日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
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特集1
福島で発見された小児若年者甲状腺癌について
鈴木 眞一
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2022 年 39 巻 1 号 p. 17-22

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抄録

2011年の東日本大震災に伴う原発事故後行われた甲状腺検診によって発見された甲状腺癌について臨床病理組織学的所見について解説した。

平均年齢は17.8歳で性差は1:1.8であった。術前リンパ節転移陽性例は22.4%にもかかわらず術後は77.6%と増加しその大半が気管周囲リンパ節であった。術後の被膜外浸潤例が39%と高率であった。M1は2.4%であった。術式は全摘8.8%,片葉切除91.2%でありリンパ節郭清は全例に施行された。病理組織は98.4%が乳頭癌でその大半が古典型であった。また遺伝子変異では69%がBRAF変異で,再配列異常は少なかった。RET/PTC3や充実型亜型は少なくチェルノブイリとは全く異なる結果であった。以上より,福島での甲状腺癌はチェルノブイリとは大きく異なる一方,性差以外では通常の臨床で扱われていた小児甲状腺癌と差は認めなかった。

はじめに

2011年3月11日東日本大震災に伴って東京電力福島第一原子力発電所で未曾有の事故が発生し,大気中に放射性物質の漏洩,拡散があり,福島県を中心に放射線による健康影響が懸念された。そのため,国や県は福島県県民健康管理調査(その後県民健康調査)を計画しその中に詳細調査の一つとして事故当時18歳以下の福島県民に県民健康調査の甲状腺検査(以下甲状腺検査)を行うこととなった。検診の立ち上げ,そして現在までの進捗については本特集の筆者と志村氏の論文を参照していただきたい。本項では,甲状腺検査の結果発見され治療が施行された甲状腺癌の大半を担当する機会を得たのでその特徴につき解説する。

1.検診からの甲状腺癌について

志村論文に記載されているが,甲状腺検査一次検査で5.1mm以上の結節や20.1mm以上の囊胞は二次検査となり血液検査,尿中ヨウ素検査とともに精査基準[,]を用いて,経過観察と穿刺吸引細胞診(以下FNAC)施行を判断する。結果的にFNACで悪性ないし悪性疑いが疑われた場合には,経過観察ないし手術療法を考慮し,保険診療で専門施設(本県だと当科が大半)に紹介となる。福島県では検討委員会を開催し,その都度悪性ないし悪性疑い症例や手術が確認された症例数と確定した病理診断を報告している[]。昨年3月31日現在での集計では,260例の悪性ないし悪性疑いと診断され,219例が手術を施行され,218例が甲状腺癌(うち215例が乳頭癌),良性腫瘍が1例であった[]。

2.甲状腺癌手術適応について

成人の場合,本邦ではガイドラインがあり[,],特に上記大半を占める乳頭癌の場合には高リスクでは甲状腺全摘,リンパ節郭清,術後TSH抑制療法,アイソトープ内用療法(以下RAI)を行うが,低リスク以下では片葉切除+気管周囲郭清を,中間リスクはグレーゾーンであり,各施設の判断に委ねるとされている。小児若年者が対象の場合は,学外の専門家の諮問を受け,低リスク以下,高リスクは同様の適応であるが,中間リスクは可能な限り片葉切除+気管周囲郭清を行い全摘を避けることとなった[,]。すなわち,小児では予後も良好で,高リスク以外には予防的RAIは推奨していない,日本では小児へのRAIは消極的である。さらに小児若年者への永続的甲状腺ホルモン補充のアドヒアランス不良や保護者の不安などが根拠となった[,]。

3.甲状腺癌の結果

1)対象年齢,男女比

先行検査,本格検査1回目を集計した125例の検討では,震災時年齢平均14.8歳(5~18歳),診断時17.8歳(9~23歳)であった。男女比は1:1.8と成人の甲状腺に比し性差が小さかった[,]。

