日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
「特集1.震災後10年を経た福島での甲状腺検査について」によせて
鈴木 眞一
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2022 年 39 巻 1 号 p. 1

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2011年未曾有の大災害となった東日本大震災に引き続いて起こった福島第一原発事故により,福島県を中心に放射線による健康影響が危惧され,同年から福島県「県民健康管理調査」(後に「県民健康調査」)が開始されることとなった。その中の詳細調査の一つに,事故当時18歳以下の福島県民全員に甲状腺超音波検査が加えられた。本学会員の多くは甲状腺外科医であり,当初から多数の会員とくに専門医が支援をしてくれたことに感謝の意を表すると共に,現在までの本検査実施にあたっての問題点につき,今回はさまざまな視点からそれぞれの著者に解説いただくことによって,検診のみならず日頃実際に甲状腺癌の治療をされている多くの皆様のご理解を深めるのに役立てればと切に希望して,本特集を組んだ。

福島第一原子力発電所事故に伴う福島県民の甲状腺被ばく線量について,この領域の第一人者で福島県「県民健康調査」検討委員会,甲状腺評価部会の部会長も務められている国際医療福祉大学クリニックの鈴木元先生にご解説いただいた。事故当初は甲状腺の131I蓄積量の実測値が少なかったこともあり長らく線量推計が定まらない時期が続いた。そのなかで現在までのなんとか線量推計を試みてきた状況と10年を経た時点での再評価の結果を御報告いただいている。

当時の甲状腺検査の立ち上げについては,当時担当責任者であった筆者から解説した。さまざまの議論が殺到するなか,時間との戦いもあり,震災後7カ月で検診を開始することができた。その当時の状況や何を考えて始めたのかなどについて紹介した。

ついで,現在の福島県「県民健康調査」甲状腺検査部門長である志村浩己先生に本検査の進捗状況を解説いただいている。すでに4巡目および25歳の節目の検査まで実施され,その状況を解説いただいた。結果については,発見された甲状腺癌と放射線被ばくの間の関連性は低いと評価されている,とのこととともに,超低リスク甲状腺癌の対応も関係学会ガイドラインに従い実施していることを解説いただいた。

さらに,筆者が甲状腺検査で発見された甲状腺癌の多くを治療する機会を得ていたため,その結果につき既報例をもとに解説した。術式,病理組織型,遺伝子異常などチェルノブイリとは大きく異なり,また,通常臨床で扱われていた本邦の小児甲状腺癌と比較しても性差以外では差がなかったことを示した。福島で発見治療された甲状腺癌の特徴を知っていただき,内分泌外科専門医としても情報を共有していただければ幸いである。

福島県県民健康調査「甲状腺検査」病理コンセンサス会議の議長として検診発見癌の最終病理診断をレビューしていていただいている坂本穆彦先生に,甲状腺検査の病理診断(細胞診・組織診)についてわかりやすく解説いただいた。放射線の影響による甲状腺癌の発生増加を危惧するなかで開始された甲状腺検査ではあったが,現時点では放射線の影響は認められない,とする評価がある。一方では過剰診断か,という議論も取り沙汰され,甲状腺癌を扱う外科医にとっては大変迷惑な話だと思っている最中,坂本先生は病理医の使用する過剰診断と,疫学者やその同調者の使用する過剰診断の用語の違いを明快に区別されておられる。

本来,震災前には実施されていなかった検査であり,実施するにあたり疫学データがないため,先行検査をいち早く実施し,その後の本格検査を繰り返しながらチェルノブイリのような甲状腺癌の急激増加がないかをみてきた検査である。世界に類を見ない災害の中での健康影響の有無をしっかりと検討し,当事者やその家族のみならず世界中の人々に伝える使命がある。そんな中で10年を経たところでの本特集であり,誌面に限りはあるなかではあるが,内分泌外科学会の皆様には,現在までの御支援に対する感謝も含め,ぜひともお読みいただきたい。

 

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