JAMSTEC Report of Research and Development
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報告
深海底におけるCO2排出及び表層型塊状メタンハイドレート分解実験
大友 陽子井尻 暁諸野 祐樹池川 洋二郎末永 弘ケース デビット町山 栄章山本 富士夫後藤 秀作福場 辰洋永澤 眞松本 雅光稲垣 史生
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2015 年 20 巻 p. 61-71

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Abstract

人為的要因による大気中CO2の増加は地球温暖化の主原因と考えられており,早急なCO2隔離・削減技術の開発が求められている.本研究では,ゲスト分子置換法を利用した,海底に産するメタンハイドレートへのCO2封入及びメタン回収が可能かどうかを検討する予備実験として,新潟県上越沖上越海丘において,CO2排出試験及び表層型塊状メタンハイドレートの分解実験を行った.深海底でCO2圧入を行う為,等圧シリンダーポンプ及びヒーターを内蔵したCO2注入用プローブ(ヒートゾンデ)を開発した.メタンハイドレート胚胎堆積物へのCO2注入に先立ち,深海底でのCO2排出を試みたところ,液体CO2がヒートゾンデ先端から排出される様子が観察された後ポンプが動かなくなり,注入作業を行うことが出来なかった.これは装置内に海水が流入して形成されたCO2ハイドレートが流路を塞いだのが原因と考えられ,CO2ハイドレートの形成を防止する改良を装置に施す必要があることが解った.また,ヒートゾンデの熱により海底面に露出したメタンハイドレートが崩壊する様子が観察された.

1. 緒言

人為的要因による大気中の温室効果ガス濃度上昇は,地球温暖化をはじめとする様々な地球環境変化を引き起こしており(Crowley, 2000; Alley et al., 2003; Karl and Trenberth, 2003),大型台風の増加や主食収穫高の減少等,人類社会に対する深刻な影響を与えるとの予測が為されている(IPCC総会,2014, 横浜).この問題は世界の共通認識となっており,1992年,国連で「気候変動に関する国際連合枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change)」が採択されて以降,同条約に基づき気候変動枠組条約締約国会議(COP)が開催されている.とりわけ発展途上国の温暖化ガス排出量は今後増大することが予測されており,速やかな対策が求められている.このような状況下において,温室効果ガスの主体であるCO2の排出量削減技術が各国企業で活発に開発されている.特に,CO2の回収・貯留(Carbon dioxide capture and storage; CCS)は排出CO2量の約20%を削減出来る有効な方法として注目されており(IPCC Special Reports, 2005),スライプナー(ノルウェー),ワイバーン(カナダ)プロジェクトに代表されるCO2の大規模地層貯留が進行中である.我が国でも苫小牧での大規模CCS実証試験が計画されており,経済産業省の委託により日本CCS調査株式会社が調査・開発を行っている.

一方,メタンハイドレートへのCO2貯留も検討・試験されている.メタンハイドレートは水分子の籠型構造中にメタンがゲスト分子として配置された物質だが,常温高圧下ではメタンに代わりCO2をゲスト分子とした方が熱力学的に安定であることが解っている(Ohgaki et al., 1996).この原理を利用すれば,CO2固定と同時に,水分子の籠型構造から追い出されたメタンの回収が可能となる(ゲスト分子置換法)(Zhao et al., 2012).ゲスト分子置換法によるCO2固定及びメタン回収は,アメリカのConocoPhillips社と日本のJOGMECの共同開発により,アラスカのプルドー・ベイで実証試験が行われている.近年の研究では深海底の調査が進み,海底堆積物中にメタンハイドレートが幅広く分布することが明らかになってきた(Kvenvolden, 1994; 松本,2009).我が国の周辺海域にもガスハイドレートは相当量埋蔵しており,74 × 1011m3との試算がなされている(佐藤ほか,1996).引き続き埋蔵量調査や採掘試験が行われているが,国内において,ゲスト分子置換法を利用して,深海底の天然メタンハイドレートへのCO2貯留・メタン回収実証試験が行われた例は無い.

