医学検査
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原著
血中薬物濃度測定における血清分離剤入り採血管の検討
福島 紘子大野 一彦市村 直也東田 修二
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2022 年 71 巻 2 号 p. 263-269

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Abstract

採血管に添加されている分離剤には一部薬物の吸着作用が知られている。今回,血中薬物濃度測定における各社採血管の影響度合いを比較した。採血管製造メーカー4社の分離剤入り採血管における経時的な薬物濃度の変動を確認したところ,測定した8種の薬物中3種で測定値の減少を認めた。採血管への添加量や保存条件が同じであるにも関わらず,減少の程度に差を認めたことから,影響を及ぼす要因の一つとして分離剤の材質の違いが考えられた。分離剤や薬物の脂溶性の違い等により,測定値の減少の程度に差を認めたことが推察された。使用する採血管と測定薬物の組み合わせを考慮の上,分離剤入り採血管を使用することで,採血や検体検査業務効率化を図ることができる。

Translated Abstract

Several separation gels added to blood collection tubes have been reported to have the drug adsorption effect. In this study, we compared the degree of impact of each manufacturer’s blood collection tube as shown in the blood drug concentration measurement. During the monitoring of the time-course shifts in the drug concentration of the blood collection tubes containing a separation gel from four manufacturers, three of the eight drugs examined showed decreases in their measured concentrations. Despite the equal volume of a blood specimen added to the blood collection tubes and the same storage conditions, the degree of decrease varied depending on the blood collection tube used. Thus, the difference in the materials of a separation gel was considered as one of the factors affecting measurements. It was inferred that the variance in the degree of decrease in the measured concentration was caused by the differences in the lipophilicity of the separation gel and the drugs. In the case where a blood collection tube containing a separation gel is utilized, it is considered that the examination of the combination of the tube to be utilized and the drug to be measured can contribute to the improvement of the efficiency of blood specimen collection and processing.

I  はじめに

採血管の分離剤には血中薬物の吸着作用が知られている。中でも,カルバマゼピン,フェニトイン,フェノバルビタールは,以前より分離剤への吸着が報告されている1),2)。そのため,一部の血中薬物濃度測定用試薬では,分離剤入り採血管の使用は推奨されていない3)。そこで当院では,血中薬物濃度を分離剤のない採血管を用いて測定してきた。しかし,分離剤入り採血管を使用できれば,使用採血管種の縮減,採血量の少量化による業務効率化を図ることが可能となる。今回われわれは,製造メーカー各社の採血管を用いて測定した薬物濃度を比較して,血中薬物濃度測定における各社採血管の影響の程度を明らかにすることを本研究の目的とした。

II  材料および方法

1. 採血管

分離剤入り血清採血管であるインセパックII-D SQ-ST(積水メディカル,以下採血管A),ネオチューブRC-THR(ニプロ,以下採血管B),BDバキュテイナ® SSTTM II採血管(日本ベクトン・ディッキンソン,以下採血管C),ベノジェクトII真空採血管VP-AR(テルモ,以下採血管D)の4種を用い,対照採血管としてヘパリンナトリウム入り血漿採血管であるベノジェクトII真空採血管VP-H(テルモ,以下採血管E)を使用した。

薬物の分離剤への吸着作用に影響を及ぼす要因を確認するため,凝固促進剤入りプレーン管であるネオチューブOP-PS(ニプロ,以下採血管F),BDバキュテイナ®プレイン採血管(日本ベクトン・ディッキンソン,以下採血管G),ノンコーティングプレーン管であるネオチューブNP-PN(ニプロ,以下採血管H)を使用した。

微量採血管に関する過去の報告がなかったことから,血清分離剤入りBDマイクロティナ®微量採血管BDマイクロガードTM(日本ベクトン・ディッキンソン,以下採血管I)の検討を行った。

今回使用した血清採血管の分離剤の材質はTable 1の通りである。

Table 1 Separation gel
Blood collection tubeManufacturerSeparator material
Blood tube AInsepack II-D SQ-STSekisui MedicalPolyolefin
Blood tube BNeotube RC-THRNIPROPolyester resin
Blood tube CBD Vacutainer® SSTTM IINippon BDAcrylic resin
Blood tube DVenoject II VP-ARTERUMOPolyolefin
Blood tube IBD Microtainer® blood collection tubesNippon BDPolyester resin

