医学検査
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当院で経験したたこつぼ症候群における心電図の経時的変化
岩﨑 早耶鈴木 千代子尾方 美幸井手口 武史佐伯 裕二岡山 昭彦
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2022 年 71 巻 2 号 p. 307-312

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Abstract

たこつぼ症候群の急性期では,心電図変化が急性冠動脈症候群に類似しており,鑑別のためには冠動脈造影が必要である。今回,我々は冠動脈造影検査でたこつぼ症候群と診断された1例を経験した。生化学検査における心筋逸脱酵素およびトロポニンTの軽度上昇,経胸壁心エコー図検査における心尖部側の全周性壁運動低下および基部の過収縮,左室駆出率の低下の所見であった。また,心電図検査の経時的特徴について検討したところ初期のミラー現象を伴わない広汎な胸部誘導でのST上昇と,ST回復時のT波の陰性化が認められた。冠動脈造影ができない場合,生化学検査や経胸壁心エコー図検査とともに心電図検査の経時的な変化の経過観察がたこつぼ症候群の診断に有用であると考えられた。

Translated Abstract

The electrocardiographic findings at the acute phase of takotsubo syndrome are similar to those of acute coronary syndrome. Therefore, coronary angiography is required to differentiate between the two. We experienced treating a patient with takotsubo syndrome diagnosed on the basis of coronary angiography findings. The patient showed mildly elevated levels of myocardial enzymes and troponin T in serum. The transthoracic echocardiography findings were hypokinesis at the apex wall, hypercontraction at the base of the heart, and decreased left ventricular ejection fraction, which are typical patterns at the acute phase. Furthermore, when we examined the temporal characteristics of the electrocardiographic findings, the wide range of ST elevation at chest leads without the mirror image in the early stages and the negative T wave changes during ST recovery were the common features, and temporal changes in the electrocardiographic findings in takotsubo cardiomyopathy were observed. When coronary angiography cannot be performed, the time-course observation of changes in the electrocardiographic findings as well as biochemical test results and transthoracic echocardiography were useful for the diagnosis of takotsubo syndrome.

I  はじめに

たこつぼ症候群は,突然の胸痛や呼吸困難を主訴とし,左室心尖部を中心とする収縮低下と心基部の過収縮を呈する,冠動脈に有意狭窄を伴わない一過性の心筋障害である1),2)。また,胸痛,呼吸困難,失神等の臨床症状,心電図変化,および心臓壁運動異常など急性冠症候群と共通した所見を示すと報告されている。

そのため,急性冠症候群との鑑別には冠動脈造影が必要である。たこつぼ症候群は,およそ2~9/10万人に発症3)し,一般的に1~2週間で心筋収縮能は改善し,予後は良好である。しかし,ポンプ機能の失調や心室瘤,不整脈等重症合併症を発症する例や心臓破裂等の死亡例があるため,急性期の管理が重要となる4)

たこつぼ症候群の発生機序は交感神経説やエストロゲンの関与,カテコールアミンの過剰分泌等様々な説があるが詳細はまだ明らかとなっていない5)。また,身体・精神ストレスを受けた女性に多く特に閉経後に多いことが知られている。

たこつぼ症候群の経胸壁心エコー図検査所見は,心臓壁運動異常と広範囲心尖部の低~無収縮と全周性の心基部過収縮を呈する1),2)。心電図所見は急性期に胸部誘導でST上昇(特にV4~V6に著明となる)を認める。T波は発症数時間後に陰性化し,発症約3日でピークとなりその後,改善していくが,約2~3週間後に再び陰性化するという経時的特徴を有する6)。また,T波の陰性化が深くなるに従いQT時間は延長することがあると報告されている6)

本症例の確定診断には冠動脈造影で急性冠症候群を除外することが必須である。今回,4週間以上心電図の経過観察をすることができたたこつぼ症候群を経験したので,その心電図所見の経時的変化を中心に総括する。

II  症例

症例:57歳女性。

主訴:強直性の痙攣,血圧低下,ショック状態による意識消失発作。

現病歴:他院で直腸癌と診断され,化学療法中に嘔吐があり,重篤な腎機能障害を認めたため当院転院となった。当院入院後,腎機能は改善し転院となったが,11日後に再度当院に救急搬送された。

既往歴:子宮全摘術(子宮筋腫)(36歳),脳梗塞(44歳),両側人工骨頭置換術(47歳)

