2018 年 26 巻 p. 36-53
係留系およびプロファイル計測向けの高精度CTDセンサーを開発した.高精度を実現するために必要な高分解能のセンサー信号処理方式,回路構成を開発し,性能を検証した結果,水温分解能0.0001℃,電導度分解能0.00001 S/mを満たす回路分解能が得られた.センサー素子については,圧力(深度)依存性が小さく,プロファイル計測向けにも適用できる高速応答のサーミスタ・プローブを開発した.また,検定の精度と再現性に優れた白金電極の電導度センサー素子を開発した.開発したCTDセンサーは,センサー検定および実海域での試験(TRITONあるいはm-TRITON buoyでの係留,CTD casting)を繰り返し実施して,品質改良を行なってきた.その結果,現在の海洋観測の主要機器であるSBE製(SBE37)と同等の初期精度(水温0.002℃,電導度0.0003 S/m)と長期係留に耐えうる経年特性を実現できた.
気候変動に及ぼす海洋の役割解明を目的とした世界海洋大循環研究計画WOCE(World Ocean Circulation Experiment)では,水温の精度(Accuracy)が0.002℃など高精度のCTD(Conductivity-Temperature-Depth)観測が要求されている(Joyce and Corry, 1993).本機構では,高精度なCTDセンサーを約500台所有しており,TRITONあるいはm-TRITON buoy等の係留系で長期間のCTD計測に使用されている.しかし,これらは全てSBE37等外国製品である.また,水温の初期精度0.002℃,電導度の初期精度0.0003 S/mを実現しているCTDセンサーは国内には無い.
高精度CTDセンサーは海洋計測の基本機器であり,係留計測以外にもアルゴ・フロートのようなプロファイル計測,あるいは多様化している海洋計測のプラットフォームへの搭載など応用範囲は広い.しかしながら,CTDセンサーの独自開発を行なって来なかったために,新しい海洋計測のニーズに柔軟に対応できず,外国製から脱却できない状況にある.
10年ほど前から高精度CTDセンサーの基本技術の蓄積を行ない,センサー素子を含めCTDセンサーの国産化を進めてきた.これまで,11回におよぶ「みらい」等の航海での実海域試験および数十回におよぶセンサー検定による品質改良を試み,実用に耐えうるCTDセンサーを実現する事が出来た.
本論文では,係留系およびプロファイル計測向けの高精度CTDセンサーに要求されるセンサー素子,高精度の前提となる高分解能を実現するためのセンサー信号処理方式と具体的な回路構成,試作した回路基板の性能,CTDセンサーの試作結果,実海域試験結果(長期係留試験,CTD casting試験)について述べる.
開発したCTDセンサー(Jamstec Electronics Sensor Type 10,以下JES10と呼ぶ)の性能は,WOCEに準拠し,TRITON buoy等の観測に使用されている係留系CTDセンサー(Sea-Bird Electronics社(以下SBE)のSBE37)と同等の性能を目標とした.実用的な塩分精度については,表層観測向けのプロファイル系CTDセンサーに適用できる性能を目標とした(高槻ほか,2003).
水温センサー素子には,サーミスタを使用した.サーミスタは,白金抵抗体よりも高感度であるので低電流駆動が可能である.サーミスタには,NTC型(negative temperature coefficient)とPTC型(positive temperature coefficient)があるが,JES10では,高感度,高速応答,高精度な抵抗温度特性式という特徴のあるNTC型を用いた.
サーミスタを用いた時の設計上考慮すべき点は,以下の通りである.
(1) 自己加熱サーミスタに電流を流して温度を測定するため,ジュ-ル熱によりサーミスタ自身が加熱されて,温度が測定対象物よりも少し高くなる.サーミスタの熱放射定数(mW/℃,自己加熱で1℃上げるための電力)が関連している.例えば熱放射定数が4 mW/℃ (旧YSI製の46000)の素子を使用すると,自己加熱による誤差として0.001℃以下とするには, 4 mW/℃ × 0.001℃ = 4 uWと低電流駆動が必要となる.
(2) 感度サーミスタの感度(抵抗温度係数)は,AD変換器の分解能と入力範囲に関係する.例えば,旧YSI製の46000では,感度は3~4%/℃であり,室温で10 k$\Omega $のサーミスタを用いると,水温変化$\Delta $T = 0.001℃で抵抗変化$\Delta $Rは 0.4$\Omega $となる.このため,高分解能な処理が必要となる.
(3) ドリフト(経年特性)海洋観測での水中センサーは,数年の長期観測が求められるので,水温値ドリフト(経年特性)の主要因であるサーミスタには,湿気を遮断するガラス封入の高安定型の素子を用いた.また,サーミスタの抵抗値はlog scaleで変化するので,十分にエージングした素子を使用する事とした(U.S.SENSORあるいは測定科学学会の解説).具体的には,製造後1万時間以上経過した素子を使用した.
(4) 熱時定数熱時定数は,サーミスタの周囲温度を急変させた時,サーミスタ素子の温度が最初の温度と,最終到達温度との温度差の63.2%変化するのに要する時間である.水温の応答特性に関係しており,係留系では数秒で問題ないが,プロファイル系では1秒以下の高速な応答が求められる.
(5) サーミスタ・プローブサーミスタ素子を封入するプローブは,外圧力により歪むが,この歪みがサーミスタ素子に直接加わるとサーミスタ抵抗値が小さくなり,水温が高めに計測される(2008年特許出願公開41888号).このため,サーミスタ素子をプローブ管内に固定するための内部充填剤には,プローブの歪みを吸収する柔軟樹脂(シリコン系樹脂)を用いた.開発した係留系,プロファイル系のサーミスタ・プローブをFig. 1, 2に示す.熱時定数の実測値は,係留系が3.7秒,プロファイル系が210 msである(Fig. 3, 4).
Thermistor probe for mooring system.
図1. 係留系のサーミスタ・プローブ.
Thermistor probe for profiling float.
図2. プロファイル系のサーミスタ・プローブ.
Thermal response of thermistor probe for mooring system.
図3. 係留系サーミスタ・プローブの応答特性.
Thermal response of thermistor probe for profiling float.
図4. プロファイル系サーミスタ・プローブの応答特性.
