2020 年 37 巻 4 号 p. 289-309
甲状腺微小乳頭癌(以下,微小癌)とは,原発巣の最大径が10mm以下の乳頭癌のことであり,定義上は,リンパ節転移,遠隔転移,そして周囲組織や隣接臓器への浸潤といった高リスク因子の有無は問わない。最近,取扱いが問題になっているのは,こういった高リスク因子をもたない低リスク微小癌である。1993年に隈病院で,そして1995年に癌研究会附属病院(現がん研有明病院)で開始された低リスク微小癌に対する積極的経過観察の前向き臨床試験においては,現在に至るまで非常によい結果が報告されている。すなわち,1)癌が増大する確率や新たにリンパ節転移が出現する確率が低く,たとえそうなってから手術を行っても重大な再発や癌死を来した症例がない,そして,2)経過観察中に遠隔転移が出現した症例や癌死した症例が皆無であるということである。これに基づき低リスク微小癌の積極的経過観察は,2010年に日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会による甲状腺腫瘍診療ガイドラインにおいて管理方針の一つとして採択された。さらに2018年版では「適切な診療体制のもとで行うことを推奨する」とされ,推奨グレードが上がった(なお,本提言でいう「低リスク微小癌」は2018年版ガイドラインの「超低リスク乳頭癌」に該当する)。2015年には米国甲状腺学会による成人の甲状腺腫瘍取扱いガイドラインにおいても容認された。
ただし,低リスク微小癌の積極的経過観察のためには「適切な診療体制」が必須となる。経験豊富な医師や超音波検査技師が検査を行い,原発巣やリンパ節の状況がどう変化したのか,あるいは変化していないかを正確に把握しなくてはならない。施設レベルで常にスキルアップを図ることが求められ,評価が不十分と考えられる場合には,無理をせず患者を診療体制が整った施設へ速やかに紹介することも考慮されたい。
また,微小癌がすべて経過観察の適応となるわけではない。表1に積極的経過観察の適応とならない症例を挙げた。これは大きく2種類に分類される。一つは臨床的なリンパ節転移,まれではあるが遠隔転移,そして隣接臓器(具体的には反回神経や気管)への明らかな浸潤といった高リスク因子をもつ症例である。これらに対しては原発巣が小さい癌という概念を捨てて,進行癌と同じく手術や放射性ヨウ素内用療法,そして甲状腺刺激ホルモン(TSH)抑制療法を行うべきである。また,現実に遭遇することはきわめてまれと思われるが,細胞診で高細胞型のような悪性度が高い所見のある症例も即時手術とすべきである。もう一つは,高リスクかどうか不明であるが経過観察には不向きな微小癌である。すなわち腫瘍が気管に面で接する症例や反回神経の走行経路にある症例で,これらは超音波検査だけではなくCT検査を追加すれば,かなり正確に予測できる。また,大変重要なことであるが,小児を含む未成年の微小癌を経過観察すればどうなるかについては,現時点でエビデンスがない。したがって今回の提言の対象は,成人の低リスク微小癌に限定したものであることをお断りしておく。
積極的経過観察の適応とならない微小癌
なお,乳頭癌は高頻度でリンパ節転移を起こすことが知られており,微小癌も例外ではない。臨床的リンパ節転移のない微小癌でも,実際にリンパ節郭清を行ってみると,中央区域はもちろん外側区域にもかなりの確率で病理学的転移が認められる。しかし,これまでの積極的経過観察の結果から,こうした小さなリンパ節転移が臨床的問題に発展する確率は低く,画像でとらえられるようになった時点で手術を行えば,予後に問題がないことがわかっている。
2018年に行われた日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会会員施設を対象とした「成人の甲状腺微小乳頭癌の取扱いに関する実態調査」によれば,成人の低リスク微小癌のうち即時手術となったものが46%,経過観察となったものは54%であった。一方で低リスク微小癌であっても,腫瘍の位置が甲状腺背側被膜に近い場合や多発している症例,腫瘍径が10mmに近い症例などには積極的に手術を勧めるという回答が多かった[1]。成人の低リスク微小癌に対する積極的経過観察は,少なくとも上記学会会員施設においては一定の理解を得られてはいるが,さらなる普及のために,その具体的方法についての指針が必要と考えられた。
今回,日本内分泌外科学会 甲状腺微小乳頭癌取扱い委員会では,低リスク微小癌と診断された成人患者に対して積極的経過観察を行う場合の適応と方法について,実際に経過観察を施行しようとする専門医・非専門医を対象として本提言を制作した。文献的エビデンスを収集,分析するとともに,エビデンスが不足している部分については委員間での議論によるコンセンサスに基づき,少なくとも現況において妥当と思われる方針を示した。
きちんと症例を選択して適切に行えば,低リスク微小癌の積極的経過観察は成績もよく,患者のQOLも維持され,低コストでもあり,非常に安全なマネージメントである。臨床諸家においては本提言で述べる適応や方法を理解され,日々の臨床に役立てていただきたい。
本提言は現時点で利用可能なエビデンスに基づいて作成されているが,実際の診療でこの提言に従うことを強制するものではない。また,記載されていない管理方針を制限するものでもない。主治医は本提言を参考に,患者の状況や希望を考慮し診療方針を決定すべきである。本提言の記述内容に関しては,日本内分泌外科学会 甲状腺微小癌取扱い委員会が責任を負うが,実際の診療についての責任は治療担当者が負うべきである。なお,本提言の作成に関し,甲状腺微小癌取扱い委員に開示すべき利益相反関係にある企業などはない。
成人の甲状腺乳頭癌において積極的経過観察の適応となるのは,T1aN0M0の低リスク微小癌である。
解説成人の乳頭癌のうち,積極的経過観察の適応となるのは低リスク微小癌である。表1に経過観察が不適当と考えられる症例について示した。臨床的リンパ節転移やきわめてまれではあるが遠隔転移のある症例,癌による声帯麻痺や気管内に腫瘍が突出しているような症例は即時手術の適応である。また,非常にまれではあるが細胞診で高細胞型など悪性度の高い組織型を疑う症例も即時手術をすべきである。さらに本当に高リスクかどうかは不明であるが,腫瘍が気管に面で接して癌浸潤を疑う症例や反回神経の走行経路にある症例も,即時手術の適応となる。しかしこれについては方針決定の前に,超音波検査やCT検査による慎重な評価をするべきである。詳細は該当する項目(Ⅱ-5)を参照されたい。また,確かに遠隔転移のある症例は即時手術の適応となるが,それをどこまで評価するかについては議論のあるところであり,これについても本指針の中で詳述している(Ⅱ-3)。
