医学検査
Online ISSN : 2188-5346
Print ISSN : 0915-8669
ISSN-L : 0915-8669
症例報告
Haemophilus influenzae type bによる化膿性膝関節炎および敗血症性ショックを起こしたDubowitz症候群の1症例
西村 美里鈴木 貴弘加藤 愛美柳田 篤橋本 英樹赤津 義文大塚 喜人
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2021 年 70 巻 4 号 p. 796-802

詳細
Abstract

本邦において,Haemophilus influenzae type b(Hib)による侵襲性感染症患者は減少が顕著であり,これはHibワクチンを定期接種するよう予防接種法で定められたことが背景にある。一方で,成人におけるHib侵襲性感染症の報告は少なく不明な点が多い。今回我々は,成人男性においてHaemophilus influenzaeH. influenzae)type bによる化膿性膝関節炎および敗血症性ショックの1症例を経験した。症例は30代男性,基礎疾患としてDubowitz症候群があった。膝関節痛を自覚し整形外科を受診,左膝化膿性関節炎による敗血症性ショックを疑われ当院に紹介入院となった。血液検査では炎症反応高値,造影CTでは左膝関節液貯留を認め,抗菌薬治療を開始した。関節炎は数日で改善,蜂窩織炎はデブリドーマンを施行後に改善傾向となり入院21日目に退院した。血液培養検査および関節穿刺液よりH. influenzaeが検出され,莢膜型はtype bと判定された。本症例よりDubowitz症候群を基礎疾患にもつ場合,液性免疫の低下により重症化する可能性を考慮する必要があることが示唆された。近年,Hib侵襲性感染症患者は減少しているが,小児だけでなく,摘脾後や,液性免疫不全を呈する基礎疾患をもつグループへの有効なワクチン接種戦略を確立することは,今後の課題のひとつであると考える。

Translated Abstract

In Japan, the number of patients suffering from an invasive infection caused by Haemophilus influenzae type b (Hib) has decreased markedly because of mandatory Hib vaccination beginning at two months of age under the Preventive Vaccination Law. However, the epidemiology of adult invasive Hib infection remains poorly understood because of the limited number of reports. We encountered a case of purulent knee arthritis and septic shock caused by Hib in an adult male. The patient, in his thirties, had Dubowitz syndrome as a comorbidity. He visited the Department of Orthopedic Surgery for knee joint pain and difficulty in walking and was subsequently referred to our hospital because of suspected septic shock due to the purulent arthritis of the left knee. The patient was started on antibiotic therapy because of a high level of inflammatory response, as shown by his blood test results, and fluid retention in the left knee joint, as seen in his CT scans. The arthritis improved within three days, and the patient was discharged on the 21st day of being admitted to the hospital. Microbiological tests revealed H. influenzae in blood culture and joint puncture fluid, with its capsular type determined to be type b. Thus, in the presence of Dubowitz syndrome as the primary disease, the infectious disease may be exacerbated by host factors, such as compromised humoral immunity. Although the incidence of invasive Hib infection has recently decreased because of a public subsidy program for Hib vaccination, an effective vaccination strategy should be established for adults who had undergone splenectomy or with underlying diseases that cause humoral immunodeficiency, as well as for infants.

I  序文

Haemophilus influenzaeは髄膜炎や菌血症などといった侵襲性感染症(invasive Haemophilus influenzae disease; IHD)および中耳炎等の非侵襲性感染症を引き起こすことが知られている。本菌は莢膜をもちその構造の違いにより,莢膜型株と型別不能株(non-typable H. influenzae; NTHi)に大別される。莢膜型は,莢膜多糖体の糖鎖構造の違いによりa~fの6つに分類され,一般的に侵襲性感染症を起こしやすいとされているが1),2),その中でも特にb型(Hib)は病原性が強く3),小児の侵襲性H. influenzae感染症全体の88.7%がb型によるものであった4)との報告もある。このようにHibは小児における侵襲性感染症の重要な原因菌である。

我が国では2008年12月よりHibワクチンの販売が開始され,2013年4月以降,小児を対象に定期接種されるようになった。それを契機に小児のHib感染症が激減した5)~8)と報告されている。一方で,これまで成人からの侵襲性Hib感染症例は非常に少なく,報告は十分でない。

今回我々は,成人男性でH. influenzae type bによる化膿性膝関節炎および敗血症性ショックを起こした症例を経験したので報告する。

II  症例

症例:30代,男性。

主訴:関節痛。

既往歴:Dubowitz症候群。心室中隔欠損(VSD)自然閉鎖。肺高血圧。精神障害。びまん性表層角膜炎。アレルギー性皮膚炎。これらの既往があるものの現在は,医療機関での経過観察はされていない。

