日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
甲状腺に対するロボット支援手術
石川 紀彦
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2020 年 37 巻 1 号 p. 7-11

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抄録

従来の甲状腺切除術に低侵襲性,整容性を高める目的で内視鏡下甲状腺切除術が開発された。その内視鏡手術の限界を克服する手術支援ロボットの導入は,多自由度鉗子,高解像度3次元画像の提供など更に高度な内視鏡手術を実現するものとなった。da Vinci surgical systemを用いたガスレス腋窩アプローチによるロボット支援下甲状腺切除術は,前胸壁,耳介後,経口などのアプローチに比して側方から甲状腺を展開するため甲状腺全体だけでなく,副甲状腺や反回神経の確認に優れており,頸部リンパ節郭清をも安全に行うことが可能となる。また,送気法と異なり空気と血液の陰圧吸引が常時可能となるため安定した術野の維持が可能となる。国内では保険収載されていないことが最大の問題と言えるが,ロボット支援下甲状腺切除術は更に緻密かつ安全な次世代の甲状腺手術となり得ると考える。

はじめに

従来,甲状腺手術は頸部襟状切開で行うが,機能異常疾患,腫瘍性病変共に女性が多いにもかかわらず,外観上見える位置に創が出来てしまうことなどが問題となっていた。患者からの要望もあり,創を小さくしたり,見えないところからアプローチする工夫がなされてきたが[,],特に内視鏡手術の導入は切開長の縮小,整容性の改善,術後疼痛の軽減,術後の早期回復などに大きく寄与するものとなった[]。その有効性と安全性は多施設で検討され,整容性と術後疼痛の点でも従来の甲状腺摘出術よりも優れていることが報告されている[10]。頸部領域と他領域(腹腔や胸腔領域)の内視鏡手術の間には大きな違いがあり,それは頸部には生来「腔」がないことである。内視鏡下甲状腺手術(VANS:Video assisted neck surgery)では頸部に人工的に「腔」を作成し術野を確保する必要があり,さらにその空間が狭小であるが故に一般的に内視鏡操作は難しい。

ロボット支援手術は内視鏡手術の延長線上にある術式であると言えるが,手術支援ロボットが提供する多自由度鉗子,高解像度3次元画像などはVANSの限界を克服するものとなっている[1113]。ここではわれわれの行っているガスレス腋窩アプローチによるda Vinci X surgical system(Intuitive 社,米国,以下da Vinci)を用いたロボット支援下甲状腺切除術を中心に現状をお示しする。

ロボット支援下甲状腺切除術

VANSと同様にロボット支援下甲状腺切除術もアプローチ法,術野確保の方法(リトラクターによる創部の挙上法や二酸化炭素送気法)の組み合わせによりいくつかの方法に大別される[11121416]。アプローチ法としては腋窩,前胸壁(乳房,乳輪を含む),耳介後,経口などが報告されているが,現在は腋窩アプローチが主流と言える。

甲状腺領域での手術支援ロボットの最初の導入は2005年の甲状腺腫に対する葉切除であり,その後はアプローチの多様化と共に頸部リンパ節郭清と組み合わせた甲状腺全摘術へと術式は拡大している[17]。

ガスレス腋窩アプローチによるロボット支援下甲状腺切除術

二酸化炭素の送気を行わずに専用のリトラクターで術野を展開するガスレス腋窩アプローチは韓国の延世大学のChung 教授によって開発された術式であり[1318],われわれは手術見学とcadaverを用いたトレーニングを重ねた後,2009年に初めて国内に導入した[19]。

手術手技

1.全身麻酔下で頸部伸展位の仰臥位とし,患側の上肢を挙上し固定する。

2.腋窩に5~6cmの皮膚切開を作成し,直視下に大胸筋前面を鎖骨まで剝離,広頸筋を切離後,胸鎖乳突筋を露出する。

3.小鎖骨上窩(胸鎖乳突筋の胸骨頭と鎖骨頭の間)を剝離展開し内頸静脈および前頸筋を確認。前頸筋と甲状腺の間に剝離操作を進め甲状腺前面を広く剝離する。(Flap dissection technique)

4.腋窩創の尾側にda Vinciの4thアーム用のポート(8mm)を作成する。

5.術野を維持するために,専用のリトラクターを腋窩創部より挿入し固定する。Chungの原法ではテーブルマウントの専用リトラクターを用いるが(図1A),現在,われわれはda Vinciのカメラポートを延長してリトラクターとして利用できるカメラポートリトラクターを用いている(図1B)。

図1.

リトラクター

A:甲状腺リトラクター(テーブルマウント型)

B:カメラポートリトラクター

6.da Vinciを健側から導入,カメラポートリトラクターを含む他の3本のアームに装着したポートは腋窩切開部から挿入,4thアームを腋窩創尾側のポートに装着しロボット手術を開始する(図2)。

図2.