家族歴:父は脳梗塞,くも膜下出血,母は肺塞栓症,弟は心筋梗塞。

生活歴:飲酒歴,喫煙歴なし。アレルギーなし。

III  入院時検査所見

血液・生化学検査:心筋逸脱酵素(AST,LD,CK,CK-MB,トロポニンT),白血球が軽度の上昇を示した(Table 1)。

Table 1 血液・生化学検査
項目入院前入院時第8病日第14病日単位
WBC6,30019,0004,3004,700μL
RBC2.872.812.252.60×106/μL
Hb9.08.77.28.5g/dL
Ht26.026.321.225.6%
PLT15.043.426.511.4×104 μL
TP5.795.824.805.64g/dL
Alb3.002.972.163.00g/dL
UN29.817.513.621.5mg/dL
CRE2.983.091.461.54mg/dL
TB0.3l0.50.3mg/dL
DB0.40.1mg/dL
GLU9424220497mg/dL
Na132127136140mmol/L
K4.35.54.45.0mmol/L
Cl969798105mmol/L
Ca6.75.48.78.8mg/dL
Mg0.40.42.12.1mg/dL
AST13963030U/L
ALT7171434U/L
LD239498234219U/L
ALP159186U/L
CK841,8382117U/L
CK-MB38U/L
トロポニンT1.93ng/mL
CRP13.791.770.31mg/dL
AMY227298U/L
リパーゼ19U/L
BNP537.575.5pg/mL

心電図検査:心拍数130/分,洞調律で,I,II,aVLおよびV3~V6においてST上昇を認めaVRでST低下を認めた(Figure 1)。また,ミラー現象は認めなかった。

Figure 1 入院当日の心電図

I,II,aVL,V3~6にST上昇,aVRでST低下を認めた。

経胸壁心エコー図検査:左室中部から心尖部にかけて広範囲の高度壁運動低下および全周性の心基部の過収縮,左室駆出率35%と収縮能低下を認めた。

IV  経過

ショック状態,心電図の異常,経胸壁心エコー図検査所見より,心筋梗塞が疑われ,緊急冠動脈造影検査を施行したが,冠動脈に有意な狭窄は認めず,たこつぼ症候群と診断され,ICUにて人工呼吸管理,カテコラミン持続点滴にて加療された。

心電図検査の経時的変化は,入院時に観察されたST上昇は第2病日以降認めなかった(Figure 2)。T波は第2病日に陰性化が認められ,第8病日に一度T波の振幅が浅くなったが第14病日に再度陰性T波は深くなりその後,徐々に改善していった。Bazettの補正式を用いて算出したQTc(QTc = QT実測値/RR間隔1/2)は,入院時は正常であったが,第4病日に,最も延長(QTc = 0.606 ms)しており,徐々に改善していった。

Figure 2 心電図経時的変化

発症前と発症後の胸部誘導(V1~V6)。

血液・生化学検査は,入院当日と比較し,第8病日以降は,K,LD,AST,CK等の心筋逸脱酵素,白血球は低下し(Table 1),経胸壁心エコー図検査は,壁運動の改善を認め1か月後は左室駆出率60%(Figure 3)と心機能も回復し,血液・生化学検査,心電図検査,経胸壁心エコー図検査所見は可逆的な経過をたどった。

Figure 3 心尖部4腔像 上段:急性期,下段:改善後(1か月後)

急性期は左室駆出率35%(黒矢印が無収縮)が1か月後には60%と改善された。

V  考察

急性前壁梗塞とたこつぼ症候群は急性期に前胸部誘導でSTが上昇し,半日から数日の間にT波が陰性化するという同様の心電図変化を示す。このため,治療をする上でこれらを鑑別することは大変重要である。2007年に発表された,わが国のたこつぼ症候群の診断ガイドライン2)では,鑑別するには有意な冠動脈病変がないことを冠動脈造影で確認することが必要であるとしている。しかし,たこつぼ症候群様の所見を呈する患者の中には病態あるいは腎機能障害,造影剤アレルギーあるいは同意が得られず冠動脈造影検査が実施できない例もある。冠動脈造影検査を実施できない医療施設も少なくない。このような場合は心電図検査や経胸壁心エコー図検査による評価が重要になってくる。さらに,心疾患の既往歴がないICU入院患者92人中26人(28%)にたこつぼ症候群が認められたという報告7)もあり,再発率も10%と高い8)。心電図検査や経胸壁心エコー図検査所見,心筋逸脱酵素の評価などでたこつぼ症候群の可能性を見逃さないことが必要である。

心筋梗塞の経時的変化は,発症数分以内にT波の増高を認め,発症後数分から数時間の急性期に梗塞部位においてST上昇と異常Q波が出現し,ST上昇に伴い対側誘導でのST低下(ミラー現象)を必ず認める。そして数時間から数日経過すると冠性T波を認める。数日程度経過して回復してくると冠性T波は徐々に消失していく。しかし,異常Q波は残る。

症例は,I,II,aVLおよびV3~V6において計7誘導と多くST上昇を認め,前壁中隔から側壁の心筋梗塞を示唆するような心電図であったが,ST上昇の部位と冠動脈の支配領域が合致していなかった。入院当日のST上昇も第2病日には基線に戻った。また,V1とV2で異常Q波を認めたが,異常Q波は第2病日以降,消失した。ST上昇があり虚血のときは,通常ミラー現象を認めるが今回は認めなかった。第2病日の心電図は,aVRを除く四肢誘導,V1~6誘導の計10誘導と広範囲で陰性T波を認めた。陰性T波は第2病日から数週間認め,第8病日に一度浅くなったが,第14病日に再度陰性T波は深くなった。これらの心電図所見は,心筋梗塞を疑うには異なる所見であった。

