JAMSTEC Report of Research and Development
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原著論文
多段抽出クロマトグラフィーを利用した地質試料に対するSr-Nd-Pb逐次化学分離法
若木 重行川合 達也永石 一弥石川 剛志
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2018 年 27 巻 p. 1-12

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Abstract

本研究では,同位体分析を行うために単一の試料溶液からSr・Nd・Pbの3元素を分離する湿式化学分離法を開発した.新手法では,元素選択制の高い3種類の抽出樹脂(Sr樹脂・TRU樹脂・Ln樹脂)と陽イオン交換樹脂を用いた4段の小型カラムクロマトグラフィーを採用し,低ブランク・高時間効率のもとにこれら3元素を逐次分離することが可能になった.新手法においてTRU樹脂は,試料溶液から選択的にNdを含む希土類元素を分離するために用いられるが,TRU樹脂のNd保持率はカラムに導入された試料溶液中のFe量に依存して大きく変化することが明らかになった.本研究では,分析試料のタイプに応じて樹脂容量の異なる3種類のカラムを用意し,それぞれの樹脂容量ごとにNd保持率の低下を起こすFe量の上限値を明らかにした.適切なNd分離を行うためには,試料中のFe濃度をあらかじめ測定し,カラムに導入する試料量をコントロールすることが必要となる.新手法によって,単一試料溶液からの3元素逐次分離を低ブランク下で行うことが可能になったため,今後,掘削試料より分離した少量の有孔虫や,岩石薄片よりマイクロドリリングで分離した極微小量の珪酸塩試料などの微小量試料に対するマルチ同位体分析への応用が期待される.

1. はじめに

長半減期の放射性同位体由来であるSr・Nd・Pb同位体比(87Sr/86Sr・143Nd/144Nd・206Pb/204Pb・207Pb/204Pb・208Pb/204Pb)は,岩石・鉱物の年代決定に用いられるのみならず,有力な同位体指標として固体地球内部あるいは地球表層環境など様々な地球化学システムにおける物質循環を追跡し,起源物質を特定する研究で多用されている.それぞれの同位体指標は,元素の地球化学的性質の違いから,異なった地球化学的プロセスの影響を色濃く反映する.火山岩や深成岩を対象とした火成岩マグマの起源物質推定や,海洋堆積物中の砕屑成分の起源解析などの研究分野においては,これら複数の同位体指標を併用し多角的な起源解析を行うことがスタンダードとなってきている(例えば,Hart et al., 1986Saitoh et al., 2015).

地質試料に対するSr・Nd・Pbの同位体分析には,表面電離型質量分析計(TIMS)や多重検出器型ICP質量分析計(MC-ICPMS)が用いられる.質量分析に際して,他の元素やあるいは有機物などの不純物が試料中に多く含まれた状態では目的元素のイオン化が阻害される.また目的元素・同位体に対して同重体干渉を生じさせる元素(例えば87Srに対する87Rb)が存在すると,分析精度・確度が大きく悪化する.これらの理由から,精度良い質量分析を行うためには,目的元素を主成分元素やその他の微量元素から化学的に分離することが必須である.

古典的なSr・Nd・Pbの湿式化学分離法としては,陽イオン交換樹脂あるいは陰イオン交換樹脂を使用したカラムクロマトグラフィーが用いられてきた.Srの分離は,HClを溶離液とした陽イオン交換カラムクロマトグラフィーで行われる(例えば,Wakaki and Tanaka, 2005).Ndの分離は二段階で行われる.まず,HClあるいはHNO3を溶離液とした陽イオン交換カラムクロマトグラフィーによって希土類元素(REE)フラクションが分離され,次に,アルファ-ヒドロキシイソ酪酸($\alpha$-HIBA)を溶離液とした陽イオン交換カラムクロマトグラフィーによってNdが他のREEより単離される(例えば,Wakaki and Tanaka, 2012).Pbの分離は,HNO3およびHBrを溶離液とした陰イオン交換カラムクロマトグラフィーで行われる(例えば,Tanimizu and Ishikawa, 2006).

これらのコンベンショナルな湿式化学分離法は目的元素の単離を実現する安定した手法であるが,微小量試料の分析や操作効率という観点からはいくつかの問題点が存在する.まず,陽イオン交換カラムクロマトグラフィーでは,陽イオン交換樹脂に試料溶液中の陽イオンを一旦吸着させるために比較的大きな樹脂容量のカラムを必要とする.カラム樹脂容量のダウンサイジングによって溶離液の使用量を減少させ,また操作ブランクを低下させることが困難である.次にNdの分離では,2段階のカラムクロマトグラフィー間で試料溶液の蒸発乾固が必要であるため,分離操作に要する時間が長い.また,Sr・Ndの分離とPbの分離では溶離液が異なることから,試料溶液を分画せずに単一の試料溶液からこれら3元素の分離を行うことはできない.

