法制史研究
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論説
〈口頭審理による後見的な真実解明への志向〉試論
一例としての大正民訴法改正
水野 浩二
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2013 年 63 巻 p. 1-53

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抄録

本稿では大正民事訴訟法の改正過程(一九〇三 - 一九二六)を、〈当事者か職権か〉〈口頭審理か書面審理か〉という二つの対抗軸から検討する。当事者主義・弁論主義という原則に基づくとされる近代法の民事訴訟手続は、実は口頭審理での職権の後見的行使により真実に基づく裁判を実現すべきという方向性=〈口頭審理による後見的な真実解明への志向〉を重要な柱の一つとして当初より内包していたという仮説を、大正改正における訴訟資料・攻撃防御方法の提出・収集に主に関わる議論の推移(釈明権・一方当事者欠席の際の手続の導入・準備手続の一般化)を材料として例証する。
先行研究が大正改正の目的として重視してきたのは、手続の迅速化とそのための職権進行の強化であり、準備手続の一般化や一方当事者欠席の際の手続の導入もその文脈で理解されてきた。しかし改正過程においては〈口頭審理による後見的な真実解明への志向〉が手続イメージとして広範に共有されていた。準備手続の一般化も一方当事者欠席の際の手続の導入も口頭での丁寧な審理による真実解明を主眼とするものとして構想され、そのために釈明権が強化されたのである。この志向は司法当局の一方的な押し付けではなく、弁護士や当事者が自らの利益のために積極的に望んだものでもあった。しかし〈口頭審理による後見的な真実解明への志向〉は漠然としたイメージに最後まで留まり、現状や制度に対する認識、そこから導かれる結論にはアクター間にかなりのズレが存在した。これはアクター毎の立場や認識レベルの相違に加え、口頭審理と後見的な真実解明のあいだの相補的関係が十分に理解されることがなかったことの帰結と思われる。
〈口頭審理による後見的な真実解明への志向〉が広範な支持を集めた背景として、弁護士の資質の低さについて弁護士を含めすべてのアクターの認識が一致していたことがある。社会政策的配慮にもとづく職権強化で知られた墺民訴法(一八九五)の大正改正への影響はつとに指摘されてきたが、そもそも一九世紀の独民訴立法(草案)において〈口頭審理による後見的な真実解明〉を重視する流れが存在し、さらには中世ローマ・教会法的訴訟手続以来の民訴手続の一つの系譜52として位置づけることも可能であろう。〈口頭審理による後見的な真実解明への志向〉は大正民訴改正を評価する際の重要な一側面であると同時に、民訴手続における一つの通時的な系譜として積極的な位置づけを与えられるべきではないだろうか。

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