医学検査
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症例報告
アナフィラキシー反応および一過性のST上昇からKounis症候群が疑われた2症例
小澤 優貴大塚 喜人
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2021 年 70 巻 4 号 p. 817-823

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Abstract

アナフィラキシーショックに伴うST上昇型の心電図変化を認め,Kounis症候群が疑われた2症例を経験した。症例1:70歳の女性,造影剤使用直後のアナフィラキシーショックにより,救命救急センターへ搬送された。接触時,意識レベルJCS I-3,血圧測定不可であり,心電図検査にて第II,第III誘導,aVF誘導のST上昇,V1からV5誘導でのST低下を認めた。ACSの合併が疑われたが,冠動脈の有意狭窄は認められず,ACSは否定的であったことより,造影剤によるアナフィラキシーショックによって,心電図検査のST上昇ならびに低下が顕性化されたと考えられた。症例2:59歳の男性,近医受診後に非ピリン系感冒剤顆粒とセフカペン ピボキシル塩酸塩水和物錠を内服したところ,アナフィラキシー反応が出現し,心電図検査において第II,第III誘導,aVfのST上昇を認めた。アナフィラキシーショックならびに 急性冠症候群が疑われたため,当院に紹介搬送となった。冠動脈造影では有意狭窄は認められず,アセチルコリン負荷試験は陰性であった。リンパ球幼若化反応において,それぞれ非ピリン系感冒剤顆粒とセフカペン ピボキシル塩酸塩水和物錠で陽性反応を示したことから,アナフィラキシーショックによる心電図変化と結論付けられた。Kounis症候群は,アレルギー反応に惹起されて急性冠症候群を発症する稀な疾患であることから,重篤な病態を呈する場合にはKounis症候群の可能性も念頭におき,検査・治療・観察を行う必要があると考えられる。

Translated Abstract

We experienced treating two cases of suspected Kounis syndrome with ST-segment elevation and electrocardiographic changes associated with anaphylactic shock. Case 1: A 70-year-old woman was transferred to a critical care center owing to anaphylactic shock immediately after using a contrast medium. At the time of admission, neither her consciousness level JCS I-3 nor blood pressure could be measured, and electrocardiography showed ST-segment elevation in leads II and III and aVF, and ST-segment depression in leads V1 to V5. Although ACS was suspected, no significant stenosis of the coronary arteries or ACS was observed. From the above, it is considered that the ST-segment elevation and depression in electrocardiography, which indicated anaphylactic shock, was caused by the contrast medium. Case 2: A 59-year-old man who took PL granules and Flomox after seeing a local doctor showed an anaphylactic shock, and electrocardiography showed ST elevation of leads II and III and aVf. Since acute coronary syndrome was also suspected, he was referred to our hospital. No significant stenosis was observed on coronary angiography, and the acetylcholine tolerance test showed negative results. In the lymphocyte transformation test, positive reactions to PL granules and Flomox were observed; thus, it was concluded that the electrocardiographic changes were due to anaphylactic shock. Kounis syndrome is a rare disease that is triggered by an allergic reaction and causes acute coronary syndrome. If a patient presents with a serious condition, the possibility of Kounis syndrome should be taken into consideration when conducting examinations, treatments, and observations.

I  序文

Kounis症候群は,アナフィラキシーと急性冠症候群(acute coronary syndrome; ACS)が同時に発生する病態であると定義されている1)。アレルギー反応によって肥満細胞が活性化され,放出されたメディエータの作用により,冠状動脈攣縮や急性心筋梗塞を引き起こすが,本邦における認知度は未だに低いのが現状である。今回我々は,造影剤であるイオヘキソールの投与と非ピリン系感冒剤顆粒およびセフカペン ピボキシル塩酸塩水和物錠を内服後にアナフィラキシーショックに伴うST上昇型の心電図変化を認め,Kounis症候群が疑われた症例を経験したので報告する。

II  症例1

患者:70歳,女性。

主訴:くしゃみ,掻痒感。

既往歴:胸部大動脈瘤,腹部大動脈瘤,陳旧性心筋梗塞,狭心症,糖尿病。

家族歴:特記事項なし。

アレルギー歴:特記事項なし。

現病歴:受診日当日,胸部および腹部大動脈瘤の精査加療を目的に入院した。大動脈のCTを施行した際に造影剤イオヘキソール300を使用したところ,造影剤投与約30秒後に頻回のくしゃみと掻痒感の訴え,意識レベルの悪化を認めた。造影剤によるアナフィラキシー反応が疑われ,救命救急センターへ搬送された。

