日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌
Print ISSN : 2186-9545
特集1
福島での超音波検査の立ち上げについて
鈴木 眞一
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2022 年 39 巻 1 号 p. 6-10

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抄録

2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故後の福島県県民健康調査の一つとして福島県民に超音波検査による甲状腺検査が実施されすでに10年を経ている。そこで当時責任者であった筆者が,今までに経験のなかった大規模検査を立ち上げ実施した経緯について述べる。本検査は外部の専門家の意見も踏まえ,専門医師技師によって実施されることが決まり,また超音波スクリーニングによる過剰診断を制御するため診断基準を設けた。対象年齢,検診間隔,検診方法を決定し,実際には2011年10月9日から福島医大で開始し,11月14日からは出張検査を開始し現在まで継続している。本検診としては第一に誤診を避ける精度管理と過剰診断を抑制する基準の遵守さらに受診者への配慮と保護者への十分な説明を心がけて実施した。専門医師技師の育成とともに,現在は福島県独自の講習会,ハンズオンおよび認定試験によって人材育成を拡大している。

はじめに

2011年3月11日,東日本大震災が発生し,引き続き発生した大津波によって東京電力福島第一原子力発電所でも原子炉建屋に水素爆発などが発生し,大気中に放射性物質が拡散された。福島県を中心に放射線による健康被害が危惧され,チェルノブイリ原発事故後の健康影響をもとに福島県でも県民健康管理調査(その後県民健康調査)が計画された。福島県民全員に行動調査歴からの外部被ばく量を推計する基本調査と,4つの詳細調査がある。チェルノブイリ事故では,事故当時の小児に甲状腺癌の発生増加を認めたことから,詳細調査の一つとして甲状腺検査が計画された。本稿ではこの福島県県民健康調査甲状腺検査(以下「甲状腺検査」)が開始され10年以上を経過した現在,甲状腺超音波検査の責任者として本検査の立ち上げに関わったものとして当時の経緯などにつき述べておきたい。

甲状腺検査の開始について

1)甲状腺検査の必要性について

震災前の小児甲状腺癌は極めて少なく,スクリーニングデータなどの疫学調査はされておらず,発見時の平均腫瘍径が大きく,肺転移も多く[],以前は小児甲状腺癌の予後は不良ではないかと危惧されていた。しかし,本学会でのガイドラインでは小児甲状腺癌は成人と比較して長期の生命予後は良好である。その中で小児甲状腺乳頭癌は診断時に進行した癌であるようにみえても,適切な治療によって長期生命予後が得られる(推奨グレードB)と震災前に記述している[]。福島県では事故直後から小児甲状腺癌発生を危惧して急遽超音波検査を独自に実施する団体が増え,福島県民(他県への避難者も含む)の甲状腺癌発症増加の懸念が強いことが感じ取れた。

震災前の福島県における小児甲状腺癌の疫学データはなく,また上記のように心配で受診機会の増加から検査が繰り返され,早期の甲状腺癌が多く発見されることが容易に予想された。また,チェルノブイリ事故でも震災後4年を経てから甲状腺癌の急増を認めたため,震災後3年までに少なくとも対象者全員に検診を行うことが必要と考えられた。前述のごとく福島県内ではすでに各医療施設を受診し,通常の診療行為として超音波検査を実施することが多くなっていた。われわれも関係機関と情報交換を行ったが,本邦の保険医療では厳密には検診は行えず別途何らかの資金を用いた検診が必要とされ,国,県のサポートで本事業が行われるようになった。

2)様々な情報共有と専門家の諮問

福島県県民健康調査の中で「甲状腺検査」の必要性については,放射線災害の専門家の委員会でも説明を行った。検診を施行するにあたり,対象年齢,方法および甲状腺癌の特徴などについて説明した。筆者は,甲状腺癌の特徴として進行が緩徐なものが多く30年以上の評価が必要,剖検癌・微小癌の問題,超音波検査によるスクリーニング効果,濾胞性腫瘍の問題など各方面で丁寧に説明を続けた。その中で,放射線被ばく,甲状腺内科,外科,病理,超音波検査などの専門家とともに検査前そしてその後も様々な諮問や助言を受けながら本事業を実施してきた。学内でも甲状腺検査に関わる様々な部署の方々とも情報共有を行っている。さらに検診を開始するにあたり,保険診療を行う附属病院と検診業務につき,使用施設,電子カルテなど病院側と検診チーム側での情報交換も十分に行う必要があり,当時,責任者として連日奔走した。

3)対象年齢

年齢が低いほど放射線による発癌の影響は大きくなることはいうまでもないが,何歳までを対象とするか検討した。チェルノブイリでは15歳以下であったが,事故当時18歳までとなった。