積極的経過観察を行うにあたってもっとも重要なことは,経過観察開始時および経過観察中の腫瘍やリンパ節の状況を正確に把握することである。甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018にも,「適切な診療体制のもとで」経過観察を行うべきであると記載されている。もし診療体制が不十分な状態で経過観察を行えば,これは非常に危険である。低リスク微小癌の積極的経過観察を安全に施行するためには,経験豊富な医師や超音波技師がきちんと病変の画像評価を行えることが大前提である。施設レベルで常にスキルアップを図ることが求められ,評価が不十分と考えられる場合には,無理をせず患者を診療体制が整った施設へ速やかに紹介することも考慮されたい。
もう一つ重要な点は,どの時点で手術治療へ移行するかである。腫瘍の評価についてはわが国では最大径で行い,それが経過観察開始時に比べて3mm以上増大すれば,増大したと判定する。海外では腫瘍体積を測定して判断する施設もあるが,これについては感度が過度に鋭敏であること,observer variationが大きいことなどから本提言では推奨しない(Ⅱ-4)。経過観察開始時に比べて3mm以上の増大があれば腫瘍が増大したと判定してよいが,だからといってそこでただちに手術を行う必要があるとは限らない。詳細は該当する項目を参照されたい(Ⅱ-6)。また,新たに転移を疑うリンパ節が出現したときは,その時点で手術を施行するべきである。現時点でこの方針に基づいて経過観察および手術を行って,その後に重大な再発を起こした症例や癌死した症例は皆無である。
要約
経過観察開始後1~2年間は半年ごとに経験豊富な検査者が超音波検査を行い,進行がなければその後は1年ごとに超音波検査を行うのが適切である。
解説
甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018では低リスク微小癌に対する積極的経過観察は適切な診療体制のもとで行うことが推奨されており,年1~2回の定期的経過観察を確実に継続することが重要であるとしている。その根拠となった日本の2施設からの前向き研究のプロトコールにおける定期経過観察は,いずれも年1~2回の超音波検査が行われており,対象病変の大きさの変化や新規病変の出現およびリンパ節転移の出現について,経験豊富な検査者が評価していた[2,3]。海外における低リスク微小癌経過観察プロトコールでは,年1~2回の頸部超音波検査[4]または初めの2年間は半年ごとの頸部超音波検査,変化がなければその後は1~2年に1回の頸部超音波検査の実施が示されている[5~7]。検査間隔について直接比較した報告はないものの,ほとんどの前向き研究では半年~1年に1回の頸部超音波検査が定期経過観察方法として選択されている。
隈病院のItoらの報告[2]では,3mm以上の増大が見られた低リスク微小癌症例は5年で4.9%,10年で8.0%であり,新規のリンパ節転移はそれぞれ1.7%,3.8%と5年目までと5年目以降の発生割合に変化はなく,定期経過観察の早期に検査間隔を短くする必要はないと考えられる。
上記を総括すると,積極的経過観察開始後1~2年間は半年ごとに経験豊富な検査者が超音波検査を行い,進行がなければその後は1年ごとに超音波検査を行うのが適切であろう。何年経過すれば検査間隔を2年,3年などと延ばしてよいかについてはエビデンスがない。
2.経過観察開始時,経過観察中に血清サイログロブリン(Tg)測定は必要か?要約
Tg値は積極的経過観察の適応となるかどうかの判断材料としては適切ではなく,経過観察中に腫瘍が進行しているかどうかを予測できるというエビデンスはない。
解説
がん研有明病院のSugitaniらは低リスク微小癌322症例の平均6.5年の経過観察で,診断時のTg値は微小癌のその後の経過と無関係であったと報告[8]している。隈病院のItoらも84症例,平均47.9ヶ月の経過観察で低リスク微小癌の進行と診断時のTg値には有意な相関を認めなかった[9]としている。また,経過観察中のTg値の推移が腫瘍の進行増大に関連するかどうかについての研究はない。
以上より,Tgの値によって積極的経過観察の適応決定や腫瘍増大予測ができるエビデンスはない。
3.経過観察開始時,経過観察中に遠隔転移検索のための胸部CTは必要か?要約
積極的経過観察開始時や経過観察中に遠隔転移を検索するための胸部CTは必須ではない。
解説
低リスク微小癌における遠隔転移の頻度について,がん研有明病院のSugitaniらは,手術が施行された微小癌178例中,無症候性(Ex0N0)だった148例では遠隔転移,遠隔再発を認めなかった[10]と報告している。隈病院のItoらによれば,T1aN0症例732例中,手術を施行することになった626例で遠隔転移を認めた症例はなかった[11]。Choiらは微小癌5,348症例中,遠隔転移を2例(0.04%)に認めたが,Memorial Sloan Kettering Cancer Center(MSKCC)による積極的経過観察のクライテリア[5]を満たす低リスク微小癌4,927例では遠隔転移は認めなかったと報告[12],Reinkeらは803例の微小癌で6例(0.7%)に遠隔転移を認めたが,そのうちの無症候性527例では遠隔転移は認めなかったと報告している[13]。また,隈病院のKawanoらはT1aN0微小癌と診断され,何らかの理由で手術となった1000例の術前胸部CTで遠隔転移を認めた症例は皆無であったと報告している[14]。
以上より,低リスク微小癌T1aN0症例で遠隔転移を認める可能性は極めて低いと考えられ,ルーチンの胸部CTはかえって弊害の方が大きい可能性がある。
