医学検査
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症例報告
バイク転倒事故の擦過傷からToxic Shock Syndromeに至った症例
河原 菜摘入村 健児内村 智香子緒方 昌倫
著者情報
キーワード: S. aureus, TSS, SEA, TSST-1, サイトカイン
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2019 年 68 巻 4 号 p. 758-762

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Abstract

20歳代,男性。バイク転倒時の右膝擦過傷から毒素性ショック症候群(toxic shock syndrome; TSS)を発症した。主訴は発熱,嘔吐,下痢であった。検査データ,消化器症状,結膜充血,皮膚紅潮からTSSが疑われた。右膝擦過傷の培養検査で黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus; S. aureus)を分離した。分離株のスーパー抗原検査は,SEA(staphylococcal enterotoxin A)および,TSST-1(toxic shock syndrome toxin-1)が陽性であった。血液培養は2セット(4本)すべて陰性であった。不適切な右膝擦過傷の処置に加えて,患者の右膝皮膚にTSST-1産生遺伝子保有S. aureusが常在していた可能性があったことも,TSSを発症した原因であると考えられた。

Translated Abstract

The patient was a 20-year-old man who developed toxic shock syndrome (TSS) from a right knee abrasion caused by a motorcycle accident. The main symptoms were fever, vomiting, and diarrhea. TSS was suspected from the laboratory examination results, gastrointestinal symptoms, conjunctival hyperemia, and skin flushing. Staphylococcus aureus was isolated by culture of skin samples from the right knee abrasion. Staphylococcal enterotoxin A (SEA) and toxic shock syndrome toxin-1 (TSST-1), one of the superantigens, were positive. Blood culture tests were negative in two sets of samples (four bottles). In addition to an inappropriate right knee abrasion treatment, the presence of S. aureus producing the TSST-1- gene on the skin of the patient’s right knee is also considered to be the cause of the onset of TSS.

I  はじめに

黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus; S. aureus)は,前鼻咽頭,腋窩部,膣,会陰部などの常在菌である1),2)。Leontらの報告1)によると,S. aureusの約25%は毒素性ショック症候群(toxic shock syndrome; TSS)の原因となるエンテロトキシンやTSST-1(toxic shock syndrome toxin-1)などの毒素産生菌で,健常人の4%~10%は常にこの毒素産生菌を保有している。また毒素産生菌は毒素を産生する遺伝子を有しているが,実際に毒素を産生するのは増殖の時に限られるとされている。

一般的な抗原は,マクロファージなどの抗原提示細胞(antigen presenting cell; APC)のMHC(major histo compatibility complex)クラスII分子に提示されると,その抗原に特異的なT細胞レセプターを持つT細胞のみが反応する。これに対してスーパー抗原であるエンテロトキシンやTSST-1は,APCのMHCクラスII分子およびT細胞受容体のVβ領域に非抗原特異的に結合し,T細胞やAPCの両方からIL-2,IFN-γ,IL-Iβ,TNF-αなどのサイトカイン大量放出を誘発してTSSを起こさせる2),3)。TSSの主な症状は発熱,発疹,血圧低下,皮膚落屑であり,その他に嘔吐・下痢や,腎臓,肝臓など複数の臓器に障害が現れる4)

II  症例

20歳代,男性。鼠径ヘルニアの既往歴あり。バイクで転倒し右膝打撲と擦過傷を負った。水道水と市販の消毒薬で処置し包交したが,2日後から浸出液があり傷パッドを貼付した。この頃から発熱と下痢があった。受傷後4日目には40℃の発熱と嘔吐,水様性下痢が出現し近医を受診。当日には当院を紹介受診し入院となった。診察時所見として眼球・結膜充血や顔面,頸部,体幹,四肢近位部に皮膚紅潮,右手背に境界明瞭な紅斑を認めた。入院時血液検査データを示す(Table 1)。

Table 1  Blood test data at admission
CBC Serum chemistry
​WBC 21,900/μL ​TP 6.3 g/dL
​ Neut. 96.3% ​Alb 3.6 g/dL
​ Lymph. 1.2% ​BUN 41.8 mg/dL
​RBC 510 × 104/μL ​CRE 2.45 mg/dL
​Hb 14.6 g/dL ​T-Bil 2.1 mg/dL
​Hct 42.0% ​AST 35 U/L
​Plt 16.1 × 104/dL ​ALT 36 U/L
​ALP 192 U/L
​LDH 211 U/L
Coagulation ​CK 127 U/L
​PT-time 22.8 sec ​Na 130 mmol/L
​PT-activity 37.3% ​K 3.9 mmol/L
​PT-INR 1.97 1.13 ​Cl 93 mmol/L
​APTT 49.4 sec ​CRP 26.27 mg/dL
​D-dimer 2.42 μg/mL ​PCT 10.1 ng/mL

