床にある舌盲孔から上皮性増殖を形成し甲状腺原基となり,頸部を下降していく。この経路が甲状舌管である。甲状腺原基は下降中に右葉と左葉に分かれ7週頃に気管の前方に達する。右葉と左葉は峡部でつながっている。甲状腺片葉欠損はこの間での分葉不全が原因とされている[]。欠損する甲状腺は左葉が多いと報告されているが,この原因については明らかでない。われわれが経験した症例は右葉欠損, 左葉欠損ともに1例ずつであった。

甲状腺片葉欠損でも甲状腺機能亢進を伴う症例が報告されているが,一方,TRAb高値でありながら甲状腺機能が正常に保たれている甲状腺片葉欠損症例の報告もある[]。こういった症例では,TRAbにより甲状腺ホルモン合成は促進されているものの,甲状腺が片葉であるために甲状腺組織の絶対量が少なく,結果として甲状腺ホルモンが上昇していないという可能性が考えられる。

われわれが報告した2症例ともに,術前の超音波検査によって,片葉欠損が診断された。未治療バセドウ病患者の15.7%に結節性病変の合併がみられることから,初診時に甲状腺の超音波検査を実施することが推奨されている[]。結節性病変や形態異常の存在をあらかじめ把握しておくことで,適切で安全な手術が可能となる。全身シンチグラフィは片葉欠損の診断のみでなく,異所性甲状腺の有無を確認する目的で有効である[]。

バセドウ病では,甲状腺腫が大きいことや,小血管が増生し血流が豊富であるため,易出血性である。これらのことから,American Thyroid Association(ATA)のガイドラインでは,熟練した外科医が手術を行うことを推奨している[10]。今回経験した2症例ではともに甲状腺摘出,反回神経と副甲状腺の確認と温存といった手術操作は甲状腺の存在する側のみとした。甲状腺片葉であるために,片側の操作でも甲状腺は全摘されることになる。甲状腺全摘術のリスクである両側反回神経麻痺や永続性副甲状腺機能低下は回避できる。片葉欠損の甲状腺全摘術では病巣側のみの手術操作でよいといえる。

おわりに

術前に甲状腺片葉欠損を診断し,手術を施行したバセドウ病2症例を経験した。片葉欠損の甲状腺では,両側反回神経麻痺のリスクを下げ,甲状腺欠損側の副甲状腺機能を確実に温存するために手術操作は片側のみでよいと考える。

本論文の要旨は第59回日本甲状腺学会学術集会で発表した。

【文 献】
 

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