日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
甲状腺腫瘍診療ガイドライン:今後の展望
小野田 尚佳伊藤 康弘岡本 高宏
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2019 年 36 巻 1 号 p. 24-27

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抄録

甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年版では,乳頭癌に対してリスク分類や進行度,予後因子に応じた標準的対処を求めており影響を注視したい。他方,中リスク乳頭癌・低分化癌・未分化癌へ対処,気管合併切除など拡大手術の意義,分子標的薬治療の予後改善効果については,さらなるエビデンス蓄積が待たれる。髄様癌の遺伝子診療,予防的手術には,様々な角度からの議論が欠かせず,RI療法の分類に則した成績の提示も必要である。ガイドライン公開後も英文論文作成,随時の更新が行われ,治療標準化や患者の健康アウトカムについての調査が開始されるが,加えて3年後の次期改訂に向けて新規CQをリストアップし,解決のための研究奨励などを着実に行うよう提案したい。さらに,他学会との連携,汎用性を高める公開法,大規模データベースやAI,SNSの活用,女性委員と患者の参画などの検討が必要と考えられる。

はじめに

2010年の初版[]発刊後8年を経過し,甲状腺腫瘍診療ガイドライン第2版が発刊された[]。この間には専門医制度改革やNational Clinical Database(NCD)をはじめとする外科診療体制の刷新,内視鏡手術の発達,分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤などの治療薬の目覚ましい発展など,甲状腺癌診療だけではなく癌診療全体での大きな変革があった。その中で2018年版改訂ガイドラインは,数多くのエビデンスを提供して甲状腺癌診療に大きな改善をもたらし,標準的,多角的なチーム医療ためのテキストになると期待される。今回の改訂が持つ意味や現状での問題点を挙げ,今後のガイドラインのあり方を展望する。

ガイドラインの診療への影響

ガイドラインの最終目的は「甲状腺腫瘍に悩む患者の健康アウトカムを高めること」であり,そのために1)エビデンスに基づく意思決定を可能にする。2)甲状腺腫瘍に対する診療を標準化する。という2つの課題を掲げている。

2010年版ガイドラインで,わが国の甲状腺診療の特殊性を明示したことは,同時期に次々と発表された本邦独自の治療法の有効性を示すエビデンスと相まって,甲状腺癌の標準的治療法の世界的な変革を起こした。2015年の米国甲状腺学会ガイドラインにおける,微小乳頭癌の非手術経過観察や低リスク甲状腺分化癌に対する葉切除の推奨である[]。

一方で,国内の状況を見ると,それまで乳頭癌に対する標準術式とされてきた亜全摘手術が否定され,再発や癌死の低リスク例への葉切除,高リスクと考えられる症例への確実な全摘を行うことが推奨された。既に2008年に開始されていた内分泌外科専門医制度では,ガイドラインの記載内容が標準的対処法として認知されており,現在では標準術式としての亜全摘手術はほとんど行われなくなり全摘手術が増加した[]。

このように2010年版ガイドラインは甲状腺診療を取り巻く環境の変化の中で広く活用され,目的達成に向けた変化を主導した。改訂2018年版では新たなエビデンスが加わり,リスク分類や進行度,予後因子に応じた対処法の新たな標準化を求めており,今後の影響を注視したい。

ガイドラインの評価

甲状腺癌診療が標準化に向かっていることの実臨床での評価は,現在まで行われていない。甲状腺癌登録を兼ねているNCDで集積されたデータを用いて,改訂版の普及後2020年4月を目途に全国的な甲状腺癌治療の実態調査を行う予定である。甲状腺癌外科治療の標準化が進んでいることが明らかにできると予想されるが,同時に合併症の増加などガイドラインの負の影響が発見されたりする可能性もある。NCDに参加していない耳鼻科,頭頸部外科での診療実態の情報収集が十分でないことも今後の評価に向けた課題である。

ガイドラインの真の目的である患者の健康アウトカムを高められているかどうかを評価するためには,二つの考慮しなければいけないポイントが想定される。一つ目は,評価対象である。一般の癌腫に比較すると,甲状腺癌の生命予後は非常によく,担癌状態であっても長期間通常の生活を送ることができる。海外の報告では,「甲状腺癌は良いがんである」といった医療者の認識や発言を含めた診療態度が,患者の心理にも大きく影響していることが示され[],疲労,不安,うつなどが他の癌腫より多いとされる[]が,周術期の診療では他の癌腫を治療中の患者と比較して精神的なストレスが異なる印象は受けない。一方で,進行再発例でRI療法や分子標的薬治療などを受けている患者にはきわめて長期にわたる心理的ストレスが続くことは容易に想像できる。評価対象患者や実施の時期を適切に設定しなければ,診療による効果を適正に評価できないと考えられる。二つ目は,評価方法である。甲状腺手術により起こりうる発声・嚥下に関する合併症や生涯にわたるホルモン補充は独特の問題を引き起こし[11],一般的な癌治療中のQoL評価票では,十分に評価できない可能性がある。甲状腺癌に特化した調査票の開発が行われている[1012]が,多くの患者が手術のみで治療完結し補助療法を継続することが少ない本邦の甲状腺癌治療を,実際にどの様な尺度で評価することが妥当であるかを考慮する必要がある。

