日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
内視鏡手術(送気法)
池田 佳史齋藤 慶幸加藤 弘高見 博
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2020 年 37 巻 1 号 p. 17-21

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抄録

送気法による腋窩・前胸部からの鏡視下手術の現状と今後の展望について報告する。1999年から2019年9月までの経験症例は214例であり,良性疾患181例,悪性疾患33例であった。良性疾患の平均腫瘍径は40mmであり最大75mmであった。また,縦郭伸展のために胸腔鏡を併用した症例は2例あった。悪性疾患症例は,15mm以下の乳頭癌が30例と切除後に微小浸潤濾胞癌と診断された3例であった。乳頭癌には全例同側の中央区域リンパ節郭清を施行した。1例のみ外側区域のリンパ節腫瘍をサンプリングし転移であった。開放手術に移行した症例は2例あり,いずれも1999年の症例で出血と甲状腺の脱転不良が原因であった。その他に術中出血の症例は2例あり内視鏡下の対応が可能であった。反回神経損傷は1例あり神経縫合を鏡視下に施行した。術後出血を1例に経験し再手術で止血可能であった。送気法による内視鏡手術においても術中・術後トラブルに対する対応は可能であり適応を広げられる可能性は十分にある。技術・器具が発展してきた現在では整容性の利点のみならず低侵襲という面からのメリットもあると思われる。今後は,やればできるではなく,本当にメリットがある手術とは何かを考える必要がある。

はじめに

甲状腺・副甲状腺の鏡視下手術は,1996年にM. Gagnerの論文「Endoscopic subtotal parathyroidectomy in patients with primary hyperparathyroidism.」がBritish Journal of Surgeryに掲載されてから世界的に広まるようになってきた[]。原法は,原発性副甲状腺機能亢進症の患者に対して頸胸境界部に5mmの切開を加え,12mmHg圧で二酸化炭素送気しながら硬性鏡にて鈍的に操作腔を作成し,2mmトロッカーを追加して副甲状腺全腺確認し病的副甲状腺を摘出するという術式であった。また当時,彼はIRCARD Strasbourgにて内視鏡手術のトレーニングプログラムを提供しており,日本を含む全世界から頸部の鏡視下手術に興味を持つ外科医が勉強に訪れていた。彼の原案をもとに,各施設で工夫をした頸部の鏡視下手術が考案されるようになってきた。日本では,1998年の第60回日本臨床外科学会総会で大上正裕医師による前胸部アプローチによる内視鏡下甲状腺切除術が発表され多くの甲状腺外科医が驚きこの術式に興味を抱いた。以後本邦では,整容性に主眼を置いた頸部以外のアプローチ方法が考案されてきた[]。操作腔の維持には,吊り上げ法と送気法があり,それぞれに利点・欠点がある。われわれは,送気法による腋窩・前胸部からの鏡視下手術をおこなっているので,その現状と今後の展望について報告する。

送気法による鏡視下手術手技の概要

腋窩あるいは前胸部に3cmの切開を加え,大胸筋前面の層まで剝離する。大胸筋前面の層を頸部に向かって電気メス・鉗子にて剝離する。この時に光源付きリトラクターを使用すると手技が比較的容易となる。操作腔をある程度作成した後にバルーンで拡張する。創部にウンドリトラクターXSを固定し,第1,5指に5mmトロッカーを固定した手袋を装着する。6mmHg二酸化炭素送気にて気囊し,5mmフレキシブル腹腔鏡を挿入して鏡視下に創部頭側より5mmトロッカーを追加する。基本的にはこの3本で手術を完遂する。胸鎖乳突筋内縁を剝離し,肩甲舌骨筋を確認し胸骨舌骨筋の層を剝離し胸骨甲状筋を露出する(図1)。胸骨甲状筋は合併切除して上下甲状腺動脈は超音波切開凝固装置にて切離する。反回神経を確認し喉頭流入部まで丹念に剝離する。Berry靭帯はバイポーラにて止血・切離する。気管からの剝離は剪刀にて行う。峡部を超音波切開凝固装置にて切離して甲状腺葉切除とする。癌の場合は中央区域の郭清を追加する(図2)。甲状腺全摘の場合は同様の手技を対側からも施行する。胸骨舌骨筋などにより視野確保が困難な場合は,体外から胸骨舌骨筋に針糸をかけつり上げて視野を確保する(図3)。

図1.

胸鎖乳突筋内縁を剝離し,肩甲舌骨筋を確認し胸骨舌骨筋の層を剝離し胸骨甲状筋を露出する(甲状腺右葉切除)。

図2.

甲状腺右葉切除中央区域の郭清術(反回神経が総頸動脈の裏に隠れる位置まで郭清)

図3.