現病歴:20XX年6月某日より膝関節痛が出現し,翌日近隣の整形外科を受診。偽痛風疑いにて穿刺・排膿し鎮痛薬を処方された。その後5日経過しても症状の改善なく歩行困難となり,発熱を認めたため再受診し,左膝化膿性関節炎による敗血症性ショックを疑われ,当院に紹介入院となった。

入院時所見:意識清明。体温36.4℃。血圧98/55 mmHg。脈拍131回/分。SpO2 97%。左大腿から踝部にかけて熱感・発赤・腫脹あり。下腿浮腫を認めた(Figure 1)。

Figure 1 Physical findings on admission

A feeling of warmth, redness, and swelling occurred from the left thigh to the ankle, with pedal edema.

入院時検査所見:血液検査所見では,CRPおよびプロカルシトニンの著明な上昇を認めた(Table 1)。左膝穿刺関節液検査では,多核球優位の細胞数の増加を認めた(Table 2)。膝関節周囲造影CTでは,左膝関節液貯留を認めた(Figure 2)。

Table 1  Blood test results on admission
血液検査結果
​TP 5.5 g/dL ​WBC 2,200/μL ​PT 15.9 sec
​Alb 2.2 g/dL ​ Met 6% ​APTT 41.9 sec
​BUN 35.4 mg/dL ​ St 26% ​Fib 1,335 mg/dL
​Cre 0.8 mg/dL ​ Seg = Neut 50% ​D-dimer 2.2 μg/mL
​AST 62 U/L ​ Eo 1%
​ALT 84 U/L ​ Bas 0% ​Lac 3.6 mmol/L
​LD 209 U/L ​ Mono 9%
​ALP 412 U/L ​ Lym 8%
​CK 265 U/L ​RBC 438 × 104/μL
​CRP 49.33 mg/dL ​HGB 12.5 g/dL
​PCT 28.56 ng/mL ​PLT 6.9 × 104/μL
Table 2  Test results with puncture fluid from the left knee upon admission
左膝関節液検査結果
色調 赤色 尿酸ナトリウム結晶
混濁 3+ ピロリン酸カルシウム結晶 +
フィブリン + コレステロール結晶
細胞数 20,250/μL
細胞種類(M:P) 1:7
蛋白 1.8 g/dL
LD 2,559 U/L
12 mg/dL
Figure 2 Contrast enhanced CT findings of the knee joint

Contrast-enhanced CT of the knee joint revealed fluid retention in the left knee joint.

経過:左膝部の化膿性関節炎および敗血症性ショックと診断し,vancomycin(VCM)1 g × 1回/dayおよびmeropenem(MEPM)3 g × 1回/dayの静脈内投与,カテコラミン投与を行った。微生物学的検査所見にて起炎菌をH. influenzaeを疑った時点でMEPM単剤投与へ変更した。関節炎は数日で改善し,その時点で抗菌薬をceftriaxone(CTRX)4 g × 1回/dayに変更,数日経過しても左下肢全体に広がった蜂窩織炎の治療が遷延していたためデブリドーマンを施行し,linezolid(LZD)1.2 g × 1回/dayを追加した。その後は改善傾向となり,levofloxacin(LVFX)500 mg × 1回/dayに変更した。その後症状の増悪なく,入院21日目に退院となった。成人における非淋菌性化膿性関節炎の標準治療期間は14~28日とされている。退院後,LVFX 500 mg × 1回/dayを継続しながら経過観察を行い,治療開始から29日目に抗菌薬による治療を終了した(Figure 3)。

Figure 3 Clinical course after admission

III  微生物学的検査

検体は血液および左膝穿刺関節液が提出された。血液培養検査はBact/Alert 3D(ビオメリュージャパン)を使用し,SA培養ボトル(好気用),SN培養ボトル(嫌気用)を用いて行った。培養開始14.9時間で3セット中全てのボトルが陽転した。陽性となった培養液のグラム染色では,グラム陰性に染まる小短桿菌を認めた。チョコレート寒天培地(極東製薬),血液寒天培地(日水製薬)およびBTB寒天培地(極東製薬)を用い分離培養を行った。35℃,炭酸ガス培養装置を用い5%の炭酸ガス濃度下で18時間培養後,チョコレート寒天培地にのみ直径1.0 mm程度の灰白色で非溶血,smooth型(S型)のコロニーの発育を認めた。ヘモフィルスID4分画培地(BD)を用いてH. influenzaeと同定した。ニトロセフィンを基質としたセフィナーゼディスク(BD)を用いたβ-lactamase産生試験は陰性であった。マイクロスキャン(ベックマン・コールター)を用いた微量液体希釈法による抗菌薬感受性試験の結果を示す(Table 3)。ABPCの最小発育阻止濃度(minimum inhibitory concentration; MIC)は1 μg/mLであり,β-lactamase産生試験は陰性であったことから耐性菌とは判定しなかった。その後,莢膜型判定および薬剤耐性遺伝子解析を目的とし,追加検査を依頼した。莢膜型は凝集反応を用い判定し,type bであった。薬剤耐性遺伝子解析はPCR法を用い,β-lactamase産生に関わるTEM-1遺伝子およびpenicillin binding protein (PBP)-3をコードするftsI遺伝子上の変異の有無を検索した9)。その結果,β-lactamaseを産生せず,ftsI遺伝子上にLys-526変異とSer-Ser-Asn(SSN)配列周囲に3個のアミノ酸変異を有する耐性株(gBLNAR)と判定された。左膝関節穿刺液からも同様の菌が分離された(Figure 4)。