現症:意識レベルJapan coma scale(JCS)I-3,血圧測定不可(大腿動脈触知可),心拍数約50/分,努力様呼吸,SpO2 90%(room air),体温35.9℃であった。また,全身に発赤と冷汗を認め,左肺野にwheezeが聴取された。

検査所見:血液検査所見をTable 1に示す。血液ガス分析においてpH 7.183,PaCO2 62.6 mmHg,PaO2 154.0 mmHg,HCO3 22.6 mmol/L,Base exsecc −6.6 mmol/L,Anion Gap 9.0 mmol/L,Lactate 3.5 mmol/Lであり,呼吸性アシドーシスを認めた。心筋バイオマーカーは,有意な上昇を示さなかった。心臓超音波検査では下後壁の壁運動低下は指摘できず,心胸郭比は54%であった(Figure 1)。

Table 1  Laboratory findings at the time of initial medical examination in case 1
Hematology Coagulation
WBC 57 × 102/μL PT 11.7 Sec
RBC 495 × 104/μL PT (INR) 0.99
Hb 14.5 g/dL APTT 23.0 Sec
Ht 44.5% D-D 11.0 μg/mL
Plt 14.5 × 104/μL
Biochemistry Blood gas
TP 5.1 g/dL pH 7.183
Alb 2.8 g/dL PaCO2 62.6 mmHg
AST 11 U/L PaO2 154.0 mmHg
LD 136 U/L HCO3 22.6 mmol/L
CK 31 U/L BE −6.6 mmol/L
CK-MB 4 U/L Glu 121 mg/dL
Cr 0.62 mg/dL Lac 3.5 mmol/L
Na 141 mEq/L
K 4.2 mEq/L
Cl 110 mEq/L
BNP < 2.0 pg/mL
Tn-I 0.002 ng/mL
Figure 1 Chest radiographic findings in case 1

CTR: 54%

臨床経過:造影剤イオヘキソール300を用いたCT撮影後,直ちに救命救急センターへ搬送された。病歴ならびに身体所見から,造影剤によるアナフィラキシーショックとして治療が開始された。搬入直後,バックバルブマスクによる用手的換気補助を行った。橈骨動脈は触知不可であり,15:40に右大腿外側へエピネフリン0.3 mgが筋注された。15:50よりメチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム125 mg,ファモチジン注射液20 mg,クロルフェニラミンマレイン酸塩10 mgおよび生理食塩水100 mLが投与され,15:56に血圧157/121 mmHg,心拍数120/分まで上昇した。聴診においてwheezeならびにstridorが著明に聴取されたが,全身の紅斑は改善傾向であった。当初より胸痛の訴え等はなかったものの,心電図モニター上でST上昇を認めたため,12誘導心電図を施行した。第II,第III誘導,aVF誘導でST上昇,V1–V5誘導でST低下を認め,下後壁の急性心筋梗塞が疑われたが,心臓超音波では下後壁の壁運動低下を指摘できなかった。16:15より徐々に呼びかけに反応し始め,血圧146/87,心拍数94/分,酸素投与10 LにてSpO2 100%であった。16:24に心電図モニター上のST変化が消失したため,再度,12誘導心電図を施行したところST変化は改善傾向であった(Figure 2)。16:30より会話・従命が可能となり,16:40に全身管理・緊急カテーテル方針にて Cardiac Care Unit(CCU)へ入室された。翌日,検査前に注射用プレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム50 mgおよびジフェンヒドラミン塩酸塩50 mgの内服と,造影剤をイオパミドール注射液300に変更し冠動脈造影(coronary angiography; CAG)を施行したが,前回検査時の所見と著変なく,有意な狭窄は認めなかった(Figure 3)。検査後に若干の顔面紅潮を認めたが,血圧低下などの重篤なアレルギー反応は認められなかった。その後の経過観察においても合併症はなく,第3病日に退院し,胸部大動脈瘤の治療・経過観察中である。

Figure 2 Standard 12 lead electrocardiogram in case 1

At the time of initial medical examination, electrocardiographic findings showed ST elevation in leads II, III, and aVF, and ST depression in leads V1–V5. No ST change was observed in the electrocardiographic findings when re-examination was performed about 10 minutes later.

