2019 年 36 巻 1 号 p. 2-7
「診療ガイドライン作成の手引き2014」を参照して作成して「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年版」が完成した。本稿では,益と害のアウトカムに注目して本ガイドラインの作成方法について概説する。
臨床上の重要課題を,疫学,診断・非手術的管理,組織型別治療方針,放射線治療,分化癌進行例,術後治療,分子標的薬治療の領域に分け,44のCQ を益と害の両方を考慮して選定した。初版以降2014 年2月までPubMed,医中誌 WEB,およびCochrane Libraryを検索し,最終的に採用された論文はについてエビデンスの内的・外的妥当性を吟味し,「強く推奨する」,「弱く推奨する」と推奨を提示した。
今後,本ガイドラインの普及による診療の標準化と甲状腺腫瘍患者の健康アウトカムの評価が計画されており,作成グループは作業を継続して普及啓発を促進することが望ましいと考える。
Evidence-based Medicine(EBM)[1,2]の手順で作成された患者のためのガイドラインが1990年頃より世界的に広まり,その作成方法も標準化されてきた。わが国においても,2000年ごろから,厚労科研のEBM普及事業として科学的根拠に基づく診療ガイドラインの作成が開始され,学会を中心に作成が進んでいる。公益財団法人日本医療機能評価機構が厚生労働省の委託を受けて実施するEBM情報サービス(Minds)では,国内の質の高い診療ガイドラインを評価・選定し,2019年1月現在200件以上がウェブサイト上に公開されている[3]。「Minds診療ガイドライン作成の手引き2014[4]」が出版されてから,わが国の診療ガイドラインの質は向上しているといわれ,作成過程の透明性,システマティックレビュー,患者にとって望ましい効果と望ましくない効果のバランスを考慮した,信頼される診療ガイドラインが増えつつある。
初版の甲状腺腫瘍診療ガイドライン[5]は2010年に「Minds診療ガイドライン作成の手引き2007[6]」に基づいて作成されたが,改訂版である本ガイドラインは「診療ガイドライン作成の手引き2014[4]」を参照しているためエビデンスの評価方法,推奨の提示方法が異なっていることに留意が必要である。日本甲状腺外科学会(2018年に発展的に解散)と日本内分泌外科学会が作成主体となり,2014年に,27名の診療ガイドライン作成委員会(外科18名(うち1名は臨床疫学兼務,また1名は頭頸部外科),放射線科4名,内科(内分泌2名,腫瘍2名,病理1名)により,44のクリニカルクエスチョン(CQ)を選定し2017年12月に草案が完成した。本稿では,患者の診療選択の支援として,望ましい効果だけでなく望ましくない効果とのバランスが重要であることを示すために益と害のアウトカムに注目して本ガイドラインの作成方法について概説する。
図1に「Minds診療ガイドライン作成の手引き2014」による診療ガイドライン作成プロセスを示す。臨床の実務上の疑問のうち重要なものを重要臨床課題と呼び,Background questionとForeground questionに分かれる。疫学・統計などの疑問は,PICOの成分で表現できないことが多く,システマティックレビューの対象外で推奨も不要である。治療介入などのForeground questionsは,PICO形式(Patient(P),Intervention(I),Comparison(C),Outcome(O))で表すことができ,狭義の,本来のCQである。
「Minds診療ガイドライン作成の手引き2014」による診療ガイドライン作成プロセス
(クリニカルクエスチョン; CQ, *質の高い既存のシステマティックレビューがあれば活用することも可能)
スコープ作成時にまず,当該トピックの先行ガイドライン,システマティックレビュー,ランダム化比較試験(RCT)がどの程度あるか把握するための大まかな検索を行うと効率的であり,スコーピングサーチと呼ばれる。本ガイドラインでは採用していないが,質の高いシステマティックレビューがある場合,バイアスリスクやPICOの評価を引用して活用することも可能である。システマティックレビューのうち非直接性の評価は必ずやり直し,わが国の状況にあった推奨を作成することで作成過程の効率化が図られ,一般にAdaptationと呼ばれる。
1)クリニカルクエスチョンの設定臨床上の重要課題を,疫学,診断・非手術的管理,組織型別治療方針(乳頭癌,濾胞性腫瘍,髄様癌,低分化癌,未分化癌),放射線治療,分化癌進行例,術後治療,分子標的薬治療の領域に分け,CQ と考慮したアウトカムについて益と害の両方を考慮して,表1に列記した。本ガイドラインのうち,Background questionは9件(グレイで表記),推奨を作成するForeground questionは35件であった。CQ11を例にとってCQの要素を考えてみよう。P(population,対象):甲状腺乳頭癌に対して,I(intervention,介入):甲状腺全摘術は,C(comparison,比較):手術をしない,他の術式などが考えられるがここでは規定せず,論文によってさまざまな比較がある。CQのP,I,Cと,採用論文のP,I,Cがどの程度適っているかが,後述の定性的システマティックレビューにおいて吟味される。O(outcome,アウトカム)には望ましい効果(益)と望ましくない効果(害)があり,本CQでは益のアウトカムとして,予後の向上,患者視点の健康状態の改善,害のアウトカムとして,手術合併症が挙げられている。診療ガイドラインのCQとして,すべてのアウトカムを列記するのは冗長であるため,「推奨されるか?」,または「有用か?」という表現にまとめることが多い。主要アウトカムを代表して用い,「甲状腺乳頭癌に対して甲状腺全摘術は再発率を低下させるか?」と表現し,エビデンス総体の総括としてすべてのアウトカムを勘案して表現することも可能である。