積極的経過観察中の遠隔転移の発生についての報告では,Sugitaniらは低リスク微小癌230症例の平均5年の経過観察で遠隔転移を認めた症例はなかったと報告[15],Itoらも1235症例の平均60ヶ月の経過観察で遠隔転移の発生は認めていない[2]。また,MSKCCのTuttleらは1.5cm以下の低リスク乳頭癌291例の中央値25ヶ月の経過観察で遠隔転移は認めず[16]と報告しており,低リスク微小癌が経過観察中に遠隔転移を生じる可能性も極めて低いと考えられる。
微小癌でも遠隔転移を認めることはあるものの,それらは高リスクの微小癌にともなうものと考えられ,T1aN0のような低リスク微小癌での遠隔転移は非常にまれである。そのため,積極的経過観察を検討する際にも,経過観察期間中にも,遠隔転移検索のためのCTなどの検査は必須ではないと考えられる。
4.腫瘍径の測定法と増大の判定について要約
超音波検査上,腫瘍最大径の初回測定時に比較して3mm以上の増加を増大と判定する。
解説
腫瘍径の評価は超音波検査にて行う。腫瘍径の測定法に確立された方法はないが,横断像の縦径と横径,縦断像の縦径の計3方向を計測し,最大計測値を腫瘍径とするのが一般的である。
腫瘍の増大は隈病院のItoらにより2007年に「超音波検査にて最大腫瘍径3mm以上の増加」と定義され[17],2010年にはItoら[18],がん研有明病院のSugitaniら[15]によりこの定義を用いた長期の経過観察による増大の頻度が報告された。これらを受け,その後の多くの報告にてこの定義が採用されている。2mm以下の変化は測定誤差と考えられており[17],臨床判断を誤らないよう注意を要する。
これに基づいた積極的経過観察での5年,10年の腫瘍増大の患者割合は,隈病院からの報告[2]によると4.9%,8.0%,がん研有明病院からの報告[3]によると6.3%,7.3%と低く,経過観察中に反回神経麻痺や遠隔転移が発生した例はない。
最近,海外より腫瘍径3方向の測定から腫瘍体積を求め,その50%増加をもって,腫瘍増大と定義する報告が現れた[4,16,19]。また,腫瘍体積の倍化時間が腫瘍の増殖速度をよくとらえられるとの報告もある[20]。1方向の測定による腫瘍最大径よりも腫瘍の大きさの変化を鋭敏にとらえられるというが,たとえば6×6×6mm大の結節が7×7×7mm大になった場合の増大率は59%と,過剰に鋭敏である。最大径3mm以上の増大を腫瘍増大と見なしてきた日本の2施設で手術が手遅れになった事例は報告されていない。また,腫瘍体積の測定は煩雑であり,observer variationも強くなる懸念があり,実地臨床上簡便な腫瘍最大径による評価を推奨する。
また,経過観察開始時に比べて増大したと判定されても,ただちに手術を行う必要があるとは限らない。手術への方針変更の明確な指標はないが,増大した腫瘍と周囲臓器との位置関係,増大速度などを考慮し,最大腫瘍径が10mmを超えたからといって慌てて手術への変更を決定しないよう注意されたい。
5.腺外浸潤,リンパ節転移の評価について要約
腺外浸潤,リンパ節転移の評価は主に超音波検査によって行うが,必要に応じてCT検査を追加してもよい。浸潤の評価では,腫瘍と気管が接する角度,腫瘍と反回神経との間の正常甲状腺組織の有無に注意する。リンパ節転移を疑う超音波検査所見としては,点状高エコー,囊胞化,円形,リンパ節門の消失などがある。
解説
腺外浸潤の評価には,一般的に超音波検査が用いられる。腫瘍が甲状腺被膜から突出している,甲状腺被膜が途絶している場合は,甲状腺外への浸潤が疑われる。腫瘍が甲状腺腹側にあり,胸骨甲状筋や胸骨舌骨筋への浸潤が疑われたとしても,ただちに手術適応にはならない。もし進行して手術を施行したとしても,筋肉の一部を切除すればよく,患者のQOLは何ら損なわれることはないからである。また,このような微少な甲状腺被膜外進展の予後に及ぼす影響は極めて小さい。しかし,腫瘍が甲状腺背側にあり,気管や反回神経への浸潤を疑う場合は慎重に適応を決定しなければならない。これらが進行して気管や反回神経に浸潤した場合,その段階で手術をすれば時として患者のQOLを大きく損ねる可能性があるからである。気管や反回神経への浸潤の有無を評価する際には,超音波検査だけでなくCT検査を追加するのもよい。必要に応じて喉頭ファイバーによる声帯麻痺の有無を評価する[21~23]。なおこれらの評価は,甲状腺診療に習熟した施設で行うことが望ましい。
隈病院からの報告[24]によれば,腫瘍と気管が接する角度が鈍角であれば浸潤のリスクが高い(図1A)。腫瘍と反回神経が走行する経路との間に正常の甲状腺組織が画像上存在しない場合は,反回神経浸潤のリスクがある(図2B)。手術を行った微小癌のうち,腫瘍径が7mm未満の症例では,気管や反回神経への浸潤はみられなかった。しかし,腫瘍径が7mm以上で,腫瘍が気管に鈍角で接していた症例では,51例中12例(24%)で気管軟骨のシェービングや気管全層切除を要した。同様に腫瘍径7mm以上で,腫瘍が反回神経の走行経路の甲状腺被膜に接していた症例では,98症例中9例(9%)で反回神経のシェービングもしくは切除再建を要した。したがって,このような症例は経過観察するには適切ではなく,即時手術の適応となる。しかし,単に腫瘍が気管に接する,あるいは甲状腺の背面に存在するというだけでは即時手術の適応とはならないことに留意すべきである。
腫瘍と気管が接する角度 (A)鈍角,(B)ほぼ直角,(C)鋭角
腫瘍が反回神経の走行経路の甲状腺被膜に,(A)接していない,(B)接している
リンパ節転移の評価には,一般的に超音波検査が用いられる。リンパ節転移を疑う超音波検査所見としては,点状高エコー(微細石灰化),囊胞化,ドプラ法で辺縁に血流信号がみられる,円形を呈する,リンパ節門の消失などがある[25,26]。頸部外側区域へのリンパ節転移が疑われる場合は,リンパ節の穿刺吸引細胞診および穿刺液のTg値測定も推奨される。慢性甲状腺炎を合併する症例は甲状腺周囲のリンパ節腫大がよく見られ,転移の評価が困難なことがあり,症例ごとに検討が必要である[5]。
なお,Itoらは微小癌が甲状腺上極に存在する場合は,臨床的あるいは病理学的外側区域リンパ節転移を起こしやすいと報告している[9]。さらにJeonらは50歳未満,男性,腫瘍に微細石灰化がみられることを外側区域リンパ節転移の危険因子として上げている[27]。しかし若年以外のこれらの危険因子が経過観察中の微小癌の病状進行因子であるとのエビデンスはないので,これらの危険因子がみられる症例を積極的経過観察から除外する必要はない。
