2022 年 39 巻 3 号 p. 157
近年の甲状腺病理の話題の中心は2017年に改訂されたWHO分類第4版への対応であった。すなわち我が国の伝統的な甲状腺診療や癌取扱い規約,診療ガイドラインとの整合性を図ることが議論されてきた。2019年に甲状腺癌取扱い規約第8版(規約第8版)が発刊されたが,基本的には我が国従来の分類を尊重した形となっている。本年,わずか5年の間隔でWHO分類の改訂があり,新しいWHO分類第5版では腫瘍の分類体系が抜本的に変更されることとなった。癌取扱い規約や各種ガイドラインの改訂でどのような対応がなされるか,注目が集まっている。
こうした学術的,総論的な話題は非常に重要であるが,実臨床においては,より各論的な問題,すなわち適切な鑑別診断やリスク評価によって治療方針を決定することが求められる。甲状腺悪性腫瘍の90%近くが乳頭癌であり,それ以外の10%に関しても濾胞癌が大部分を占める。このため,甲状腺腫瘍は日常診療において鑑別診断に悩む機会が比較的少ない領域である。しかしながら,一定の頻度で想定外の形態を呈する腫瘍に遭遇する。常日頃から鑑別診断を練っていなければ,そういった稀な腫瘍に対応することは困難である。今回の特集ではそのような稀な組織型に焦点を当てたい。とりわけ通常の甲状腺腫瘍とは形態が異なり,幅広い鑑別診断を考慮する必要がある組織型を取り上げることを考えた。
まず,線維腫症/筋膜炎様の間質を伴う乳頭癌(Papillary thyroid carcinoma with fibromatosis/fasciitis-like stroma)について,大東文化大学の日野るみ先生にご執筆いただいた。乳頭癌の中でも稀な亜型であるが,間葉系腫瘍との鑑別が必要な亜型である。腫瘍の成り立ちや背景の遺伝子異常,臨床病理学的特徴,鑑別診断などに関してご解説いただく。
次に,甲状腺内胸腺癌(Intrathyroid thymic carcinoma : ITTC もしくはintrathyroidal carcinoma showing thymus-like elements : CASTLE)を日本医科大学の大橋隆治先生にご執筆いただいた。WHO分類第5版では,“甲状腺内胸腺腫瘍Thymic tumours within the thyroid”の項目内に,Thymoma family, Spindle epithelial tumour with thymus-like elements(SETTLE)と共に記載されている。胸腺上皮腫瘍や扁平上皮癌などに類似した腫瘍であるが,比較的予後が良いとされる。その病因や臨床病理学的事項,鑑別診断などをご解説いただく。
さらに,好酸球増多を伴う硬化性粘表皮癌(Sclerosing Mucoepidermoid Carcinoma with Eosinophilia: SMECE)を慶應義塾大学病院の川井田みほ先生にご執筆いただいた。WHO分類第5版では,SMECEは“組織発生が不明な腫瘍Thyroid tumours of uncertain histogenesis”に分類され,これまで同じカテゴリーでまとめられてきた粘表皮癌(Mucoepidermoid carcinoma)と分離された。その疾患概念や背景の遺伝子変異などを含め,鑑別のポイントをご解説いただく。
最後に転移性甲状腺腫瘍に関して,がん研有明病院の山﨑と千葉で担当する。転移性甲状腺腫瘍は他臓器の悪性腫瘍が甲状腺に転移したものである。全身の臓器より様々な組織型の腫瘍が転移する可能性があり,癌の既往情報がない場合には鑑別診断が困難となる。自験例と報告例から,原発臓器など臨床病理学的な特徴や鑑別のピットフォールを解説する。
いずれも頻度が極めて低く,日常診療で出会う機会は限られている。ご担当の先生方には貴重な実症例をご供覧いただいた。この機会に本特集の稀な組織型についてご一読いただき,皆様の鑑別診断の一助としていただければ幸甚である。