ガスレス腋窩アプローチによるロボット支援下甲状腺切除術

7.甲状腺切除,リンパ節郭清は従来の甲状腺手術と同様の方法で行う。使用する鉗子は,Endowrist Harmonic ACE Curved Shears(Intuitive社,米国),Endowrist Micro Bipolar Forceps(Intuitive社,米国),4thアームにEndowrist ProGrasp Forceps(Intuitive社,米国)を用いている。

8.切除後は4thアームのポート孔を用いドレーンを挿入,腋窩創を閉創して手術を終える。

ロボット手術の利点と欠点

手術支援ロボットの利点は,7自由度を有する鉗子,高解像度三次元立体画像を提供するビジュアルシステムにより従来の内視鏡手術が困難としていた技術的限界を克服できることにある。また,カメラ以外に計3本のアームを操作できるため狭い術野でも1本を展開用に使用することが可能であり,これは通常のVANSではなかなか実現できない有利な点と考えている。術者が自由にカメラを操作し視野を変えられるビジュアルシステムは微小血管,反回神経や副甲状腺などの重要な構造物の明確な把握を可能にし,多自由度鉗子は従来のVANSでは到達が困難な胸骨上窩の頸部リンパ節郭清なども比較的容易になる。韓国のグループによる内視鏡手術とロボット手術の多施設分析では手術時間,リンパ節郭清数,ラーニングカーブの点でロボット手術の優越性を報告している[2021]。また,Yiらは頸部切開手術と比較して,ロボット甲状腺切除術の技術的および腫瘍学的安全性を報告しており[22],Leeらは優れた整容性,術後の頸部および嚥下時の不快感の減少などいくつかの明確なメリットからロボット甲状腺切除を推奨している[23]。

一方,Yooらは,内視鏡による甲状腺摘出術に比して入院期間,費用,ドレーン留置期間などからロボット手術に否定的な報告をしており[24],Perrierらはロボット支援下甲状腺切除の理想的な患者は,アジア人のような小さな体型の患者であり,甲状腺炎,大きな結節病変,バセドウ病には適していないとの報告をしている[25]。また,特に日本国内では内視鏡下甲状腺切除術が保険収載されているのに対して,ロボットを用いた甲状腺切除術は未だ保険収載されていない。従って当院では自由診療という形でロボット手術を施行しているが,整容性の面も含めて満足な反応を頂いている(図3)。

図3.

術後写真

ガスレス腋窩アプローチの利点と欠点

前胸壁,耳介後,経口などのアプローチに比してガスレス腋窩アプローチが優れている点は,第一に甲状腺の上下極を容易に展開できることであり,第二に副甲状腺や反回神経を側方より観察できることである。結果として重要な組織や臓器を損傷するリスクを極力回避しながら,同側頸部リンパ節郭清を安全に行うことが可能となる。第三に送気法と異なり空気(特に超音波凝固切開装置によるミスト)と血液の陰圧吸引が常時可能となるため安定した視野維持が可能となる。

一方,ガスレス腋窩アプローチでは術後に頸部および前胸壁に軽度の痛みや不快感が残ることあり,これは腋窩から頸部への広範囲な剝離によるものと考えられる。また,このアプローチの限界は対側の甲状腺や反回神経の露出,剝離が難しいことである。しかし,延世大グループは手術適応を拡大し甲状腺全摘術に加え中央部および外側頸部リンパ節郭清を含む根治的甲状腺切除術を報告し,特に外側頸部リンパ節郭清に関して鎖骨下静脈に連続する内頸頸静脈やレベルⅡの最上部領域,従来の内視鏡手術ではアクセスできない領域の郭清が可能であると報告している[2628]。

ガスレス腋窩アプローチの当院における工夫

使用するda Vinci鉗子に関して,現在までにいくつかの種類を試行錯誤しながら使用してきたが,現在は基本的に右手(利き手)にHarmonic ACE Curved Shears,左手にMicro Bipolarを用い,随時鉗子を入れ替えながら手術操作を行っている。da VinciのHarmonicは手首の自由度を有さないため,「せっかくda Vinciを用いているのに」という思いはあるがやはり血管や甲状腺の凝固切離には超音波凝固切開装置が必要不可欠であり把持鉗子を兼ねて使用している。また,Micro BipolarはErbe社(ドイツ)のVIOシステムに接続しバイポーラーカットモードとソフト凝固モードを任意に使用できるように設定している。細い血管や反回神経周囲の剝離などには繊細なバイポーラーの先端を用いカットモードで挟み焼きしながら切開,剝離を進め(図4A),甲状腺表面の出血などに対してはソフト凝固モードで凝固止血する。4thアームに装着する展開用のProGrasp Forcepsは本来,前立腺手術用に開発された鉗子であるが甲状腺を把持するのに適している。しかし甲状腺が易出血性であったり,把持しにくい場合には直接把持せず「俵ガーゼ」と呼んでいる小さな棒状のガーゼを用いて展開して損傷,出血を予防している(図4B)。

図4.

術中写真

A:反回神経周囲の剝離

B:俵ガーゼによる展開

われわれの施設でも導入当初はChungの原法に従いテーブルマウント型のリトラクターを用いて術野を展開していたが,腋窩創および甲状腺前面の剝離範囲を極力少なくすることを目的にカメラポートリトラクターを開発し使用している[29]。カメラを動かすことで操作する部分のみを有効に挙上展開することが可能となった。

おわりに

甲状腺外科における内視鏡手術の導入は頸部創の回避を可能にした。さらにロボット技術を導入することでより緻密かつ安全な手技が可能になるものと考えられる。国内ではロボットを用いた甲状腺切除術は未だ保険収載されていないが,ラーニングカーブも短く有効な術式で今後の保険収載が期待される。

【文 献】
 

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