入院時データをCDCのTSS診断基準と比較した。

13項目のうち,発熱,びまん性斑状赤皮症,落屑,血圧低下,消化器・粘膜・腎臓の病変,血液培養陰性の8項目(1項目は未検査)で臨床基準を満たした(Table 2)。

Table 2  Diagnostic criteria for toxic shock syndrome and results at hospitalization examination
TSS診断基準(CDC2011) 入院時検査
臨床基準
体温 > 38.9℃ 39.7℃
びまん性斑状赤皮症 顔面,頚部,体幹,四肢近位部に皮膚紅潮
右手背に境界明瞭な赤斑
落屑:発症後1~2週間に発生 退院前に,足底に落屑あり
血圧低下:収縮期血圧 < 90 mmHg 83 mmHg
以下の3つ以上の多系統病変
・消化器:発症時の嘔吐または下痢 嘔吐,水溶性下痢
・筋肉:重度の筋肉痛またはCPK > 正常上限の2倍 127 U/L(正常上限248 U/L) ×
・粘膜:膣・口腔咽頭または結膜の充血 眼球,眼瞼結膜充血
・腎臓:BUNまたはCre > 正常上限の2倍 BUN 41.8 mg/dL(正常上限20.0 mg/dL)
Cre 2.45 mg/dL(正常上限1.07 mg/dL)
    または無症候性膿尿(> 白血球5/HPF) 白血球30–49/HPF
・肝臓:T-BiLまたはAST,ALT > 正常上限の2倍 T-BiL 2.1 mg/dL(正常上限1.2 mg/dL) × ×
AST 35 U/L(正常上限30 U/L) ×
ALT 36 U/L(正常上限30 U/L) ×
・血液:血小板 < 100,000/mm3 161,000/mm3 ×
・中枢神経系:見当識障害または意識障害 なし ×
検査基準
血液・髄液培養陰性 血液培養陰性
ロッキー山脈赤斑熱,レプトスピラ症,麻疹に対する検査陰性 未検査

III  細菌学的検査

各種培養用検体(尿,関節液,創部,血液)が提出された。尿検体および関節液検体は塗抹検査,培養検査いずれも陰性であった。

1. 血液培養検体

BacT/ALERT 3D(ビオメリュー・ジャパン)で培養,BacT/ALERT SA(Aerobic),BacT/ALERT SN(Anaerobic)(BIOMERIEUX)のボトルを使用し2セット4本,37℃-7日間培養ですべて陰性であった。

2. 創部培養検体

1) 塗抹検査

フェイバーG「ニッスイ」(日水製薬)を用いてGram染色を実施した。

グラム陽性球菌を認め,好中球による貪食像も認めた(Figure 1)。

Figure 1 Gram positive cocci and phagocytic statues from right knee abrasion

Gram staining (100×)

2) 培養検査

(1)血液寒天培地(Trypticase Soy Agar with 5% Sheep Blood: BECTON DICKINSON),35℃-20時間培養で溶血環の狭い白色S型コロニーが発育した(Figure 2)。

Figure 2 Gram positive cocci growing on blood agar medium

(2)MRSAスクリーニング培地(MRSAI-A寒天培地‘日研’)35℃-20時間培養で発育(−),その後延長して35℃-40時間培養でも(−)であった。

3) 同定検査

(1)コアグラーゼ試験

ウサギプラズマ‘栄研’(栄研化学)スライド凝集法(+)で結合型コアグラーゼを検出した。

(2)プロテインAおよびクランピング因子

ウサギの血漿を感作したポリスチレン・ラテックス(PS)(栄研化学)を用い,スライド凝集反応によって黄色ブドウ球菌のプロテインAおよびクランピング因子を同時に検査する方法で,凝集(+)であった。

(3)VITEK2 GPカード(ビオメリュー・ジャパン)

同定結果(Staphylococcus aureus: 99%)

4) 薬剤感受性試験

VITEK2 AST-P625(ビオメリュー・ジャパン)を用いてMIC値を測定した(Table 3)。

Table 3  Antimicrobial susceptibility test results
MIC (μg/mL) susceptibility
oxacillin (MPIPC) 0.5 S
cefoxitin (CFX) Neg
penicillinG (PCG) ≥ 0.5 R
sulbactam/ampicillin (SBT/ABPC) ≤ 2 S
cefazolin (CEZ) ≤ 4 S
cefmetazole (CMZ) ≤ 4 S
imipenem (IPM) ≤ 1 S
amikacin (AMK) ≤ 2 S
gentamicin (GM) ≤ 0.5 S
arbekacin (ABK) ≤ 1 S
erythromycin (EM) ≤ 0.25 S
clindamycin (CLDM) ≤ 0.25 S
minocycline (MINO) ≤ 0.5 S
vancomycin (VCM) ≤ 0.5 S
teicoplanin (TEIC) ≤ 0.5 S
daptomycin (DAP) 0.25 S
linezolid (LZD) 2 S
fosfomycin (FOM) ≤ 8 S
levofloxacin (LVFX) ≤ 0.12 S