陽イオン交換カラムクロマトグラフィーに変わって近年主流になっているのが,元素選択制の高い抽出樹脂を利用した抽出クロマトグラフィーである.抽出クロマトグラフィーでは,樹脂に抽出される元素が限られるためカラム樹脂容量の大幅なダウンサイジングが可能である.例えばSrの単離には,Srの抽出に特化したSr樹脂(Eichrom;Horwitz et al., 1992)を用いた抽出クロマトグラフィーが利用されるが,その際に用いられる樹脂容量は50–500$\mu$L程度と少量である(Pin and Bassin, 1992Misawa et al., 2000).Sr樹脂はPbに対しても強い抽出特性を示すことから(Horwitz et al., 1992),Sr樹脂を利用してSrとPbを逐次的に単離する手法も考案されている(Makishima et al., 2008).Ndの分離には,アクチノイドならびにREEの抽出に特化したTRU樹脂(Eichrom)と,REE相互の分離に特化したLn樹脂(Eichrom)を用いた2段階の抽出クロマトグラフィーが利用される(Pin and Zalduegui, 1997Ohno and Hirata, 2013).また,REEフラクションの分離をコンベンショナルな陽イオン交換カラムクロマトグラフィーで行い,REE相互の分離にLn樹脂による抽出クロマトグラフィーを用いる手法も利用されている(例えば,Hirahara et al., 2012Saitoh et al., 2015).Pin et al.(2014)は,Sr樹脂を利用したSr・Pbの分離法とTRU樹脂およびLn樹脂を利用したNdの分離法を組み合わせ,3段階の抽出クロマトグラフィーを用いて単一の試料溶液からSr・Nd・Pbを逐次的に分離する手法を考案した.

本研究では,Pin et al.(2014)による多段抽出クロマトグラフィーをさらに改良し,火成岩などの珪酸塩試料や微少量の炭酸塩試料などを含む多様な地質学試料に対して適用可能な低ブランクかつ高効率のSr・Nd・Pb逐次分離法を設計した.Pin et al.(2014)の手法からの主要な改良点は,1)試料中のFe量に依存したTRU樹脂容量の最適化,および,2)陽イオン交換によるNdフラクション純化プロセスの追加である.TRU樹脂は,アクチノイドやREEに加えてFe3+およびTiも抽出するという特性をもつ.FeおよびTiは岩石の主成分元素として存在するが,試料中のFe量が多いとTRU樹脂はFeによって飽和し,Ndの回収率が著しく低下することが知られている(Pin and Zalduegui, 1997).本研究では,樹脂容量の異なる複数のカラムを用意し,それぞれのカラムごとにNd回収率の低下を起こさずに処理しうるFe量を把握する.さらに,試料中のFe濃度に応じて使用するカラムを使い分けることで,Ndの回収率を維持するというアプローチを選択した.また,Ln樹脂により単離されたNdフラクションには,おそらく樹脂由来と思われる有機物が存在しており,これがTIMS分析時におけるNdイオン化の阻害要因となる.そこで本研究では,Ndフラクションを純化するための陽イオン交換カラムを追加し,4段の多段クロマトグラフィーを構築した.

本稿では,開発した4段の多段抽出カラムクロマトグラフィーによるSr-Nd-Pb逐次分離法の手順を解説し,続いて逐次分離法の応用例として地球化学標準物質JB-2およびJB-3のSr・Nd・Pb同位体分析例を報告する.

2. 分析手法

2.1 試薬・樹脂・カラム

本研究では,Milli-Qシステム(Merck-Millipore)で製造した超純水を使用した.カラムクロマトグラフィーで使用したHClおよびHNO3は,多摩化学工業社製の超高純度試薬(TAMAPURE AA-100)及び超純水を用いて調整した.岩石標準試料の分解には,多摩化学工業社製の超高純度HFおよびHNO3,HClO4(TAMAPURE AA-100)を用いた.

