日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
特集2
関西医科大学における副腎皮質癌の治療経験
大杉 治之池田 純一滝澤 奈恵三島 崇生杉 素彦室田 卓之木下 秀文松田 公志
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2020 年 37 巻 4 号 p. 282-287

詳細
抄録

副腎皮質癌は,非常に稀な疾患であり,一般的に悪性度の高い腫瘍である。限局性の症例では,外科的切除術が第一選択となり,腫瘍被膜を損傷しない一塊切除術が望まれる。開放手術が一般的であるが,腹腔鏡手術も選択肢の一つである。また,転移を有する症例では,化学療法を中心とした集学的治療が必要であるが,ホルモン過剰産生腫瘍に対する症状緩和目的のdebulking手術などの外科的切除術が必要となる症例もある。今回,われわれの施設で経験した副腎皮質癌の症例を後方視的に解析し,泌尿器科の立場から,副腎皮質癌に対する外科的切除術について考察した。

はじめに

副腎皮質癌は非常に稀な疾患で,罹患率は100万人/年間で1~2例とされている[]。約60%で副腎皮質ホルモンの過剰産生を伴うとされており,内分泌学的検査は必須である[]。内分泌活性を伴う場合は,それに伴う症状をきっかけに発見されることもあるが,内分泌活性を伴わない場合は,偶発腫瘍や転移巣の症状をきたして発見される。病期分類は,ENSAT(European Network for the Study of Adrenal Tumor)分類が推奨さており[],それに準じて治療方針を検討する。限局性症例(Stage Ⅰ~Ⅲ)では,完全な外科的切除術が望まれる。術式は,開放手術が標準的ではあるが,より低侵襲である腹腔鏡手術も慎重に適応を選べば施行可能と考えられている[]。一方,転移を有する症例(Stage Ⅳ)では,EDP(エトポシド・ドキソルビシン・シスプラチン)とミトタンの併用療法の有用性が示されており[],全身治療が中心となる。このような症例において,外科的切除術が果たす役割は限定的であり,欧州内分泌学会のガイドラインにおいても,ルーチンに原発巣である副腎の手術を行うべきでないとしている[]。

われわれの施設では,当初より腹腔鏡手術を導入してきた歴史もあり,副腎皮質癌が疑われていても腫瘍径が小さい場合,腹腔鏡下副腎摘除術を選択肢の一つとしている。また,転移を有する症例(Stage Ⅳ)では,全身治療を行うことを前提で集学的治療の一部として外科的切除術を考慮している。今回,われわれが経験した副腎皮質癌の症例を後方視的に解析し,術式の選択,およびStage Ⅳでの外科的切除術の意義について検討する。

対象と方法

関西医科大学附属病院および関西医科大学総合医療センターで1994年12月から2020年6月までに施行した副腎摘除術の手術台帳を元に,診断が副腎皮質癌であった17症例を対象とした。これらの症例の臨床および病理学的背景を後方視的に解析した。手術日を治療開始日とし,最終観察日までの期間(癌特異的生存期間)を主要評価項目とした。生存曲線は,Kaplan-Meier法を用い,有意差の比較はlog-rank検定を用いた。

結 果

1)副腎皮質癌の患者背景

患者背景を表1に示す。腫瘍サイズの中央値は11cmと大きく,内分泌非活性は10例(58.8%)あり,観察期間の中央値は23カ月であった。腫瘍のKi67標識率と腫瘍径の関係を図1に示す。明らかな相関関係を認めず,腫瘍径が小さくても非常に増殖能の高い腫瘍も存在した。

表1.

副腎皮質癌の患者背景

図1.