電導度センサーに用いる電導度セルには,電磁誘導方式と電極方式があるが,JES10では外部電界の影響を受けない電極方式を用いた.電極には,炭素電極と白金電極とがある.いずれも水の電気分解を起こさないために交流駆動が必要となる.電極型の電導度素子は,電極と媒体(海水)の境(界面)に生じた電気二重層容量を形成するので,インピーダンスの周波数特性が問題となる.電導度素子の等価回路をFig. 5に示す.
Equivalent circuit of conductivity cell.
図5. 電導度素子の等価回路.
Rs は媒体(海水)抵抗,Rp は電荷が電気二重層を移動する抵抗,C は電気二重層容量(電極容量)である.炭素電極を用いた電導度素子は電極容量Cが小さいので,低周波帯域でのインピーダンスが大きい.白金黒電極は,白金酸水溶液に白金電極をさらして電気分解して形成される.このとき,白金電極に白金黒超微粒子がコーティングされ,微小な凹凸のある白金黒をつけた電極となる.その表面積は,みかけの表面積に対して3桁以上増大すると言われている(下野・慈幸,2008).このため,電極容量が極めて大きくなり,低周波帯域でもインピーダンスが小さくなり,低周波駆動が可能となる.Fig. 6は,2つの電極方式のインピーダンスの周波数特性を測定した例である.白金電極の方が低周波領域までインピーダンスが変化しない事が分かる.また白金電極の電導度セルは,ガラス管内部が長期海洋観測後に汚れても化学的に洗浄できるなど運用面でのメリットも大きい.以上から,電極には白金電極を使用することとした.
Impedance frequency characteristics of conductivity cell.
図6. 電導度素子のインピーダンス周波数特性.
Fig. 7は,試作した電導度セルであり,パイレックス管に白金電極を取り付けた3電極方式を用いた.電極には白金リングを用いた.Fig. 8は,白金黒メッキ処理後の電導度セルである.多数の微小な凹凸により光が散乱して白金が黒く見える.
Conductivity cell before platinum plating.
図7. 白金電極の電導度セル.
Conductivity cell after platinum plating.
図8. 白金メッキ処理後の電導度セル.
電導度センサーは,高精度が要求されるため,圧力あるいは温度ストレス,振動等で電極が動かないようにする必要がある.特に,電導度検定の再現性を向上させるためにも電極の固定方法は重要である.白金リングとガラス管との密着性の向上と,電極リード線が動いた時に電極が動かないようにする等の対策を取り入れた.
電導度セルを保護する樹脂モールドも,圧力あるいは温度ストレスに加えて,防水性を考慮した構造とする必要がある.エポキシ系の樹脂とガラス管(パイレックス)の線膨脹率は1桁異なるので,樹脂の歪みにガラス管が追従出来るようにしなければならない.ガラス管の歪み(線長の歪み)をどの程度許容するかを概算すると以下のようになる.
\begin{equation} \mathrm{\Delta R/R \propto 2\Delta f/f} \end{equation} | (1) |
従って,ガラス管の歪みを1 $\mu $m以下にしなければならない.JES10では,ガラス管の歪みに追従出来る硬度60度のエラストマー樹脂を用い,防水処理も兼ねた.また,SUS台座との密着性を高めるため,台座に“荒らし”処理をして,表面積を増大させた.モールドした電導度セルをFig. 9に示す.
Resin molded conductivity cell.
図9. モールドした電導度セル.
圧力センサー素子には,リニアリティ,ヒステリシスおよび再現性に優れた半導体ストレイン・ゲージを用いた.SiベースのMEMS技術で製作されるが,日本でも製作されるようになっている.半導体ストレイン・ゲージでは,拡散抵抗の歪みによる抵抗変化(ピエゾ抵抗効果)を4個の拡散抵抗で構成されるブリッジ回路で生じた電位差で検出する.この抵抗変化は温度係数を持っているので,温度補償回路を内蔵している圧力センサー素子を採用した(センシズ社製,型式ZWE-010MP).Fig. 10に圧力センサー素子を示す.
Pressure transmitter using silicon strain gauge.
図10. 半導体ストレイン・ゲージの圧力センサー素子.
JES10の信号処理では,センサー素子が感応する物理量をデジタル化し,センサー素子特有の特性式からセンサーの物理量を計算処理する.信号処理には,センサーの要求分解能である0.0001℃,0.00001 S/mという高分解能な処理方式と回路が求められる.必要な分解能が得られれば,センサーの初期精度は,検定バスの検定精度(基準器の精度,バス内での水温・電導度の均一性等)とセンサー特性式の近似精度・演算精度でほぼ決まる.回路の素子バラつきや回路のオフセット電圧等は,センサー検定で吸収できる.水温センサーではサーミスタの自己加熱が問題となるため,精度への影響を無視できるようなサーミスタ駆動が必要となる.圧力センサーは,圧力検定で素子のバラつきを吸収できる.
水温・電導度のセンサー素子はいずれも抵抗器(電導度セルは交流抵抗器)であることから,物理量をデジタル化する方式としては,以下の2つの方式がある.
(1) AD変換方式AD変換方式は,センサー素子に電流を供給し,発生した電圧をAD変換して信号処理する.以下の特徴がある.
周波数カウンタ方式は,センサー素子の抵抗値で周波数が変化する発振回路の発振周波数を周波数カウンタで測定して信号処理する.以下の特徴がある.
センサー素子の特性を近似する特性式を以下に述べる.特性式の係数は,センサー検定結果から最小二乗近似で求める.
(1) 水温センサーNTC型のサーミスタは,経験則から生まれたSteinhart & Hart多項式が抵抗と温度との関係を最もよく表わす数式と言われている.検定バスの安定度あるいはサーミスタ素子の個体差はあるが,0.0001℃以下の精度で近似できている例がある(SBE 3S,data sheet).JES10では,以下の3次の多項式で近似した.$T$は水温,$R$はサーミスタの抵抗値である.
\begin{equation} 1/T=a+b\times \ln (R)+c\times \ln (R)^{2}+d\times \ln (R)^{3} \end{equation} | (2) |
電導度センサーの特性式は,以下の5次多項式を用いた.Cは電導度,fcは電導度回路の発振周波数である.
\begin{equation} C=f\times fc^{5}+e\times fc^{4}+d\times fc^{3}+c\times fc^{2}+b\times fc+a \end{equation} | (3) |
電導度セルが海中で圧力を受けると,電導度セルの形状が歪む.圧力を受けるとセルの長さと断面積が小さくなり,電導度が低い値になる.セルの形状がどう歪むかは,以下の式で求めることが出来る.
