2022 年 71 巻 2 号 p. 381-385
採血では,採取が容易な患者から困難な患者など様々である。標準採血ガイドラインによると駆血後に手を握ることが推奨されているが,実際の採血業務に当たり,採血時の駆血条件が異なることが多々ある。採血時の駆血条件を集計分析することにより,推奨法の遵守率や駆血条件の統一化,採血の効率向上に繋げられるかを検討した。対象は,採血を行った患者1,353名(男性591名,女性762名,平均年齢60.0歳)とした。駆血条件は,標準採血ガイドラインに則した採血手順より考えられた7つの条件を設定した。患者には何も告げず採血時に腕を出してもらい,採血時に設定した条件を観察し集計を行った。推奨法での駆血条件が全体の54%,次いで手を握った状態からの駆血条件が27%,手を握らずに採血を実施した条件が19%となった。また,手を握った状態から再度手を開かせ手を握り駆血することで全体の5%の患者に血管の怒張が認められた。今回の検討により全体の36%の患者において推奨法とは異なる方法での採血が実施されていた。推奨法の遵守は,患者の自然な仕草によって起こる採血困難事象を回避させることも明らかとなった。推奨法の遵守率の更なる向上は,円滑な採血を患者に提供できると考えられた。
The ease or difficulty of blood collection varies from patient to patient. According to the standard blood collection guidelines, it is recommended for patients to tightly clench their fist after tying the tourniquet around the arm. However, in the actual blood collection, the conditions often vary. We examined whether it would be possible to improve the efficiency of blood collection by increasing the rate of compliance with the recommended method and unifying blood collection conditions. Blood samples were collected from 1,353 patients (591 males, 762 females, average age of 60.0 years). In this study, seven conditions were set, which were considered from the blood collection procedure in accordance with the standard blood collection guidelines. The person collecting blood did not give any instructions to the patient and observed the patient’s arm and tied it with a tourniquet. When the recommended method was used, 54% of the patients did all the blood collection conditions, 27% of the patients did the conditions for blood collection with clenching the fist, and 19% of the patients did not clench their fist. In addition, in 5% of patients, swelling of blood vessels was observed when they clenched and unclenched their fist. Results of this study showed that 36% of the patients had their blood collected by methods different from the recommended methods. It was also found that adherence to the recommended method prevented difficult blood collection events caused by the patient’s natural behavior. Further improvement of compliance with the recommended guidelines will enable a smooth blood collection.
当院は病床数1,435床(一般:1,384床,精神51床)を有する特定機能病院である。採血・採尿センターでの採血件数は,一日に平均約700~800件の採血を行っている。採血は,採血針の血管への穿刺が容易な患者から困難な患者など様々である。採血をする血管が適切に怒張していれば,採血針の穿刺も容易となることは周知の通りである。採血手技のマニュアルには,標準採血ガイドライン(Standard Phlebotomy Guideline GP4-A3;以下,SPG)が知られている。SPGの採血手順では,駆血後に手を握ることが推奨されている1)。実際の採血業務では,SPGに記載されている採血時の駆血条件とは異なることが多々ある。そこで,採血時の駆血条件を設定し,その調査結果を分析することにより,SPGで推奨される方法(以下,推奨法)の遵守率や駆血条件の統一化,採血の効率向上に繋げられるかを検討した。
当院採血室専任の臨床検査技師3名が,20日間で採血室にて採血を行った患者1,353名(男性591名,女性762名,平均年齢60.0歳)を対象とした。ただし,意思疎通の取れない患者や10歳未満の患者,採血が困難で手背や足等で採血する患者は対象外とした。尚,今回の検討は,藤田医科大学医学研究倫理委員会の承認(HM19-395)を受けて実施した。
2. 方法駆血条件はA:駆血した後,手(拳)を握り血管がしっかり怒張する。B:駆血した後,手を握らせても血管があまり怒張しない。C:手を握らず駆血し,手を握らずに血管がしっかり怒張する。D:手を握ってから駆血し,血管がしっかり怒張する。E:手を握ってから駆血し,血管があまり怒張しない。この5つの条件に,さらにグループEに属する症例を細分化してF:駆血解除後,再度手を開かせ駆血し,手を握り,血管がしっかり怒張してきた。G:駆血解除後,再度手を開かせ駆血し,手を握り,血管はあまり怒張しない。以上7つの条件を設定した(Table 1)。
A:手は開いている→駆血→手を握る→血管が怒張する |
B:手は開いている→駆血→手を握る→血管が怒張しない |