腫瘍のKi67標識率と腫瘍径の関係

評価できた11例を対象とし,Pearsonの積率相関分析にて比較(相関係数=-0.267,P=0.427)。

2)副腎皮質癌に対する腹腔鏡手術

われわれは,副腎皮質癌が疑われても腫瘍径が6.0cm未満であれば,腹腔鏡下副腎摘除術を検討している。腹腔鏡手術を施行した症例は7例(41.2%)あり,腫瘍径の中央値は4.0(3.5~5.5)cmであった。ただし,7例中2例で開放手術に切り替わっており,その理由は周囲臓器との癒着が強固で一塊切除が困難であると判断したためであった。開放手術に切り替わった症例の患者背景を表2に示す。症例1では,腫瘍局在は右側であり肝臓部分と合併切除,症例2では,腫瘍局在は左側であり左腎臓と合併切除していた。いずれの症例も腫瘍径は4.0cm程度であったが,Ki67標識率は50%を超えており,非常に増殖能の高い腫瘍であった。

表2.

腹腔鏡手術から開放手術に切り替わった2症例

3)Stage Ⅳに対する外科的切除術

転移を有するStage Ⅳの副腎皮質癌は,非常に予後が悪く,治療の目的は症状緩和と生存期間の延長とされている[]。外科的切除術の役割として,前者はホルモン過剰産生腫瘍に対する緩和目的のdebulking手術である。後者に関しては,十分なエビデンスがなく,個々の症例に応じて慎重に適応を検討する必要がある。

Stage Ⅳで原発巣切除術を施行した症例は7例(41.2%)あり,いずれの症例も生存期間延長を目的とした集学的治療の一部としての外科的切除術であった。全身治療として3例でEDPとミトタンの併用療法,3例でミトタン単剤療法を施行していた。1例は,術後肝転移が急速に増大し,全身治療を開始する前に癌死していた。

集学的治療が奏効した自験例を図2に提示する(患者は表2の症例1)。原発巣は腫瘍切除術と外照射を併用し,全身治療としてEDPとミトタンの併用療法を施行した。また転移巣は,肺門部リンパ節単発であり,局所療法として外照射を施行した。術後9年経過するが,現在まで再発を認めていない。

図2.

集学的な治療が奏効したStage Ⅳの副腎皮質癌(自験例)

71歳男性。術前のPET-CTにて肺門部腫瘤と右副腎に集積を認め,原発性肺癌の副腎転移もしくは副腎皮質癌の肺門部リンパ節転移が疑われた。副腎腫瘍は腹腔鏡手術を試みたが,周囲との癒着が強固であり,開放手術に切り替え,肝臓部分を合併切除施行。組織は副腎皮質癌であり,pT3N0M1(Stage Ⅳ)の診断。合併切除した肝臓への明らかな腫瘍浸潤は認めなかったが,局所再発の可能性を危惧して肝下面から副腎床に外照射50Gy施行し,同時期よりミトタン内服開始。外照射治療終了後,EDP(エトポシド・ドキソルビシン・シスプラチン)療法2コース施行。終了後の画像評価では,新規病変は認めないものの肺門部リンパ節が増大傾向であり,同部位に外照射60Gy施行。外照射中の化学療法は,肺障害を懸念しドキソルビシンを外したEP療法を2コース施行。化学療法は合計4コースで終了(ミトタンは約2年間で終了)。その後,肺門部リンパ節は縮小傾向を辿り,PET-CTでは有意な集積は認めず,現在術後から9年経つが明らかな再発無し。

次に,Stage Ⅰ~ⅢとStage Ⅳの癌特異生存曲線を示す(図3)。Stage Ⅳでは予後が悪い傾向であったが,症例数が少なく,また図2で示したような長期生存を望めた症例もあり,有意差は認めなかった。

図3.

副腎皮質癌Stage Ⅰ~ⅢとStage Ⅳの癌特異生存曲線(Kaplan-Meier method)有意差検定は,log-rank testを使用(P=0.172)。

