日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集2
長崎大学における副腎皮質癌の診療の実際-泌尿器科の立場から
計屋 知彰酒井 英樹
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2020 年 37 巻 4 号 p. 276-281

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抄録

副腎皮質癌は発生頻度の低さからまとまった報告が少なく,その治療方針に迷うことも少なくない。このような中,欧州内分泌学会などがまとめたガイドラインが発表されており,治療方針のUpdateが行われている。

副腎皮質癌は完全切除が行われたかどうかにより予後が変化する疾患である。このため周囲臓器との合併切除が必要と判断される場合もあり,開腹手術がGold standardとされている。むしろ腹腔鏡手術の適応は限定的である。

本稿では既存のガイドラインを概説しつつ,副腎皮質癌の治療,特に手術治療に関して泌尿器科の立場から論じたい。

はじめに

副腎皮質癌は頻度こそ低いものの,その悪性度は極めて高く,時にその治療方針に頭を悩ませることがある。発生頻度の低さからまとまった臨床試験の結果などがないためであり,現状では欧州内分泌学会(European Society of Endocrinology,ESE)および欧州副腎腫瘍研究ネットワーク(European Network for the Study of Adrenal Tumors,ENSAT)の共同ガイドライン[]が利用可能である。

本稿では,このESE/ ENSATガイドラインを概説しつつ少ない症例数ではあるが当科で経験した実際の症例を紹介したい。また泌尿器科の視点から副腎皮質癌の治療方針,とくに手術手技に言及したい。

1.ESE/ENSATガイドライン抜粋[

1)副腎皮質癌の診断について

副腎皮質癌はしばしば各種ホルモンを産生している可能性があり,その診断は時に容易でない。したがって副腎皮質癌を疑う場合には糖質コルチコイド,性ホルモン,鉱質コルチコイドなどを測定し,特に褐色細胞腫との鑑別を慎重に行うべきである。表1に推奨されている検査項目を示す。なお副腎皮質癌の疑われる症例に対する腫瘍生検は,治療方針を決定する際に病理組織学的根拠が必要な場合を除いては推奨されない。

表1.

副腎皮質癌診断の際に考慮される検査

2)副腎皮質癌に対する手術治療について

まず,副腎皮質癌に対する手術は副腎腫瘍手術および悪性腫瘍手術に習熟した術者により執刀されるべきである。

腫瘍切除の際には周囲脂肪組織とともに摘出しなければならず,腫瘍核出や部分切除は推奨されない。また腫瘍が周囲臓器に浸潤している所見があれば,周囲臓器との一塊切除が推奨されている。ただし同側腎への直接浸潤所見のない症例に対するルーチンの腎合併切除は推奨されていない。

術式としては周囲臓器への浸潤所見が疑われる症例に対しては開腹手術が推奨されている。ただし最大径6cm未満で周囲への浸潤所見を認めない腫瘍の場合は熟練した術者による腹腔鏡手術が許容されている。

また局所の領域リンパ節については郭清が推奨されており,その他腫大したリンパ節についても摘出する。

さらに初回手術の際肉眼的に不完全な切除が行われた場合,熟練した合同チームによる再手術を検討すべきとされている。

3)術後補助療法について

初回手術が完全切除(R0切除)であった場合,ENSAT病期(表2)および病理組織診断におけるKi-67標識率に従って低/中/高リスク群に分けられ,それぞれに治療方針が異なる。すなわちENSAT病期ⅠおよびKi-67標識率10%以下を低リスク,ENSAT病期ⅡおよびKi-67標識率10%以下を中間リスク,ENSAT病期ⅢおよびⅣあるいはKi-67標識率10%以上を高リスク群とし,低・中間リスク群に対してはミトタン投与を個々の症例に応じて考慮,高リスク群に対してはミトタンによるアジュバント治療を行うことが推奨されている。

表2.

ENSAT病期

従来副腎皮質癌の形態学的病理組織診断法として1984年にWeiss criteria[]が提唱され広く用いられてきたが,病理医間の評価不一致が少なくなく,問題視されていた。そこで2002年にWeiss revised score[]が提唱され,診断の特異度は上昇したものの病理医間の判断の乖離は依然として存在していた。2015年にKi-67標識率を採用したHelsinki score[](表3)が提唱され,感度100%,特異度99.4%と良好な結果となっている。ESE/ENSATガイドラインでも治療方針決定の基準の1つにKi-67標識率が採用されている点には注意したい。

表3.

Helsinki score

アジュバント治療を行う際,ミトタンの忍容性が保たれている場合は最低2年,しかし5年を超えない術後投与が推奨されている。実際ミトタンによる有害事象は多岐に渡り,患者のQOLを損なう場合がある。また健側副腎の機能抑制からステロイド補充が必要なことも注意が必要である。図1にENSATガイドラインにおける推奨治療を示す。

図1.