6.超音波検査で腫瘍最大径が10mmを超えた場合に,すぐに手術を行うべきか?要約
経過観察中に腫瘍径が10mmを超えた際にただちに手術を施行することは,必ずしも最適とはいえない。
解説
Miyauchiらは患者が望めば,腫瘍径が13mmに達するまで経過観察を行うことは許容されるとしているが[21],これは微小癌と定義される上限である最大径10mmの腫瘍が3mm増大した場合を想定したものである。がん研有明病院のSakaiらは積極的経過観察を行ったT1bN0M0(腫瘍最大径11~16mm,平均11.7mm)の5年進行率は5%,10年進行率は12%でT1aN0M0と同様であったこと,T1bN0M0の手術例において,腫瘍径15mm未満では再発がなかったことを報告している[28]。
低リスク微小癌の積極的経過観察では,年齢が高いほど進行確率が低くなることも示されている[2,29]。Miyauchiらは隈病院で経過観察を10年間行った低リスク微小癌169例を後方視的に解析し,比較的早く増大した症例(年間のdoubling rate>0.5)は3%のみで,57%は不変(-0.1~0.1),17%は縮小(<-0.1)し,年齢上昇と共に増大症例の割合は減少したことを報告した[30]。さらに,腫瘍増大後の臨床経過に関して,Itoらは824例の低リスク微小癌経過観察症例を解析し,3mm以上腫瘍径が増大した症例および50%以上腫瘍体積が増大した症例において,その後継続して比較的早く増大した症例はそれぞれ7.7%,3.8%にすぎないと報告した。また,腫瘍の成長する早さは増大前よりも増大後に有意に低下し,多くの症例で腫瘍の退縮を認めたという[31]。
以上から,積極的経過観察中に腫瘍径が10mmを超えた際にただちに手術を施行することは,必ずしも最適とは言えず,腫瘍の占拠部位(反回神経,気管に浸潤の及ぶ可能性)と増大の速さ,患者の意向を確認し,経過観察を続けてもよいと考えられる。もちろんさらに腫瘍が増大する場合はその時点で手術を施行するべきである。
7.以下のような因子があった場合,積極的経過観察は推奨されるか?1)年齢(高齢,若年)
要約
高齢者の低リスク微小癌は進行する確率が低く,積極的経過観察の良い適応といえる。若年者は進行する確率がやや高いが経過観察を行ってもよい。ただし現時点で,未成年の微小癌に対する経過観察のエビデンスはない。
解説
本邦では,隈病院における1,235例の検討から,診断時の年齢と経過観察10年間の腫瘍の臨床癌への進行(腫瘍径12mm以上への増大,リンパ節転移の出現)について,60歳以上では2.5%であったのに対し,40~59歳では4.9%,40歳未満では22.5%と若年症例において,腫瘍が進行する確率が高いことが報告されている[2]。Miyauchiらは診断時の年齢と80歳までに腫瘍が進行する確率について,20歳代では48.6%,30歳代で25.3%,40歳代では20.9%,50歳代では10.3%,60歳代で8.2%,70歳代では3.5%との推定値を示している[29]。また,がん研有明病院における384例の経過観察症例の検討でも,10年間の腫瘍が進行する確率は,有意差はないものの50歳未満では高くなる傾向であることが示されており[3],海外においても若年者における微小癌の腫瘍が進行する確率が高いことが報告されている[16,19,20]。
以上より,高齢者の低リスク微小癌は積極的経過観察の良い適応といえる。一方,若年者の場合も進行後の手術治療成績は良好であるうえ,20歳代の低リスク微小癌が生涯において進行する確率は50%弱と推定され,若年者においても積極的経過観察は適応となる。ただし現時点で,未成年の微小癌に対する経過観察のエビデンスはないことに留意が必要である。
2)多発病変
要約
腫瘍増大やリンパ節転移の出現と多発病変との関連についてのエビデンスはなく,微小癌の多発例は積極的経過観察の適応となり得る。多発を手術の適応とすると必然的に甲状腺全摘が増え,その結果,合併症,甲状腺ホルモン薬補充の必要などデメリットがメリットを上回る可能性が高い。
解説
甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018においては多発病変を有する微小癌に対する積極的経過観察についての記載はない。低リスク微小癌に対する積極的経過観察という管理方針は2003年に隈病院のItoらにより報告されたが,多発病変を有する場合も経過観察の除外基準とはしておらず,対象162例のうち調査開始時に多発病変を疑う症例は30例(18.5%)含まれていた[11]。Itoらによれば微小癌に対して手術を行った600例において,術前超音波検査で多発病変を有すると診断された症例が189例であったのに対して,病理組織診断上は263例に多発病変を認めていた。これにより,超音波検査の感度52.9%,特異度85.2%,陽性的中率を73.5%と推定している[9]。Itoらの2010年の報告では,340例の低リスク微小癌の経過観察で多発病変を有する33例と単発病変の307例を比較し,平均76か月の観察期間で多発の有無と腫瘍の増大には関連がない(p=0.23)ことが示された。また,即時手術を行った1055例において,多発病変の有無と無再発生存率との間に関連はなかったとしている[18]。また,2014年には1235例を対象に,微小癌の経過観察中の進行に関連する危険因子の多変量解析の結果を報告しているが,多発病変の有無は,腫瘍径3mm以上の増大(p=0.47),リンパ節転移出現(p=0.31)の危険因子として有意ではなく,関連を認めたのは年齢のみであった[2]。
杉谷らは,がん研有明病院と日本医科大学付属病院で1年以上経過観察を行った低リスク微小癌571例において,多発微小癌115例と単発微小癌456例の10年間の進行確率をそれぞれ14.8%,12.2%と報告した(p=0.51)。さらに,病勢進行の危険因子に関する多変量解析では多発病変の有無は危険因子とはならなかった。この報告では,多発病変を有する症例のうち10例に手術を行ったが,うち9例は両側性であったため甲状腺全摘術を余儀なくされており,多発病変を有する微小癌は積極的経過観察により甲状腺全摘を避けられるメリットがあると結論付けている[32]。