4)検診期間

上記から震災後3年までの2014年3月までに1回目の検査を終え,その後は20歳までは2年ごとに検査を繰り返し,それ以降は5年ごとに生涯繰り返すこととした。

5)検診方法

チェルノブイリでも超音波検査が実施されたが,福島でも前述のように至る所で超音波検査が実施されており,超音波検査を検診に使用することはすでに避けられない状況であった。筆者は超音波専門医・指導医として日本乳腺甲状腺超音波医学会(以下JABTS)の甲状腺用語診断基準委員長として甲状腺超音波ガイドブック改訂2版[]で超音波診断から細胞診に進む診断の進め方(精査基準)を作成した。その背景には頸動脈エコーなどの普及で偶発的に甲状腺腫瘍が発見される機会が増え,超音波機器の精度向上とともに,生涯臨床的に問題にならないラテント癌の大半が含まれる微小がんなどを過剰に診断しないような歯止めをかけるというコンセプトで作成し2012年春の上梓予定であった。同時に日本甲状腺学会でも甲状腺結節取り扱い診療ガイドライン[]の作成にも着手し,2011年秋には精査基準の骨子が完成されていた。検診での甲状腺超音波検査の導入にあたり,第一に誤診を避ける精度管理,そして過剰診断を制御する精査基準の設定が重要と考えた。その点から上記の,すでにほぼ完成していた精査基準をもとに検診基準を設定した。一次検査は超音波検査のみで行い,基本的には囊胞,結節を診断し,独自に設定した一次検査基準(表1)[]から要精検者をできる限り絞り込み,二次検査ではさらに精密な超音波検査とともに甲状腺機能の採血と尿中ヨウ素を検討することとした。

表1.

1次検査判定基準[

6)超音波検診実施者の要件

学外の専門委員会の諮問から,一次検査を実施すべき資格として,医師であれば内分泌外科・甲状腺外科専門医,甲状腺専門医,内分泌代謝専門医(小児),超音波専門医であり,技師では超音波検査士をあげている。二次検査では内分泌外科・甲状腺外科専門医ないし甲状腺専門医および超音波専門医が要件とされた(表2)[]。

表2.

超音波検査実施者要件[

7)一次検査基準(表1

一次検査は超音波で結節ないし囊胞の有無をスクリーニングする。検査結果画像は福島医大の県民健康管理センターに送付され,二次検査への最終判定は同センター内の複数の専門医のいる判定委員会で行い,筆者も責任者でかつ専門医の立場で参加した。この検査特有のルールとして,囊胞内に充実部分を伴うものは全て結節として扱うこととした[]。前出の精査基準[,]では5mm以下の結節は超音波所見に関わらず,細胞診せず経過観察としているが,本検査の一次検査の基準にも5mmまでの結節はA2判定(次回の検診受診を推奨する)とし,過剰診断に最も関係のある生涯無害なラテント癌の発見を防ぐことができると判断した。また,囊胞(単純囊胞ないしコロイド囊胞)は20mmを超えるとB判定とした。これは超音波検査のみでほぼ良性と判断されるものの,2年後の検診まで放置もできず,圧迫症状軽減のため穿刺などの可能性もあり,二次検査にて対応することとした。

検診の精度管理上,できる限り二次検査受診率を絞ることが重要であり,先行検査で0.8%その後の本格検査も0.7~0.8%を維持した結果からも比較的妥当な線であったといえる[]。

8)二次検査基準

二次検査は前述の精査基準[,]に基づき診断することとした。対象が0歳からであったが実際には細胞診対象となる乳幼児はいなかった。また小児,思春期の対象者でも採血は大きなストレスとなっていることから,基本は二次検査初診時には採血検尿と超音波検査にとどめた。上記基準から細胞診が必要とされた場合には,直ちに行うのではなく,初診時に保護者と被検者に細胞診の説明を行い,次回来院時に実施した。丁寧な対応を心がけていたものの,被検者や保護者の中には数回の受診がかえって迷惑となる場合もあった。特に,検診初期には県内外に避難されている方が,1日で全てを済ませたい,経過観察でなく早く結果が知りたい,などから強く細胞診検査を希望された方が少なくなかった。18歳前後の方々にはその希望に対応した事例が少なからず存在し,そのために初年度の細胞診実施率はやや高率となった。検診が進むにつれ,検診の意義や情報の周知がなされ,また二次検査対応の専門医の増員や県内外での検査拠点の整備によってできる限り上記精査基準を遵守することが可能になってきた。

9)結果報告の方法

判定結果と超音波所見の説明文を郵送するが,よりわかりやすく伝えることに日々改良を重ねた。特にA2判定は二次検査にならないにもかかわらずA1と異なることから,問い合わせが殺到し,説明の難しさを痛感しながら改良を重ねた。A2の大半は囊胞であり,国内外からも福島で震災後囊胞が多発しているとされ,青森,山梨,長崎の3県に福島方式での超音波検査を実施した。その結果,3県の方がA2判定率が高く,福島に特有なものではないことが証明された[]。