完全切除が可能な副腎皮質癌に対する治療アルゴリズム(Fassnacht M, et al, 2018より改変して引用)

2.症例提示

ここで当科にて経験した2症例を提示する。

1)症例①

患 者:72歳,男性。

主 訴:右側腹部から背部にかけての疼痛。

既往歴:慢性胃炎,高血圧症。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:上記主訴にて近医受診。腹部超音波検査にて肝腫瘍を疑われ,腹部CT検査を行われたところ右副腎腫瘍を認めたため当科紹介となった。体重減少は認めなかった。

初診時現症:身長173cm,体重68.3kg,体温36.3℃,胸腹部理学所見上右腹部はやや膨隆していた。その他には特に所見を認めなかった。

ホルモン学的検査:コルチゾール14.8μg/dl,ACTH 15.1pg/ml,血漿アルドステロン173pg/ml,血漿レニン活性2.2ng/ml/h,アドレナリン33pg/ml,ノルアドレナリン1,225pg/ml,ドーパミン42pg/ml,DHEA-S 8,596ng/ml。

腹部CT・MRI所見:右副腎は最大径約11cmに腫大し,内部は不正に造影されていた。腫瘍は肝,下大静脈および右腎門部を強く圧排していたが,周囲臓器への浸潤は明らかでなかった。一方で周囲脂肪への浸潤の可能性は否定できない所見であった。(図2

図2.

症例①の画像診断所見。腹部造影CT・MRIにて肝下面,右腎上極,下大静脈に接して最大径約11cmの腫瘤性病変を認める。内部は不整に造影され,副腎皮質癌が疑われた。FDG-PETでは同腫瘤に強烈な集積を認めた。

周囲に腫大したリンパ節は認めなかったが,左右肺野に1個ずつ少結節影を認めた。こちらは病変が小さく,転移かどうかの確定は困難であった。FDG-PETでは腫瘍に強い集積を認めたが,この結節に集積を認めなかった。

治療方針:画像所見およびDHEA-S高値から,右副腎皮質癌が強く疑われた。WHO病期診断ではT3N0M0であり,ENSAT stageⅢと診断した。消化器外科および心臓血管外科との合同カンファランスにて検討した結果,R0手術を達成するために周囲臓器との合併切除を行うこととなった。

手術所見:季肋下横切開で腹腔内に到達した。本手術においては腫瘍の露出を極力避け,隣接臓器との合併切除を前提に操作した。腫瘍および肝右葉,右腎を切除し,最後に下大静脈と接している部分を剝離した。下大静脈と腫瘍の剝離は可能であり最終的に肝右葉・腫瘍・右腎が一塊に摘出された。(図3

図3.

症例①の摘出標本。肝右葉,右腎とともに腫瘍が一塊に切除された。

病理組織診断:腫瘍は好酸性顆粒状の細胞が主体で,胞巣状の構造を呈していた。核異型・核分裂がほぼ見られない領域と,強い核異型および核分裂像が見られる領域が混在していた。肝臓の漿膜に浸潤あり。腎臓への浸潤は認めず,切除断端陰性であった。

術後治療:本症例はR0手術を達成することができたが,周囲への浸潤を一部認めていたこと,肺野に転移を否定できない小結節影を認めたことからアジュバント治療を行うこととした。治療薬剤はミトタンを選択し,術後1カ月時点より開始した。術後5年間投与したが,全身倦怠感,筋力低下からミトタンを中止せざるを得なくなった。その後肺に一旦縮小した結節影が出現しているものの術後6年経過した現在も生存中である。なお局所再発は認めない。

2)症例②

患 者:52歳,女性。

主 訴:嘔気,食欲低下。

既往歴:特記事項なし。

家族歴:特記事項なし。

現病歴:上記主訴にて近医受診。腹部CT検査を行われたところ左副腎腫瘍を指摘され,前医泌尿器科紹介受診した。

ホルモン学的検査:コルチゾール16.0μg/dl,血漿アルドステロン255pg/ml,血漿レニン活性2.9ng/ml/h,アドレナリン14 pg/ml,ノルアドレナリン138 pg/ml,ドーパミン5未満pg/ml,DHEA-S 2,800ng/ml。

腹部MRI所見:左副腎は最大径約11cmに腫大し,内部は不整な信号強度を呈していた。腫瘍は一部分葉状であり腹側に被膜外浸潤所見を認めており,傍大動脈リンパ節の腫大を伴っていた。

治療方針:画像所見およびDHEA-S高値から,左副腎皮質癌が強く疑われた。WHO病期診断ではT3N1M0であり,ENSAT stageⅢと診断した。前医泌尿器科にて腹腔鏡下左副腎摘除術および傍大動脈リンパ節郭清が行われた。

病理組織診断:腫瘍細胞の核異型は弱く,核分裂像も目立たなかったが,Weissのcriteriaは6項目が該当,Ki-67陽性率は16.6%と高値であった。摘出リンパ節に明らかな転移を認めず,pT2N0であった。

術後経過:本症例は前医泌尿器科にて術後経過観察を行われていたが,アジュバント治療は行われていなかった。術後16カ月目に突然の腹痛・腹部膨満感を主訴に近医受診。腹部造影CTにて大量の腹水と造影剤の腹腔内溢流像が認められ,腹腔内出血の診断で緊急手術が行われた。腹腔内には2,000ml程度の血液があり,腸間膜や大網に多発した大小様々な腫瘍からの出血であった。この腫瘍の一部を生検し,副腎皮質癌の腹膜播種であると判明したため近医より当科に紹介となった。

術後17カ月目よりミトタンの内服を開始した。この時点で最大の播種巣は右卵巣部に認めていたが,いずれの病変に対してもミトタンは有効であり,著明な縮小を認めた(図4)。しかし一方で腹痛は持続しており,オピオイドの内服は継続しなければならなかった。

図4.