\[ Ccor=C / (1+Cp\times P) \] | (4) |
\[ Cp=-(1-2\upsilon )/E \] | (5) |
電導度セルの線膨脹係数により,セルの長さが温度により変化する.温度が高くなるとセル長が長くなり電導度は低い値になる.
\begin{equation} Ccor=C / (1+Ct\times T) \end{equation} | (6) |
\begin{equation} Ccor=C / (1+Ct\times T+Cp\times P) \end{equation} | (7) |
\[ Ct = 3.25 \times 10^{-6}\ (/℃),\quad Cp = -9.57 \times10^{-8}\quad \text{(/dbar)} \] |
半導体ストレイン・ゲージの圧力素子の入出力特性はリニアリティに優れているが,より高精度に近似するために3次の多項式を用いた.ここで,$x$はブリッジ回路の出力電圧である.
\begin{equation} P=K00+K10\times x+K20\times x^{2}+K30\times x^{3} \end{equation} | (8) |
温度補償のための半導体ダイオードをオンチップしたDruck社製の圧力素子の場合,以下のような多項式が係数と共に提供される.この素子を用いる場合,圧力検定結果から入出力特性を線形補正して,経年変化による劣化を較正する事になる.
\begin{equation} P=\sum\limits_{i=0}^3 \sum\limits_{j=0}^4 Kij\times x^{i}\times y^{j}\quad (mbar) \end{equation} | (9) |
JES10では,当初Druck社製を採用してきたが,センシズ製も精度,温度特性共にDruck社製と同等である事から,センシズ社製を採用している.
4.2 特性式の演算形式MCU(16 bit CPU)で処理する演算形式と特性式の計算精度を評価した.4.1で述べた特性式を用いてシミュレーションを実施した結果をTable 1に示す.表計算ソフトExcel(Double 64 bit Floating)で計算した結果と比較すると,32 bit浮動小数点形式では,電導度および圧力の近似精度が十分ではない.このため,JES10では64 bit倍精度浮動小数点形式を用いることとした.また,シミュレーション時のMCUのCPU cycle数から計算した演算時間(CPUのクロック周波数5 MHzに比例)をTable 2に示す.64 bit倍精度浮動小数点形式としても,演算時間は僅かである.
Characteristic Equation | Double 32 bit Floating | Double 64 bit Floating | ||
---|---|---|---|---|
Calculation | Residual | Calculation | Residual | |
Temp. (℃) | 32.50009 | 0.00003 | 32.50006 | 0.00000 |
Cond. (S/m) | 4.75470 | 0.00221 | 4.75249 | 0.00000 |
Press. (mbar) | 18289.4936 | 3.7374 | 18285.7561 | 0.0000 |
Characteristic Equation | Double 32 bit Floating | Double 64 bit Floating | ||
---|---|---|---|---|
CPU cycle | CPU time (ms) | CPU cycle | CPU time (ms) | |
Temperature | 34014 | 7 | 111378 | 22 |
Conductivity | 294432 | 59 | 1119438 | 224 |
Pressure | 45070 | 9 | 153195 | 31 |
センサー信号を処理する回路に要求される分解能について述べる.尚,センサー素子の感度特性は,センサーの検定結果から算出した.
(1) 水温センサーAD変換方式は,サーミスタ素子に発生した信号電圧を測定する事となるので,測定できる最小電圧分解能(Vmin)とAD変換の入力電圧範囲(Vrange)から分解能を求めることができる.サーミスタ感度($S_{T}$,$\Omega $/℃),水温分解能($Res_{T}$,℃),サーミスタの駆動電流($Is$)とすると,Vminは以下で表わされる.
\begin{equation} V\mathrm{min} =S_{T} \times Res_{T} \times Is \end{equation} | (10) |
\begin{equation} Res=\log (Vrange/V \mathrm{min} )/\log 2 \end{equation} | (11) |
JES10で使用するサーミスタ(室温で10 k$\Omega$)の感度,サーミスタ駆動電流(4 $\mu $A),水温分解能0.0001℃(rms値)から求めた分解能をTable 3に示す.AD変換の入力電圧範囲は,156.25 mVとした.Table 3から,水温信号処理に必要な分解能は20.1 bitとなる.peak to peakの分解能で評価すると17.4 bitである.
Temp. (℃) | Thermistor Sensitivity (Ω/℃) | Voltage Resolution (uV) | Resolution (bit, rms) |
---|---|---|---|
1.0 | 1,564 | 0.60 | 18.0 |
32.5 | 338 | 0.14 | 20.1 |
周波数カウンタ方式は,サーミスタ素子の抵抗値を周波数に変換して,この発振周波数をカウントする方式である.必要な周波数分解能($R_{freq}$)は以下で表わされる.
\begin{equation} R_{freq} =S_{T} \times Res_{T} \end{equation} | (12) |
Temp. (℃) | Thermistor Sensitivity (Hz/℃) | Frequency Resolution (mHz) |
---|---|---|
1.0 | 62 | 6.2 |
32.5 | 96 | 9.6 |
電導度センサーの信号処理方式も水温の周波数カウンタ方式と同様であるので,信号処理に求められる分解能はTable 5のようになる.尚,目標の電導度分解能は0.00001 S/mである.
Conductivity (S/m) | Conductive Sensitivity (Hz/S/m) | Frequency Resolution (mHz) |
---|---|---|
6.1 | 335 | 3.3 |
3.0 | 480 | 4.8 |
圧力センサーの信号処理は,抵抗ブリッジに発生した電位差をAD変換して処理する事から,水温センサーのAD変換方式と同様に必要な分解能を求めることができる.但し,圧力センサーの場合,Full Scale(FS)に対する分解能となる.信号処理回路の最小電圧分解能は,以下で表わされる.ここで,圧力分解能($Res_{P}$,%FS),FS圧力値($FS_{P}$),圧力感度($S_{P}$,mbar/mV)である.
\begin{equation} minV=Res_{p} \times FS_{p}\Big/S_{p} \end{equation} | (13) |
使用する圧力センサー素子をD社,FS圧力値を10 MPa,AD変換の入力電圧範囲は312.5 mV,必要な圧力分解能を0.002%Fとすると,圧力信号処理に要求される分解能はTable 6のようになる.Table 6から,圧力信号処理に必要な分解能は17.0 bitとなる.peak to peakの分解能で評価すると14.3 bitである.