本研究では,海底のメタンハイドレートへの液体CO2の直接圧入により,CO2貯留・メタン回収が出来るかどうかの検証を目的とした.この目的の為に開発した装置の現場試験を行ったので,その内容について報告する.検証実験には深海の高圧環境下で液体CO2を低出力で押し出す装置が必要である.そこで,耐圧製の等圧シリンダーポンプを開発した.また,80℃まで昇温が可能なヒーターを内蔵したCO2注入用プローブ(ヒートゾンデ)を作成した.現場実験は2013年7月20~26日,海洋調査船「なつしま」により,新潟県上越沖・上越海丘のメタンハイドレートを対象に行われた(NT13-15).開発した装置は,海洋研究開発機構所有の遠隔操作無人探査機「ハイパードルフィン」(HPD)により運用された.上越海丘のメタンハイドレートは海底面に露出している表層型であり,大規模なCO2貯留及び資源掘削対象である深層型メタンハイドレートとは異なる.しかしながら,HPDに設置されたカメラでメタンハイドレートを視認しながら作業を行えることから,本研究のような小規模実証試験に適したフィールドであると考えられる.

2. 実験方法

2.1 装置開発

深海の高圧環境下における液体CO2圧入の為,株式会社シン・コーポレーション(京都)の協力のもと等圧シリンダーポンプ(外径80 mm$ \phi $ × 長さ470 mm, 耐圧24.5 MPa)を作成した(図1及び図2a,b,d).ポンプにCO2ガスを充填して海底下に沈めると,ポンプ内部のCO2ガスはフリーピストンを介して外部の水圧と同じ圧力になる.本実験サイトの圧力下では,ポンプ内部のCO2は液体となる.この状態からHPDの油圧でピストンを押すことにより,液体CO2を放出することができる.ポンプの押し出し量はピストンに付属したインジケーターの移動位置をHPDのカメラで見ながら確認する(図1).等圧シリンダーポンプはバルブ(スウェージロック社製,アメリカ合衆国)を介してヒートゾンデ(外径110 mm$\varphi $ × 長さ900 mm,耐圧: 24.5 MPa)に接続しており,ポンプから押し出された液体CO2はヒートゾンデ先端から排出される(図1及び図2c,d).

Fig.1.

Schematic view of the CO2 injection system in deep-sea conditions. The CO2-filled Isobaric cylinder pump is controlled from the HPD oil pressure ports. Extrusion capacity of the isobaric cylinder pump is estimated by position of the indicator. CO2, forced out of the isobaric cylinder pump, is emitted from the head of Heat sonde. The Heat sonde has a built-in heater and operates using the HPD power source ports via the electrical box (maximum temperature: 80℃).

図1.深海環境下におけるCO2圧入システムの概略図.CO2を充填する等圧シリンダーポンプはHPDの油圧を動力源としており,ポンプの押し出し量はインジケーターの移動距離で見積る.等圧シリンダーポンプから押し出されたCO2はヒートゾンデの先端から排出される.ヒートゾンデにはヒーターが内蔵されており,電気ボックスを介してHPDの電力を使って昇温する(最大80℃まで昇温可能).

Fig.2.

Photos of the (a) isobaric cylinder pumps and electric box exterior to the HPD, (b) stored under HPD, and the (c) Heat sonde and (d) full HPD payload. (e) Cartoon of CO2 injection methods into shallow-type methane hydrates in deep-sea sediments.

図2.(a) (b) 等圧シリンダーポンプ,電気ボックス,(c) ヒートゾンデ及び(d) ハイパードルフィンのペイロード図.(e) CO2をメタンハイドレート胚胎堆積物へ注入する際の模式図.

液体CO2を直接深海底に放出すると,海水と液体CO2が反応してCO2ハイドレートが形成される為,液体CO2をメタンハイドレートと反応させることが出来なくなる.また,ゲスト置換法によるCO2を使ったメタン回収の室内実験でも,メタンハイドレート表面がCO2ハイドレートで覆われて反応速度が遅くなるとの指摘があり(Yoon et al., 2004),CO2ハイドレートの形成を抑える工夫が必要である.そこで,液体CO2をミクロンサイズの液滴で水中に混和させることで(マイクロエマルション化),液体CO2を安定化することを考えた.CO2エマルションは,ガス及び液体CO2と比較してメタンハイドレート中メタンとの置換率が高いとの報告もある(McGrail et al., 2004; White et al., 2009).ヒートゾンデ内には液体CO2をマイクロエマルション化する為のフィルター(池川,2008)を取り付けた.ヒートゾンデの先端から50 cmまではヒーターが内蔵されており,80℃までの昇温が可能である.ゾンデ先端にはチタン製の焼結フィルターが取り付けられている.ヒートゾンデ先端がCO2ハイドレートで塞がった場合は,ヒーターを稼働してハイドレートを分解させる.

