本稿は、近代日本の公益事業において締結されていた報償契約中、特にガス事業における当該契約の法史的意義とその背景についてを明らかにするものである。
報償契約とは、市町村が管理する営造物の使用を許可する対価として、事業者が納付金を納めることを約する双務的契約である。通常、これに付随して、事業者には、事業の独占の保障などの諸特権の付与と、市町村の監督に服するという諸義務が賦課されることが多かった。実質的に、市町村による事業規制が行われていたのである。
先行研究においては、当該契約の端緒である大阪市と大阪瓦斯の報償契約における指摘に留まるのみであり、その全体像に迫るものはなかった。これに対して本稿は、特に東京市と東京瓦斯の報償契約について成立過程からその運用までを丹念に追った結果、以下のことを明らかにした。
ガス報償契約は、先行研究が述べるように公営事業の代替としてがその動機の主ではあった。しかし、特別税から報償契約へ移行を指示する、大蔵省による通牒も確認された。これは契約という形式を利用することによって、市町村による財政政策に柔軟性を与えるものであった。また、東京•大阪両ガスの両契約に関して、契約締結の正当性の点から、報償契約の公益事業規制的側面が強調された。報償契約は、あくまで両当事者の合意に基づくものであったため、独占状態にあるとき、公益性の強調は、契約の締結を進める上で必要不可欠なものであった。
ガス報償契約は以上の要素を全て同時に備えるために、事業法が未制定の間、過渡的で代替的ではあったが有効に機能した。法的性質があいまいであったため、それが利便的に活用されたからである。しかし、これは同時に法的不安定性の問題であり、これが一九二三年の瓦斯事業法の成立へとつながった。