2. 測定試薬及び測定機器

カルバマゼピン,ジゴキシン,バルプロ酸,バンコマイシン,フェニトイン,フェノバルビタール,メトトレキサート,リチウムの8種について検討した。アーキテクト・カルバマゼピン,ジゴキシン,バルプロ酸,バンコマイシン,フェニトイン,フェノバルビタール,メトトレキサート(アボットジャパン):ARCHITECT i2000SR(アボットジャパン),リチウムキット エスパ・LiII(ニプロ):Labospect008(日立ハイテク)を用いた。測定試料として各専用コントロール(level 1, 2, 3)を使用した。

3. 方法

採血管に各試料を2 mLずつ添加し転倒混和を行った後,室温で2,000 g × 5分間遠心分離を行った。遠心直後及び4℃保管で1,3,5,7,12日後に3重測定を行い,薬物濃度を測定した。対照は採血管Eの遠心直後の薬物濃度とし,添付文書に記載されている再現性の範囲を超えて測定値の変動を認めた場合に変動ありとした。なお,検討した各薬物の再現性の範囲は次の通りである:カルバマゼピン(2.00~20.00 μg/mLでCV 7%以下),ジゴキシン(CV 10%以下),バルプロ酸(20~150 μg/mLでCV 7%以下),バンコマイシン(CV 10%以下),フェニトイン(CV 10%以下),フェノバルビタール(CV 10%以下),メトトレキサート(0.040~12.500 μmol/LでCV 7.5%以下),リチウム(CV 7%以下)。

分離剤の影響を確認するため,同じ製造メーカーで分離剤のない採血管を用いて,上述の方法で薬物濃度を測定した。

微量採血管Iに各試料を250 μLずつ分注し転倒混和,室温で2,000 g × 5分間遠心分離を行った後,遠心直後及び4℃保管で3,6時間後に3重測定を行った。

分離剤の影響試験と微量採血管を使った検討は,分注前の値を100%とし,添付文書に記載されている再現性の範囲を超えて測定値の変動を認めた場合に変動ありとした。

III  結果

カルバマゼピン,フェニトイン,フェノバルビタールは,採血管BとCで測定値の減少を認めた(Figure 1)。減少の程度は,フェニトイン,フェノバルビタール,カルバマゼピンの順に大きく,また採血管B,Cの順に大きかった。特にフェニトインは,減少の程度が最も大きく,採血管B,Cともに3日後から再現性の範囲外となった。この傾向は,全てのコントロール濃度で同じであった(Figure 2)。最も影響が大きかった組み合わせは,フェニトインのlevel 1を採血管Bを使って測定した場合であった(12日後:62.6%)。一方,ジゴキシン,バルプロ酸,バンコマイシン,メトトレキサート,リチウムは,どの採血管でも測定値の変動を認めなかった。

Figure 1 Drug concentration shifts in materials

The values were indicated by mean ± SE (n = 3). Digoxin, valproic acid, vancomycin, methotrexate, and lithium did not change in measured values during the study period in any of the blood collection tubes. Carbamazepine, phenytoin, and phenobarbital did not show any change in the measured values in the blood tubes A and D, while decreased in the measured values in the blood tubes B and C.

Figure 2 Drug concentration shifts in concentration levels

The values were indicated by mean ± SE (n = 3). The rate of decrease increased in the order of phenytoin, phenobarbital, and carbamazepine for drugs, and in the order of blood tubes B and C for blood collection tubes, and the tendency was the same for all control concentrations of levels 1, 2, and 3.

分離剤を含まない採血管では測定値への影響を認めなかった(Figure 3)。凝固促進剤の添加にかかわらず,検討したどの採血管(採血管F,G,H)でも測定値の変動を認めなかった。

Figure 3 Drug concentration shifts in non-separator gel tubes

(A) Made by NIPRO, (B) Made by Nippon BD

The values were indicated by mean ± SE (n = 3). No decrease in carbamazepine, phenytoin, and phenobarbital measurements was observed in non-separator gel blood collection tubes.

微量採血管(採血管I)を使用した検討では,カルバマゼピン,フェニトイン,フェノバルビタールで大幅な測定値の減少を認めた(Figure 4)。特にフェニトイン,フェノバルビタールは,遠心直後のわずかな時間経過でも測定値に大幅な減少を認め,3時間後には再現性の範囲外となった。

Figure 4 Drug concentration shifts in micro blood collection tubes

The values were indicated by mean ± SE (n = 3). There were no changes in digoxin, valproic acid, vancomycin, methotrexate, or lithium measurements. For carbamazepine, phenytoin, and phenobarbital, the measured values were significantly reduced, probably due to adsorption to the separating agent.

