日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
甲状腺領域における液状化検体細胞診
鈴木 彩菜廣川 満良
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2020 年 37 巻 1 号 p. 39-43

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抄録

液状化検体細胞診(Liquid-based cytology;LBC)とは,採取した細胞を固定保存液に回収後,専用の医療機器を用いて細胞診検査用標本を作製する技術である。甲状腺細胞診へのLBC導入により,標本作製の標準化,検体不適正率の減少,LBC標本独自の細胞所見や免疫細胞化学染色による診断精度の向上,鏡検作業の負担軽減が期待できることから,今後のさらなる普及が予想される。ただし,LBC標本の細胞所見は通常塗抹標本と異なる点があるため,鏡検時には注意が必要である。LBCを導入する際は,いきなりLBC標本のみ作製するのではなく,通常塗抹標本と通常塗抹標本作製後の針洗浄液を用いたLBC標本を併用し,両者の細胞像を比較する期間を設けることを推奨する。

はじめに

近年,容易かつ満足できる水準での塗抹・固定操作が可能な方法として,液状化検体細胞診(liquid-based cytology:LBC)が普及しつつある。LBCとは,採取した細胞を固定保存液に回収後,専用の医療機器を用いて細胞診検査用標本を作製する技術であり[],1990年代頃から米国を中心に婦人科領域で広まり[],甲状腺穿刺吸引材料にも応用されるようになってきた[]。2007年に提唱された甲状腺ベセスダシステム[10]のアトラスにはLBCの細胞像が40枚掲載され[11],2018年に発刊された第2版ではさらに30枚増加していることから[12],欧米でLBCがいかに普及しているかが伺える。当施設では,2012年からLBC(BD,CytoRichTM法)を導入しており,その経験をもとにLBCの標本作製法,細胞所見,導入意義,適応などについて述べることにする。

LBC標本作製法

LBC標本作製法は,フィルター転写法と細胞沈下法の二つに大別される(表1)。前者はフィルターを用いた自動塗抹処理により,均一に分散された,細胞分布を反映した標本が作製される。細胞は平面的に塗抹され,重なりが少ない[13]。一方,後者では,細胞は重力による自然沈下によって塗抹されるため,細胞集塊や大型細胞が優先的に塗抹され,フィルター転写法と比し立体的な細胞像が得られる[1314]。両者に共通しているのは,通常塗抹標本に比べて細胞の重なりが少ないことと,固定してから塗抹するので細胞質の保持が良好なことである。当院では,初期投資が少ないこと,組織構築を反映した立体的な細胞像が得られることから,細胞沈下法であるCytoRichTM法を用手法で行っている。以下,CytoRichTM法での経験に基づいて解説するが,LBC標本の作製過程や細胞所見は,作製法の種類により大きく異なる点に留意していただきたい。

表1.

LBC標本作製法の種類と特徴[14

検体採取:穿刺にて採取した検体をすべてLBC標本の材料として用いる,あるいは,通常塗抹標本作製後に穿刺針内に残っている材料を用いる(図1)。いずれにせよ,穿刺針を専用の固定液であるCytoRichTM保存液にて洗浄したものを検体とする。

図1.

甲状腺細胞診におけるLBC検体の作製法。採取した検体をすべてLBC標本の材料として用いるLBC単独法と,通常塗抹標本作製後の穿刺針内に残っている材料を用いる通常塗抹・LBC併用法がある。

固定液:CytoRichTM保存液には,CytoRichTM BLUE保存液(CR-B)とCytoRichTM RED保存液(CR-R)の2種類がある。CR-Bはエタノール主体の一般的な細胞保存液で,蛋白成分や赤血球が残りやすく,しばしば背景が汚い[]。一方,CR-Rには少量のホルムアルデヒドが含まれており,蛋白可溶化作用や溶血作用があるため,蛋白成分・赤血球が観察されにくく,背景はクリーンである。甲状腺では血性検体が多いことから,蛋白可溶化作用や溶血作用がある保存液が推奨される。

標本作製:用手法と自動塗抹法がある。用手法は一度に処理可能な検体数が少ないが(12枚),設備投資はほとんど不要である。一方,自動塗抹法はフルオートメーションで一度に大量の検体を処理することが可能であるが(48枚),標本作製装置が高価である。

