法制史研究
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論説
中世後期イングランド刑事司法の構造
重罪犯有罪事例を軸として
北野 かほる
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2016 年 65 巻 p. 1-51,en3

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抄録

 中世後期イングランドの刑事司法について、さきに解明した刑事侵害(軽罪)の手続過程を補完する位置づけで、重罪の手続過程をあきらかにした。イギリスでは現在も軽罪と重罪で刑事司法手続が分かれているが、近代初期まで、重罪にかかわる裁判開始手続は陪審起訴と重罪私訴が形式上併存していた。陪審起訴は中世以降の主要な刑事裁判開始手続で、従来の刑事司法過程分析は基本的にこれを焦点としてきた。他方重罪私訴は中世以降実質的な消失の過程をたどったといわれ、そのせいもあってこれまでほとんど専門的な調査分析が加えられてこなかった。しかしこれまで、陪審起訴による刑事司法過程についても中世段階の状況の専門的な分析研究はなく、かならずしも手続過程細部があきらかになっているわけではない。
 本稿は、重罪犯有罪事例を主たる素材としながら、陪審起訴による司法過程と重罪私訴による司法過程を、典型的な形態にかぎらず、多岐にわたる例外措置をふくめて解明したものである。さきの軽罪の手続過程とあわせて、中世後期段階の刑事司法過程の全容をほぼあきらかにできたと考えている。とりわけ陪審起訴による手続過程について、多岐にわたる例外措置をあきらかにした結果、起訴―審理―審理陪審評決―有罪判決―死刑という理論的に典型的な過程をたどる事例が実態的にはかならずしも多くない状況を説明する手がかりが得られたと考える。また重罪私訴についても、王の制度としての陪審起訴による刑事司法過程(これ自体は重罪だけでなく軽罪にも妥当する)とは異なる、私人による訴としての一般の民事裁判とりわけ民事侵害訴訟(損害賠償請求訴訟)手続との親近性をあきらかにする手がかりが得られた。これら司法過程の全体像は、中世後期イングランド社会の法文化・法慣行とその所以の理解にも役立つと考えている。

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