今回検討した8種の薬物について,物質の脂溶性を示す,オクタノール/水 分配係数(Log P値)を確認した(Table 2)。

Table 2 Octanol/Water Partition coefficient, log P
log P
Phenytoin2.47
Carbamazepine2.15
Phenobarbital1.47
Vancomycin1.21
Digoxin1
Valproic acid0.26
Methotrexate0.002
Lithium−6.19: reference

IV  考察

今回,採血管製造メーカー4社のうち2社3種の分離剤入り採血管において,3種類の薬物測定値の経時的な減少を認めた。

血中リチウム濃度測定では,積水メディカル社製採血管を用いた場合に偽高値を呈したという報告がある4)。その原因は製造工程段階で添加していた水酸化リチウムの影響によるものであるが,今回の検討ではそのような測定値の変動を認めなかった。これは,積水メディカル社ではすでに製造工程で水酸化リチウムを使用していないことを反映した結果と考える。もともと充分な採血量があれば水酸化リチウムの添加による影響を回避できてはいたものの,非常に狭い範囲でのコントロールが必要となるリチウム濃度測定において上記変更が実施されたことは,臨床上重要な情報であると考えられる。

今回の検討では3種の薬物において,分離剤への吸着によると考えられる明確な測定値の減少を認めた。採血管への添加量や保存条件が同じにもかかわらず,採血管により減少の程度に差を認めたことから,影響を及ぼす要因として分離剤や採血管内壁の材質の違い,凝固促進剤等の添加剤の影響を考え検討を行った。分離剤のない採血管では測定値の減少を認めなかったことから,採血管内壁の材質の違いや凝固促進剤等の添加剤の影響ではなく,分離剤の材質の違いが影響を及ぼしていることが示唆された。測定値の減少を認めなかった採血管AおよびDの共通点として,ともにポリオレフィン系の分離剤材質を使用していることが挙げられる。一方,測定値の減少を認めた採血管BおよびCに関しては,それぞれポリエステル系,アクリル系の分離剤材質を使用している(Table 1)。分離剤材質自体は疎水性だが,極性のある官能基の数等により多少性質が異なる。ポリエステル系,アクリル系の分離剤材質はそれぞれエステル基,アクリル基といった官能基により,ポリオレフィン系より疎水性の程度が強く,薬物とより吸着しやすい性質があると推察される。また,今回検討した8種の薬物について,オクタノール/水 分配係数(Log P値)を確認したところ,カルバマゼピン,フェニトイン,フェノバルビタールのLog P値が他の薬物と比較し高い(Table 2)。分離剤も疎水性であるため,比較的Log P値の高い3薬物において分離剤への吸着が認められたと考える。

微量採血管の採血管Iでは,同一メーカーの分離剤入り採血管である採血管Cと比較して,より顕著に測定値が減少した。これは,通常の分離剤入り採血管と比較し検体量が少なかったことに起因していると考えられる。過去の研究でも,採血量や検体と分離剤の接する条件,保存時間や保存温度等により薬物濃度の測定値が異なることが報告されている5)。小児てんかんは多種多様で年齢に特有なものが認められ,副作用の発現や服薬においても特に配慮を要する場合が多い6)。的確な薬物治療を行うためには血中濃度モニタリングにより患者の体内動態を把握することが必要不可欠であることから,分離剤のない微量採血管を使用することが重要である。

本検討結果を受け当院では,血中薬物濃度測定に用いる採血管を,生化学検査で使用する分離剤入り血清採血管(採血管A)に変更した。当院では提出された検体を3営業日分保存し,追加検査を行っている。そのため,分離剤への経時的な薬物吸着の程度を重視し採血管選定を行った。従来の分離剤を含まないヘパリンナトリウム入り血漿採血管の使用を中止して,採血管を生化学検査とまとめたことで,採血管種の縮減,採血量の少量化,採血管種間違い等のリスク軽減,検体検査業務効率化に繋がった。

今回の検討ではコントロール試料を使用したが,薬物とアルブミンの結合による影響を示唆する報告もあり,血清を使用した際の分離剤への薬物の吸着の程度についても,今後検討する必要があると考える1)

V  結語

一部採血管と薬物の組み合わせで,分離剤への吸着によると思われる測定値への影響を認めた。血中薬物濃度測定において分離剤入り採血管を使用することで,業務効率化や使用採血管種の縮減,採血量の少量化を図ることが可能になるが,採血管選定を行う際は,各採血管の特徴に加え採血管と測定薬物の組み合わせや検体の保存期間等を考慮することが重要である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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