4段の多段抽出カラムクロマトグラフィーには以下の樹脂を用いた.1段目のカラムには粒径50–100$\mu$m のSr樹脂(Eichrom)を,2段目のカラムには粒径50–100$\mu$mのTRU樹脂(Eichrom)を,3段目のカラムには粒径50–100$\mu$mのLn樹脂(Eichrom)を,4段目のカラムには陽イオン交換樹脂AG50W-X12(Bio-Rad)をそれぞれ用いた.各樹脂は,使用前に酸溶液および超純水に交互に懸濁させることでクリーニングした.クリーニングにはそれぞれ,6M HClおよび0.05M HNO3(Sr樹脂),1M HFおよび0.05M HNO3(TRU樹脂),6M HCl(Ln樹脂および陽イオン交換樹脂)を用いた.また,各カラムにクリーニング済みの樹脂を充填した後に,0.05M HNO3(Sr樹脂),3M HF(TRU樹脂),6M HCl(Ln樹脂および陽イオン交換樹脂)を用いて樹脂のクリーニングを行った.

各段階で使用したカラムの内径,樹脂高および樹脂容積をTable1にまとめた.Sr樹脂,Ln樹脂および陽イオン交換樹脂は,それぞれ0.2ml,0.5mlおよび0.1mlの樹脂容量の小さなカラムを用いる.2段目のTRU樹脂カラムは,樹脂容積がそれぞれ0.2ml,1.0ml,2.0mlと異なる3種類のカラムを準備し,それぞれcolumn-S,column-M,column-Lと区別した.カラムは,2段目のcolumn-Lのみ市販のムロマック®ミニカラムM(室町ケミカル)を使用し,それ以外にはPTFE熱収縮チューブを利用して自作したものを使用した(Fig.1).自作カラムは,少ない樹脂量でも元素分離に十分な理論段数を確保するために,カラム断面積を小さく保ち樹脂高を確保できるように設計した.

Table 1. Resin types and properties of the columns used in separation chemistry. 表1. 逐次化学分離法で用いるカラムの特性.
column resin type particle size column property
volume [ml] diameter [mm] resin hight [mm]
1st column Sr resin 50–100 $\mu$m 0.2 3.66 19
2nd column
(column-S)
TRU resin 50–100 $\mu$m 0.2 3.66 19
(column-M) TRU resin 50–100 $\mu$m 1.0 5.69 40
(column-L) TRU resin 50–100 $\mu$m 2.0 6.5–8.5 45
3rd column Ln resin 50–100 $\mu$m 0.5 3.66 48
4th column cation exchange resin
(AG-50W-X12)
200–400 mesh 0.1 3.66 10
Fig.1.

Handmade PFA column with resin volume of 0.2 ml.

図1. 樹脂容量0.2mlの自作カラム.

2.2 岩石試料の分解

本研究で開発したSr・Nd・Pb逐次分離法の応用例として,産業技術総合研究所の発行する地球化学標準物質のうち玄武岩であるJB-2およびJB-3のSr・Nd・Pb同位体分析を行った.JB-2およびJB-3の粉末試料を,それぞれ3–40mg程度の重量で複数PFAバイアル(Savillex)に量りとり,HF-HNO3-HClO4の混酸(HF 1ml + HNO3 0.5ml + HClO4 0.5ml)を加えて120°で加熱分解を行ったのち,120°および180°で蒸発乾固を行った.次に試料を6M HNO3に再度溶解させ120°および180°で蒸発乾固を行った.試料に残るHClO4を完全に蒸発させるために,この手順は再度繰り返した.試料は最終的に3mlの3M HNO3で溶解し,抽出クロマトグラフィーに供した.

2.3 多段抽出クロマトグラフィーによるSr-Nd-Pb逐次分離法

本研究で開発した4段の多段抽出クロマトグラフィーによるSr・Nd・Pb逐次分離法の概要をFig.2に示す.本分離法の特色は,小型化した4種の異なるイオン抽出あるいは陽イオン交換カラムを逐次的に使用して目的元素の単離を行う点にある.カラムの小型化により溶離に使用する高純度酸試薬の量が抑制されるが,これには経済的な利点があることに加え,実験室環境に放出される酸の量も少なくなるため実験室環境維持にも有利と考えられる.また本分離法では,希薄な酸あるいは超純水で目的元素が溶出されるという抽出樹脂の特色を利用して,前段のカラムから目的元素溶液を直接次段のカラムへと導入するように分離法の設計を行った.これにより,分離途中に試料溶液の蒸発乾固を行う必要がなくなり,分離時間の大幅な短縮が実現した.従来のイオン交換樹脂を用いた手法(例えば,Saitoh et al., 2015)では,樹脂のクリーニング等の準備に要する時間を除いても,SrおよびNdの分離に2日,Pbの分離に1日と,10–20試料の分離操作に計3日を要したが,本研究における逐次分離法では,10–20試料の分離操作をおよそ16時間で行うことが可能になった.

Fig.2.

Schematic diagram of the column chemistry for sequential separation of Sr, Pb and Nd.

図2. 抽出カラムクロマトグラフィーによるSr-Nd-Pb逐次化学分離法の概略.

