日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺穿刺吸引細胞診施行時の針先の位置について
佐々木 栄司福成 信博
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2020 年 37 巻 1 号 p. 28-31

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抄録

甲状腺腫瘍などにおいて超音波下での穿刺吸引細胞診(Fine Needle Aspiration Cytology: FNAC)は必須の検査であり多くの施設で行われている。腫瘍径が小さな場合は腫瘍への的確な穿刺を超音波画像で確認し,細胞量の確保に努める。しかし,腫瘍が大きい場合は細胞採取部位を腫瘍内のどこに決定すれば良いのか判断に迷う場合も少なくはないと考える。

超音波画像,マクロ像,病理組織像を一致させ検討することで超音波特性による腫瘍内のエコーレベルの違いを解説させていただいた。また,それを基に腫瘍内における適切な細胞採取部位とその細胞像,さらに,穿刺の際に陥りやすいピットフォールを述べた。

また,近年の超音波機器は微細な腫瘍内血流や組織弾性を評価する機能が付加されている。そのような機能を使用しながらのわれわれの施設で行っている濾胞性腫瘍に対するprospectiveな取り組みの知見を述べさせていただき,適切な細胞採取部位を考えた。

はじめに

甲状腺腫瘍などにおいて穿刺吸引細胞診(Fine Needle Aspiration Cytology:FNAC)は必須の検査となっている。FNAの適応に関しては日本乳腺甲状腺超音波医学会(JABTS)の甲状腺超音波診断ガイドブック(第3版)にも記載されており,超音波像で充実性病変は5~10mmの腫瘍径でも悪性を強く疑う場合は穿刺適応とし,10~20mmの悪性が疑われる場合や20mmを超える腫瘍径においては良悪性問わず穿刺を薦めている[]。

小さな腫瘍であれば腫瘍部位への確実な穿刺と細胞量の確保に努めるだけでよいが,腫瘍径が大きな腫瘍の場合は細胞採取時の針先の位置が腫瘍の診断に大きな影響を及ぼす。

甲状腺FNAC施行時は血液や囊胞液の混入が多く,検体処理の際に検体不適正を出さないための方法や,未分化癌やリンパ腫など緊急性を有する症例など病態を正しく判断するための細胞採取部位については他の成書にも記載がある[]。他,厳密に考えると症例それぞれに適切な細胞採取部位は異なるが,今回,濾胞性腫瘍についての検討を行った知見を紹介し,他の腫瘍にも共通する細胞採取部位について考えてみたい。

1.超音波像の高エコーと低エコーの原理

超音波用語の「音響インピーダンス」とは超音波の通りにくさを表し,物質の密度と物質固有の音速の積で求められる。

Z(音響インピーダンス)=P(物質の密度)×C(物質固有の音速)

人体の組織や細胞,水分などはそれぞれが固有の値を有し,超音波は組織間の音響インピーダンスの差が大きい部位で強く反射され,逆に小さいとあまり反射されないという特性がある[]。超音波の「反射」は,音響インピーダンスの差がある部分(境界)で起こることになり,反射はエコーの輝度を決める一つの大きな要素となる。実際に超音波機器で描出される画像は,様々な要素(干渉,散乱,屈折,減衰,入射角など)が複雑に絡み合ってできているということも考慮する必要がある。

2.甲状腺結節における内部エコーレベルの違いについて

図1の症例は甲状腺濾胞癌の超音波像である。全周性に線維性被膜を有しているように境界が明瞭であるが,結節内の内部エコーレベルは結節周囲の甲状腺実質と同様の等エコーを有する部分や低エコー部が混在している。また,後方エコーの増加に伴い深部が高エコーに描出されている。境界部低エコー帯は不整である。

図1.

甲状腺濾胞癌の超音波像

図2図1と同様と思われる部分の割面マクロ像である。全周性の線維性被膜に包まれた充実性結節で,内部の実質は白色の部分と褐色調の部分が混在し不均質な所見を呈する。超音波像(図1)と割面マクロ像(図2)を比較し,さらに,超音波像で等エコーを呈する部位①(図3)と低エコー部位②(図4)の病理組織像を比較する。等エコー部位①は,大小の様々の濾胞構造を有する病理組織像であり,濾胞内に多くのコロイドを有している。一方,低エコー部位②は,大きな濾胞構造はみられず小濾胞構造優位で,部分的に充実・索状構造を呈する病理組織像である。

図2.

図1と同部位付近の割面マクロ像

図3.

等エコー部位①のHE像(対物20×)

図4.