一方,Rotiらは,微小癌の術後再発に関連する因子のメタ解析において,多発病変を有する場合に単発病変と比較して有意に再発率が上昇する(オッズ比:0.174,95%信頼区間:0.105~0.290; p=0.000)と報告している[33]。Chowらは微小癌で治療を行った203例の後向き研究で,多発病変は術後リンパ節再発のリスク因子であるとしている(リスク比:65.6,95%信頼区間:1.3~23.4)[34]。
多発病変が術後再発のリスク因子となるという報告は,いずれも海外からの後向き研究であり,わが国で行われた2施設での低リスク微小癌の積極的経過観察の前向き研究では,腫瘍の3mm以上の増大やリンパ節転移の出現と多発病変との関連はなく,多発病変をわが国での積極的経過観察による管理から除外する根拠はない。
なお,米国,カナダ,韓国からも低リスク微小癌に対する積極的経過観察のプロトコールや成績の報告があるが,いずれも多発病変は除外基準としていない[4~7]。
3)家族歴
要約
甲状腺乳頭癌の家族歴があっても,積極的経過観察の適応となりうる。
解説
第一度近親者(親,子,兄弟姉妹)に2人以上の乳頭癌患者がいる場合に「家族性甲状腺乳頭癌」と定義され,散発性の乳頭癌との比較が報告されている。Uchinoらは,甲状腺分化癌手術症例6458例の後方視的解析で,258例(4.0%)が家族性であり,散発性と比較して腺内多発例が多く,残存甲状腺再発が多く,無再発生存率が有意に低かったと報告している。一方で遠隔転移率には差を認めず,全生存期間にも差は認められなかった[35]。また,Itoらは,乳頭癌手術症例6015例の解析において,273人(4.5%)が家族性であり,腺内多発が多い以外に散発性との差は認めず,無再発生存率,疾患特異的生存率ともに有意な差は認めなかったと報告しており,甲状腺全摘術を推奨する以外は散発性の乳頭癌と同様の治療戦略でよいと結論づけている[36]。
微小癌については,Lupoliらが1999年に家族性の微小乳頭癌患者7例の解析で腺内多発やリンパ節転移が高頻度であったと報告している[37]。Capezzoneらは微小癌手術症例291例の後方視的解析(観察期間中央値8.3年)で,散発性248例と家族性43例を比較している。その結果,家族性の方が両葉に病変があり診断時に顕性リンパ節転移を伴っているものが多く,さらに家族性では再発例が多く認められたことから,微小癌の管理においては家族歴を考慮すべきと結論付けている[38]。
一方,積極的経過観察症例における家族歴との関連についてはItoらの報告がある。隈病院における低リスク微小癌の経過観察症例1,235例(平均観察期間60ヶ月)には,61例(5%)の家族性甲状腺癌症例が含まれていた。1235例のうち58例で増大を認め,19例がリンパ節転移を生じ,43例が顕性癌に進展した。しかし,家族歴の有無により腫瘍増大・リンパ節転移・顕性化の頻度には有意差を認めなかった[2]。
したがって,家族歴の有無は積極的経過観察の適応を妨げるものとはならず,家族歴があっても積極的経過観察を選択肢に加えることは可能と考えられる。ただし家族性乳頭癌が臨床的にアグレッシブである可能性は念頭に置く必要がある。また,経過観察から手術に切り替える際には,両側性腺内多発に留意して,甲状腺切除範囲を決定する。
4)挙児希望・妊娠
要約
妊娠期および産後も定期経過観察を慎重に行うことで,低リスク微小癌は安全に管理可能であり,挙児希望がある症例や妊娠中の症例も積極的経過観察の適応となる。
解説
経過観察中の低リスク微小癌患者が妊娠をした場合については,2014年に隈病院のShindoらが検討している。この報告では3mm以上の腫瘍径の増大は,妊娠群(9症例中4例44.4%)では年齢調整対照群(27症例中3例,11.1%)と比べて多かった(p=0.0497)[39]。しかしこの報告は症例数が少なく,限られた期間での報告である。
同じく隈病院のItoらはさらに症例数を増やし検討期間を拡大して,妊娠可能女性が低リスク微小癌の積極的経過観察を行う候補者となるか検討している。この報告では50人の低リスク微小癌患者が経過観察中に51回の妊娠を経験した。妊娠前後で3mm以上の腫瘍径の増大は4例(8%)で認められたが,46例(90%)では腫瘍径の変化はなかった。増大した4例のうち2例は産後に手術を受け,再発は認めなかった。残り2例は産後に腫瘍が増大しなかったため経過観察を続行している[40]。
妊娠期および産後も経過観察を慎重に行うことで,低リスク微小癌は安全に管理可能である。したがって挙児希望がある症例や妊娠中の症例も積極的経過観察の適応となる。
5)腺外浸潤の疑い
要約
腫瘍が甲状腺前面や側面で甲状腺外浸潤が疑われる,単に気管に接する,甲状腺の背面に存在する場合も積極的経過観察の適応となりうる。
解説
Ⅱ-5で述べたように,腫瘍径が7mm以上で,腫瘍が気管に鈍角で接する症例や,反回神経の走行経路との間に正常甲状腺組織がみられない症例は,気管や反回神経への浸潤の可能性があるため,経過観察は推奨されない[21,24]。一方,腫瘍が単に気管に接する,あるいは甲状腺の背面に存在するだけでは即時手術の適応とはならない。
腫瘍が甲状腺内にとどまっている症例は,積極的経過観察の良い適応である(図3A)。腫瘍が甲状腺前面・前頸筋側(図3B)や側面(図3C)で腺外浸潤が疑われる症例は,さらに進行して手術となったとしても周囲の筋肉や脂肪組織の合併切除にとどまり,患者のQOLを損ねないため,積極的経過観察の適応となりうる。微小癌が側面に存在しても,総頸動脈に浸潤することは通常ない。また腫瘍が甲状腺の背面(図3D)に接していても,反回神経の走行経路から離れている場合は積極的経過観察の適応となりうる。
(A)腫瘍が甲状腺内にとどまっている。腫瘍が甲状腺の(B)前面や(C)側面で腺外浸潤が疑われる。腫瘍が甲状腺の(D)背面に接しているが,反回神経の走行経路から離れている。
6)腫瘍径が10mmに近い
要約
10mmに近くても,低リスク微小癌であれば積極的経過観察を行ってよい。
解説
Itoらの解析によると,低リスク微小癌で経過観察を受けた1235例において,経過観察開始時の腫瘍径は独立した進行予測因子とはならなかった[2]。