甲状腺腫瘍診療ガイドライン2017のクリニカルクエスチョン(CQ)(グレイ:Background question(推奨不要),NA:not applicable,―:記載なし,下線:害のアウトカム)
医学図書館司書との共同作業により,2008年1月から 2014 年2月までの検索を行い,2017年の完成までの重要な論文を適宜追加した。PubMed,医中誌 WEB,およびCochrane Libraryの検索式と検索結果はWeb 版での公開予定である。論文の選択基準は,系統的レビュー(メタ分析を含む),RCTの研究デザインを優位とし,これらが検索されなければ,前向き観察研究,後向き観察研究を順に採用した。検索された文献集合に対し,各CQの担当疾患専門家が,当該 CQ の PICOに適っているかフルテキストを参照してスクリーニングを行った。
3)エビデンスの評価と統合スクリーニングで最終的に採用された論文は,臨床疫学の知識に照らし合わせてエビデンスの内的・外的妥当性を吟味し,エビデンスの質を表2のように表記した。Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation system (GRADE)では,アウトカムごとに,研究の限界,非一貫性,非直接性,不精確さ,出版バイアスを評価し,エビデンス総体(body of evidence)の確実性を高,中,低,非常に低の4段階にまとめるが,本ガイドラインではエビデンス総体(body of evidence)は採用せず,定性的にシステマティックレビューを行った。このとき,益と害のアウトカムの効果に差がない場合は十分にバランスを検討する。例え治療効果(益)が大きくても,副作用(害)が大きい場合もあるので,必ず益と害の両方をについて検討することが重要である。
推奨作成のためのコンセンサス(合意)形成
推奨を作成する治療介入についてのForeground questionのCQ では,益と害を含む複数のアウトカムを統合して「推奨されるか?」と表現し,それに回答する推奨文を付与した。さらに,推奨の程度は,「行う」あるいは「行わない」のいずれかとし,その程度を「強く推奨する」ないしは「弱く推奨する」の4種類として,定型文を用いて分かりやすく提示した(表3)。海外のエビデンスを根拠とする場合(P:対象が異なる場合)には特に,わが国において実行可能か,人的・経済的資源,医療保険制度などの社会制度,国民性などを総合的に評価して推奨を作成した。
推奨の提示方法
図1に示すように,本ガイドラインの外部評価としては,関連学会の専門家による評価のほか,第30回日本内分泌学会総会(札幌)のシンポジウムにて,会員から広くパブリックコメントを募集した。Mindsでは,ガイドラインに詳しい方法論者にAGREEⅡ[7]による記載内容評価を依頼する前に,作成グループ自らAGREEⅡ reporting checklist[8]を用いて評価することを推奨している。
診療ガイドラインの作成は,スコープにて作成方針を予め綿密に計画し,実臨床で判断が分かれている重要臨床課題からCQを選定し,PICO形式に定型化する段階が最も重要といえる。本ガイドラインにおける疫学(CQ1-4)や統計などのBackground questionは,CQとして含むことは可能だが推奨を提示する必要はない。一方,治療介入に関するForeground questionは,原則としてRCTのシステマティックレビューから推奨を提示することが求められる。主要アウトカムは,血液検査,画像診断などの検査所見でなく,死亡,患者の生活の質(QOL)など患者にとって重要なアウトカムを選ぶようにすべきである。特に,機能障害が残る侵襲性の高い手術や,副作用の強い化学療法・放射線療法に関する治療介入では,益だけでなく,合併症,副作用など害のアウトカムも考慮し,介入効果の大きさとともに,益と害のバランスを十分に検討する必要がある。年齢・性などによる患者の価値観,社会的資源などの多様性に考慮し,不確実性を伴う推奨をどのくらい強く推奨できるかを定型文で明確に提示する。
Evidence-based Medicine(平均値を考慮する医療)は「科学的根拠,またはエビデンスに基づく医療」と和訳され,「研究でつくられた最善のエビデンスを,臨床的知識・環境と,患者の価値観を統合して,目の前の患者のためにつかう」という狭義のEBMとして進歩してきた。一方,診療ガイドラインは,システマティックレビューの結果に基づいて広く日本の医療現場で活用されるもので,社会性,公共性を含めて広義に考える必要がある。つまり,すべての患者に一律に当てはまるものではなく,「強く推奨する」介入については目の前の患者に適用できる可能性が高く,「弱く推奨する」介入は,適用できる場合もあるという不確実性の幅の違いを,患者・市民を含めて診療ガイドランを利用する者は十分に理解する必要がある。
「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年版」の普及効果を判定するため,National Clinical Database (NCD)の甲状腺疾患登録を用いて,本ガイドラインの普及による診療の標準化と,甲状腺腫瘍患者の健康アウトカムの評価が計画されている。作成グループは担当領域の文献検索と選択そして吟味の作業を継続し,ガイドライン改訂と公開のためだけでなく,普及啓発を促進することが望ましいと考える。
ご指導いただきました岡本高宏先生(東京女子医科大学)に深く感謝いたします。本稿は,第30回日本内分泌外科学会(札幌)シンポジウム1「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年版:診療ガイドラインの作成における益と害のバランス」で発表したものです。
開示すべき経済的COIはない。