日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
特集1
甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年版:開発の経緯
岡本 高宏小野田 尚佳伊藤 康弘
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2019 年 36 巻 1 号 p. 8-11

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抄録

甲状腺腫瘍診療ガイドラインを改訂した。甲状腺腫瘍に悩む患者の健康アウトカムを高めるには知識,技術の向上と心の涵養が不可欠である。エビデンスの創出,診療ガイドライン開発法の工夫に終わりはない。専門職による不断の貢献が未来を拓く。

 

本稿では甲状腺腫瘍診療ガイドライン改訂を振り返り,その経緯を紹介する。

Vision

改訂作業で目指したのはエビデンスに基づく診療を可能にする診療ガイドラインの作成である。

(1)目標

ガイドラインの目的は,「甲状腺腫瘍に悩む患者の健康アウトカムを高めること」であり,2010年版と変わらない。ここでいうアウトカムに患者視点の健康状態(patient-reported outcomes;PRO)を含めたことが改訂版の特徴である。この目的を達成するには,医療者が知と技と心を磨く必要がある。この3本柱はどれも等しく大切であるが,ガイドラインが提供するのは知の一部であり,さらにエビデンスはそのほんの一部に過ぎない。

(2)不確実さ

知と技と心が揃っていても,期待通りになるとは限らない。医療における不確実さの所以である。例として脂質異常症治療薬によって狭心症を予防できるかを検証した,わが国でのランダム化比較試験の結果を図1に示した[]。薬剤を服用することで発症割合を減少させることができる。ただし,服用しなくても発症しないことが多く,また服用しても発症する場合があることが分かる。非服用群では100人中2.5人発症するが,服用群で発症するのは100人中1.7人である。すなわち,100人を治療することで0.8人が発症せずに済む。これは1人の発症を防ぐのに125人を治療する必要がある,あるいは治療の利益は125人に1人であることを意味する。この数値はNNT(number needed to treat)と呼ばれ,治療の不確実さを伝える手段である。

図1.

 

(3)共に決める

健康上の課題にどう向き合うか?患者と医師は医療につきまとう不確実さを乗り越えて共に方針を決めてゆくことになる。天気予報で降水確率を聞けば傘を持ってゆくかどうかの参考になる。ただし同じ確率を聞いても傘を持ってゆくかどうかは個々人の判断である。同様に,医療においても不確実さを数値で示すことが臨床決断の助けとなるであろう。医療においてはこの数値のことをエビデンスと呼んでいる。個人のレベルでは100%の確信をもって伝えられることはとても少ない。そこで同じ診断名をもつ集団でどの程度の不確実さかを検証し,それを数値で伝えることができる。これがエビデンスを考慮する医療(evidence-based medicine;EBM)である。この際,不確実さの指標として使うのは診断であれば感度,特異度,そして尤度比,治療であれば NNT(number needed to treat),相対的リスク減少(RRR:relative risk reduction),予後あるいは害であれば発生率,相対リスク,オッズ比,NNH(number needed to harm)である(図2)。

図2.

 

Development

診療ガイドラインの作成法も進歩している。国際的なグループであるGRADE(The Grading of Recommendations and Assessment, Development and Evaluation)は診療ガイドラインの作成法や評価法に工夫を重ねて継続的に提案している[,]。また,日本医療機能評価機構の医療情報サービスMindsも「診療ガイドライン作成の手引き」を公開し,わが国の診療ガイドラインの多くはこれを参考に作成されている[]。改訂ガイドラインでは「臨床上の疑問(クリニカル・クエスチョン,CQ)」を設定し,それに対する「答え(推奨)」,「考慮したアウトカム」と「エビデンス」を明示する構成とした[]。

(1)臨床上の疑問

臨床上の重要課題を疫学,診断・非手術的管理,組織型別治療方針(乳頭癌,濾胞性腫瘍,髄様癌,低分化癌,未分化癌),放射線治療,分化癌進行例,術後治療,分子標的薬治療の領域に分け最終的に44のCQを選定した。治療に関するアウトカムには益と害だけでなく,患者視点の健康状態も考慮した(図3)。

図3.