本逐次分離法は7つのステップで構成されるが,それぞれの具体的な手順をTable 2にまとめ,以下に詳述する.

Table 2.

Procedure of the sequential column chemistry for Sr, Pb and Nd separation.

表2. Sr-Nd-Pb逐次化学分離法の操作手順.

2.3.1 ステップ1:Sample loading

ステップ1では,1段目のSr樹脂カラムに3M HNO3に調整した試料溶液1.0–3.0mlを導入する.この際,1段目のSr樹脂カラムと2段目のTRU樹脂カラムを連結し,Sr樹脂カラムからの廃液を直接TRU樹脂カラムに導入する.試料導入に続いて樹脂に残った試料溶液を1.0mlの3M HNO3で洗い流す.3M HNO3の条件下では,Sr・Pb・BaはSr樹脂に,REEおよびFe,Ti,アクチノイドはTRU樹脂に強く吸着する一方,FeおよびTiをのぞく主成分元素(Na,Mg,Caなど)はどちらの樹脂にも吸着せずカラムより排出される.その結果,このステップで試料溶液中のSrおよびPbがSr樹脂に,REEがTRU樹脂に選択的に抽出される.

2.3.2 ステップ2:Ba-Sr-Pb separation

ステップ2では,Sr樹脂カラムを分離しSrおよびPbの単離回収を行う.本研究で用いたSr樹脂カラムにおける溶離プロファイルをFig.3に示す.まず,2.0mlの6M HNO3および0.5mlの3M HNO3でTlおよびBaを溶出させた後に,2.0mlの0.05M HNO3でSrを回収する.次に,0.5ml の超純水(MQ)および1.0mlの2.5M HClで樹脂を洗った後に,3.0mlの6M HClでPbを回収する.この際,Srに対して同重体干渉を生じるRbは,Sr樹脂に吸着されずにステップ1でカラムより排出されており,Srとの分離は効果的に行われている.またMC-ICPMSによるPb同位体分析時に質量分別補正用の外部標準として添加するTlは,分離の初期段階で溶脱されており,Pbとの分離はよい.なお,Sr樹脂にはSrおよびPbが強力に吸着するため,上記の分離操作を経た後においても2–3%程度のSrおよびPbが樹脂に残留する.そのため,Sr樹脂は試料ごとに使い捨てる必要がある.また,樹脂に残留した元素の一部は,サブ‰オーダーの安定同位体分別を受け同位体比を変化させている可能性が高い(Wakaki et al., 2017).しかしこの同位体分別が,回収されたSrフラクションの同位体比に与える影響は,数ppm程度と非常に小さい.また,カラム分離時に生じる安定同位体分別は,質量分析時に内部補正法によって適切に補正されるため,このような少量の元素残留は高精度同位体分析を行う上で問題にならない.

Fig.3.

Elution profiles of Sr, Pb, Nd and some selected elements during elution steps 1 and 2 on the 1st column packed with Sr resin. Gray area corresponds to 1ml of sample loading. Green areas show Sr and Pb fractions, respectively. Semi-quantitative analysis of the elements in each 0.5ml fractions were performed by ICP-MS (Agilent 7700). Note that a plot at eluent volume of 0.5 ml represents average concentration of the 0–0.5 ml fraction.

図3. Sr樹脂カラムにおけるSrおよびPb,Nd等の溶出曲線.灰色の領域は1mlの試料導入に,緑色の領域はSrおよびPbフラクションに相当する. 溶離液量0.5mlにおけるプロットは0–0.5ml区間の平均元素濃度を表す.各0.5ml分画ごとの元素濃度はICP-MS (Agilent 7700)による半定量分析で測定された.

2.3.3 ステップ3:rinse (TRU resin)

ステップ3では,TRU樹脂カラムのリンスを3M HNO3で行う.この際にFe・Tiおよび一部の重希土類元素(HREE)が溶出される.2段目のTRU樹脂カラムについては2.4節で詳細を記述する.また,本ステップでは樹脂相にHfが保持されるため,Hf単離への応用も今後期待できる.

2.3.4 ステップ4:LREE separation

ステップ4では,TRU樹脂カラムと3段目のLn樹脂カラムを連結する.超純水(MQ)によって,TRU樹脂より軽希土類元素(LREE)およびHREEの一部を溶出させ,下段のLn樹脂に吸着させる.この段階ののち,TRU樹脂にはアクチノイドが吸着した状態で残る.