Temp. (℃) | Pressure Sensitivity (mbar/mV) | Voltage Resolution (uV) | Resolution (bit, rms) |
---|---|---|---|
-3 | 776 | 2.6 | 16.9 |
40 | 856 | 2.4 | 17.0 |
センサー信号を処理する信号処理回路の回路構成,設計,回路基板の性能について述べる.
5.1 AD変換方式の水温信号処理回路係留系向けのJES10の水温信号処理回路では,長期安定性に優れ,高分解能が特徴のAD変換方式を用いた.具体的な構成は以下の通りである.
(1) 高精度化電源電圧Vcc,オフセット電圧等の誤差,変動を最小限にするために,基準抵抗Rsとサーミスタ抵抗Rtとに発生する電圧の比(Vt / Vs)でRtの抵抗値を測定できるレシオメトリックな回路構成を用いた.Rtは以下の式で表わされる.
\begin{equation} Rt=Rs\times (Vt / Vs) \end{equation} | (14) |
抵抗器で発生する電圧Vs,Vtは,低雑音で低消費電力が特徴な24 bitの$\Sigma $-$\Delta $型AD変換LSIを用いてデジタル化した.具体的なAD LSIには,水温の要求分解能を実現可能で消費電流が少ないAnalog Device製のAD7799を採用した.このAD LSIは,チョッピング型アンプを内蔵し,長期係留に対応できる低消費電力が特徴である.またセンサー信号を増幅するアンプを内蔵している事から,サーミスタ素子とAD LSIとを直結してオペアンプ等の余計な雑音源を無くした.
(3) サーミスタの自己加熱サーミスタの自己加熱による測定誤差を低減するために,サーミスタRtの消費電力をsub-$\mu$Wとなるように低電流(4 $\mu$A)で駆動するようにした.この電流値は,高抵抗器R1, R2(600 k$\Omega$)と電源電圧でほぼ決まる.この抵抗器には,水温検定の誤差を無視できるように温度係数が2 ppm/℃と小さく,熱雑音も小さい抵抗器を用いた.
長期安定性 (4)水温の長期安定性は,サーミスタ抵抗値Rtが(14)式で表わされるので,基準抵抗器Rsとサーミスタ素子自身の経年特性で決まる.サーミスタ素子については,3.1で述べた通りである.基準抵抗については,長期安定性に優れたハーメチック・シールの金属箔抵抗を採用した.この抵抗器をFig. 11に示す.この抵抗器の安定性は,カタログ値で±5 ppm/10,000 hrである.また温度係数も2.5 ppm/℃と小さい.
Hermetically Sealed foil resistor.
図11. ハーメチック・シールの金属箔抵抗.
一般的に,単発の測定値よりも,複数の測定値を平均化した方が分解能を上げることが出来る.AD変換回数などの制御はMCUで行なうが,水温および圧力信号処理回路では,4回の測定値を平均処理した.また平均処理は,最大値と最小値を除いて平均処理している.以下,平均処理とはこの方法による.
試作した回路基板での水温信号処理回路の分解能を測定した結果をFig. 12に示す.AD変換のサンプリング・レートを上げると分解能は悪くなるが,rate 8.33 Hzでpeak to peak分解能が18.6 bitであり,要求分解能(Table 3)を満足する事が出来る.
Resolution of temperature signal processing circuit.
図12. 水温信号処理回路の分解能測定結果.
圧力センサーは,水温センサーのような高精度・高分解能を必要としない.圧力センサー素子の抵抗ブリッジあるいは温度補償ダイオードの出力電圧を直接AD変換する構成である.高精度を要求されないので,レシオメトリックな構成としていない.AD変換LSIには,水温信号処理回路と同じAD7799の24 bit$\Sigma $-$\Delta $型のAD LSIを用いた.回路分解能の測定結果をFig. 13に示す.サンプリング・レートが40 Hz程度までは要求分解能を満たす事が出来る.
Resolution of pressure signal processing circuit.
図13. 圧力信号処理回路の分解能測定結果.
電導度信号の処理方式には,電導度素子の電極間の交流抵抗値を測定するAD変換方式と,抵抗値を周波数に変換して測定する周波数カウンタ方式とがある.AD変換方式は長期安定性に優れているが,電導度素子を交流駆動する周波数を考えるとサンプリング・レートを上げる必要があるので,分解能を上げるのが難しくなる.周波数カウンタ方式は,高速サンプリングが可能で,高分解能化も容易である.JES10では,周波数カウンタ方式を採用した.
電導度信号処理回路の基本構成は,電導度素子の抵抗値を周波数に変換するRC発振回路,発振回路の正弦波出力信号を方形波に変換するコンパレータ回路,および周波数カウンタ回路で構成した.
5.3.1 RC発振回路発振回路には,周波数安定化が容易なオペアンプ2段で構成したWien Bridge RC発振回路を採用した.回路構成をFig. 14に示す.この発振回路の発振周波数Fsは,抵抗R,コンデンサC,電導度素子からなるバンドパス・フィルタの中心周波数で決まる.Fsは以下で表わされる.
\[ Fs=1 / 2\pi RC\sqrt{\alpha} \] | (15) |
Wien bridge oscillator circuit.
図14. Wien Bridge RC発振回路の構成.
発振周波数の長期安定性は,周波数値を決める抵抗$R$, コンデンサ$C$および周波数カウンタ回路に使用する基準クロックの安定性で決まる.抵抗$R$には,長期安定性に優れ,温度係数が小さい(2.5 ppm/℃)金属箔抵抗器を用いた.コンデンサには,長期安定性に優れた温度補償型積層セラミックコンデンサ(COG型コンデンサ)を用いた.電導度素子の抵抗値(交流抵抗値)は数百$\Omega $と小さいので,発振周波数を低く抑えるために150 nFと大容量のCOG型コンデンサを用いている.基準クロックには,通信機器に使用実績のある温度補償水晶発振器(TCXO)を用いた.TCXOの周波数経年変化は,$\pm 1.0\times 10^{-6} \max/\text{year}$である.また,その他の抵抗器についても,発振周波数の温度特性を無視できるように,温度係数が小さい(5 ppm/℃)金属箔抵抗器を用いた.