LBC標本の細胞所見

LBC標本(CR-R標本)の細胞像は基本的には通常塗抹標本と同様で,標本の見方や診断基準を大きく変更する必要はないが,鏡検の際に知っておくべき特徴を記す(表2)。まず,固定液に溶血作用・蛋白可溶化作用があるため,赤血球やコロイドなどの背景成分が減少する。ただし,粘稠なコロイドや泡沫細胞,変性赤血球は減少しにくい。また,細胞沈下法では細胞集塊や大型細胞が優先的に塗抹されるため,通常塗抹標本で囊胞液のみ塗抹されている症例でも,LBC標本では上皮成分が塗抹されている可能性があり,良悪を判定できることがしばしばある。採取された細胞は塗抹される前に固定されることから,細胞変性が少なく,細胞形が保たれやすい。したがって,高細胞型乳頭癌における高円柱状細胞や髄様癌細胞の有尾状細胞質(図2A)を容易に認識することができる。一方で,細胞は収縮・小型化するため,細胞質や核が濃染傾向を示し[,],乳頭癌に特徴的な核の重畳やすりガラス状クロマチンの観察は困難になる[14]。しかし,脳回状の凹凸不整が核縁の半周以上にみられるジグザグ核(convoluted nuclei)はLBC標本の乳頭癌細胞にのみみられる重要な診断的クルーである[15](図2B)。リンパ腫細胞は減少するため,LBCは診断に一見不向きのようであるが,LBC標本では慢性甲状腺炎にはみられないような核の膨化とクロマチンの変性が出現することに注目すると良い[16](図2C)。LBC標本を観察する場合は,このような特徴を充分に理解しておくべきであり,正確に判定するにはある程度の経験が必要と思われる。

表2.

CytoRichTM REDを用いたLBC標本の細胞学的特徴[

図2.

CytoRichTM REDを用いたLBC標本の細胞像。

A 髄様癌。突起状に伸びた細胞質(矢頭)がみられる(×100,Papanicolaou)。

B 乳頭癌。核は濃染しており,すりガラス状クロマチンは認識できない。脳回状の凹凸不整が核縁の半周以上にあるジグザグ核(矢頭)が散見される(×100,Papanicolaou)。

C MALTリンパ腫。リンパ腫細胞の核は膨化し,クロマチンは網状に変性している(×100,Papanicolaou)。

LBC導入の意義

LBCを導入するメリットは三つである。最大のメリットは,効率的な細胞回収と標準化された細胞塗抹操作による検体不適正率の減少である。多くの施設から,LBC導入により不適正率が半減することが報告されている[1718]。当施設では,LBC標本を併用することで,検体不適正率はそれまでの5.3%から1.2%に減少した[]。甲状腺癌取扱い規約第8版には,検体不適正率が細胞診検査総数の10%以下が望ましく,10%を超える場合は採取方法,標本作製法についての検討が必要であると記載されている[19]。通常塗抹標本では,採取細胞量のみならず,塗抹・固定の技術も標本の不適正率に影響を及ぼすが,LBC標本では手技の影響を受けず,塗抹操作による変性のない標準化された標本が可能である[17182021]。なお,採取材料をすべてLBC標本にしている施設もある[]が,通常塗抹後の穿刺針洗浄液を用いても十分な細胞を収集できることから[],いきなりLBC標本のみ作製するのではなく,通常塗抹標本と通常塗抹標本作製後の針洗浄液を用いたLBC標本を併用し,両者の細胞像を比較する期間を設けることを推奨する。二つ目は,免疫細胞化学染色に適していることである。一つの検体から複数枚の標本を作製できる点,背景がクリーンで共染が起こらない点,細胞質の保持能力が高いため,細胞質染色が良好な点,などがその理由である[22]。甲状腺細胞診の鑑別診断に有用な抗体を表3に示す。効果的な免疫細胞化学染色は診断精度の向上につながる。三つ目は,塗抹範囲が直径13~21mmと小さく,細胞の重なりが少ないので,鏡検の負担軽減につながることである。

表3.

甲状腺細胞診の鑑別に有用な抗体

一方,デメリットとしては,標本作製が煩雑で,コストがかかることが挙げられる。ただし,コスト面では,2012年度より通常塗抹標本で再検が必要と判断された場合のみ,LBC加算として85点の保険請求が認められるようになり[23],LBCを導入するハードルがわずかに低くなった。

LBCの適応

LBC標本作製にはコストがかかるため,当院では基本的に通常塗抹標本を作製し,LBCが効果的だと思われる症例にのみLBC標本作製を行っている。具体的には,表4に示すように,①吹き出し時に,採取細胞量が少ない・血液が多い・囊胞液の場合,②固定時に,乾燥させてしまった場合,③臨床的に,免疫細胞化学染色が有用な疾患(髄様癌や篩型乳頭癌など)の可能性がある場合である。このように症例を限定することで,LBC標本作製に要するコストとLBC加算による診療報酬をほぼ同額にすることが可能である。

表4.

当院におけるLBCの適応

おわりに

甲状腺穿刺吸引細胞診にLBCを導入することで,検体不適正率は減少し,診断精度の向上が期待できる。今後LBCはさらに普及していくと予想されるが,LBC標本の細胞所見は通常塗抹標本と異なるため,導入する際には,いきなり通常塗抹標本からLBC標本に変更するのではなく,通常塗抹標本作製後の穿刺針洗浄液を用いてLBC標本を作製する通常塗抹・LBC併用法を推奨したい。

【文 献】
 

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