また,Ⅱ-6で述べたように,経過観察中に腫瘍径が10mmを超えた際,ただちに手術を施行することは必ずしも最適とはいえない。
以上から,10mmに近い乳頭癌であっても明らかな浸潤のおそれやリンパ節転移がなければ,積極的経過観察を行ってよいと考えられる。
7)石灰化が弱い
要約
石灰化の弱い症例を積極的経過観察の適応から外すべきエビデンスはない。
解説
腫瘍内石灰化の強さは低リスク微小癌の増大予測因子であるとする報告がある。がん研有明病院のFukuokaら[3]は平均6.8年間経過観察を行った384症例,480病変について,経過観察開始時の腫瘍内の石灰化様式を超音波所見により,石灰化なし,微細石灰化,粗大石灰化,外殻石灰化の4段階に分けて検討している。それぞれの群の平均年齢は,52.1歳,54.2歳,56.3歳,60.1歳であり,経過観察中の3mm以上の腫瘍径増大確率は9.6%,5.5%,3.2%,0%で,石灰化の強さと年齢は有意に相関し,石灰化の強い病変では増大確率が低い傾向が認められた。また,経過観察中の石灰化の増強が5年で25.1%,10年で51.8%の病変に認められた。多変数解析において,直近の検査時に強い石灰化(粗大または外殻)がある症例では,有意に腫瘍増大確率が低かった(オッズ比:0.34,95%信頼区間:0.11~0.87,p=0.022)。
隈病院からの報告[41]では,1年以上経過観察した後に手術を施行した180例のうち,経過観察中に増大を認めなかった160例では13.8%に音響陰影をともなう2mm以上の粗大石灰化が存在したが,病勢進行した症例にはそのような石灰化は認められなかった。
一方,韓国のOhらは,1年以上経過観察(中央値42ヶ月)を施行した低リスク微小癌273症例について,初診時超音波検査で粗大石灰化を認めた症例は微細石灰化をともなう症例よりも腫瘍体積が50%以上増加する確率が高かったと,日本の報告とは異なる知見を報告している[20]。
以上より,石灰化が弱い症例は外殻石灰化をともなうなど石灰化が強い症例に比べて進行する確率が高い可能性はあるものの,低リスク微小癌では時間とともに石灰化が強まる傾向も示唆されており,石灰化の弱い症例も積極的経過観察の適応となると考えてよい。
8)血流が豊富
要約
血流豊富な症例を積極的経過観察の適応から外すべきエビデンスは乏しい。
解説
腫瘍の血流と低リスク微小癌の経過についての報告は少ない。2010年にがん研有明病院のSugitaniら[15]は,低リスク微小癌230例300結節の平均5年の経過観察において,血流豊富な結節(33病巣12%)は血流が乏しい結節(245病巣88%)に比べて頻度が低いものの3mm以上の腫瘍径増大を示す割合が高い(30.3%対3.7%,p<0.0001)ことを示した。
さらに2016年に同施設よりFukuokaらは,384例480結節の平均6.8年の経過観察において,結節ごとの血流の経時的な変化と予後について検討している[3]。これによると,経過観察開始時に血流豊富であったのは70病巣で,その3mm以上の腫瘍径増加確率が14.3%と血流が乏しかった410病巣における4.6%にくらべ,有意に高率であった。さらに当初,血流豊富であった症例の61.4%が経過観察中に血流が乏しくなったといい,多変数解析において,直近の検査時に血流が乏しい症例では,有意に腫瘍増大確率が低かった(オッズ比:0.17,95%信頼区間:0.07~0.43,p=0.0004)。
以上より,血流豊富な腫瘍は血流が乏しい病変に比較して増大する確率が高い可能性はあるが,低リスク微小癌では時間とともに血流が弱まるものが多いことも示唆されており,血流が豊富な症例を積極的経過観察の適応から外す根拠は乏しい。
9)バセドウ病,良性結節の合併
要約
バセドウ病や良性結節の合併は積極的経過観察の適応から除外すべきというエビデンスはなく,それぞれの疾患の手術適応に従って判断するのがよい。
解説
バセドウ病が経過観察中の低リスク微小癌に与える影響を検討した報告はない。バセドウ病を合併する乳頭癌の術後の予後についても結論は様々であり[42~45],バセドウ病を合併することが微小癌の生物学的態度に影響するかどうかは不明であるが,少なくとも積極的経過観察の適応から除外すべきであるといえるエビデンスはない。バセドウ病治療による血清TSH値の変化が,経過観察における腫瘍増大に影響する可能性は考えられる(Ⅱ-8参照)。
また,橋本病の合併は,Kwonらの192例の微小癌の経過観察において,腫瘍増大のリスク因子とはならないと報告されており[4],積極的経過観察の適応から除外すべきであるといえるエビデンスはない。橋本病による血清TSH値の変化が,経過観察における腫瘍増大に影響する可能性は考えられる(Ⅱ-8参照)。
良性結節の合併については,それが増大して手術となる可能性はあるものの,積極的経過観察の適応外とすべきエビデンスはない。
10)病理特殊型
要約
高悪性度とされている乳頭癌亜型は積極的経過観察から除外するのが適切であろう。
解説
乳頭癌には多くの亜型があるが,その頻度は年齢,性別,地域,大きさなどにより異なる。Zhiらは,1,041例の微小乳頭癌を検討した結果,通常型45.2%,濾胞型43.6%,被包型7.9%,ワルチン腫瘍様型1.6%,充実型0.3%,好酸性細胞型0.3%,高細胞型0.6%,索状型0.5%であったと報告している[46]。頻度の多かった通常型,濾胞型,被包型を,腫瘍径,微少甲状腺外浸潤,リンパ節転移などの高悪性度のパラメータで比較したところ,通常型,濾胞型,被包型の順でそれらの頻度が高かった。Ghosseinらの報告によれば,微小乳頭癌90例の内訳は通常型54%,被包性濾胞型21%,浸潤性濾胞型17%,高細胞型7%で,リンパ節転移に関して通常型と亜型との間に有意差は見られなかった[47]。一方,Kuoらは,手術症例において通常型微小乳頭癌18,260例,高細胞型微小乳頭癌97例,びまん性硬化型微小乳頭癌90例の検討を行い,通常型微小乳頭癌と比べて,びまん性硬化型微小乳頭癌は有意に甲状腺外浸潤(p=0.004)およびリンパ節転移(p=0.007)が多く,高細胞型微小乳頭癌は有意に腫瘍径が大きく(p<0.001),多発傾向があり(p=0.018),甲状腺外浸潤を来しやすい(p<0.001)と報告した[48]。