発振回路に使用するオペアンプ(A1, A2)は,大容量のコンデンサを駆動するために大きな駆動能力が必要である.さらに歪みの小さい正弦波発振が望ましい.これらの観点から,オペアンプには,電源電圧まで振幅出来るRail to Rail型で,大きな出力電流容量,電源電流値の観点から選択した(TI社製,TLV2462).
5.3.2 コンパレータ回路コンパレータは,RC発振回路の正弦波を周波数カウンタでカウントできるように方形波にする.入力信号の中間点で方形波にするが,入力信号に重畳しているノイズがあると,出力信号がチャタリングして周波数カウント誤差となり(トリガ・エラー),周波数分解能が悪くなる.このため適切なヒステリシス特性を持ったコンパレータを持つICを選択した,また,高速,低電力,Rail to Rail型,単一電源という観点からIC品種を選択している.
5.3.3 周波数カウンタ回路周波数のカウント方式には,直接計数方式とレシプロカル方式とがある.直接計数方式は,ゲート時間内での入力信号の繰り返し数を計数する方式である.計数する周波数が低いと有効桁数が低下する.レシプロカル方式は,測定信号の周期(時間)を基準クロックで測定し,その逆数を測定周波数とする方式である.周波数分解能は,基準クロックの周波数が高いほど向上する.しかし,基準クロックの周波数を上げるのには限界があり,ゲート時間を長くして分解能を上げるのが一般的である.
JES10では,プロファイル系にも適用できるように比較的速いサンプリング・レートにも対応でき,高分解能も可能な,両方式を併用したハイブリッド方式を用いた.基本構成をFig. 15に示す.波数カウント回路(Wave Counter)は,直接計数方式を用いて計測期間(サンプリング・レートの周期)でのセンサー信号の波数(繰り返し数)Nsを計数する.波数カウント回路だけでは端数の時間が生じるので,この端数時間をレシプロカル方式の時間カウント回路(Time Counter)で計数する.各回路のタイミングチャートをFig. 16に示す.
Frequency counter configration of hybrid system.
図15. 周波数カウンタ回路の基本構成.
Timing chart of Frequency counter circuit.
(1) Timing chart of Time Counter
図16. 周波数カウンタ回路のタイミングチャート.
Timing chart of Frequency counter circuit.
(2) Timing chart of Wave Counter
図16. 周波数カウンタ回路のタイミングチャート.
この計数結果から,センサー信号の周波数Fsは,以下の式から求まる.
\[ 1/Fs=\Bigg(\frac{1}{\mathit{rate}}+\Delta T2-\Delta T1 \Bigg)\ \Bigg/\ Ns \] \[ \text{ここで,}\left(\Delta T1=\frac{Nt1}{F_{ref}},\quad \Delta T2=\frac{Nt2}{F_{ref}}\right) \] | (16) |
\begin{equation} Ns=N2-N1 \end{equation} | (17) |
以上述べたように,発振回路の周波数は,時間および波数ともにカウント値の差で求められるので,同相のカウント・エラーを吸収することが出来る.また,カウント・エラーおよびトリガ・エラーはランダムで発生するが,ゲート時間を長くしてカウント値を平均化すれば,分解能をさらに上げることが出来る.
周波数カウンタは,基板実装後でも回路修正が可能であるプログラマブルな論理デバイスCPLD(Complex Programmable Logic Device)を用いて,1チップで実現した.具体的には,スタンバイ電流が16 $\mu $Aと超消費電力であるXilinx社のCoolRunner-IIシリーズを用いている.基準クロックには,周波数16.368 MHzの温度補償水晶発振器(TCXO)を用いた.
5.3.4 分解能周波数カウンタ回路の分解能は,サンプリング・レート(rate)を下げるほど,あるいは基準クロック信号の周波数Frefを上げるほど高分解能となる.従って,分解能(bit)は,以下のようになる.
周波数カウンタ回路の分解能 = log(Fref/rate)/log2 (bit) 電導度の分解能は,各センサー素子の感度特性および周波数カウンタ回路の分解能から決まる.周波数カウンタ回路の分解能の式から,周波数の最小分解能(Hz)は以下のようになる.
\[ 24 * 4,000/16,368,000 = 0.0052 \text{Hz}\quad (5.2 \text{mHz}) \] |
これらの設計値は,目標とする分解能を満足していないが,前述したようにゲート時間(変換サイクル数)を長くしてカウント値を平均化処理すれば,分解能をさらに上げることが出来る.Fig. 17に実際の回路基板を用いて,ゲート時間を長くした時の周波数分解能(rms値)の実測値を示す.ここで,変換サイクル数(Sample number)は平均化する変換数であり,測定レート(rate=24 Hz)の整数倍である.変換サイクル数が1では目標の分解能を満たさないが,2以上で目標分解能(Table 5)を実現し,6以上では分解能が飽和する.
Frequency resolution of conductivity signal processing Circuit.
図17. 電導度信号処理回路の周波数分解能の測定結果.
プロファイル系CTDセンサーでは,センサーが海中で移動するために,塩分スパイクを小さくするような構成とする必要がある.塩分スパイクを最小とするには,以下が必要である.
3.で述べた周波数カウンタ方式の電導度信号処理では,24 Hzの測定レートでサンプリングできるので,42 ms(=1/24)の細かい時間でゲート時間を調整できる.さらに,TC delay値も42 ms単位で調整できる.このことから,プロファイル系JES10の水温信号処理回路には,AD変換方式に代わって周波数カウンタ方式を用いた.回路構成は電導度信号処理回路と同様である.
サーミスタの自己加熱が問題となるが,検定バスでの測定結果例をFig. 18に示す.
Self-heating effect of thermistor. In the case of a thermistor driven by an oscillation circuit.
図18. 検定バスで測定したサーミスタ自己加熱の例.
Fig. 18は,最初の検定温度である32.5℃の前の高温安定点(約34℃)で,水温信号処理回路の発振周波数を電源ONから直ちに24 Hz毎に測定した約17秒間の結果である.電源ONから1秒経過して,平均的に0.0005℃の上昇が見られるが,検定バスの安定度が0.001℃以内であることから,サーミスタの自己加熱の影響は無視できると考える.尚,水温と電導度信号処理回路に各々周波数カウンタが必要となるが,1チップのCPLDに実装している.基準クロックは,CPLDの消費電流を抑えるために基本周波数10.0 MHzとしている.