2)手術術式

甲状腺全摘8.8%,片葉切除91.2%と大半が片葉切除であった。全摘はさらに高リスクの他,両側病変や対側に良性結節を合併していた症例も含んでいる。リンパ節郭清は全例に実施し気管周囲(中央区域)82.4%,外側区域 17.6%であった(片側16%,両側1.6%)[,]。

3)Stage,TNM分類

Stage Ⅰ 97.6%,Stage Ⅱ 2.4%であった。術前のTNM(cTNM)ではcT1a,cT1b,cT2,cT3,cT4はそれぞれ,35.2%,45.6%,9.6%,9.6%,0%であり,cN0,cN1a,cN1bはそれぞれ77.6%,4%,18.4%,cEx0,cEx1,cEx2はそれぞれ74.8%,5.2%,0%,M0,M1は97.6%,2.4%であった。一方術後のpT1a,pT1b,pT2,pT3,pT4はそれぞれ34.4%,24.8%,1.6%,39.2%,0%で,pN0,pN1a,pN1bは22.4%,60.8%,16.8%,pEx0,pEx1,pEx2,pExXは60%,39.2%,0%,0.8%であった[,]。

術前はリンパ節転移陽性例が22.4%で特にN1aは4%と少なく,術後は77.6%と高率で特にN1aは60.8%と高率となった。N1bは18.4%から16.8%で大差はない。これは,術前気管周囲のリンパ節の診断が困難であることと,気管周囲は乳頭癌の場合予防的郭清を行い,外側領域は術前に診断確定ないし強く疑われたもののみ郭清を施行しているためである。また,甲状腺癌取扱規約第7版までは甲状腺外への微小浸潤を認めればEX1でT3となっているが,福島での症例では39.2%と比較的多いことがわかる[,]。

4)病理組織像

術後病組織像としては乳頭癌が大半である。しかも小児に特徴といわれる濾胞型,びまん性硬化型,充実型など乳頭癌亜型はわずかであり,大半は古典型(通常型)の乳頭癌であった。

125例の報告例では,121例が乳頭癌,3例が低分化癌,1例がその他であった。その後県民健康調査検討委員会では甲状腺癌取扱規約に準拠して最終組織型を報告していたが,同規約の7版の改訂によって,低分化癌の2例が乳頭癌充実亜型に再分類されている。従って乳頭癌123例(98.4%),低分化癌1例(0.8%),その他(0.8%)であった。また乳頭癌での内訳では古典型(通常型)110例(88%),濾胞型4例(3.2%),びまん性硬化型3例(2.4%),充実型2例(1.6%),篩型4例(3.2%)であった。篩型は家族性大腸ポリポーシス(FAP)の女性に好発するが,多くはその後FAPも確認されている。腺内散布およびリンパ管侵襲を示す砂粒小体などの石灰化を,61.6%,78.4%に認められた。腺内散布像が著明であり,前述の全摘を選択するのが少なかった理由に,上記所見の多くは超音波所見(高エコースポットなど)である程度推察ができている。また,10mm以下のいわゆる微小癌での切除例では,被胞型はなく全て浸潤型であった。これは,FNACの診断基準(二次検査での精査基準)が5~10mmでは必然的に浸潤型のみがFNACされ,手術を勧めるのは,すでにリンパ節転移や甲状腺外浸潤が疑われる場合でありそれを裏付ける病理結果であった[,]。

5)遺伝子検査

チェルノブイリ事故後発見された甲状腺癌の遺伝子検査ではRET/PTC3の再配列異常が多数認められ,放射線被曝による甲状腺癌発症の根拠となるといわれた時期があり,検診開始後も多数の方々から本遺伝子検査の公表を求められた。実際はチェルノブイリの小児甲状腺癌症例には多く認められたものの,同地域での非被曝症例でも認められ,小児甲状腺癌の特徴の一つとしてのみ捉えられている。従って,現時点では本検査施行で放射線の影響があったかどうかの証明には直接には利用できない。しかし,チェルノブイリとの比較としては重要となる。