メチシリン感性黄色ブドウ球菌(methicillin susceptible Staphylococcus aureus; MSSA)であった。

5) スーパー抗原検査

(1)ブドウ球菌エンテロトキシン(RPLA法)

外注検査で行い,陽性時にはA~Dの4型に分類される。

結果はA型のエンテロトキシンA(staphylococcal enterotoxin A; SEA)陽性であった。

(2)ブドウ球菌TSST-1(RPLA法)

外注検査で行い,陽性凝集反応陽性の場合は,凝集反応を認めた最大希釈倍率を×2~×1,024(希釈倍数)で報告となる。

結果は×256(256倍)と高値であった。

IV  臨床経過

臨床的には入院時各種検査結果からsepsisを疑ったが,右膝擦過傷以外に疑わしい侵入門戸がなく,血圧は輸液への反応良好でseptic shockは否定的であり,消化器症状,結膜充血,皮膚紅潮などからTSSの可能性が高く,sepsis + TSS疑いとしてS. aureusと連鎖球菌をターゲットにmeropenem(MEPM),clindamycin(CLDM),daptomycin(DAP)点滴で初期治療が開始された。右膝擦過傷にはゲンタマイシンの軟膏も処方された。創部検体の塗抹検査にてグラム陽性球菌(集塊状)を認め,好中球による貪食像も認めたため主治医に報告した。

第2病日で主治医に創部培養からS. aureusが発育し,MSSAの可能性が高いことを報告した。またスーパー抗原の外注検査を提案し了承された。TSSに対して抗菌薬治療を行う場合は一般的にCLDM + vancomycin(VCM)またはDAPを用いることとされている。今回は検査室からMSSAが発育した可能性が高いとの報告を受け,第3病日からMEPM,CLDMは中止とし,DAPでの治療となった。第6病日で臨床検査データの改善が見られたため,cefazolin(CEZ)点滴にde-escalationとなった。第7病日にSEA,TSST-1産生S. aureusと最終判定した。第13病日で退院となった。臨床経過として,炎症反応マーカーとして用いられるWBCおよびCRPと,TSS診断に用いたCRE,BUNのデータ推移を併せて示す(Figure 3)。

Figure 3 Antimicrobial treatment and clinical course

V  考察

TSSは月経周期に関連した月経TSS(menstrual TSS)と,月経周期に関連しない非月経TSS(nonmenstrual TSS)に分けられる1)。TSSのうち約半数が月経TSSであり,その多くがタンポンの使用に関連している。非月経TSSの中では外科的術後,産後,熱傷,皮膚病変などに関連していたとの報告がある5)

バイク転倒による擦過傷からTSSにまで至った経緯を推測すると,傷パッドを貼付したことで湿潤環境となり常在あるいは混入していたS. aureusを増殖させることとなったこと,増殖したS. aureusがスーパー抗原遺伝子を保有していたこと,成人の約8割が獲得している4),6)ともされている抗TSST-1抗体を患者が持っていなかった可能性など,いくつかの条件が偶発的に整っていた可能性が考えられる。当院受診時に主治医がTSSを早期に疑い,適切な抗菌薬治療が開始されたことで症状増悪を防ぎ,第3病日以降徐々に採血データの改善も認められるようになり,患者の治癒に繋がったと思われた。

TSST-1,エンテロトキシンなどのスーパー抗原の遺伝子は,Staphylocuccus aureus pathogenicity islands(SaPIs)と呼ばれる~15 kb DNAに存在し,ヘルパーファージによって導入され染色体に組み込まれるとされている7)。TSS症例の約75%がTSST-1陽性,約15%がSEA陽性との報告があるが8),今回の症例でもTSST-1,SEAの両方が陽性であった。

Miwaらの報告9)によると,感染部位でS. aureusが増殖するときに産生されたスーパー抗原は血流に侵入することで全身へ循環し,全身性にショック症状を引き起こすとされており,実際にTSST-1陽性であったTSS患者のうち,血液培養ではS. aureusが検出されなかった症例も存在していた。一般的にTSSで血液培養陰性である頻度が高いのは,陽性となるのに必要な十分量のS. aureusが血液中に侵入するよりも早い段階で,スーパー抗原が全身へ循環しショック症状を起こすからではないかと推測された。

VI  結語

TSSが疑われる場合,積極的にfocusからのS. aureusの分離を行い,スーパー抗原の有無を検査することは,病因の確定に繋がる。

単なる擦過傷でも,不適切な処置はTSSなどのショック状態に至る場合があることに留意する必要があると考える。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2019 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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