10)超音波機器の整備

連日出張で使用し,ポータブル式の超音波機器で解像度が良く,動画機能やドプラ機能を備えていることが必要であった。また当初は乳幼児も対象のためプローブが小さく軽量でかつ高周波数のものが求められた。検診開始直後は受診者が殺到したため,効率化を図るため,筆者と超音波メーカーで試行錯誤しながらカスタマイズに努めた。出張検査には寄付された検診バスも活用した[]。

11)検査実施者の育成および全国への依頼

検査実施者は当初学内でも専門医は筆者(内分泌外科・甲状腺外科専門医,甲状腺専門医および超音波専門医・指導医)および筆者の講座の外科医2名(いずれも内分泌外科・甲状腺外科専門医および甲状腺専門医,のち超音波専門医取得)の計3名しかおらず,外部の専門医,技師の応援を仰ぎながら,学内での講習会を繰り返し,実際の検査を実施しながら隣のブースで非専門医師技師に実施させながら指導も行った。現在では学内でも当講座はもちろんのこと,多くの専門医や技師を育成してきた[]。

12)検査実施順

検査実施順は事故後の大気中における放射能の空間線量が高い順から開始した[]。都市部ではさらに支所別の空間線量の高い順に実施した。多くの市町村は住民から早期の検査開始を熱望され,なるべく当該地域の終了を待たずに重複させながら開始時期を早める工夫をした。

13)学内での検査開始

本検査は2011年10月9日に福島医大附属病院内で初めて実施した[]。先行検査を3年以内に終了するにはギリギリの開始時期であった。学内外から遅いとのプレッシャーを受けながら担当スタッフの献身的な協力のもと連日残業で開始に漕ぎ着けた。当日のマスコミ取材での質問の第一声は,チェルノブイリに比べても早すぎないか,であり力が抜けたことを覚えている。出張検査を予定し,そのための体制構築のために11月13日までの土日祝日,休みなく行った。その結果出張検査で1日当たり500名を5ブースで実施する目処がたった[]。

14)出張検査での問題点

2011年11月14日から出張検査が平日5日間の予定で始まった。原発に近い南相馬市は原発周辺からの避難者も多く,検査希望者が殺到し,予定を700名/日に拡大し,筆者も1日当たり230名を超える検査を行う日もあった。同意書や検査結果用紙の確認のため検査終了後遅くまでスタッフ全員で何度も確認作業をしたり,超音波機器の不具合への迅速な対応などスタッフの八面六臂の活躍でなんとか切り抜けることができた。

15)県外検査

避難や自主避難および進学就職で他地域での検診も可能とし,県外での一次検査,二次検査施設の契約拡充にも努め,各県に少なくとも一施設の確保に務めた。

16)県内医療機関での実施に向けた講習会

本事業は当初の計画から二巡目の検査(本格検査一回目)には県内の医療機関での実施が明記されていた。しかし表2の検査資格要件を満たす県内の医師技師は極めて少なく,われわれ独自で講習会を実施し,ハンズオンを行いその後は環境省の支援で甲状腺超音波検査の検査者育成に関する講習会,ハンズオンセミナーを多数開催し,その後筆記試験および実技試験を実施し,本検査の一次検査を担える人材を育成した。県外の外部委員も加わり認定に客観性を担保した。

甲状腺超音波検査開始後について

筆者は徐々に検査で発見された甲状腺癌の治療やサーベイランスに軸足が変わっている。

検査開始時に2年ごとの検診間隔に不安を唱える方もいたが,私の知る限りでは,次回検診までに甲状腺癌が発見された事例はなく精査基準を遵守していれば2年ごとで妥当と考えられる。一方で,検診回数を重ねるにつれ未受診者が増え,その後数年のブランクを経て偶然に再受診した時には進行している症例を治療医として少なからず経験している。検診の是非を問う意見も一方ではあるが,2年ごとの検診を,20歳以降は5年ごとの検診を忘れずに受けていただきたいと思っている。

当時いただいたご意見の大半は甲状腺検査への理解の不十分さに起因したものと思う。実際の住民の生の声に対応し時間をかけ説明をして理解をいただくことが重要であると痛感した。現在では一次検診でも検査直後に説明ブースの設置や,二次検査さらに手術紹介された被検者と保護者に対する心を中心としたケアがなされており,私どもが当初直面していた問題は多くの方々のサポートにより日々改良されている。

終わりに

未曾有の被害をもたらした東日本大震災の後,放射線の影響を危惧する中で始まった甲状腺検査は,すでに5巡目,25歳の節目の検査と進んでいる。本検査開始時の立ち上げに関わった筆者としては,当時最も多く支援,協力してくれた本学会の内分泌外科医(特に甲状腺外科医)に感謝をするとともに,ガイドラインや微小がん問題を一歩一歩解決してきた本学会として,本検査の意義と重要性につき今後とも理解と支援を願うものである。

【文 献】
 

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