Table 3  Antimicrobial susceptibility test results
抗菌薬 MICs(μg/mL)
ampicillin 1
cefaclor 4
cefotiam 2
cefotaxime 0.5
cefepime 1
ceftriaxone ≤ 0.12
cefixime 0.5
cefditoren 0.12
meropenem ≤ 0.12
sulbactam/ampicillin ≤ 0.5
clavulanate/amoxicillin ≤ 1
chloramphenicol ≤ 0.5
clarithromycin 4
levofloxacin ≤ 0.12
ciprofloxacin ≤ 0.12
sulfamethoxazole/trimethoprim ≤ 0.25
rifampicin ≤ 0.5
tetracycline ≤ 0.5
Figure 4 Gram staining of puncture fluid from the left knee (×1,000)

Gram-staining revealed small gram-negative bacilli.

IV  考察

本邦において,Hibワクチンは2008年12月より任意接種が開始され,2013年4月以降は,生後2ヶ月以降に定期接種するよう予防接種法で定められている。既報によるとHibワクチンが定期接種化された国では,小児における侵襲性Hib感染症罹患率は著しく減少した5)~8)ことが明らかにされており,今後更なるHib感染症の減少が期待できると考えている。

石岡ら10)は,成人におけるインフルエンザ菌感染症の調査を行い,菌株を収集可能であった7例全てがNTHiであったことを報告している。このようにHibは小児において髄膜炎など侵襲性の疾患を生じるものの,成人では摘脾後などを除きほとんど侵襲性感染症の原因とならない。そのため本症例のような成人での侵襲性Hib感染症報告症例は極めて少なく不明な点が多い。

今回我々は,Dubowitz症候群を基礎疾患に持つ若年男性がHibにより化膿性関節炎,敗血症性ショックを呈した症例を経験した。

1965年,Dubowitzは子宮内発育不全,低身長,小頭症,顔貌異常,皮膚湿疹,軽度の精神発達遅滞のある生後13か月女児と,子宮内発育不全と皮膚性合趾症を呈し生後3か月で死亡した姉を最初に報告し11),これがDubowitz症候群と認められた。以後,報告が相次ぎ,現在では,先天性多発性奇形,精神発達遅滞,成長障害を主訴に湿疹などのアレルギー性疾患に罹患しやすい免疫異常,および血液・リンパ系疾患の罹患傾向をもつ症候群と定義されている。現在のところ,診断方法は身体所見を有していることに加えて遺伝子検査を補助的に使用する12)。Dubowitz症候群は,IgAの低値や欠損,骨髄不全を伴う13)と報告されており,反復性感染を生じるという点からも液性免疫不全を生じると予想される。よってDubowitz症候群を基礎疾患にもつ場合,感染症において,液性免疫の低下による宿主側の要因により重症化する可能性を考慮する必要がある。このような場合,ワクチンを用いた予防は非常に有効であると考えられる。Hibワクチンは,インフルエンザb型による感染症,特に髄膜炎,敗血症,蜂窩織炎や関節炎などをはじめとする侵襲性感染症に対する予防効果が期待できる。したがって,診察及び接種適否の判断を行った上で,適応者に対しては積極的に接種すべきであると考える。

化膿性関節炎は,日常診療において比較的よく遭遇するものの,偽痛風などとの鑑別に苦慮することが少なくない疾患である。診断や治療開始時期,方法を誤ると関節破壊や関節強直などといった重篤な機能障害を残すとされており,予後の低下を防止するためにも早期診断・早期治療が非常に重要である。現在,化膿性関節炎の起因菌は,黄色ブドウ球菌が最も多いとされているが14),15),Hibワクチンの定期接種開始以前の調査では,2歳未満においてインフルエンザ菌が最も多く88例中33例(37.5%)を占めていた16)。また,Hibによる化膿性膝関節炎は,Hib全身感染症全体の7.6%を占めるとの報告17)があり,比較的稀な疾患である。我々が検索し得た範囲では,年齢分布などといった詳細な報告はなかったが,加倉ら18)はHibによる化膿性関節炎で報告された5症例全てが乳児や小児によるものであったと報告している。以上を踏まえ,今回我々が経験した症例は,成人による侵襲性Hib感染症であった点と化膿性膝関節炎であった点を考慮すると,極めて希少症例であったと考えられる。