これらのことから高悪性度とされている乳頭癌亜型,たとえば高細胞型,びまん性硬化型は積極的経過観察から除外することが適切であろう[22]。ただし,直接のエビデンスはなく,実際には細胞診でその亜型を推測することは容易ではない[49,50]。
8.経過観察中にTSH抑制療法は行うべきか?要約
低リスク微小癌の積極的経過観察中のTSH抑制療法の効果についてのエビデンスは乏しい。行う場合にはTSHを正常下限程度に調整するのがよいと考えられる。
解説
低リスク微小癌の積極的経過観察中にTSH抑制療法の有無による割付けを行った前向き臨床試験は存在しないが,経過観察症例におけるTSH値と腫瘍増大の関連性について解析した報告がある。
Sugitaniら[8]はがん研有明病院における322症例,415病変に対する平均6.5年の経過観察で,診断時のTSH値および経過観察中の平均TSH値は腫瘍径増大群(3mm以上)と非増大群で差を認めなかったことを報告している。多変数解析でも,診断時TSH値は有意な腫瘍径増大予測因子とはならず(オッズ比:1.01,95%信頼区間:0.66~1.29),経過観察中の平均TSH値と腫瘍体積の変化にも有意の相関はなかった(p=0.70)。
一方,隈病院のItoらの報告[2]では,1,235症例の経過観察(平均60ヶ月)において,経過観察中にTSH抑制療法を受けた51人の患者のうち1人(2%)が増大したが,TSH抑制療法を受けていない1,184人では57人(4.8%)が増大した。有意差は認められていないが,TSH抑制群では経過観察中にリンパ節転移を生じた症例や顕性癌への進行を認めた症例は認めておらず,TSH抑制療法は低リスク微小癌の進行を防ぐのに有効な可能性があると述べている。
また,韓国のKimら[51]は126症例,127病変に対する経過観察(中央値26ヶ月)で,観察期間中のTSHが高い群で有意に腫瘍体積50%以上の増大症例が多く,TSH高値は微小癌増大の独立した危険因子であり,TSH>2.50mIU/Lでは低リスク微小癌の無増悪生存率が有意に短くなったと報告している。以上より,TSH高値が低リスク微小癌の進行に影響する可能性は否定できないが,TSH抑制療法を行う益があるかどうかについては現状では結論づけられない。
一方で,TSH抑制療法の害についての報告としては,甲状腺癌術後にTSH抑制を受けた50歳以上の女性で骨密度が有意に低下することを示したSugitaniらによる報告[52]などがある。TSH抑制を行うことで腫瘍増大を防ぐことができる可能性はあるものの,増大・顕性化した場合に手術を選択することで予後が損なわれないことは明らかであるため,現時点では経過観察中のTSH抑制療法は積極的に行わなくてもよいと考えられる。進行する確率が高いとされる若年者などで,TSH抑制療法を行う場合には,TSHを正常下限程度に調整するのがよいだろう。
9.経過観察は何歳まで行うべきか?要約
高齢になるほど低リスク微小癌の進行する確率は低くなると考えられる。しかし,高齢者の微小癌がひとたび臨床癌に変化すれば予後不良となる可能性があるため,状況が許す限り生涯にわたる経過観察の継続を推奨する。
解説
隈病院のItoらの報告によると,高齢になるほど低リスク微小癌の進行確率は低下し,顕性癌に進行する危険因子の多変量解析では,若年齢(40歳以下)は独立した危険因子であった(オッズ比:4.348,95%信頼区間:2.293~8.196,p<0.0001)[2]。Miyauchiらは診断時の年齢と80歳までに腫瘍が進行する確率について,20歳代では48.6%,30歳代で25.3%,40歳代では20.9%,50歳代では10.3%,60歳代で8.2%,70歳代では3.5%との推定値を示している[29]。その後,米国のTuttleらも50歳未満で診断された患者は50歳以上で診断された患者と比べ,およそ5倍の確率で腫瘍増大を認めたと報告している[16]。また,がん研有明病院のFukuokaらは低リスク微小癌の経過観察中の石灰化と血流に注目し,石灰化が強いほど,血流が弱いほど,腫瘍が増大する確率が低下することを示すとともに,微小癌病巣の石灰化は時間とともに増強し,血流は低下する傾向があることを示した[3]。すなわち,Ⅱ-7-1)でも述べたように,高齢になるほど低リスク微小癌の進行確率は低くなると考えられる。
しかしながら臨床癌の場合,高齢であることが最も重要な生命予後不良因子である[53]。確率が低いとはいえ,高齢者の微小癌がひとたび臨床癌に変化すれば,そしてそれを定期的な経過観察で早期に発見できなければ,患者の命を脅かす可能性がある。現状においては何歳になれば経過観察を終了してよいというエビデンスはなく,高齢者においてわずかな確率でも進行性病変へ転化する可能性を考慮し,全身状態が許す限り生涯にわたる経過観察を継続することを推奨する。なお,手術を行った場合でも術後経過観察は原則として生涯必要であり,加えて甲状腺ホルモン薬の服用を必要とすることもある。したがって,生涯にわたる経過観察が積極的経過観察のデメリットであるとは言えない。
10.経過観察は何年間行うべきか?要約
経過観察を何年行えば打ち切ってよいというエビデンスはなく,患者の全身状態が許す限り,継続的に行うのが妥当と考えられる。
解説
低リスク微小癌に対する積極的経過観察という管理方針について,本邦における2施設からの報告[2,15]では,経過観察期間についてそれぞれ平均60(18~227)ヶ月(隈病院)および平均5(1~17)年間(がん研有明病院)としている。これらの報告に比べると海外からの報告[4,16,19,54]の観察期間はまだ短く,平均で13.3~32.5ヶ月となっている。これらの経過観察において,遠隔転移や原病死の報告はなく,Ⅱ-7-1)で示したように,低リスク微小癌は高齢になるほど進行確率が低下することが明らかとなっている。しかしながら,経過観察の打ち切りについての報告はなく,Ⅱ-9に述べたとおり,高齢者の低リスク微小癌がひとたび臨床癌に変化し,それを放置すれば,患者の命を脅かす可能性がある。現時点では経過観察を何年行えば打ち切ってよいというエビデンスはなく,患者の全身状態が許す限り,継続的に行うのが妥当と考えられる。