小菅ら9)は,発症6時間以内の心電図でaVR誘導のSTは低下し,かつV1誘導のSTが上昇を認めない場合は感度91%,特異度96%の確率でたこつぼ症候群と鑑別できることを報告している。そして,異常Q波の出現頻度は少なく,急性期に異常Q波を認めても経過とともに正常化するという報告がある9),10)。また,たこつぼ症候群はミラー現象を認めることが少ない。そのほか,急性期にST上昇が出現した後,亜急性期には消失する。12誘導心電図検査で急性期はST上昇を認める誘導部位の数が多いという報告もある9)。たこつぼ症候群と非Q波前壁梗塞再灌流では亜急性期の陰性T波の誘導数が異なっていることが報告されており,たこつぼ症候群は陰性T波が出現する誘導数は9.5であるのに対し,非 Q 波前壁梗塞再灌流では6.0と有意差を認めており鑑別に有用と推定されている9)。また,T波は発症数時間後に陰性化し,発症約3日でピークとなりその後,改善していくが,約2~3週間後に再び陰性化するという経時的特徴を有する6)。また,T波の陰性化が深くなるに従いQT時間は延長することがあると報告されている6)。そして,陰性T波は数週間から数か月にわたり認めることが多い11)

症例は,上記の文献の急性期のたこつぼ症候群の心電図所見とすべて合致した。しかし,症例のように,心筋梗塞と同様にたこつぼ症候群も異常Q波を認めることから,急性期はQ波による急性前壁梗塞との鑑別は困難と考えられた。

たこつぼ症候群と急性前壁梗塞では陰性T波を認めることが知られている。今回の症例も陰性T波を認めた。この陰性T波の出現・消失・再出現と経過する理由として,急性期には気絶心筋が多いことが推測され,心筋の気絶によって虚血が起こり,陰性T波が出現すると考えられている。その後,気絶状態が回復し一旦,陰性T波は消失する。心筋の交感神経は心筋細胞よりも虚血による障害を受けやすく,交感神経叢が消失し心筋の再分極は障害を受けた心筋ほど遅延し,結果として心筋の障害によって陰性T波の再出現が起こると考えられており,その障害は数週間から数ヶ月以上持続すると報告されている12)

心筋梗塞を示唆する1つの指標として,CK-MBとトロポニンTがある。CK-MBは入院時に38 U/L,トロポニンTは1.93 ng/mLといずれも心筋梗塞と比較すると軽微から中程度の上昇であることもたこつぼ症候群の鑑別点として有用であると考える。

左室心尖部を中心とする収縮低下(典型)のほかに,心室中部や心基部に収縮低下が生じるたこつぼ症候群(亜型)も存在する。これら亜型の心電図は,典型よりも軽微な心電図変化や経過の症例13),心筋障害された部位が小さかったためか陰性T波が広範囲ではなかった例14),また亜型7例中3例はST上昇を認めても軽微であった例(4症例はST上昇を認められなかった),陰性T波が遷延した例15),再発時のST上昇が3誘導にとどまる例16)など報告がある。

今回は典型例のみを経験したが,文献から亜型は典型例と比較し,心電図は軽微な変化で急性期のST上昇の誘導数や陰性T波の誘導数が異なるのかもしれない。また壁運動異常の部位以外は,典型と臨床像に差は認めなかった。その機序としては交感神経の分布の不均一性や,2次的な微小循環障害など今後の検討課題であるという報告があり15),現状では,まだ解明されていない。たこつぼ症候群を疑う症例では,たこつぼ症候群の典型的な心電図変化をたどらない亜型の存在も念頭に入れて,観察することが必要と考える。

VI  結語

今回のたこつぼ症候群の心電図は,①急性期に胸部誘導でST上昇を認め,T波は発症数時間後に陰性化し,発症約3日後をピークに改善したが,約2~3週間後に再び陰性化したこと,②陰性T波が深くなるに従いQT時間は延長したこと,③急性期にST上昇が出現した後,亜急性期には消失したこと,④発症6時間以内の心電図でaVR誘導のSTは低下し,かつV1誘導のSTが上昇を認められなかったこと,⑤ミラー現象が認められなかったこと,⑥異常Q波が検出されても元に戻ったこと,⑦急性期のST上昇を認める誘導の数が多かったこと,⑧亜急性期の陰性T波の誘導の数が多かったことから,たこつぼ症候群の典型的な心電図変化と経緯をたどった。

患者さんの容態,血液・生化学検査所見に加えて,心電図検査所見,経胸壁心エコー図検査所見等の画像診断所見などを総合的に考慮し,たこつぼ症候群を見逃さないようにすることが大事であると考える。心電図検査は簡便で誰でもできる検査であり,経胸壁心エコー図検査と合わせて,経時的に心電図検査を行うことは,たこつぼ症候群の経過観察に有用である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

文献
 
© 2022 一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
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