C:手は開いている→駆血→手を握らない→血管が怒張する |
D:手を握る→駆血→血管が怒張する |
E:手を握る→駆血→血管が怒張しない |
↓Eの細分化 |
F:Eの状態から駆血を解除する→手を開く→駆血 |
→手を握る→血管が怒張する |
G:Eの状態から駆血を解除する→手を開く→駆血 |
→手を握る→血管が怒張しない |
方法で示した条件を各設定毎に文書化したもの。
今回の検討に限り,患者には腕の出し方や手(拳)の握り方について何も指示せず,自由に腕を出してもらいA~Eの条件に合致するものを集計した。また,Eの条件に当てはまる場合のみ駆血解除後手を開いてもらい,再度駆血後手を握らせ怒張を確認した。
対象患者1,353名の年齢分布および性別分布では,70代に属する患者が最も多く,次いで60代と比較的高齢の患者が多くみられた。また,性別による人数分布の差は認められなかった(Figure 1)。
対象患者1,353名の年齢分布および性別分布。
今回の集計では,SPGで推奨される駆血後に手を握るグループAおよびBに属する患者数の割合が最も多く,全体の54%(A: 43%, B: 11%),次いで手を握った状態から駆血したグループDおよびEに属する患者数の割合が27%(D: 17%, E: 10%),手を握らずに採血を実施したグループCでは19%であった(Figure 2)。
対象患者1,353名における各条件A~Eに属する患者数の割合。
各条件別の患者人数および性別分布では,各グループともに男女比で比較しても,各条件とも性別による分布の差は認められなかった(Figure 3)。
対象患者1,353名のうち,各条件に属する患者人数および性別分布。
年齢別で比較した各駆血条件に属する患者数の割合では,どの年代においてもグループAに属する患者数が最も多く,次いでグループC,Dが多い結果となった(Figure 4)。
対象患者1,353名の,年代別の各条件に属する患者数の割合。
次に,駆血帯をする前の手(拳)の状態と血管の怒張状態の関連性を検証するために,グループA~Eの内,グループCを除いたグループAとB(手を開いた状態から駆血する)とグループDとE(手を握った状態から駆血する)の比較結果を示す(Figure 5)。図からも明確なように,手を開いた状態から駆血をしたグループでは,血管の怒張する患者数が17%も多い結果となり有意差(p < 0.01)が認められた。
グループCを除いたグループAとB,グループDとEの比較。
特に,グループEについて着目して見ると70歳代の患者で,手を握った状態で駆血し,血管があまり怒張しない患者数の割合が高いことが認められた(Figure 6)。
対象患者1,353名のうち,グループEに属する患者の年代および性別分布の割合。
グループEを細分化した設定のうち,再度手を開かせた後,駆血を行い,手を握ることにより,血管の怒張が認められたグループFに属する患者数の割合は66%(全体の5.0%)であった。また,前述の行為を施行しても血管の怒張が認められないグループGに属する患者数の割合は,34%(全体の2.5%)を占めた(Figure 7)。
対象患者1,353名のうち条件Eに属する患者のうち,条件F,Gに属する患者数の割合。
今回の調査では,SPGにて推奨されている方法を行っているグループA,Bに属する患者数の占める割合が全体の54%と低く,推奨法に則した採血があまり実施できていないと考えられた。このような結果をもたらした要因として,調査期間中は,採血にともなう指示を患者に行っていないことが挙げられた。また,患者が採血への苦手意識から手に力が入ってしまい,手(拳)を握ってしまっていたことも考えられた。あるいは,採血の際は“必ず手を握るもの”という患者が持つ固定観念により,採血指示の前に手を握っていた等により,推奨法が実施されていないのではないかと推察された。結果からも,10~30歳代にかけてグループCに属する患者数の割合は,減少傾向であるが,これとは逆にグループD,Eに属する患者数の割合は,10~30歳代にかけて増加傾向にあり,加齢と伴に採血経験が増し,「採血は手を握るもの」という固定観念が宿るのではないかと推察された。
一方,推奨法以外でも血管の怒張が見られ,問題なく採血が実施されているグループC,Dに属する患者数の占める割合も全体の36%と高い結果であった。このことから,推奨法以外でも血管の怒張が見られ,問題なく採血が実施されていることも判明した。
更に,血管の怒張の有無から検討を加えると,駆血前に手を開いているグループA,B間での血管怒張の差と手を握っているグループD,E間での血管怒張の差を比較した結果では,駆血前に手を開いた状態から駆血することで,血管の怒張が得られやすいことが明らかとなり有意差も見られた。これにより,駆血帯を巻く前に患者の手を開かせた状態にする行為の重要性が見いだされたと考えられた。
また,手を握った状態で駆血帯を巻いても,血管の怒張が見られないグループEに属する患者数は,133人で全体の10%を占めていた。特に,70歳代の高齢患者の占める割合が高いことがこの検討で明らかとなった。この要因は,今回の検討では明確にはできないが,筋肉量の低下や日常生活における運動量の低下,体重の減少などが一要因ではないかと推察される。
グループEに属する患者を細分化したグループFでは,グループEの66%(全体の5.0%),88人の患者で怒張が見られる結果となった。このことからも,先に述べた重要性を含めSPG推奨法の手順を遵守することで採血成功率の向上が期待できると考えられた。
また,その一方ではグループB,Gのように,推奨法を遵守しても,血管の怒張が明瞭に認められない症例が全体の約14%を占めていた。推奨法を実施しても血管の怒張が明瞭に認められないことの要因として考えられるのは,採血時の腕の高さ,精神的な要因にともなう緊張,冷え性または外気温等による末梢血液の循環不全,表在静脈血管の深さなどが挙げられる。このような場合,どのように対処するかが新たな課題と思われた。
当院では採血業務に従事する際,約3ヶ月の採血研修を就職一年目に実施している。採血手技の研修は,映像や実技を基に指導を行ってきた。しかし,その指導については,推奨法に則した手順の説明に留まり,「手を握る行為」の理由についての説明を行っていなかった。今回の検討結果から採血室スタッフへの推奨法による駆血手順の実施を広めていきたい。
また,患者に対してもより良い条件での採血実施を行えるように,駆血帯を付ける前に腕から力を抜き,手は握らないように案内し,採血サービス向上を目指したいと考えている。
安全で安心した採血サービスの提供は,採血業務において最も重要である。採血行為を実施する上で,SPGに則した採血手順は,必要不可欠である。しかしながら,推奨法の遵守率は,低率であった。
推奨法の遵守率を上げることは,血管の怒張が認められ易くなり,円滑な採血サービスの向上に繋がると考えている。また,採血業務の研修に際し,推奨法に基づく採血手順の丁寧な説明を行うことで,推奨法の遵守率向上が図れると推察された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。