等圧シリンダーポンプとヒートゾンデの間のバルブの開閉は,HPDのマニピュレータで行う.また,ヒーターの電源及び温度制御の為,ヒートゾンデは電気ボックス(縦960 mm × 横180 mm × 高さ170 mm)を介して,HPD本体の電源及びシリアル通信ポートにシーコンケーブルで接続されている.図1の点線で囲まれた部分は,繊維強化プラスチック製のグレーチングに固定して,HPD下部に設置してある(図2b及びe).

実験は以下の手順で行った.あらかじめ等圧シリンダーポンプ①にCO2ガスを,②に純水を充填する.バルブを閉め,潜行を開始する.着底後,HPDのマニピュレータでバルブを開け,HPDの油圧を稼働させて等圧シリンダーポンプのピストンを押し,ヒートゾンデ先端からマイクロエマルション化したCO2と純水の混合物を排出する.これを確認した後,HPDのマニピュレータでヒートゾンデを対象物に挿入し,マイクロエマルションCO2を圧入する.実験中のpH変化はpHセンサー(直径90.5 mm$ \phi $ × 長さ182.5 mm)で測定した.pHセンサーは自己記録式で,pH計測部としてイオン感応性電解効果型トランジスタ(ISFET)を使用し,高レスポンスかつ高精度なpH計測が可能である(Shitashima, 2005).樹脂でモールドされたISFET及び固体参照電極は,水中ケーブル・耐圧コネクタを介して耐圧容器内の電装系に接続されている.他にプッシュコアラーによる海底表層堆積物採取,Stand-Alone Heat Flow meter(SAHF)による熱流量測定も行ったが,本稿では結果を省略する.

2.2 実験サイト

現場実験を行った上越海丘は上越海盆の西部にあたり,実験サイトの水深は976~978 mである(図3).上越海盆は日本海東縁南部に位値しており,2001年に同地域において経産省・資源エネルギー庁による石油天然ガス鉱床調査が開始された.その後,2003年の「佐渡南西沖」掘削の事前調査においてポックマークが発見されたのをきっかけに,同地域でのメタンハイドレート研究が活発になった(松本,2009).上越海盆では,深部の熱分解起源メタンが断層に沿って上昇することにより,浅部の安定領域に,局所的に塊状のメタンハイドレートを集積させている(表層-構造規制型)(松本ほか,2009; 町山ほか,2009).海底には直径数100 mのポックマークが配列しており,その周辺には,同じく直径数100 mの円丘状のマウンドが発達している.上越海盆のポックマーク及びマウンド下の地質・速度構造,深海底構造・微地形調査及び熱流量分布のデータは詳細に分析されており(佐伯ほか,2009; 上嶋ほか,2009; 町山ほか,2009),この地域では地下に胚胎する塊状メタンハイドレートの成長によって海底面が隆起してマウンドが形成された後,メタンハイドレートの浮力によりマウントが崩壊することでポックマークが出来ると考えられている(松本ほか,2009).このようにして形成されたマウンドの壁面には,露出した塊状ハイドレート層が視認出来る.メタンハイドレートの露頭はほとんどがオーバーハングしており(図2e),HPDのホバリングで露頭に取り付きながらCO2圧入作業をするのは困難である.したがって,露頭から崩落した,ハイドレートを含む堆積岩塊か(図2e,①),崖直下の堆積物(図2e,②)をCO2圧入対象とする.

Fig.3.

Bathymetric chart of the studied area. CO2 emission and methane hydrate decomposition experiments were performed in areas 1 and 2, respectively.

図3.実験サイトの海底地形図.深海底へのCO2排出実験は図中の地点1で,メタンハイドレート分解実験は地点2で行った.

3. 結果と考察

3.1 海中へのCO2排出試験

CO2をメタンハイドレートへ圧入する下準備として, マイクロエマルション化したCO2を海中に排出できるかどうかを試みた.実験は図3の地点1で行った.着底後,ヒートゾンデの温度を50℃まで上げた.次に,HPDのマニピュレータで等圧シリンダーポンプとヒートゾンデの間のバルブを開けた後,HPDの油圧をかけてCO2及び純水を等圧シリンダーポンプから押し出した.