近年,β-lactamase非産生アンピシリン耐性株(BLNAR)の分離頻度が増加傾向にあることが示唆されている9),19)。BLNARの判定には,本来,遺伝子学的検査が必要であるが,操作が煩雑であり日常検査に導入することは困難である。日常検査では,ニトロセフィン法によるβ-lactamaseが陰性であり,ABPCのMICが ≥ 4 μg/mLであることclavulanate/amoxicillin(CVA/AMPC)やCefaclor(CCL)に耐性を示すことを参考に推定している。今回分離した菌株は,ニトロセフィン法によるβ-lactamaseが陰性であり,ABPCのMICは1 μg/mLであったため耐性菌とは判定しなかった。当院におけるH. influenzaeの検出由来は,呼吸器系材料や耳鼻科系材料が圧倒的に多い状況である。Hibワクチン導入以前は小児における侵襲性化膿性髄膜炎等の原因菌として検出されることがあったが,導入以降,無菌材料からH. influenzaeを検出した経験は非常に少なく,そのため起因菌を推定した時点で迅速に感染症専門医に中間報告を行った。その際に,極めて稀な症例であることを考慮し,日常検査では検出できない菌体側の因子が重症化に関与している可能性を考え,莢膜型判定および薬剤耐性遺伝子の解析を依頼することとした。その後行われた遺伝子解析ではgBLNARと判定され,日常検査で得られた結果と乖離がみられた。ABPCに感受性がありながら薬剤耐性遺伝子をもつ株が存在していることは以前より知られているが20)‍~22),通常では遺伝子解析は行わない場合が多く,本症例のように表現型のみで判定を行った場合,本来の結果を得られない可能性があることを再認識した。前述の通り現在大部分の施設では,BLNARの判定にβ-lactamase産生の有無とABPCのMIC値を用いている。そのため日常的に本症例のような株を見つけることは現状難しいが,このような株が存在することを念頭に置き検査を実施することで,臨床検査技師が必要に応じて追加検査を提案することや臨床に情報提供をすることができ,治療に寄与すると考える。本症例で経験したようにBLNARの判定は,抗菌薬感受性に基づく方法と遺伝子解析に基づく方法で得られる結果が必ずしも一致しないため,今後継続してサーベランス等を実施し調査していくことはきわめて重要である。

近年,H. influenzaeは,従来有効とされていたペニシリン系やセファロスポリン系抗菌薬に対する低感受性株も出現し,重篤化や感染症治療が難渋する可能性が考えられる。よって抗菌薬選択時は,β-lactamase産生の有無だけでなく,ABPCに感受性がありながら薬剤耐性遺伝子を持つ株が存在することも念頭におき,慎重に抗菌薬を選択するとともに,十分な治療期間が必要であると考える。既知の報告では,CRPの陰性化をもとに抗菌薬治療の終了を判断し,その後の再発により後遺症を残したという症例がある18)。また,Rotbertら23)はHib化膿性関節炎に対する治療期間に関して内服を含めて計3~4週間を要したと報告している。このような報告を踏まえると,抗菌薬投与終了の判断はCRP等による炎症反応の陰性化のみでは不十分であり,内服を含めて3~4週間の抗菌薬投与が必要であると考える。本症例は抗菌薬投与期間を経静脈的に21日間,内服を含めて29日間設けたとともにデブリドーマンによる積極的な菌の排除を行ったことで治療が奏功したと考える。化膿性関節炎に対する治療は,十分な期間抗菌薬投与を行うことに加え,ドレナージや洗浄等による迅速かつ適切な処置が,病態の回復につながると考える。

このような耐性株出現の背景や再発の症例を踏まえると,Hibワクチンによる予防は,罹患後の治療と比較し患者利益に大きく寄与すると考えられる。

小児だけでなく摘脾後の患者や,Dubowitz症候群のような免疫不全を呈すると考えられる基礎疾患をもつグループへの有効なワクチン接種戦略を確立することは,今後の課題のひとつである。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本稿を終えるにあたり,H. influenzaeの莢膜型判定および薬剤耐性遺伝子解析をしていただきました東京医科大学・微生物分野の生方公子先生に深謝いたします。

文献
 
© 2021 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
feedback
Top