表1に示すように,当初68例で最初の報告を行い[],ついで新規の再配列異常も含めた報告を加え,乳頭癌の93.7%のdriver geneの確定が出来た[10]。68.3%がBRAFの点突然変異(BRAFV600E)を認めRETNTRAKなどの再配列異常が18.5%を占めていた。また表2の下線で示した3つの新規の再配列異常を68例の検討から発見した。境界病変などで認められるRASの変異は1例も認められていない。さらに138例に追加してもBRAFV600Eが69.6%とさらに高率となっている[11]。再配列異常は16.6%であった。いずれでもRAS変異が1例もないことと,チェルノブイリで多く認められたBRAFV600Eは1例にのみ認めるのみであった。福島での138例での検討は図11112]に示す様に本邦の成人例の乳頭癌症例に近い遺伝子プロファイリングを示し,チェルノブイリの放射線誘発例とは大きく異なっていることがわかる。ヨウ素環境などチェルノブイリと日本の地域差は大きいが,散発例と放射線誘発症例を比べると放射線誘発例では圧倒的に再配列異常例の比率が高い。福島の138例の検討でも,14歳以下ではBRAFV600Eは40%で15歳以上の75%に比べ有意に低率である。また,1巡目の検診と2巡目の検診で比較すると,BRAFV600Eの頻度がさらに高くなり,チェルノブイリとの比較ではさらに異なってきている。また微小癌切除例やpN1a例ではBRAFV600E例が大半で,一方BRAF野生型ではpT2,pEx1(pT3)が多かった[11]。

表1.

福島での検診後発見された小児若年者甲状腺癌の遺伝子変異について

図1

乳頭癌の遺伝子プロファイル,チェルノブイリ,日本,TCGA(The Cancer Genome Atlas project)の比較   文献[12]を改変[11]を追加。右下端:年齢分布(平均年齢)

4.小児甲状腺癌の比較

本邦の甲状腺専門病院からの報告およびチェルノブイリ事故後の報告例との比較のため表2にまとめた。福島[]では全摘が8.8%でと野口病院例[13]とともに低率であるが,他は30%,50%と大きく異なっている[1415]。いずれも専門病院でも長期にわたる集計で診断方法や治療方針を一概に比較できないものではあるかもしれない。福島の治療方針はこれらの専門病院の医師も含め全員一致で合意を得ているものであり,最近の治療方針を反映しているものと思われる。チェルノブイリ症例[16]では全摘が多く,福島の治療方針とは大きく異なる。全摘後のRAI治療が多く実施されていることも福島とは異なっている。リンパ節郭清は乳頭癌であれば郭清が必須であると思われるが,施行率が低い施設は術後にはじめて乳頭癌と診断される例が含まれている可能性がある。チェルノブイリでも全摘が多くリンパ節郭清率は82%と高い。福島ではFNACで悪性ないし悪性疑いとされているものを手術しているので報告の125例の時点では100%となっている[]。今後時間が経つにつれ,濾胞性腫瘍では大きくなると手術適応になることが多く,その結果濾胞癌が発見されることが想定され,徐々に郭清施行率が下がることが予想されている。チェルノブイリと福島の症例はいずれも超音波検診が実施されており,術前のcT1aが36.9%,35.2%とほぼ同様である[16]。さらに福島ではcT1bが45.6%と非常に多いのも,超音波検診で発見されていることが影響している[]。性差も日本の専門病院例では女性に圧倒的に多い[1315]のに比して福島では1.8倍[],チェルノブイリでは1.6倍[16]と小さくなっている。放射線の影響というより大規模検診のためと思われる。またチェルノブイリと福島を比較する際に同じ大規模超音波波検診ではあるものの20~30年以上を経て,超音波の精度が良くなってさらに極めて小さいものを見つけているのではないかと危惧されているが,平均腫瘍径が福島14mm(5~53mm),チェルノブイリ15mm(2~60mm)で差はない[16]。むしろ診断基準で5mm以下は要精査にしない歯止めをしているためと思われる。cN,cExとも大差なく,Mも低いものであったが,チェルノブイリでは18%と高率であった[1316]。

表2.