2.3.5 ステップ5:rinse (Ln resin)

ステップ5では,Ln樹脂カラムを分離しNdの単離を行う.本研究で用いたLn樹脂カラムにおける溶離プロファイルをFig.4に示す.Ndの単離に先立ち,3.5mlの0.2M HClによってLaとCeおよびPrの一部を溶出させる.

Fig.4.

Elution profiles of La, Ce, Pr, Nd and Sm during elution steps 4–6 on the 3rd column packed with Ln resin. Blue area corresponds to the MQ solution directly introduced from the 2nd column. Yellow area shows the Nd fraction.

図4. Ln樹脂カラムにおけるLaおよびCe,Pr,Nd,Smの溶出曲線.水色の領域は2段目のTRU樹脂カラムより直接導入されるMQ溶液に相当する.また,黄色の領域は,Ndフラクションに相当する.

2.3.6 ステップ6:Nd separation

ステップ6では,Ln樹脂カラムと4段目の陽イオン交換カラムを連結する.3.0mlの0.2M HClによってNdを溶出させ,下段の陽イオン交換カラムに吸着させる(Fig.4).Ceのおよそ1%とPrのおよそ73%が,このNdフラクションに混入する.また,Ndに対して同重体干渉を生じるSmはこの段階では溶出しないため,Ndとはよく分離される.なお,Ln樹脂は十分な洗浄を行えばNdのブランクを下げることができ,繰り返し使用が可能である.但し,使用を繰り返すと各元素の溶離位置が前方にシフトすることが観察された.溶離位置シフトの大きさは5回の使用で5%,10回の使用で10%程度であり,それぞれの場合で1.4%および7%のNdがリンス段階(ステップ5)で溶出することがわかった.この事実から,本研究におけるLn樹脂の繰り返し使用は5回までに制限することとした.

2.3.7 ステップ7:Nd cleaning

ステップ7では,陽イオン交換カラムを分離し,Ndフラクションの純化を行う.本研究で用いた小型の陽イオン交換カラムにおける溶離プロファイルをFig.5に示す.ステップ6でLn樹脂より溶離されたNdフラクションには,前述の通り樹脂由来と考えられる有機物成分が混入している.また,微量元素のNdに対して主成分であるFe含有量が相対的に高い試料では,ステップ3において大部分のFe(>99.9%)が排出された後であっても,樹脂にわずかに残るFeの絶対量が多い.その結果,Ln樹脂カラムより溶出してくるNdフラクション中に,Nd同程度の量のFeが残存する例が認められた.有機物やFeは,どちらもTIMSにおけるNdイオン化の阻害要素である(本研究では,100ngのNd試薬と100ngのNd試薬にFe 100ngを添加したした試料のTIMS分析をそれぞれ複数回行い,Ndと等量のFeがフィラメント上に存在することでNdのイオン収率が最大で60%程度低下することを確認した).そこで,Ndを陽イオン交換樹脂に吸着させた状態で1.5mlの2.5M HClを流し有機物を含む溶離液を排出させ,また同時にFeも溶出させる.最終的に2.0mlの6M HClによって純化されたNdが回収される.

Fig.5.

Elution profiles of Fe and Nd during elution steps 6–8 on the 4th column packed with cation exchange resin (AG50W-X12). Yellow area corresponds to 0.2 M HCl solution directly introduced from the 3rd column. Note that the sample introduction volume (4.5 ml) is different from that in the text (3.0 ml). This difference, however, does not affect the elution profile of Fe and Nd. Green area shows the purified Nd fraction.

図5. 陽イオン交換樹脂カラムにおけるFeおよびNdの溶出曲線.黄色の領域は3段目のLn樹脂カラムより直接導入される0.2 M HCl溶液に相当する. 本図では試料導入溶液量4.5mlとして溶出曲線が求められているが,試料導入溶液量が3.0mlの場合でも同じ溶出特性が得られると考えられる.緑色の領域は,純化されたNdフラクションに相当する.

