法制史研究
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論説
清代刑事裁判における州県官の対応に関する一考察
淡新檔案の盗案の科刑事案を一例に
鈴木 秀光
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2013 年 62 巻 p. 35-84,en5

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抄録

本稿は、官僚制末端の州県官の上司との関係に着目して、清代の刑事裁判における州県官の対応や州県官に存在した選択肢の広がりを解明するものである。
清代の刑事裁判において州県官が行う主要な手続段階として、「通詳」、「法廷審理」、「刑罰の判断」が存在する。これらについて淡新檔案の盗案の科刑事案より確認すると、まず通詳については、事件発生自体のでっち上げの可能性を否定できない場合や処理の見通しが立っている場合には行われず、事件が発生して捜査が必要となる場合に行われるものであった。またそれは、覆審の手続や未解決による処分可能性を考えれば、上司との関係において下僚が求められる手続という要素が強いものであった。法廷審理について、その中心は犯罪者や関係者への訊問であるが、そこで得られる供述もまた下僚の上司との関係において規定されるものであった。犯罪者にとって戦略的になされている供述であるが、それを整合性ある形で取り揃えて当事者親族が共有できるストーリーを形成することは上申のためであり、上司が介在しない事案においては共有ストーリーを形成する必要もなかったし、罪状自認がなされている必要もなかった。刑罰の判断については、自理事案の場合は成文規範に依拠すべきと考えられる鎖帯石■注1や死刑でもそれを確認できない一方で、上司の関与する事案では成文規範に依拠していたことを確認できることからすれば、成文規範への依拠もまた上司に対して行われる手続と見なし得るものであった。
このような淡新檔案から得られる知見については、当時の主要な官箴書からも読み取ることができるため、清代中国において一定程度の普遍性を有していたと見なすことができる。しかしその一方で、当時の刑事裁判において官僚が遵守すべき法や制度が存在していたこともまた事実である。ここより、当時の刑事裁判における手続の大勢、また官僚が法や制度を「守る」ことの実態とは、法や制度を尊重して必要な限りで依拠するも、より適切な結果が生じる手段が存在すればそれを選択することであったと考えられる。そしてこのことは、より優れた者が高位に立ち適切な判断ができるとする官僚制の理念的構造の反映と見なし得るものである。またこうしたあり方を刑事裁判において州県官に存在する選択肢の広がりへと還元した時、まず大きくは上申か自理かという選択肢が存在し、その先に法や制度に依拠することを含め様々な選択肢が存在していたと考えられる。そしてそれらはいずれも官が行う行政作用の一環であって、そこにおいて民衆は裁判の対象として存在するに過ぎなかった。

注1: 石偏 (いしへん)に敦

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