低エコー部位②のHE像(対物20×)

この様にある特定の領域内で細胞密度が密になり,かつ,その細胞間で均質性が高いような状況になると,その領域からのエコー強度(反射)は弱まる可能性がある。このことから細胞密度の密な部分は低エコー像を呈すると考えられる。

3.濾胞性腫瘍における細胞採取部位

濾胞性腫瘍のFNACによる細胞診断に際し,重要な所見に細胞量や細胞集塊の構造などが挙げられる[]。

図4の低エコー部位②を狙い採取した細胞像が図5となる。細胞量は非常に多く採取され,細胞集塊の構造は小濾胞構造で重積性が強く濾胞腔内にコロイドを有していない。また,索状構造などの所見も多く低分化傾向が考えられたことから細胞診断は「濾胞性腫瘍疑い」としたが,コメントには「悪性も示唆される」と記載した。腫瘍径など考慮され手術適応となり,血管浸潤を認める濾胞癌であった。

図5.

低エコー部位②の細胞像(対物40×)

仮に等エコーを呈する部位①(図3)の穿刺をした場合は,図5の細胞像は得られず,細胞診断は「良性」と報告されたと考える。本症例では低エコー域からの細胞採取が適切穿刺部であったと考えられた。

4.低エコー部穿刺の際に陥りやすいピットフォール

濾胞性腫瘍と考えられた際に「適切な穿刺部位は低エコー部」と思い込むことで陥りやすいピットフォールについて少し述べる。図6は腫瘍被膜部分に血管浸潤を認めた濾胞癌の超音波像である。形状は整,境界は比較的明瞭,内部エコーは低~等で不均質。中心から下極寄りに囊胞形成が認められる充実性結節である。境界部低エコー帯に関しては一部整にみられる。超音波診断では腺腫様甲状腺腫とするか濾胞性腫瘍とするか判断に苦慮する超音波像と考える。

図6.

囊胞を有する濾胞癌の超音波像

図7図6の超音波像に相当する部分と考え作製した病理組織標本のルーペ像である。体表側(写真の上部)に充実性部分が認められ,背面側(写真の左側から下部)には浮腫状の組織が広がり中心部に囊胞を有する充実性結節である。体表側の充実性部分の被膜内血管に濾胞癌細胞を認める血管浸潤像が確認され,濾胞癌と診断した(図8)。

図7.

図6に相当する病理組織標本のルーペ像

図8.

体表側充実部付近の腫瘍被膜内にみられた血管浸潤像(矢印)

図6のような超音波像のFNA施行時の注意点としては,第1に「中心部の低エコー領域は囊胞成分からなるため低(無)エコーに描出されている」第2に「左側から背面にかけての低エコー域は浮腫状で組織内に水分を多く含むことからなる低エコー領域で囊胞に連続性があり,細胞密度が密な領域ではない」との判断をBモード画像でできたか否かである。同じ結節内の低エコーに見える部分であっても,囊胞部分と細胞の密度が密な部分では内部エコー像のザラつきなどに違いがある。本症例では体表側の低エコー域を狙った穿刺を行い,手術適応の細胞診断ができた。

5.これからの細胞採取部位選択への取り組み

近年の超音波機器ではBモード画像の分解能の向上に加え,カラードプラでは繊細な血流を描出できるものが各社より出ている。また,他の機能ではElastographyの付加されたものも多くみられる。

図9は微少血管浸潤のみられた濾胞癌の超音波像である。形状は整,境界は比較的明瞭で内部に囊胞を有する充実性結節である。境界部低エコー帯は整で一部にみられ,内部エコーはほとんどが等エコー均質ではあるが,体表側に境界明瞭な低エコー域が存在する。先に述べたようにこの部分は音響インピーダンスの差から他の等エコー域よりも細胞が密なことが考えられる。さらに,同部位でElastographyを施行した(図10)。結節内背面側の充実性部分は比較的軟らかい像を呈するが,体表側の低エコー域部分は青く描出され硬いことが考えられる(□で囲われた部分)。本症例は硬く青い部分の穿刺を行い手術適応となった。

図9.

微少浸潤のみられた濾胞癌の超音波像

図10.

図9濾胞癌症例のElastography像

先ほどの図6の症例においても超音波機器に付加されている機能をうまく利用し血流や腫瘍の硬さなどを調べBモード画像と併せて判断すると適切な針先の位置を選択できる。

おわりに

濾胞性腫瘍の診断をFNACではできないが,細胞密度の高い部分に細胞採取部位を選ぶ考えは他の甲状腺腫瘍病変の穿刺においても有効と考える。腫瘍の大きな場合は複数箇所の穿刺や未分化癌などの浸潤傾向があり増大顕著な場合などは壊死部分を避けた細胞採取が有用であり,腫瘍中心部に穿刺するのみではなく病理組織像と超音波像を理解したうえ細胞採取部位を選ぶ必要がある。

【文 献】
 

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