周波数の最小分解能(Hz)は以下のようになる.
例えば,rate = 24 Hz,Fs = 5,314 Hz,Fref = 10.000 MHzとすると,
\[ 24 * 5,314/10,000,000 = 13 \text{mHz} \] |
Fig. 19に試作した回路基板を用いて測定した周波数分解能を示す(サーミスタの代わりに金属箔抵抗 7 k$\Omega $を接続して測定).変換サイクル数が1では目標分解能(Table 4)を満たさないが,4以上で目標分解能を実現し,8以上では分解能が飽和する.変換サイクル数4は,時定数167 ms(=4/24 Hz)に相当する.
Frequency resolution of temperature signal processing circuit by frequency counter.
図19. 周波数カウンタ方式水温信号処理回路の 周波数分解能の測定結果.
TRITON Buoy等係留系のCTDセンサーでは,測定回数が6回/hourと少ないので,非測定期間でのスタンバイ電流値を如何に下げるかが設計のポイントになる.JES10の信号処理回路では,測定時だけActiveにし,非測定時はStandby状態にするように,パルス状に電源供給するパルス電源起動方式を用いた.信号処理回路の電源ICに,Shutdown機能を持ったリファレンス電源ICを用い,非測定期間は信号処理回路に電流を供給しないようにファームウェアで制御している.また,信号処理回路の分解能への影響を抑えるために,出力電圧の温度係数あるいは雑音の小さい電源IC(ADR395B,3 $\mu $A at Standby)を選択した.
論理回路系もパルス電源駆動を採用して消費電流を抑えている.これらの制御にはStandby mode時の電流が2.6 $\mu$Aと小さい16 bit RISC CPUのMSP430系を採用した.動作時も0.5 mA/1 MHz(2.5 mA, at 5 MHz)と少ない電流で高速演算処理できる.
これらの低消費電力化の対策により,JES10の非測定期間での消費電流は34 $\mu $A,電磁誘導モデムIMMを搭載した場合も60 $\mu $Aと小さい.
5.6 回路構成高分解能を実現するための回路部品の選定については,これまでの章でも述べた.この他,性能に影響を与える抵抗器についても温度変動による影響を無視できるように温度係数が2.5 ppm/℃と小さい抵抗器を使用している.センサーの時刻を制御するReal Time Clock module(RTC)には,温度補償発振器(DTCXO)を搭載した高精度版のRTCを用いている.精度は月差9秒程度である.また,測定結果を記録するフラッシュメモリには,Serial IFの64 Mbitメモリを用いた.
試作した係留系およびプロファイル系の回路基板の主な諸元をTable 7~10に示す.
Item | Temperature | Conductivity | Pressure |
---|---|---|---|
Signal Processing | 24 bit A/D conversion | Frequency Counter | 24 bit A/D conversion |
Cycles to average | 4 | 12 | 4 |
Sampling rate | 8.33 Hz | 24 Hz | 16.7 Hz |
Reference Clock | ? | 16.368 MHz | ? |
Sequence | Temperature -> Conductivity -> Pressure -> Calculation | ||
Memory space | 244,788 samples |
Item | Temperature | Conductivity | Pressure |
---|---|---|---|
Signal Processing | Frequency Counter | Frequency Counter | 24 bit A/D conversion |
Sampling rate | 24 Hz | 24 Hz | 33.3 Hz |
Reference Clock | 10.000 MHz | 10.000 MHz | ? |
Sequence | Temp. and Cond. Simultaneous sampling -> Pressure -> Calculation |
mode | Current consumption (mA) | Acquisition time (sec) |
---|---|---|
Quiescent | 0.06 | ? |
Cond. sampling | 13.7 | 0.5 |
Temp. sampling | 3.2 | 1.2 |
Press. sampling | 5.8 | 0.6 |
Calculation | 3.2 | 0.4 |
mode | Current consumption (mA) | Acquisition time (sec) |
---|---|---|
Quiescent | 0.03 | ? |
Cond. & Temp.sampling | 11.2 | equal to Temperature time constant |
Press. sampling | 5.8 | 0.3 |
Calculation | 3.2 | 0.4 |
これらの値を用いてTRITON Buoyに係留した時の係留可能な期間は,2.2Ah(3.6V)のリチウム電池を6個(2段直列,3並列構成)用いると,約6年間となる.ここで,ロガーへの測定結果の送信回数を1回/時間,通信時間110秒として計算した.
係留系及びプロファイル系の回路基板はいずれも1枚の回路基板に収めた.また,係留系の回路基板は裏面に電磁誘導モデム(IMM)モジュールを搭載できる.回路基板の写真をFig. 20,21に示す.
Printing circuit board of mooring system CTD.
図20. 係留系のCTD回路基板.
Printing circuit board of profiling float CTD.
図21. プロファイル系のCTD回路基板.
係留系に使用するJES10センサーは,設置深度が500 mより浅い事から,従来のチタン製耐圧容器に替ってSUS316LとPOMを用いた安価な容器とした.電磁誘導モデム(IMM)を搭載したJES10-CTDIMセンサーの外観写真をFig. 22に示す.また,プロファイル測定の各種試験器として試作したJES10-Proセンサーの外観写真をFig. 23に示す.このセンサーでは,プロファイル測定時での塩分スパイクを最小とする条件を検討するために,新たに試作した水中ポンプを取り付けている.
JES10-CTDIM sensor with IMM for mooring system.
図22. JES10-CTDIMセンサーの外観写真.
JES10-Pro sensor with water pump for profiling float.
図23. JES10-Proセンサーの外観写真.
水温・電導度(CT)検定及び水温(T)検定結果の例をFig. 24, 25に示す.CT検定装置は,SBE37を検定している装置を使用した(松本ほか,2001).基準器にはSBE3およびSBE4を使用しており,検定バスの安定度は0.001℃以内である.検定バスの制御は,SBE37の検定に準じた方法である.係留系およびプロファイル系いずれも,水温特性式の精度は0.0001℃以下と高精度な近似となっている.電導度特性式も0.00001 S/m以下と高精度である.初期精度は,使用している検定バスの安定度を考えると,係留系およびプロファイル系いずれも,目標値をクリアしていると言ってよい.
Calibration data of temperature and conductivity of mooring system CTD sensor.
図24. 係留系CTDセンサーのCT検定結果例.