なお,隈病院では治療開始から10年間の医療費を検討した解析を行い,手術選択群の方が経過観察群より約4.1倍高額となるとの報告を行っている[55]。香港からの報告でも,治療開始後16年間は経過観察群の方が費用が安く,その後も引き続いて費用対効果がよいとしている[56]。
要約
腫瘍の進行に関連するp53,TERT,CTNNB1などの遺伝子異常を有する微小癌は積極的経過観察の対象から外されるべきかと考えられるが,現在のところ,それを支持するエビデンスはない。
解説
甲状腺乳頭癌の遺伝子異常には,その発生に関連するBRAF,RET/PTC,APCと,腫瘍の進行に関連するp53,TERT,CTNNB1とがあり,それらの解析は組織型分類,悪性度,予後,治療方針などの決定や予測に応用することができる。上記の検索は,穿刺吸引細胞診材料を用いても行うことが可能で,甲状腺細胞診報告様式であるベセスダシステム第2版では,「濾胞性腫瘍」や「意義不明」に対する臨床的対応の選択肢として分子マーカーの検索を挙げている[57]。
微小癌におけるBRAF遺伝子異常は甲状腺外浸潤,再発,リンパ節転移などと関連があるとする報告がある[58~61]。Yuらは穿刺吸引細胞診材料を用いて,微小癌72例中59例(82%)にBRAF遺伝子異常を検出したが,TERT遺伝子異常やp53遺伝子異常は見られなかった[62]。Yabutaらは経過観察後に切除した微小癌の検討において,非進行例の64%,腫瘍径増大例の70%,リンパ節転移出現例の80%にBRAF遺伝子異常を検出したが,TERT遺伝子異常を有する症例はなかったと報告した[63]。de Biaseらは431例の微小乳頭癌を検討し,その4.7%にTERT遺伝子異常があったが,臨床的予後不良因子との関連はなかったと報告した[64]。CTNNB1に関しては,免疫組織化学的にβカテニンの異所性局在が報告されている[65]ものの,分子マーカーでの検討はなされていない。
微小癌におけるBRAF遺伝子異常が予後不良因子と関連するとする報告があるものの,BRAFは乳頭癌の腫瘍発生に関連する遺伝子変異であること,微小癌の過半数にBRAF遺伝子異常がみられること,そして,経過観察した微小癌のほとんどが進行性ではないことから,BRAF遺伝子異常の有無を微小癌の管理方針の指標にすることはできない。理論的には,腫瘍の進行に関連するp53,TERT,CTNNB1などの遺伝子異常を有する微小癌は積極的経過観察の対象から外されるべきかと考えられるが,現在のところ,それを支持するエビデンスはなく,今後の課題である。
2.患者報告アウトカム要約
低リスク微小癌の管理方針による患者報告アウトカムのエビデンスはいまだ十分でなく,今後,長期的な比較研究が期待される。
解説
微小癌の診療において患者の視点を知ることは重要である。経過観察を選択すれば外科治療にともなう合併症や後遺症の危険は回避できるが,疾患が進行する不安はありえる。一方,手術を受ければほぼ根治できることから「がん」にともなう心配は大幅に軽減されるが,治療にともなう症状がつきまとうかもしれない。微小癌についての臨床研究やガイドラインは,管理方法と腫瘍学的アウトカムについて焦点をあてているものがほとんどであり[66],実際に医療を体験する患者の視点から管理方針を論じた研究報告は少ない。
甲状腺癌患者の不安について,Hedmanらは分化癌診断後14から17年が経過した患者群でも48%が再発の不安を抱えていると報告している[67]。また,Sawkaらは微小癌患者でさえ,病気に対する心配が日常生活にある程度の影響を与えるとしている[68~70]。そして,Smuleverらは15mm以下の乳頭癌患者136例のうち細胞診で診断がついた時点で経過観察を選択した患者は26例(19%)にすぎず,多くの患者が手術を選択した理由は不安であると報告している[71]。一方,Daviesらは,微小癌に対し経過観察による管理を行っている隈病院の234症例を対象に,定性的な研究を行った。回答者のうち37%が癌の進行を不安に思っていたが,60%は癌が発見された当初より不安が軽減したと回答した。加えて,83%の患者が積極的経過観察を最もよい管理方針であると回答した[72]。
積極的経過観察と即時手術を行った患者を比較した報告は限られている。Yoshidaらは,微小癌に対して,経過観察による管理を行った20例と手術を行った30例の不安をSTAI(State-Trait Anxiety Inventory -From JYZ)を用いて横断的に比較し,経過観察の患者は手術を行った患者よりもともと性格的に不安が強い傾向があり(effect size : 0.63),調査時に感じている不安が強い傾向にあったと報告した(effect size : 0.55)[73]。Jeonらは,微小癌に対して経過観察を行った43例と葉切除を行った148例のQOLをSF-12で横断的に比較し,経過観察群で日常生活上の心理的問題が,葉切除群より少ないことを報告した(coefficient: -7.71[信頼区間:-15.26~-0.16],p=0.045)[74]。一方,Kongらは203例の経過観察を行った患者と192例の手術加療を行った患者を,甲状腺に特異的なQOL質問紙票を用いて縦断的に比較し,経過観察群が調査開始時の心理的な健康,最終調査時の心理的および肉体的な健康の項目で,手術群より優れていることを報告した(研究期間は8ヶ月)[75]。
積極的経過観察は身体的なQOLの観点から手術より優れる一方,不安が即時手術より強い可能性がある。医療者の適切な説明や態度によって,患者の不安は次第に軽減するものと考えられるが,今後,経過観察と手術における患者報告アウトカムの長期的な比較研究が期待される。
積極的経過観察は低リスク微小癌に対して望ましい管理方針のひとつであり,その際に,患者の視点を理解し,適切な態度で適切な情報の説明を行うことが,shared decision-makingを行ううえで重要である。
本説明書は日本内分泌外科学会ホームページからもダウンロードすることができます。
http://jaes.umin.jp/pdf/news2020033101.pdf
ただし,各施設において内容に変更を加える場合は,最初のページの委員会名「日本内分泌外科学会 甲状腺微小乳頭癌取扱い委員会」および最後の文言「この説明書は日本内分泌外科学会の甲状腺微小癌取扱い委員会の提言に基づき作成されたものです」は削除してください。