Figure 3 Coronary angiography (CAG) in case 1

No new coronary stenosis was observed, which was not significantly different from the previously performed coronary findings.

III  症例2

患者:59歳,男性。

主訴:上下肢の痺れ,発汗,上腹部痛,嘔気。

既往歴:高血圧,胆石症。

家族歴:肺癌,脳出血。

アレルギー歴:特記事項なし。

現病歴:受診日当日に感冒症状を認めたため,近医を受診し,非ピリン系感冒剤顆粒とセフカペン ピボキシル塩酸塩水和物錠を処方された。非ピリン系感冒剤顆粒を内服し,25分後にセフカペン ピボキシル塩酸塩水和物錠を内服した。セフカペン ピボキシル塩酸塩水和物錠内服の5分後,四肢の痺れ,発汗が生じ,さらに,上腹部痛と嘔気が出現したため,近医で検査したところ,心電図検査において第II,第III誘導,aVf誘導のST上昇を認めた。血圧も低下傾向であったことから,アナフィラキシーショックならびにACSが疑われ,当院に紹介搬送となった。

現症:近医受診時,血圧90/50 mmHg,心拍数:71/min,SpO2:95%(nasal 3 L)であった。当院搬送時は,意識レベルJCS 0,血圧131/80 mmHg,心拍数約85/分,SpO2 100%(room air),体温36.9℃であり,全身に発汗と発赤を認めた。

検査所見:近医の心電図検査では第II,第III誘導,aVf誘導の著名なST上昇を認めたが,血液検査では心筋トロポニンT陰性であった。当院搬入時の心電図検査では ST上昇は消失し,血液検査において心筋トロポニンIが0.059 ng/mLと若干の上昇を認めた。その他,血液検査では有意な所見は得られなかった(Table 2)。心臓超音波検査では下後壁の著明な壁運動低下は指摘できず,心胸郭比は56%であった(Figure 4)。

Table 2  Laboratory findings at the time of initial medical examination in case 2
Hematology Coagulation
WBC 134 × 102/μL PT 11.5 Sec
RBC 531 × 104/μL PT (INR) 1.03
Hb 16.0 g/dL APTT 26.4 Sec
Ht 47.2% D-D 0.5 μg/mL
Plt 17.2 × 104/μL
Biochemistry Blood gas
TP 6.6 g/dL pH 7.371
Alb 4.2 g/dL PaCO2 48.6 mmHg
AST 24 U/L PaO2 62.1 mmHg
LD 226 U/L HCO3 27.5 mmol/L
CK 176 U/L BE 1.8 mmol/L
CK-MB 19 U/L Glu 186 mg/dL
Cr 0.74 mg/dL Lac 1.3 mmol/L
Na 143 mEq/L
K 4.2 mEq/L
Cl 107 mEq/L
BNP 8.0 pg/mL
Tn-I 0.059 ng/mL
Figure 4 Chest radiographic findings in case 2

CTR: 56%

臨床経過:近医にて処方された非ピリン系感冒剤顆粒とセフカペン ピボキシル塩酸塩水和物錠を内服後,上下肢の痺れ,発赤,上腹部痛,嘔吐などの症状が出現し,血圧低下も認められたため,アナフィラキシーショックが疑われた。また,上腹部の痛みを伴っていたため,心電図検査が施行され,検査の結果,第II,第III誘導,aVf誘導の著名なST上昇を認めた(Figure 5)。これらの所見について,当院での精査・加療を目的に当院救命救急センターへ搬送された。搬送後,明らかな症状はなく,各種検査所見からもACSは疑いにくいと判断された。第2病日にCAG施行されたが,冠状動脈の有意な狭窄は認められず(Figure 6),アセチルコリン負荷試験で陰性であったこと,リンパ球幼若化反応(lymphocyte transformation test; LTT)において,それぞれ測定値(S.I.)が非ピリン系感冒剤顆粒:332 cpm(272%),セフカペン ピボキシル塩酸塩水和物錠:333 cpm(272%)で陽性反応を示したことから(Table 3),アナフィラキシーショックによって心電図変化が出現したとの結論に至った。経過観察中も特に問題なく,第3病日に退院された。

Figure 5 Standard 12 lead electrocardiogram in case 2

Electrocardiographic findings at the time of consultation with a local doctor showed ST elevation in leads II, III, and aVF, and ST depression in leads V1–V4. No ST change was observed in the electrocardiogram findings at the initial medical examination of this hospital.