 

(2)エビデンスの吟味

エビデンスの内的・外的妥当性を吟味した(図4)。吟味に際しては個々の臨床研究が,当該CQのPICO(population, intervention, comparison, outcome)に適っているがどうかをまず問うことになる。ただしガイドラインが提示するCQは,研究で解決する疑問research questionと異なり,PICOの設定は精緻でない。この傾向はGRADEの提案によってより顕著である。また,吟味は臨床疫学の知識に照らし合わせて行うこととし,GRADEの提案する“body of evidence”の概念は採用しなかった。

図4.

 

(3)推奨

治療のCQは「(特定の治療)は推奨されるか?」とし,それに対する回答(推奨文)を示した。さらに,推奨の程度には段階を設けた。推奨の強さを決定する要素として「重大なアウトカムに関するエビデンスの質」,「利益と不利益のバランス」,「価値観や好み」,そして「コストや資源の利用」が挙げられている(図5)[,]。ただし,個人によって異なる「価値観や好み」,そして社会背景によって変化すると思われる「コストや資源の利用」をどのように考慮して推奨の強さを決定するかは解決していない[,]。

図5.

 

Challenges

各種の診療ガイドラインは,新たな知識の集積のみならず,医療技術の開発に伴って進歩している。甲状腺腫瘍に限っても,わが国では2010年以前にガイドラインは存在しなかった。ガイドライン作成によって,重要な臨床課題に関するエビデンスの博捜と集約の努力が管理方針の明確化をもたらしたことは間違いがない。一方で,さまざまな限界を知るきっかけともなった。

(1)システマティックレビューの難しさ

ガイドライン作成にあたって,文献のシステマティックレビューを担当するグループはガイドライン作成グループからは独立したチームとするように推奨されている[,]。ただし,ここには2つの課題がある。第一に,研究成果(の既報)をレビューする手法は古くから論じられているが[],システマティックレビューはリソース(人,時間,費用)の点から,その実施は必ずしも容易ではない。第二に,システマティックレビューが最良のエビデンスをもたらすとは限らない。メタ分析であっても“apples & oranges”となってしまう可能性もある[]。

(2)エビデンスの不足

臨床上の重要な課題であるにもかからわず,質の高いエビデンスが存在しないことが少なからずある。ガイドライン作成者はこのギャップのもとに作業を進めなければならない。それへの対策は「エビデンス・レベル」が低いとされている専門家の見解である。たしかに臨床経験が豊富でも正確な平均値を言い当てることはできない。次善の策は帰納的推論に基づく判断である[10]。経験を繰り返すことで臨床能力が高まり,関連や因果の関係を想定することはできる。妥当な臨床研究の必要性を認識しながらも,臨床経験を踏まえた検討で指針を示すことになる。

(3)集団と個人

EBMとは「正確な平均値を考慮する医療」である[11]。医療は診断を確定し,治療方針を決定する患者と医療者の共同作業である。ただし,個人のレベルでは診断や治療効果が「確実には分からない」ので,同じ診断名をもつ患者集団での平均値をもって不確実さを数値で示すのである。その数値を個々の,日々の決断にどう還元するのか[1112]?エビデンスを知っていることは必要だが,それだけでは解決しない。エビデンスは医療職が生涯をかけて磨く心,知,技のうち知のほんの一部に過ぎない。臨床医は個々の患者の病態や病状を見極めるためにエビデンス以外の知識と診療技能を駆使するのである。また,同じ病態,同じ病状であっても患者の視点はひとり一人で異なるかもしれない。患者や家族の気持ちを理解するのは容易ではないが,寄り添うことができるよう,心を磨いておくのが私たちの勉めである。

(4)ガイドライン活用の壁

診療ガイドラインの内容をすべて憶えることは不可能である。必要に応じて参照できるよう,ぜひ手元に置いて活用いただきたい。ガイドラインの冒頭に臨床上の疑問(clinical question:CQ)と推奨の一覧を提示し,本文ではそれぞれのCQで考慮したアウトカムとそれに対応するエビデンスを明示する構成とした。数値はすべてではないが,エビデンスに素早く到達できるための工夫である。それでも,多忙な診療において使い勝手が良いかどうかは今後の評価を待たなければならない。

Conclusions

「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018」改訂の要点は本特集の伊藤・宮内論文で紹介されている。さらに小野田・伊藤・岡本論文は本ガイドラインが目指すべき将来の在り方を展望している。「甲状腺腫瘍に悩む患者の健康アウトカムを高めること」は専門医の使命であり,診療ガイドラインが果たす役割は大きい。日本の医療を支えてゆく次世代に今後を託して筆を擱く。

【文 献】
 

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