2.4 TRU樹脂を用いたクロマトグラフィーによるNd分離

TRU樹脂は,3M程度のHNO3環境下で地質試料中の微量元素であるREEやアクチノイド,Hfに加えて,FeおよびTiをも吸着するという性質を持つ.Feは,多くの地質試料中で主成分元素として多量に存在する.小型化されたカラムに対する試料溶液中の多量のFeは,カラム中のTRU樹脂の吸着能を飽和させ,あるいは著しく消費することで,樹脂のREE保持力を著しく低下させる.その結果,樹脂からFeを溶出させる段階で(本研究のステップ3に相当)大部分あるいは一部のNdが溶出してしまい,Ndの回収率が著しく低下する.この現象は以前より報告されており,Pin and Zalduegui(1997)は,TRU樹脂によるカラム分離の前処理として陰イオン交換あるいは陽イオン交換樹脂カラムクロマトグラフィーでFeを取り除くことを推奨している.しかし,陰イオン交換による試料前処理を行うと,追加のカラム分離に時間を要するのみならず溶媒を変換するための蒸発乾固が必須となり,逐次分離の時間効率が著しく損なわれる.Pin et al.(2014)は,試料を1M HNO3とアスコルビン酸の混酸に溶解させ試料中のFeを2価へと変換しTRUへの吸着を抑える手法を開発した.この手法ではTRU樹脂に最適化されたより希薄な酸で試料導入を行うため,Sr樹脂を併用した逐次分離においてはSr樹脂におけるSr抽出効率を低下させるという欠点をもつ.このように,TRU樹脂を使用したREE分離には,決定的に優れた手法が発見されておらず,希土類元素の分離において従来の陽イオン交換クロマトグラフィーを代替するには至っていない.

本研究では,分析対象ごとに樹脂容量の異なる3種類のTRU樹脂カラムを準備した.すなわち,生物性炭酸塩などFeをほとんど含まない試料を分離するためのColumn-S(樹脂容量0.2ml),炭酸塩岩・少量の珪酸塩試料を分離するためのColumn-M(樹脂容量1.0ml)および珪酸塩試料を分離するためのColumn-L(樹脂容量2.0ml)である(Table 1).それぞれのカラムごとに確立した分離手順(Table 2)を詳述する.

2.4.1 生物性炭酸塩試料用(Column-S)

一般に生物性炭酸塩中のFe濃度は数-数十ppmのオーダーと低濃度であることが多い.この程度のFe量であれば,樹脂容量0.2mlと小型化されたカラムでも十分Ndを保持することができる.

TRUカラム(Column-S)における溶離プロファイルをFig.6 (a)に示す.ステップ3においてcolumn-Sでは,3.0mlのHNO3によってFeおよびTiの洗い出しを行い,続くステップ4においては2.0mlの超純水(MQ)でLREEフラクションの溶離を行う.LREEフラクション中に溶出するFeの量は全体の0.1%以下であった.

Fig.6.

Elution profiles of Fe, Ti, Ca, Mg and selected REEs during elution steps 1–4 on the 2nd TRU column with different resin volumes: (a) colulmn-S, (b) column-M and (c) column-L with resin volumes of 0.2 ml, 1.0 ml and 2.0 ml, respectively. Gray areas correspond to sample solution directly introduced from the 1st column. Blue areas show Nd fractions. Samples with (a) 75$\mu$g, (b) 800$\mu$g and (c) 9 mg of Fe was loaded with 1 ml, 1 ml and 3 ml solutions, respectively. Cutoff volume of the 3 M HNO$_{3}$ rinse for column-M (b) is determined from the decay rate of the Fe elution curve as 12 ml.

図6. 3種類のTRU樹脂カラムにおけるFeおよびTi,Ca,Mg,REEの溶出曲線:(a)樹脂容量0.2mlのcolumn-S(b)樹脂容量1.0mlのcolumn-M(c)樹脂容量2.0mlのcolumn-L.灰色の領域は1段目のSr樹脂カラムより直接導入される試料溶液に相当する.水色の領域は,他のREEを含むNdフラクションに相当する.それぞれの溶出曲線を求めるために用いた試料中のFe量は,(a) 75$\mu$g/1ml, (b) 800$\mu$g/1mlおよび (c) 9mg/3mlであった.(b)のcolumn-MについてはFeの溶出曲線の減衰率から3 M HNO$_{3}$の液量を12ml(step1,1ml;step3,11ml)と決定した.

生物性炭酸塩中のNd濃度はppmからサブppmオーダーと低いため,分離操作におけるNdブランクは可能な限り低く抑える必要がある.この観点から,column-SにおけるTRU樹脂は使い捨てが望ましい.

2.4.2 炭酸塩岩・少量の珪酸塩試料用(Column-M)

樹脂容量1.0mlのColumn-Mは,Fe存在度が低い岩石の分析あるいは少量の試料の分析を念頭に設計された.TRUカラム(Column-M)における溶離プロファイルをFig.6 (b)に示す.ステップ3においてcolumn-Mでは,11mlのHNO3によってFeおよびTiの洗い出しを行い,続くステップ4においては3.0mlの超純水(MQ)でLREEフラクションの溶離を行う.LREEフラクション中に溶出するFeの量は全体の0.1%以下であった.