Figure 6 Coronary angiography in case 2

No significant stenosis was observed.

Table 3  Lymphocyte transformation test
Lymphocyte transformation test 測定値(cpm) S.I.(%)
PL顆粒 332 272
フロモックス 333 272

IV  考察

Kounis症候群は,アレルギー反応と胸痛が併発する“allergicangina”と定義されているが2),3),過去の報告によれば,アレルギー反応に加えて頻脈や意識障害など症状が多岐にわたる場合も少なくない。発症機序は肥満細胞から放出されるヒスタミンや中性プロテアーゼ,ロイコトリエンなどの炎症性メディエータが遊離することで冠状動脈攣縮を生じ4),冠動脈のプラークの剥離や破裂を惹起する作用のあるトリプターゼやキマーゼが高度狭窄や完全閉塞を引き起こすためと考えられており5),6),造影剤などの薬剤が要因となる場合や,稀ではあるが,蜜蜂刺傷に誘発された症例も報告されている7)。特記すべき既往歴のない場合や虚血性心疾患を保有している場合など,多種多様の患者背景を呈しているが,過去の報告によれば,3つのTypeが存在しているとされている6)。Type Iは,正常な冠動脈で炎症性メディエータの放出により,冠状動脈攣縮が引き起こされたもの,Type IIはアテローム性疾患を有し,炎症性メディエータがプラーク破綻を誘発し冠状動脈攣縮や急性心筋梗塞を発症するもの,Type IIIは冠状動脈ステント留置後でステント内血栓を含む冠状動脈血栓症にいたるものである。肥満細胞から放出されるメディエータの作用により,Kounis症候群を呈すると考えられるが,放出された炎症メディエータは,少量では冠動脈攣縮やプラークの破綻を誘発することはなく,ある閾値を超えた時に惹起するとされ1),アレルギー反応が重篤であるほどACSを合併するリスクが高くなると考えられる。

今回報告した2症例のうち,症例1では,大動脈CT造影検査後にアナフィラキシーショックを起こし,直後に心電図上において下壁誘導のST上昇を認めた。翌日施行された冠状動脈造影検査では,左冠状動脈の#6と#13に,右冠状動脈の#3に動脈狭窄を認めたが,以前施行された造影検査の所見と同等の結果であった。過去に心筋梗塞を契機とした冠動脈狭窄があり,アレルギー反応に伴って冠状動脈攣縮が誘発されたと考えられ,Kounis症候群のType IIであった可能性が推察された。症例2では,非ピリン系感冒剤顆粒およびセフカペン ピボキシル塩酸塩水和物錠内服後にアナフィラキシー様反応を示し,ショック状態であったことから,当院へ救急搬送された。しかしながら,搬送後は症状が消失しショック状態も改善されていたことから,待期的にCAGが施行された。CAG所見で冠状動脈の有意狭窄は確認できなかったこと,アセチルコリン負荷試験で陰性を示したこと,既往歴に特記事項がなく,冠状動脈狭窄も認められていないことから,Type IのKounis症候群である可能性が示唆された。

Kounis症候群については,特異的な治療方法が確立しておらず,アナフィラキシー反応に対する治療と同時に,ACSに対する治療を並行して行う必要があると考えられる。症例1のようにショックの状態や意識レベルの低下が認めれらる場合には胸部症状を訴えることは困難であり,実際の臨床現場においてはACSか否かの判断に苦渋する場合も想定されることから,12誘導心電図の変化に加え,循環動態や呼吸状態の悪化が予想される場合には心筋バイオマーカーを含む生化学検査や心臓超音波検査などを積極的に行うことが極めて重要である。

V  結語

アナフィラキシーショックに伴うST上昇型の心電図変化を認め,Kounis症候群が強く疑われた症例を経験した。本疾患は,緊急性が極めて高いことから,より迅速に治療を開始する必要があると考えられる。また,病態悪化により各疾患との鑑別が困難となる場合もあることから,本疾患の病態を念頭に置き,必要に応じた検査・治療の準備をしておくことが極めて重要である。

本論文の要旨は,第63回日本医学検査学会(2014年,新潟)にて発表した。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本論文の作成にあたって,御校閲いただいた亀田総合病院救命救急科の大橋正樹先生に深謝いたします。

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