昇温後,ヒートゾンデの先端部分周辺の海水に揺らぎが確認された.ポンプの加圧がはじまると,液体CO2とみられる液滴が,ヒートゾンデ先端の焼結フィルターから排出される様子が観察された(図4a).この液滴はフィルター上でだんだん大きくなると,フィルターから離脱して海水に溶存していった.ヒートゾンデ先端の焼結フィルター上には,CO2ハイドレートとみられる白色結晶が確認された(図4a).CO2マイクロエマルションの形成は視認されなかった.その後,CO2を充填した等圧シリンダーポンプのピストンが容積全体の1/3程度で動かなくなり,それ以上のCO2排出が不可能となった為,バルブを開けたままで離底した.離底後,HPDが水深約160 mに達した地点でヒートゾンデ先端の白色結晶が溶け出し,CO2ガスが排出された(図4b).また,CO2ガスが排出された際,等圧シリンダーポンプが押し戻されるのを確認した.

Fig.4.

Photos of (a) droplets of liquid CO2 and (b) CO2 gas emitted from the head of Heat sonde (1000 m and 160 m below the surface of the sea, respectively). (c) photo of liquid CO2 emitted from the head of Heat sonde without the Ti sintered filter 1000 m below the surface of the sea. (d) Photos of Heat sonde inserted into seafloor sediments and (e) CO2 vents of the head of Heat sonde, clogged with clay and CO2 hydrate.

図4.(a) ヒートゾンデ先端に付着した液体CO2の液滴.(b) 水深160 mで噴出したCO2ガス.(c) チタン製焼結フィルターを外した状態のヒートゾンデ先端から排出された液体CO2.(d) ヒートゾンデを堆積物に挿入する様子.(e) ヒートゾンデ先端のCO2排出口が粘土とCO2ハイドレートで塞がっている様子.

図5に実験温度圧力範囲のCO2-H2O系の相図を示した.灰色で示された部分がCO2ハイドレートの安定領域にあたる.等圧シリンダーポンプにはヒーターが内蔵されていないため,ポンプ内は外部と同じ温度圧力条件に保たれる.ポンプ内がCO2のみで満たされている場合,実験サイトの温度圧力条件下では(約100 bar,0.2℃),CO2は液体状態で存在するはずであるが,水がポンプ内に侵入するとCO2ハイドレートが形成されることがわかる(図5).以上のことから,深海底でCO2を充填した等圧シリンダーポンプのピストンが動かなくなった原因は,水がポンプ内に逆流してCO2ハイドレートが形成され,ポンプ内及び排出ラインが詰まったものと考えられる.

Fig.5.

CO2-H2O phase diagram (Spycher et al., 2003). H: CO2 hydrate, L1: water-rich liquid, L2: CO2-rich liquid, V: CO2 gas. Points A and B represent P-T conditions at a sea depth of 450 and 160 m during HPD recovery, respectively.

図5.本実験条件下におけるCO2-H2O系の相図(Spycher et al., 2003).H: CO2ハイドレート,L1: 水(液体),L2: CO2(液体),V: CO2ガス.点A,BはそれぞれHPD引き上げ時の水深450 m,160 mにおける温度圧力を示す.

また,HPD引き上げ時,水深450 mから水深160 mに浮上するまでの温度圧力変化を図5に示した.点Aが水深450 m,点Bが水深160 mに相当する.水深450 m,160 mでの海水温はそれぞれ0.7℃,8.8℃であった.この間,HPD周囲の海水の温度圧力条件は,CO2ハイドレートの安定領域を脱している.よって,CO2ハイドレートによるポンプ内及び排出ラインの閉塞は,離底後の減圧・温度上昇により解消され,水深約160 mにおいて顕著なCO2ガスの排出が起こったものと考えられる.相図上でCO2ハイドレートの安定領域を脱する条件は水深約230 m,水温5℃に相当するが,引き上げ時,HPDはおよそ分速36 mで浮上しており,装置が周辺の海水に暖められ,CO2ハイドレートの分解が始まるまでタイムラグがあるものと考えられる.ガス排出時に等圧シリンダーポンプが押し戻されたのは,CO2ハイドレートがガス化する際の体積膨張によるものと考えられる.

3.2 海底表層堆積物へのCO2圧入試験

排出試験において,CO2が充填された等圧シリンダーポンプ内に逆流した水の由来として,海水と,もう一方の等圧シリンダーポンプに充填した純水の2つが考えられる.そこで,まず,純水の逆流を防ぐ為,等圧シリンダーポンプ2台ともにCO2を充填した.片方のポンプにはCO2置換が行われたメタンハイドレートをラベル化する為,13CO2を10%混合したCO2を充填した.また,ヒートゾンデ先端の焼結フィルターは熱伝導性が悪く,ヒーターの加熱による温度上昇が遅くなり,CO2ハイドレートの形成を促す可能性がある為,焼結フィルターを外して再度CO2排出試験を行った.