Calibration data of temperature of Profiling float CTD sensor.
図25. プロファイル系CTDセンサーのT検定結果例.
通常,CTDセンサーのCT検定では,検定の品質を上げるために,検定を2回実施する.1回目の検定結果で算出した特性式係数を設定して2回目の検定を実施し,基準器との差が基準値をクリアしているかを評価する(検定の再現性).この基準値は,7設定温度での基準器との差のRMS値で,水温は0.005℃以内,電導度は0.0005 S/m以内である.検定の再現性の例をFig. 26, 27に示す.係留系,プロファイル系のいずれもCT検定の再現性の基準をクリアしている.尚,プロファイル系のC検定,検定再現性は,係留系と同様の結果が得られており,電導度素子の構造と駆動方式・回路構成が係留系と同じであるので,ここでは省く.
Reproducibility of CT calibration of mooring system CTD sensor.
図26. 係留系CTDセンサーのCT検定再現性例.
Reproducibility of T calibration of profiling float CTD sensor.
図27. プロファイル系CTDセンサーのT検定再現性例.
JES10 CTDセンサーは,TRITON あるいはm-TRITON buoyの設置・回収航海(みらい等)を利用し,現在までに11回の航海で各種試験・評価を行なってセンサーの品質を改良してきた(KY09-01,MR09-04,MR10-07,MR11-06,MR12-03,KY12-08,MR13-01,MR14-01,MR14-06,MR15-04,MR16-08).本章では,改良を重ねた最近の実海域試験から,CTD castingおよびブイへの係留試験結果の一例,プロファイル計測の課題について述べる.
7.1 CTD castingによる評価 7.1.1 CTD castingによる評価CTD castingでは,9 Plus搭載のCTD 採水器のフレームにJES10を取り付けて,9 Plusとの比較からJES10の検定,応答特性,水温の圧力依存性について評価した.JES10は,9 Plusの近傍に,かつセンサー素子の高さを揃えるようにCTDフレームに取り付けた.JES10を取り付けたCTDフレームの写真をFig. 28に示す.JES10と9 Plusとの測定結果の比較方法は,両者の水温の応答速度が大きく異なることから,CTDフレームの上昇時に所定の深度で5分間停止させて,停止期間の平均値で比較した.停止させた深度は,500 m, 300 m, 200 mの3点である.また,海流やCTDフレームの上下の揺れ等により9 Plusの測定値が安定していないと精度良く比較できない.このため,停止期間中で9 Plusの水温値が安定している期間を選択して,同じ期間での平均値で比較した.尚,測定間隔は,JES10-CTDIMが7秒,JES10-Proが3秒,9 Plusが1秒である.
SBE 9 Plus CTD frame with JES10 sensors attached.
図28. JES10センサーを取り付けたCTDフレーム.
水温及び電導度の応答特性をFig. 29, 30に示す(R/V Mirai Cruise Report, 2017).いずれも9 Plusに良く追従している事が分かる.
Response characteristic of mooring system CTD sensor (2-Dec-16, 13N 137E, depth:500 m, MR16-08 cruise).
図29. 係留系CTDセンサーの水温・電導度応答特性 (2016 12/2, 13N 137E, 深度500 m, MR16-08 cruise).
Response characteristic of profiling floar CTD sensor (2-Dec-16, 13N 137E, depth:500 m, MR16-08 cruise).
図30. プロファイル系CTDセンサーのCT応答特性 (2016 12/2, 13N 137E, 深度500 m, MR16-08 cruise).
水温の圧力依存性については,9 Plusの測定値との比較結果の例をTable 11に示す.(a)はサーミスタ・プローブの内部充填剤に硬質のエポキシ樹脂を用いた水温センサー,(b)は,内部充填剤に柔軟なシリコン系樹脂を使用した水温センサーならびに圧力センサー,(c)は,図9の電導度 セルを使用したCTDセンサーの比較結果である.エポキシ樹脂充填では,顕著な水温の圧力依存性が見られたが,シリコン系樹脂を用いた事により,圧力依存性が大幅に改善された事が分かる.Table 11-cからは,停止期間中での9plus測定値の変動(水温,電導度の標準偏差値)が大きな海域であったが,電導度の特性が改善され検定の再現性基準に近い値が得られている.塩分は,プロファイル系計測の目標精度0.01をほぼクリアしている.サーミスタ・プローブの圧力変形に伴う水温の圧力依存性についても,検定の再現性基準内である.
Depth | Temp. (degC) |
---|---|
1000 m | 0.0462 |
750 m | 0.0392 |
300 m | 0.0248 |
100 m | 0.0162 |
Depth | JES10-Pro SN003 | |||
---|---|---|---|---|
Press. (dbar) | Temp. (degC) | Cond.(S/m) | salinity | |
1000 m | -0.31 | 0.0021 | -0.00152 | -0.019 |
500 m | -0.41 | 0.0024 | -0.00145 | -0.017 |
300 m | -0.32 | 0.0006 | -0.00166 | -0.017 |
Depth | JES10-CTDIM SN004 | JES10-Pro SN003 | 9 Plus Standard deviation | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Temp. | Cond. | salinity | Temp. | Cond. | salinity | Temp. | Cond. | |
(degC) | (S/m) | (degC) | (S/m) | (degC) | (S/m) | |||
500 m | 0.0041 | -0.00050 | -0.010 | 0.0048 | -0.00059 | -0.011 | 0.0048 | 0.00049 |
300 m | -0.0061 | -0.00121 | -0.006 | -0.0041 | -0.00115 | -0.008 | 0.0082 | 0.00077 |
200 m | -0.0067 | -0.00113 | -0.004 | -0.0025 | -0.00088 | -0.006 | 0.0073 | 0.00077 |
CTDセンサーが移動しながら計測するプロファイル測定では,塩分スパイクが無い事,センサーの移動に追従出来る高速応答性が求められる.塩分スパイクを最小限とするためには,同じ海水で水温と電導度とを計測する必要がある.このためには,以下の必要がある.