胸骨舌骨筋などにより視野確保が困難な場合は,体外から前頸静脈を損傷しないよう胸骨舌骨筋に針糸でつり上げて視野を確保する(甲状腺左葉切除)。

送気法による鏡視下手術症例

1999年から2019年9月までに経験した症例は214例であり,良性疾患181例,悪性疾患33例であった。甲状腺良性腫瘍は160例の平均腫瘍径は40mmであり最大75mmであった。平均手術時間は2時間11分,出血量は少量であった。副甲状腺疾患は21例であり平均手術時間は1時間15分,出血量は少量であった。また,縦郭伸展の甲状腺腺腫ために胸腔鏡を併用した症例は2例,胸部異所性副甲状腺にて胸腔鏡手術をおこなった症例は6例であった。甲状腺全摘あるいは亜全摘症例は9例あり平均手術時間は4時間11分,平均出血量は77mlであった。悪性疾患症例は,15mm以下の乳頭癌が30例と切除後に微小浸潤濾胞癌と診断された3例であった。乳頭癌には全例同側の中央区域リンパ節郭清を施行した。1例のみ外側区域のリンパ節腫瘍をサンプリングし転移であった。平均手術時間は2時間55分,出血量は少量であった。開放手術に移行した症例は2例あり,いずれも1999年の症例で出血と甲状腺の脱転不良が原因であった。その他に術中出血の症例は2例あり内視鏡下の止血が可能であった。反回神経損傷は1例あり神経縫合を鏡視下に施行した。術後出血を1例に経験し内視鏡下に再手術で止血可能であった。腋窩アプローチの原法は,当初フレキシブル腹腔鏡は12mmのみであったので,創部に12mmと5mmのトロッカーを固定していたが,5mmフレキシブル腹腔鏡の開発とともに創部に5mmトロッカー2本固定とした。現在では可動性を考え上述した手袋法を使用している。送気圧は4mmHgより開始したが,視野確保のために6mmHgまで上げた。しかし,皮下気腫が広範囲に広がり問題となった症例はなかった。

送気法による鏡視下手術の現状

甲状腺良性疾患

75mmまでの大きさの良性疾患の葉切除は可能と思われる。ただし,縦隔に進展している場合は下極の脱転が困難なため胸腔鏡による補助が必要になる(図4)。バセドー病などの両側病変は,腋窩あるいは前胸部アプローチでは両側からの手順が必要になるが乳房アプローチは同視野で両側アプローチが可能なため手術時間が短縮される[]。

図4.

縦隔深くに進展している場合は下極の脱転が困難なため胸腔鏡補助下に縦隔側剝離する。

副甲状腺疾患

局在が明らかな腺腫は摘出可能である。異所性の副甲状腺腺腫は前上縦隔・胸腔内ともに胸腔鏡下に摘出可能である。

悪性疾患

15mm以下の明らかなリンパ節転移を認めない甲状腺乳頭癌は切除郭清が可能であった。気管前面からの剝離は剪刀を用いることにより鋭的に可能となった。縦隔方向の郭清はのぞき込むような郭清となるが,許容範囲と思われる(図2)。

合併症

開放手術への移行は2例(0.9%)あった。いずれも1999年の症例であり,1例は甲状腺の剝離の際に甲状腺実質からの出血であった。ガーゼ圧迫でもコントロールできず視野確保が困難であり不用意な止血は反回神経損傷の危険性もあり断念した。術中の甲状腺動脈からの出血は2例経験したが,動脈を確認したのちの出血は止血可能で手術を完遂できた。もう1例は下極の大きな腺腫の症例で下極の脱転ができず断念した。腋窩アプローチで側面からの視野で手術をしていたが当時の概念で甲状腺側面を挙上しつつ甲状腺の背面に到達しようとしていたため腺腫損傷を懸念して脱転できず断念した。現在は,脱転が難しい時は総頸動脈内側から剝離し甲状腺背面に潜り込み徐々に剝離をすすめることによって脱転できるようになってきた。反回神経損傷(切離)は1例(0.5%)に認めた。甲状腺癌左葉切除の症例であり,反回神経を合併切除し遊離神経移植を施行した(図5)。この症例は,声帯萎縮がすすまず嗄声は約3カ月で改善した。輸血を必要とした症例はなく出血量は少なかった。術後出血をきたし鏡視下に止血術をおこなった症例は1例(0.5%)あった。通常,下甲状腺動脈の枝の1本が喉頭流入部付近で反回神経と伴走しBerry靭帯近傍で喉頭内に流入する。この血管は剝離し超音波切開凝固装置あるいはバイポーラにて処理する。術後出血をきたした症例は動脈からの出血と静脈のoozingとを誤認したためサージセルなどにて止血を終了した。術中は止血されていたが,術後何かの拍子に破綻し出血したと思われる。止血手技としては,全身麻酔下に創を開放しガーゼにて清拭し血餅を可能な限り除去する。通常通り鏡視下に洗浄しつつ出血部位を同定する。本症例は前述した下甲状腺動脈の喉頭に流入する枝からの出血であった。鉗子で出血部位(動脈)を把持し5mmクリップにて止血した(図6)。副甲状腺の温存は可能な限りおこない,合併切除となった場合は創部近傍の筋肉内に自家移植している。送気法で問題とされる皮下気腫であるが,M. Gagnerの原法では操作腔作成・維持のために12mmHg送気で手術をおこなっていた際の合併症である。また,1997年に彼が共著としてAnesth Analg.に「Massive Subcutaneous Emphysema and Severe Hypercarbia in a Patient During Endoscopic Transcervical Parathyroidectomy Using Carbon Dioxide Insufflation.」を発表したため話題なったが[],現行の6mmHgでは問題とならない。