実験サイト着底後,ヒートゾンデの温度を20℃まで上げた.次に,HPDのマニピュレータで等圧シリンダーポンプとヒートゾンデの間のバルブを開封して油圧をかけ,CO2を等圧シリンダーポンプから排出した.すると,ラベル化されていないCO2を充填したポンプのピストンが1目盛り動いた後に,13CO2を10%混合したポンプのピストンが動き出した.その直後,ラベル化されていないCO2を充填したポンプのピストンは,油圧最大でも動かなくなった.13CO2を10%混合したポンプのピストンは問題なく稼働した.そこで,ヒートゾンデ先端から液体CO2が排出されるのを確認した後(図4c),海底表層堆積物に40 cm程挿入して,液体CO2が堆積物中でも排出されるかどうかを確認した(図4d).ヒートゾンデ挿入後,ポンプを押したところ,堆積物からCO2が漏洩する様子は見られなかった.一旦ポンプを止め,再度油圧をかけたところ,13CO2を10%混合したポンプのピストンは若干押された後,動かなくなった.そこで,ヒートゾンデを堆積物から抜いて,先端の様子を確認したところ,排出用の穴に粘土とCO2ハイドレートが詰まっている様子が確認された(図4e).CO2ハイドレートを分解させる為,ヒートゾンデの温度を80℃まで上げたが,CO2は排出されなかった.そこで,HPDを水深150 mまで上昇させ,ヒートゾンデ内のCO2ハイドレートの分解を試みたが,等圧シリンダーポンプのピストンは動かないままであった.

3.3 海中へのCO2排出再試験

海水の流入による装置内のCO2ハイドレート形成を極力防ぐ為,CO2ハイドレートの核形成を促すような流路中の部品(逆止弁等)を取り外した.また,ヒートゾンデのヒーターを,ゾンデ先端までのラインに均等に配置し直した.等圧シリンダーポンプには2台ともCO2を充填して,再度,深海底でのCO2排出試験を行った.前回の実験で装置内部に残ったCO2ハイドレートを追い出す為,潜航開始後,水深約150 m地点で,等圧シリンダーポンプとヒートゾンデの間のバルブを45度開き,CO2ガスで流路をフラッシュした後,バルブを閉めて着底した.着底した後,バルブを開けて油圧ポンプを作動したが,等圧シリンダーポンプは動かず,ヒートゾンデの温度を上げてもCO2の排出は認められなかった.

3.4 CO2ハイドレート形成実験

実際にCO2ハイドレートが流路で形成されるかどうかを確認する為,ヒートゾンデを等圧シリンダーポンプのメインボールバルブから取り外し,片方の配管をポールバルブに直に連結した.もう片方の配管にはポリエーテルエーテルケトン(PEEK)チューブを連結して,深海底で等圧シリンダーポンプに残った液体CO2を排出する試験を行った.海水へのCO2排出に伴うpH変化をモニタリングする為,pHセンサーを等圧シリンダーポンプのバルブ上部にかざしながら,バルブを解放した.すると,ボールバルブ側の等圧シリンダーポンプから勢い良く液体CO2が排出され,配管口から直ちにCO2ハイドレートが形成された(図6a).PEEKチューブ側の出口からも液体CO2の排出及びCO2ハイドレートの形成を確認した.両方とも油圧ポンプを押し切る前に排出が停止した.

Fig.6.

(a) CO2 injection experiment from a tube connected directly to the isobaric cylinder pump. White solid material is CO2 hydrate produced upon mixing between liquid CO2 and seawater. (b) pH shift during the CO2 emission experiment. (c) Calculation of DIC concentration change in surrounding seawater as a function of pH change and assuming constant alkalinity.

図6.(a) 海底面における等圧シリンダーポンプからのCO2排出実験.CO2ハイドレートが即座に形成される.(b) CO2排出時のpH変化.(c) CO2排出時の海水中のDIC変化.CO2排出前の海水中DIC (DICi)を1800~2200$ \mu$Mに仮定して計算を行った.DICi = 2000$\mu$Mの場合のCO2排出時の海中DICは6.75%上昇する.