症例②の画像診断所見。ミトタン開始前,右卵巣に一致して最大径約5cmの腫瘤性病変を認め,副腎皮質癌の右副腎転移と診断された。ミトタン投与後同腫瘤は著名に縮小したが,投与開始17カ月後に再増大に転じた。

DHEA-Sはミトタン開始前に2,935ng/mlと上昇していたが,ミトタン開始後4カ月の時点で測定感度以下まで低下した。

しかしミトタン開始後17カ月の時点で腫瘍は再増大に転じ,腹痛増悪,DHEA-S上昇を認めた。最終的に手術後3年5カ月,ミトタン開始後2年で永眠された。

考 察

副腎腫瘍に対する腹腔鏡手術は安全性,低侵襲性が確立されており,2020年版泌尿器腹腔鏡手術ガイドライン[](日本泌尿器内視鏡学会編)においても良性副腎腫瘍に対する腹腔鏡手術は行うことが強く推奨されている。腫瘍径については明確な規定がないとしながらも,12cm以下の腫瘍を適応とすることとされている。ただしこれは良性副腎腫瘍に対する見解であり,副腎皮質癌あるいは副腎皮質癌が疑われる腫瘍に対する腹腔鏡手術を推奨するものではない。

副腎皮質癌に対する手術アプローチについては少数例ながらも複数の検討がなされている。Miralliéら[]は副腎皮質癌に対する腹腔鏡手術と開腹手術を比較した後ろ向き研究を複数レビューし,切除断端と予後の関連,リンパ節郭清の意義,周囲臓器合併切除の意義,再発腫瘍に対する外科的切除の意義について検証している。結論としてはESE/ENSATガイドラインと概ね一致しており,切除断端露出のないR0手術が疾患特異的予後あるいは生命予後を規定するとしている。またリンパ節郭清は行うべきで,浸潤所見のない症例での周囲臓器合併切除は予後を改善しないとしている。また再発腫瘍の切除は可能であるが,この場合腹腔鏡手術は推奨されない。原発巣に対する腹腔鏡手術は副腎手術および悪性腫瘍手術に熟練したチームによってなされるべきではあるものの,リンパ節転移あるいは周囲臓器浸潤を疑われる症例には推奨されないとしており,結論として副腎皮質癌に対する開腹手術は現時点において依然「Gold standard」であるとされている。

これらの知見から振り返れば,症例①の開腹手術は妥当であったものの同側腎は温存可能であった可能性がある。ただしENSAT stageⅢでありながら6年の生存が得られ,現在も存命中であることは重要である。また症例②は開腹手術やアジュバント治療を考慮すべき余地はあったと思われる。症例②については術後腹膜播種をきたしているが,興味深いことにLeboulleuxら[]の検討によれば術後腹膜播種と手術法,腫瘍径,術前病期,切除断端,内分泌活性の有無の関連を検討したところ腹腔鏡手術のみが術後腹膜播種と関連していたと報告している。以上のように副腎皮質癌の治療において,術式の選択が患者の生命予後を直接左右する可能性があり,われわれ泌尿器科医はこのことを十分に認識して治療法を選択すべきと思われる。また自施設で手に余ると判断された場合は副腎皮質癌の診療経験豊富な施設に紹介する柔軟さも必要である。 

また不完全な原発巣切除がなされた場合,あるいは再発巣,さらには孤立性の転移巣に関しては熟練した医師による根治切除を行うことも推奨されている。今回の2症例とは別の症例であるが,われわれも副腎皮質癌の再発腫瘍および転移巣に対する複数回の切除を繰り返し,原発巣切除から19年の長期生存を得ている副腎皮質癌症例も経験している。手術の実現可能性を慎重に見極める必要はあるが,患者とともに諦めず副腎皮質癌の根治を目指すこともまた重要と思われる。なおこの場合,やはり熟練した医師による開腹手術が推奨されている。

結 語

腹腔鏡手術やロボット支援下手術などの低侵襲手術の進歩により多くの患者に恩恵がもたらされていることは疑いようもない。実際当科においてもほとんど全ての副腎腫瘍を腹腔鏡下に摘出している。しかしながら副腎皮質癌に関しては,その予後に腹腔鏡手術が負の影響を与える可能性があることはわれわれ泌尿器科医も十分認識しておく必要があり,現時点において依然開腹手術を選択しばければならない症例があることは事実である。

さらに言えば,低侵襲手術時代においても開腹手術に関する後進の育成は必須であるし,一方で経験豊富な施設への紹介も迷わず行うべきであると思われる。

【文 献】
 

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