小児甲状腺癌(主に乳頭癌)症例の比較

pT1はチェルノブイリに比べ福島の方が少なく,pN,pExは福島の方が高率であり,先ほどの超音波検査の精度が上昇したための感度が上昇したのではなく,取るべき浸潤例をより的確に捉えている結果と考えられる[16]。

5.今後の展望

すでに手術例が200例を超えている。震災後の本邦の甲状腺癌取扱規約やWHO分類の改訂特に前者は2度あり,データの解析を公表するにあたりややわかりにくくなってきている。

また,手術時年齢が20歳を超える方が多くなり,検診当初の治療方針から逸脱する症例も増えてきている。サーベーランスは片葉切除例では基本的に1年ごとの採血と超音波検査で,術後2年くらいまではTSHの程度で採血検査が半年ごとの方が多く,全摘例ではチラージンSの投与があり,半年ごとの処方に合わせた通院で採血でのTSH抑制とサイログロブリンでのフォローアップを行っている。徐々に再発例が散見されている。全摘例からの再発はなく,片葉切除後の対側甲状腺や外側リンパ節転移例が認められる。今回はデータを出していないが福島での再発例は6~7%程度であり既報の20~50%[17]と比較するとかなり低い。またチェルノブイリでの再発例は全摘RAI施行例が多いにもかかわらず27.6%と半数以上が遠隔転移例である[16]。

RAIはなるべく行わない対象年齢で始まったが,すでに10年を経て,初発,再発時に15歳を超えたり,20歳を超える方が増える中で全摘やRAI目的の補完全摘術が増える可能性がある。さらにチェルノブイリ関係者からはよく質問があった。濾胞癌を含む濾胞性腫瘍の発生状況については,手術適応がFNACの結果ではなく大きな腫瘍サイズになってからであり,年齢,経過とともに適応例が出てきている。良性腫瘍と思われ近医での手術例もあるかもしれないが,当科では特に良性腫瘍(濾胞癌含む)に内視鏡下甲状腺切除術(オリジナルのAAA-ETS[18])の実施例が増え,術後に濾胞癌や濾胞型乳頭癌と鑑別が難しいNIFTPなどが徐々に見つかる様になってくることも予想される。

RAI治療はもちろん,今後はNTRAKRETの再配列異常を伴う症例の再発例にはRAI抵抗性でも分子標的薬が使えることが考えられる。現在まで髄様癌が1例も認められないのは二次検査でもCEA,カルシトニンを測定していないことが一因に挙げられる。一方ではコストベネフィットの観点から実施されていない。

また検診から手術まで心のケアチームが主治医とともに対応しているのも本検診の特徴である。

おわりに

震災後の福島での甲状腺検査で発見された甲状腺癌の特徴について述べたが,その特徴は,比較的早期の例に集中してはいるものの,術後リンパ節転移78%,甲状腺被膜外浸潤39%であり通常の臨床の手術適応に準拠したものとなっている。実際例を提示したが,通常診療例と比較して,性差以外は極めて類似した臨床病理像を呈していた。また病理組織像や遺伝プロファイルの特徴,さらに手術術式などチェルノブイリと大きく異なっていた。精度の高い超音波スクリーニングというのは高性能の精密な超音波機器での診断感受性の亢進を意味するのではなく,良悪性をより正確に診断することが第一であり,どんなに小さいものも早期に発見できることではない。より精密な検査というのは高性能の超音波機器と精査基準を専門医が実施することによって,誤診を防ぐことが第一であり,次いで不要な検査,FNAC,手術などをできる限り少なくしていくことである。今後は対象年齢が上昇するにつれ治療方針の変化にも対応しながら進めていくことが必要と考える。

【文 献】
 

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