考 察

副腎皮質癌は悪性度が高く予後の悪い癌であり,ENSAT Stage別5年癌特異生存率は,Ⅰ:82%,Ⅱ:61%,Ⅲ:50%,Ⅳ:13%とされている[]。いずれのStageにおいても集学的治療を考慮する必要があるが,根治的治療の中心は外科的切除術である。開放手術が標準的な術式と考えられるが,被膜損傷を起こさず,確実な一塊切除が可能であれば,腹腔鏡手術は開放手術と比較し治療成績に遜色はないとされている[]。欧州内分泌学会のガイドラインでは,腫瘍の周囲臓器への浸潤がなく,腫瘍径6cm未満の場合,経験豊富な施設であれば腹腔鏡手術も検討できるとしており[],われわれもそれを一つの目安としている。ただし,今回の検討から,腫瘍径6cm未満であっても短期間に急速に増大する症例では周囲臓器との癒着が予想されるため,開放手術を念頭におき,腹腔鏡手術に固執すべきではないと考えられた。また,根治切除症例であっても,術後再発のリスクが高い場合(切除断端陽性例やKi67標識率が10%を超える腫瘍),ミトタン[]や放射線療法[10]などの集学的治療を検討する必要があり,術中の所見および病理学的因子の評価も治療方針を検討する上で重要である。

転移を有さない場合(Stage Ⅰ~Ⅲ)は,外科的切除術を最優先とするが,局所進行例で周囲臓器や下大静脈などの大血管へ浸潤を呈する症例では,適応の判定が困難なこともある。そのような症例でも,安易に‘切除不能’と判断するべきではなく,複数の診療科での合同手術が可能な高度医療施設で評価する必要がある[]。転移を有する場合(Stage Ⅳ)は,非常に予後が悪いため,外科的切除術の役割は限定的であると考えられる。根治切除不能なホルモン過剰産生腫瘍に対する症状緩和目的のdebulking手術は,腫瘍量の80%以上を取り除けるのであれば推奨されている[]。原発巣の外科的切除術は,ルーチンで行うべきではないが,集学的治療の一部として考慮すべき症例も存在する。われわれは,一つの目安として,転移巣を含め完全切除が望める症例,また転移巣は局所療法(放射線治療,ラジオ波焼灼術や化学塞栓療法など)で治療効果が望める症例に関しては原発巣の外科的切除術を考慮している。今回の検討でのStage Ⅳの5年生存率は42.9%と諸家の報告より長期生存していた[]。原発巣を切除することで予後が改善したのか,原発巣切除術を考慮できる比較的予後の良い症例が集約されていたのか,どちらの影響なのかは判別困難であるが,少なくとも原発巣切除術を併用することで長期予後を期待できる症例もあると考えられた。ただし,症例は慎重に選別すべきであり,術前にPET-CTや骨シンチなどの全身検索を行い,転移巣および転移数などを十分に評価する必要がある。また,外科的治療により全身治療が遅れることも懸念されるため,治療の優先度を事前に評価しておく必要がある。そして,他臓器合併切除や放射線治療などの局所療法を検討する際は,複数の診療科との連携が必須であり,個々の症例で議論する必要がある。

今後の展望として,免疫チェックポイント阻害剤(ICIs:Immune Checkpoint Inhibitors)が副腎皮質癌の集学的治療の一部を担うのではないかと期待されている。腫瘍のマイクロサテライト不安定性(MSI:Microsatellite instability)が高い症例では,癌種の垣根を越えてICIsの治療効果を認めることがあり,本邦でも抗PD-L1抗体であるPembrolizumabが保険収載されている。副腎皮質癌では,MSIが高い腫瘍が他癌種よりも多く[11],実際にそのような腫瘍で治療効果を認めた症例も報告されている[12]。ただし,コルチゾール活性を伴う副腎皮質癌では効果は乏しかったという報告もあり[13],またPhase 2の臨床試験では,治療効果を認める症例は限定的であったともされている[14]。さらなる症例の蓄積が必須であり,治療効果を望める症例の選別が必要であるが,治療の導入に関しては,腎細胞癌や尿路上皮癌でICIsの治療経験を積んだ泌尿器科医が主導になる必要があると思われる。

おわりに

われわれの施設で経験した副腎皮質癌の症例を後方視的に検討し,腹腔鏡手術およびStage Ⅳに対する外科的切除術の意義について考察した。副腎皮質癌は非常に稀で悪性度の高い腫瘍であり,初回の治療方針決定が重要である。集学的治療が可能な高度医療施設で,個々の症例に応じた治療方針を検討する必要がある。 

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top