図5.

反回神経合併切除後の遊離神経移植

図6.

術後出血の血管処理(鉗子で出血部位を把持し5mmクリップにて止血:甲状腺右葉切除後)

送気法による鏡視下手術のメリット・デメリット

送気法のメリットは,①頸部よりより離れた部位からのリモート手術が可能であり整容性が高い。②特殊な器具は必要なく通常の腹腔鏡システムがあれば施行可能である。③送気圧のためoozingが少なく視野が圧倒的にクリアであり細かい操作に適している。④腋窩方向のアプローチでは甲状腺を側方から確認でき上極・下極の処理が良好な視野で可能である。デメリットは,①手術操作・カメラ操作に熟練を要する。②指や通常の鉗子が使用できない。③結紮は体腔内結紮であり困難である。④ミストによるカメラ汚れの洗浄や超音波凝固切開装置のミスト除去装置操作のための操作腔虚脱により手術中断を余儀なくされる。⑤剝離した皮膚違和感が残存することがある。⑥創部が肥厚性瘢痕化する症例がある。(⑤⑥は送気法に限らず鏡視下手術全般)。

送気法による鏡視下手術の今後の展望

現在国内で最も普及している術式は吊り上げ法による内視鏡補助下手術である。この術式は頸部切開法と同じ手術器具が使用可能で,内視鏡外科手術の経験が少ない内分泌外科医が導入しやすい術式である。しかし,近年の若手外科医は研修・専修医の過程で消化器外科を経験しており2000年前半より明に若手内分泌外科医の送気法による鏡視下手術への抵抗は少なくなっていると思われる。共著者の2名は10数例の見学(カメラ持ち)後に独り立ちし,現在自施設で症例を重ねている。各施設の消化器外科の腹腔鏡教育システムと連動した形での若手教育により送気法による頸部鏡視下手術の普及をしていきたい。送気法では,ミストによるカメラ汚れの清拭や超音波凝固切開装置のミスト除去装置操作のための操作腔虚脱による手術中断を余儀なくされる。ミストの問題は胸腔鏡・腹腔鏡手術全般の問題であり,気腹下施術用システムAIRSEAL® intelligent Flow System(Century Medical,Inc.)の有効性が報告されている[]。特に,腹腔・胸腔と違い頸部に作成された腔は非常に小さい操作腔の場合は非常に有用である。コストの問題を解決していく必要がある。現行の適応は,片葉切除で摘出可能な頸部進展で頸部に挙上される75mmまでの良性腫瘍(ただし縦隔内進展は胸腔鏡を併用することで切除可能となる),大きなバセドウ病の全摘は手術時間延長と出血量の増加するため片葉長70mmまでの腺腫,15mm以下の明らかなリンパ節転移を認めない甲状腺乳頭癌,局在診断ができている単腺腫大の副甲状腺腺腫を適応としている。悪性疾患の手術はリンパ節郭清とその質が問われる。送気法によるわれわれの手技では側面からの視野とフレキシブル内視鏡により気管周囲の質の良い郭清が可能と思われる。切除後の視野を見ていると,同視野から対側甲状腺を切除し全摘としたり同側外側区域郭清が可能となると思えてくる。

おわりに

送気法による内視鏡手術においても術中・術後トラブルに対する対応は可能であり今後適応を広げていける可能性は十分にある。技術・器具が発展してきた現在では整容性の利点のみならず低侵襲という面からのメリットもあると思われる。ただし,やればできるではなく,本当にメリットがある手術とは何かを考えることが必要と思われる。

【文 献】
 

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