2018年版ガイドラインで推奨されているリスク分類に立脚した外科治療や新規の分子標的治療の意義を患者視点から評価することは極めて重要で,まずは,評価法そのものの開発が急務と考えられる。さらに予後の良い疾患であることを考慮すると,手術直後だけでなく長期展望をもって大規模な評価を計画することが望まれる。

未解決の,あるいは追加すべきクリニカル・クエッション(CQ)

2018改訂版で解決できなかったCQや,さらに追加すべきと考えられるCQを表1に示した。乳頭癌のうち「中リスク症例では予後因子や患者背景を考慮して全摘術か葉切除術かを決定する」,「外側区域予防的郭清の適応は,その他の予後因子や患者背景,意思を考慮のうえ決定することを推奨する」とされ対処は主治医に委ねられている。また,低分化癌の臨床所見,未分化癌の薬物療法,分化癌に対する気管合併切除など拡大手術の意義,分子標的薬治療の予後改善効果については,未だにエビデンスが不足している。いずれも稀少例に対する診療成績であり,単施設ではCQに対する返答を導く程の十分な症例集積は困難で,全国的な取り組みが必要である。髄様癌の遺伝子解析が保険収載されたが,その臨床応用の意義,とくに遺伝性髄様癌に対する予防的手術については,診療体制の整備や倫理上の配慮が欠かせず,各分野の専門家を交えた多角的な議論が期待される。これまで甲状腺癌治療の完結点であったRI療法は,分子標的薬治療の登場により大きく立場を変えた。今回RI療法をその目的に応じて「アブレーション」,「補助療法」,「治療」に分類したが,将来の進行甲状腺癌治療の発展に向けて,それぞれの目的ごとに現状の治療成績を示さなければならない。さらに「RI不応」は分子標的治療の導入への重要な判定項目となっており,客観的・標準的なRI治療効果判定法が普及することも重要である。癌における遺伝子変異の臨床的意義は近年徐々に明確にされており,precision medicineに代表されるように一部は治療法選択に欠かせないマーカーとなっている。甲状腺癌でもゲノムプロジェクトにより明らかになっている多くの事柄があり,ガイドラインにも収載されるべき内容である。

表1.

2018年ガイドライン作成後に残された問題点

この様に,今後の改訂へ向けて検討しなければならない項目は多岐にわたり,多くの専門家の参画が必要となる。そのためには内分泌外科学会だけではなく,診療科を問わず多方面の学会や専門家との共同事業としてガイドライン作成を位置づけする必要があると考えられる。

改訂版ガイドラインへの期待

甲状腺腫瘍診療ガイドラインを適正に作成する際の取り組みが示されている(表2)[13]。2018年版改訂ガイドラインでは,ほとんどの項目をクリアしているが,今後女性委員や患者の参画が必要であると考えられる。

表2.

ATA Task Forceの取り組み(文献[13]から著者意訳)

また,ガイドラインはその中身だけでなく,表現法や開示の方法として,甲状腺診療に参画する様々なメンバーへの対応ができていることも重要なポイントである。甲状腺診療を初めて経験する若手外科医にとって,治療選択肢が理解しやすい表記となっているだろうか?外科系以外の専門医や他職種を巻き込む治療が益々発展する(図1)上での共通認識を形成するための表現や語彙が使用できているであろうか?本ガイドラインは学会誌の別冊として発刊されWebにも公開されているが,利用しやすい環境を十分に整えているであろうか?一般に利用されることを考慮した文章以外の表現方法やITを活用した提示の必要がないだろうか?利用者からの評価を容易にするための窓口の設置やSNSの利用の必要はないだろうか? NCDなどの大規模データベースや,AIを利用した診断・治療選択を模索しなければならない時期に居るのではないだろうか?

図1.

外科系以外の専門医や他職種を巻き込む甲状腺癌の戦略的治療が益々発展する。

今後の展望

甲状腺腫瘍診療ガイドライン作成委員会は公開後も作業を継続し,英文論文作成,質の高い新規のエビデンスを採用しつつ随時更新が行われ,治療標準化や患者の健康アウトカムについての調査が開始される。3年後の次期改訂に向けて未解決のCQの再検討,新規CQのリストアップは最重要課題であり,CQ解決には多施設共同研究や関連学会との連携も必要で,学会内でも調査部門を設置したり宿題報告を求めたりするなどの努力が欠かせない。汎用性を高め簡易にアクセスが可能な方策の開発,データベースやAI,SNSの活用,女性委員の参画,患者からの意見収集が今後必要であると考えられる。

謝 辞

甲状腺診療ガイドライン作成に携わられたすべての方に深甚なる謝意と敬意を表します。

【文 献】
 

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