CO2排出時,周辺海水のpHは約0.38減少した(図6b).仮にCO2排出前のDIC濃度を2000$\mu$Mと仮定した場合,周辺海水の溶存無機炭素(DIC: Dissolved inorganic carbon)濃度はCO2排出後,6.75%上昇したことになる(図6c).このことは,一旦形成されたCO2ハイドレートがすぐに周辺海水に溶存して,海水のpHを下げたことを示す.以上の観察から,液体CO2が海水と接触すると速やかにCO2ハイドレートが形成し,一度配管が詰まると,液体CO2の排出が困難になることが解った.等圧シリンダーポンプやヒートゾンデの機能そのものには問題がなく,それらを繋ぐ配管の状態や装置への海水のリークが問題であると考えられる.

3.5 メタンハイドレート分解実験

ヒートゾンデを利用して,海底におけるメタンハイドレートの分解実験を行った.実験を行った場所は図3の地点2である.この場所にはメタンハイドレート層を含むマウンドがあり,マウンドの側面の崖にはメタンハイドレート層が露出している様子が観察された.メタンハイドレートの密度は周辺の海水よりも低い為,通常,海水面へと浮き上がってしまう.そこで, 堆積物に覆われた状態で沈んでいるメタンハイドレート塊を探したところ,この露頭の近辺で,白色物質を含む堆積岩塊を発見した.ヒートゾンデの温度を50℃に設定し,堆積岩塊中白色物にヒートゾンデの先端を押し当てたところ, 白色物が硬質で,ヒートゾンデ先端を当てた部分から気泡が湧出したことから,白色物がメタンハイドレートであると推定した.そこで,ヒートゾンデの温度を80℃まで上げ,ヒートゾンデの先端を押し当ててメタンハイドレートを分解させた(図7).ハイドレートは約0.4 cm/分の速度で分解し,その間バブルの湧出が観察された.ヒートゾンデをメタンハイドレートに押し当ててから20分後,ヒートゾンデはメタンハイドレート塊を貫通・崩壊させた.観察終了後,崩壊したメタンハイドレート塊を持ち上げた際,断面部分から大量のバブルの噴出を確認した.

Fig.7.

Photos of dissolving methane hydrate by exposure to Heat sonde (preset temperature: 80℃). Methane hydrate was dissolved at 0.4 cm/min.

図7.メタンハイドレートがヒートゾンデにより溶解する様子.溶解速度は0.4 cm/分.ヒートゾンデの温度は80℃.

バブルの噴出は,ヒートゾンデによる加熱でメタンハイドレートが分解して,メタンガスが放出されたものと考えられる.実験サイトの圧力条件(約100 bar)におけるメタンハイドレートの分解温度は約12℃であり,ヒートゾンデ先端は昇温により少なくとも12℃以上に達しているといえる.実験サイトにおけるCO2ハイドレートの分解温度は約10℃であり(図5),ヒーターをヒートゾンデだけでなく等圧シリンダーポンプにも内蔵すれば,CO2ハイドレートによる装置内部及び流路の閉塞は改善される可能性がある.

4. 結論

新潟県上越沖上越海丘において,液体CO2排出試験及びメタンハイドレートの分解実験を行った.深海底で液体CO2を安定化する為,液体CO2をマイクロエマルション化して排出できるかどうかを実験サイトで試みたが,マイクロエマルションCO2は観察されなかった.また,CO2排出作業中,等圧シリンダーポンプ及びヒートゾンデの内部に海水が侵入して,装置内部や注入口にCO2ハイドレートが形成され,ポンプの作動を阻害することが解った.装置への海水の流入及びCO2ハイドレートの形成は非常に速やかであり,CO2がエマルション化する前に,液体CO2はCO2ハイドレートに変化したと考えられる.海底のメタンハイドレートへのCO2封入及びメタン回収検証実験の実現には,今回作成した等圧シリンダーポンプやヒートゾンデ内部の流路に,海水の逆流及びCO2ハイドレートの形成を防ぐような加工を施す必要があることが解った.

一方,ヒートゾンデでメタンハイドレートの分解実験を行ったところ,ヒートゾンデの熱で,メタンハイドレートがメタンを湧出しながら崩壊する様子が観察された.ヒートゾンデに内蔵されたヒーターは正常に稼働しており,等圧シリンダーポンプ内にもヒーターを組み込めば,装置内のCO2ハイドレート形成が抑制されると考えられる.

謝辞

本実験は最先端研究基盤事業(最先端研究開発戦略的強化費補助金)及び最先端・次世代研究開発支援プログラムによる資金援助により遂行されたものであり,独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構によるゼロエミッション石炭火力技術開発プロジェクトを利用した公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)との共同研究である.これらの援助にこの場を借りて感謝の意を表する.

参考文献
 
© 独立行政法人海洋研究開発機構
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