Column-MにおけるTRU樹脂は,20ml の3M HFを用いた洗浄によって樹脂に吸着しているアクチノイドを溶脱させ,Ndブランクを10pg以下に下げることができるため,樹脂の繰り返し使用は可能であると考えられる.炭酸塩・珪酸塩の分析では10ngNd以上の試料量を扱うことを想定している.ブランクが10pgの場合,試料とブランクのNd同位体比が1%異なっていたとしても,ブランクが試料のNd同位体比に与える影響は最大で10ppm程度と同位体比分析の誤差よりも小さく,その影響は無視できると考えられる.

2.4.3 珪酸塩試料用(Column-L)

樹脂容量2.0mlのColumn-Lは,Fe量が多い試料の分析を念頭に設計された.TRUカラム(Column-L)における溶離プロファイルをFig.6 (c)に示す.ステップ3においてcolumn-Lでは,24mlのHNO3によってFeおよびTiの洗い出しを行い,続くステップ4においては6.0mlの超純水(MQ)でLREEフラクションの溶離を行う.LREEフラクション中に溶出するFeの量は全体の0.05%以下であった.

Column-LにおけるTRU樹脂に吸着しているアクチノイドを溶脱させ,Ndブランクを20pg以下に下げるためには,80ml の3M HFを用いた洗浄が必要である.

2.4.4 試料溶液のFe含有量とTRU樹脂のNd保持率

TRUカラムにおいて,Nd回収率の低下を起こさずにNd分離を実現しうるFe量の上限値を明らかにするため,それぞれのカラムごとに導入する総Fe量を変化させてNdの分離操作を繰り返し行なった.実験は,試料溶液導入量1.0ml(Column-SおよびM)および3.0ml(すべてのカラム)について行い,試料導入を含めた溶離プロセス全体で溶出したNd量に対する超純水フラクションで溶出したNd量の割合(Nd保持率)を求めた.実験結果をFig.7に示す.どのカラムにおいても,カラムに導入したFe量が少ない場合にはおよそ100%のNd保持率が維持される一方で,カラム・試料容量ごとにある特定の閾値を超えるとNd保持率が著しく急激に減少することが明らかになった(Fig.7).REEの中ではNdがTRUにおける保持率の閾値が最も高くCeおよびEuはNdに類似した閾値を示したが,LaおよびHREEは閾値が著しく低く,より溶脱されやすい事がわかった.また,Column-Mにおいては試料溶液導入量によって導入する総Fe量の閾値が異なり,試料溶液導入量3.0mlのほうがより多くのFe量でNd分離が可能であると判明した.以上の結果から,本研究のTRUカラムにおいてNd保持率を維持したまま分離が可能なFe量(試料溶液のFe濃度)の閾値は,column-Sの場合には100$\mu$g/1ml (100ppmFe),column-Mの場合には1000$\mu$g/1ml (1000ppmFe)もしくは2700$\mu$g/3ml (900ppmFe),column-Lの場合には12000$\mu$g/3ml (4000ppmFe)であると決定された.試料溶液中のFe濃度をあらかじめ測定し,適切なTRUカラム樹脂容量を選択することで,適切なNd分離が実現可能になった.

Fig.7.

Nd retention rate of the TRU column with different column volumes and sample loading volumes. Gray plots represent experiment with 3 ml sample introduction, and white plots represent experiment with 1 ml sample introduction. Gray area represents Nd retention rate of >99%. Note that the Nd retention rate decreases drastically after some point as the amount of Fe in the sample solution increases.

図7. TRU樹脂カラムにおけるカラム樹脂容量および試料導入量ごとのNd保持率.白色のプロットは試料導入量1mlに,灰色のプロットは試料導入量3mlに それぞれ相当する.灰色の領域は,Nd保持率が99%を超える領域を表す.すべてのカラム樹脂容量および試料導入量において,試料中のFe量がある点を超えるとNdの保持率が急速に悪化することがわかる.

2.5 質量分析

SrおよびNdの放射起源同位体比は,高知コアセンター設置のTIMS(TRITON,Thermo Fisher Scientific)を用いて分析した.Srの分析にはWシングルフィラメントを用い,88Srのイオンビーム電流4.0×10-11 Aにて,16秒×140サイクルのマルチ-スタティック測定を行なった.測定中の質量分別はエクスポネンシャル質量分別則を利用した内部補正法で,86Sr/88Sr=0.1194(Steiger and Jäger, 1977)に補正した.87Sr+に対する87Rb+の同重体干渉は最大でも0.03%であり,85Rb+の測定値と87Rb/85Rb=0.3856(Berglund and Wieser, 2011)を利用してサイクルごとに補正した.試料と同時に分析した標準試薬NIST SRM987の87Sr/86Sr比は0.710258±0.000011(2SD,n=10)であった.