水温の時定数はサーミスタ・プローブの熱時定数で決まるが,必要な分解能も考慮してGate Timeを調整する.電導度の時定数は,電導度セル自体に時定数は無いが,電導度セルの電極間の流量で決まる.水中ポンプを用いて海水を電導度セルに流す場合には,水温と同じGate Timeとなるようにポンプの回転数を調整する.試作した水中ポンプの例をとると,JES10の電導度セルの実質体積Aは1,257 mm$^{3}$であり,Gate Time = 0.25 secとするにはポンプの流量Sは,1,257/0.25 = 5 mL/sec(300 mL/min)となる.Fig. 31は試作した水中ポンプの流速の特性である.この水中ポンプはPWM(Pulse Width Modulator)方式で回転数を調整している.電源電圧12Vで所望の流量が得られている.この時の電源電流は60 mAである.
Flow rate vs. supply voltage of water pump.
図31. 水中ポンプの電源電圧と流速特性.
TC delay を正確に設定する重要性を示すために,9 Plus の計測データを用いて,本来のTC delay 値 (0.0073 sec)を 0.5 sec に変更した場合の塩分データ例を Fig. 32 に示す.TC delay値の僅かな変更で塩分スパイクが大きくなる事が分かる.
An example of Alignment of T and C at 9 Plus (2-Dec-16, 13N 137E, MR16-08 cruise).
図32. 9 PlusにおけるTC delayのmisalignmentの例 (2016 12/2, 13N 137E, MR16-08 cruise).
Gate Time とTC delay の設定は,JES10-Proでは水温および電導度の信号処理に周波数カウンタ方式を用いている事から,いずれも24 Hz単位(42 ms)で調整できる.また,JES10-Proでは,塩分スパイクを最小とする条件を見つけるために,水温と電導度の発振周波数を24 Hz毎に計測し,パソコン上でGate TimeおよびTC delayをパラメータにして塩分を計算出来るようにした.
水中ポンプを搭載したJES10-Proの実海域でのプロファイル計測の検証(Gate Time とTC delayの最適値,水温変化にどの程度追従出来るか等)は,海域での試験を予定している.
7.2 長期係留試験JES10の長期安定性を評価するために,ブイに係留させた.水温および電導度の経年変化特性例を以下に述べる.水温については,m-TRITONに係留させたTDセンサーの係留後の特性をFig. 33に示す(R/V Mirai Cruise Report, 2014).Fig. 33は深度500 mに約2年間設置した後に検定した時の基準器との差(Drift)特性である.経年変化は,設定温度7点の値で二乗平均(rms値)すると0.0014 degC/yearとなる.この係留では3台のTDセンサーが回収されたが,他の2台の経年変化はrms値で0.0015,0.0018 degC/yearであった.いずれも,SBE37の水温経年変化の仕様0.0002 deC/month(年換算で0.0024 deC/month)以下である.
Drift characteristic of temperature sensor (JES10-TD
SN005, deployment date: 1-Feb-15, recovery date:21-Nov-16, 8S 95E, depth:500 m).
図33. 水温センサーの経年特性例 (設置日2015 2/1, 回収日2016 11/21, 8S 95E, 深度500 m).
電導度の特性例をFig. 34に示す(R/V Mirai Cruise Report, 2014).深度501 mに約1年間係留させたCTDセンサーのDrift特性である.月換算では,設定温度7点でのRMS値で0.00034 S/m/monthであり,SBE37の電導度経年変化の仕様0.0003 S/m/month相当であった.
Drift characteristic of conductivity sensor(JES10-CTD SN004, deployment date: 30-Jan-14, recovery date:6-Feb-15, 5S 95E, depth:501 m).
図34. 電導度センサーの経年特性例 (設置日2014 1/30, 回収日2015 2/6, 5S 95E, 深度501 m).
また,JES10の時刻精度を回収したJES10から評価した.時刻処理するリアルタイム・クロックには温度補償発振器(DTCXO)を用いており,その周波数精度は月差9秒程度に相当する精度を持っているが,実際に回収した3台のJES10を調べると,1.0~2.6秒/月であった.
係留系向けおよびプロファイル計測向けの高精度CTDセンサーを開発した.目標とした初期精度,水温0.002℃,電導度0.0003 S/mを実現できた.高精度を実現するために必要な高分解能のセンサー信号処理方式,回路構成を明らかにした.回路基板の性能を検証した結果,水温分解能0.0001℃,電導度分解能0.00001 S/mを満たす回路分解能が得られた.センサー素子については,圧力(深度)依存性が小さく,またプロファイル計測向けの高速応答のサーミスタ・プローブを国産化した.電導度についても,検定の精度と再現性に優れた白金電極の電導度センサー素子を国産化した.
開発したCTDセンサーは,センサー検定および実海域での試験(TRITON buoyあるいはm- TRITON buoyでの係留,CTD castingによる9 Plusとの比較試験など)を繰り返し実施して,品質改良を行なってきた.その結果,現在の海洋観測の主要機器であるSBE製(SBE37)と同等の性能が得られ,実用化の見通しが得られた.今後は,独自開発を生かして,検定データを解析からCT検定の再現性を向上させるために必要なセンサー素子の構造・製作方法あるいは検定バスの制御方法を中心に地道な改良を進めていく.また,係留データの解析からも経年特性を悪化させる要因を調べ,センサー素子あるいは回路素子の改良など地道な取り組みの継続が重要と考える.
本センサーは独自開発である事から,新しいニーズに短期間で対応できる.現在,氷縁域観測小型AUV「RAIV」および多目的観測フロートのプロファイル計測向けのCTDセンサーとして実海域評価を進めている.また,TRITON buoy等で係留されるCTDセンサーでは,電磁誘導モデムを用いた回収後の計測データの読出しが1日がかりと長いという問題があった.そこで,JES10ではBluetooth Low Energy(BLE)モジュールを搭載した回路基板を開発した.これにより,係留時の電池消耗に影響を与えることなく,読出し時間を約1/20に短縮できた(JES10比).今後,係留試験を予定している.
CTDセンサーの開発には,小規模ではあるが技術力のある多くの企業の協力を頂いた.特に,回路基板やファームウェア製作では(株)イージーメジャー,白金電極電導度セルの製作では(有)内藤理化製作所,電導度セルの樹脂モールド加工では(株)二幸技研製作所に協力を頂き,性能向上へ大きく貢献した.また,JES10の耐圧容器・実装の設計および検定プログラムは東京海洋大学准教授の田原淳一郎氏(元海洋技術開発部)が担当した.また,CTDセンサーの実海域試験,センサー検定や白金黒メッキ処理等では(株)MWJに多大なるご協力を頂いた.ここに深く感謝いたします.