Ndの分析にはReダブルフィラメントを用い,142Ndのイオンビーム電流1.5×10-11 Aにて,16秒×140サイクルのマルチ-スタティック測定を行なった.測定中の質量分別はエクスポネンシャル質量分別則を利用した内部補正法で,146Nd/144Nd=0.7219(O'Nions et al., 1977)に補正した.144Nd+に対する144Sm+の同重体干渉は,147Sm+の測定値と147Sm /144Sm=0.204985(Hidaka et al., 1995)を利用してサイクルごとに補正した.試料と同時に分析した標準試薬JNdi-1の143Nd/144Nd比は0.512103±0.000005(2SD,n=4)であった.

Pbの放射起源同位体比は,高知コアセンター設置のMC-ICPMS(NEPTUNE,Thermo Fisher Scientific)を用いてTanimizu and Ishikawa (2006)の手法によって分析した.分離したPbは,Pb濃度が60–90 ppb程度になるよう0.15M HNO3に溶解した上で,同位体比が既知のTl溶液(NIST SRM997)を添加したのちに,8秒×60サイクルのマルチ-スタティック測定を行なった.測定中の質量分別はエクスポネンシャル質量分別則を利用した外部補正法によってNIST SRM997の205Tl/203Tl=2.3871(Dunstan et al., 1980)に補正した.204Pb+に対する204Hg+の同重体干渉は最大でも0.06%であり,201Hg+の測定値と201Hg/204Hg=1.918486(de Laeter et al., 2003)を利用してサイクルごとに補正した.また,分析値と文献値間の微少な系統誤差を補正するため,Baker et al. (2004)の報告したNIST SRM981のPb同位体比(206Pb/204Pb=16.9416および207Pb/204Pb=15.4999,208Pb/204Pb=36.7258)を基準に二次的補正を行なった.

3. 地質試料のSr-Nd-Pb同位体分析

本研究で開発した多段抽出クロマトグラフィーによるSr・Nd・Pb逐次分離法によって分離されたJB-2およびJB-3のSrおよびNd,Pd同位体比測定結果をTable 3に示す.これら岩石試料の逐次分離は,TRU(column-L)を用いて行われた.JB-2およびJB-3のそれぞれの元素における同位体比は,いずれも再現性は従来法による分離で得られていたものと遜色なく,また得られた同位体比の平均値は,過去の文献で報告されている同位体比と比較して顕著な差異はみられない.また,JB-2のNd試料1点(フィラメント状態不良に起因する質量分析の失敗)をのぞいてすべての同位体比測定が成功したことから,各元素の回収率は問題ないことが推測される.

Table 3.

Radiogenic isotopic ratios of Sr, Pb and Nd in 2 GSJ reference rocks.

表3. 地球化学標準物質JB-2およびJB-3のSrおよびPb,Nd同位体比測定結果.

また,本実験におけるトータルの操作ブランクはSr が36pg,Ndが 4pg,Pbが 5pgであった.分析に用いたNd量は100ng程度であったので,このNdブランク量は問題にならない.また,Column-SやColumn-Mでは,使用する酸の量がColumn-Lに比べて少ないことから,Ndのブランク量がさらに小さくなることが期待される.SrおよびPbに関しても,同位体分析への影響が無視できるレベルのブランク量であるといえる.抽出クロマトグラフィーの採用とカラムサイズの小型化によって,低ブランクの化学分離が実現されたことがわかった.

4. まとめ

本研究では,小型カラムと4段の多段抽出クロマトグラフィーを採用することで低ブランク・高効率のSr・Nd・Pb逐次分離法を開発した.本研究で開発した手法は,分離操作の途中に試料の蒸発乾固を含まず,従来の手法よりも圧倒的に短い時間(16時間程度)で10–20試料からSr・Nd・Pbの3元素を単離することが可能である.低ブランク下で単一試料溶液からの3元素逐次分離を実現したことによって,例えば,掘削試料より分離した少量の有孔虫や,岩石薄片よりマイクロドリリングで分離した極微小量の珪酸塩試料に対して,Sr・Nd・Pbのマルチ同位体分析を実現することが可能になった.また,本逐次分離法の改良によって,上記3元素に加えてHfやCe,Sm,Eu,Baなどの単離も実現可能と考えられる.放射起源同位体のみならず安定同位体を組み合わせた,単一試料からのマルチ同位体分析へ,さらなる発展が期待される.

謝辞

海洋研究開発機構高知コア研究所の町田香織氏には,実験の一部を担当していただいた.本研究の一部は,JSPS科研費補助金(25800302,JP16H04066)によってサポートされた.

参考文献
 
© 国立研究開発法人海洋研究開発機構
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