2022 年 71 巻 3 号 p. 397-403
抗リン脂質抗体症候群(anti-phospholipid syndrome; APS)は,血液中に多種多様な抗リン脂質抗体群(antiphospholipid antibodies; aPLs)が出現することにより多彩な血栓性合併症を呈する自己免疫疾患であるが,その病態発症機序は明らかになっていない。私達はaPLsの血栓形成作用として,単球表面の組織因子(tissue factor; TF)発現や単核球からのTNF-α産生を増幅させることを明らかにしてきた。今回,aPLsの刺激により単球がTFを発現する際に単球表面CD14抗原がsheddingする現象を捉えた。本研究ではCD14がaPLsを認識するレセプターであると仮定し,TF発現及びTNF-α産生のトリガーとなり得るか検討した。その結果,IgG-aPLs刺激により単球表面CD14の発現量が低下することを確認した。さらに,IgG-aPLsにて刺激する前に単球をモノクローナル抗CD14抗体で処理した結果,単球表面のTF発現及びTNF-α産生が抑制される可能性を見出した。
Anti-phospholipid antibodies (aPLs) are a heterogeneous group of autoantibodies that are frequently found in the plasma of patients with systemic lupus erythematosus (SLE). Although the presence of aPLs is associated with arterial and/or venous thrombotic complications in SLE patients, the mechanisms leading to thrombus formation remain unclear. We previously showed that aPLs induced monocyte tissue factor (TF) expression and the production of inflammatory cytokines such as TNF-α from monocytes. These thrombus-forming effects are considered to be exerted by the binding of aPLs to the surface of peripheral blood cells such as monocytes; however, the receptors recognized by aPLs have not yet been clarified. We confirmed by flow cytometric analysis that the expression of monocyte surface CD14 decreased when monocytes were stimulated with aPLs. Therefore, assuming that CD14 is a receptor that recognizes aPLs, we stimulated healthy human peripheral blood mononuclear cells with IgG-aPLs and analyzed the expression level of CD14 on the monocyte surface. Results showed that the expression level of CD14 on the monocyte surface was significantly reduced in only one case. Furthermore, it was revealed that the expression of TF on the surface of monocytes was suppressed by the treatment of monocytes with a monoclonal anti-CD14 antibody before stimulation. These results suggest that a signal by aPLs was transmitted via CD14 and may induce various inflammatory reactions such as TF expression on monocytes.
抗リン脂質抗体症候群(anti-phospholipid syndrome; APS)は,血液中に多種多様な抗リン脂質抗体群(antiphospholipid antibodies; aPLs)が出現することにより,動・静脈血栓症や妊娠合併症など多彩な合併症を呈する自己免疫疾患である1)~3)。APSは,既知の膠原病や明らかな基礎疾患を持たない原発性APSと,膠原病に合併する二次性APSに分けられる。二次性APSの基礎疾患としては全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus; SLE)が最も代表的である。SLEに合併するAPSは多種多様なaPLsが出現し,多彩な血栓性合併症を繰り返し引き起こすことが知られている4)。当研究室では,これまでにSLE患者血漿由来のIgG-aPLsを用いて健常人末梢血単核細胞(peripheral mononuclear cell; PBMC)への添加実験を行い,IgG-aPLsが単球表面組織因子(tissue factor; TF)発現及び単核球からの炎症性サイトカイン【TNF-α・IL-1β・IL-6】産生を誘導することを明らかにしてきた5),6)。
CD14抗原は,グリコシル-ホスファチジルイノシトール結合型単鎖膜糖タンパクを介して細胞膜上にアンカーされた55 kDの単鎖膜糖タンパク(membrane CD14; mCD14)である7),8)。CD14を介したシグナル伝達カスケードは炎症の発症や進展に影響を及ぼすことが明らかになっているが,その詳細は不明のままである9)。
aPLsを特異的に認識する細胞表面レセプターは未だ明らかになっていない。本研究ではCD14抗原がaPLsを認識する1つの重要なレセプターであるとの仮説に基づき,IgG-aPLsによる単球表面TF発現及びTNF-α産生がCD14を介したシグナル伝達である可能性を検討した。
BDバキュテイナ® CPTTM単核球分離用採血管(Becton Dickinson, USA)に6人の健常人末梢静脈血を8 mL採血し,遠心分離を行った(1,700 × g 15 min)。遠心終了後,単核球層を回収し,PBSにて3回洗浄した(PBMC a–f:6例)。PBSによる洗浄後,10% FBS(fetal bovine serum; FBS)(gibco, Thermo Fisher Scientific, Inc., Massachusetts, USA)加RPMI 1640培地(Life Technologies, USA)にPBMCを再浮遊させ,細胞数を調製し(1 × 106個/well),6wellプレート(Nunc, Denmark)に播種した。分離したPBMCのリンパ球比率及び単球比率はそれぞれ,84.9 ± 0.70%,15.1 ± 0.70%であった。
2. IgGの純化・精製抗体精製キットとして,MAbTrap Kit(GE Healthcare Japan, Tokyo, Japan)を用いた。添付文書に従い,プロテインGカラムにて,患者血漿よりIgGを純化・精製した。
3. PBMCのIgG-aPLs刺激PBMCを播種後1.5時間静置し(37℃・5% CO2),SLE患者血清より純化・精製した2.5% IgG-aPLs,2.5% PBS,2.5% normal IgG,及び終濃度が10 ng/mLになるように1 mg/mL LPSを添加し,6時間インキュベートした(37℃・5%CO2)。IgG-aPLsはAPS診断基準(Sydney revised Sapporo criteria)10)に基づいて,診断が確定したAPS患者の血清よりを純化・精製した。得られたIgG-aPLsはAPSの血栓性合併症と関連があることが示唆されている2タイプの抗リン脂質抗体:抗カルジオリピン/β2-グリコプロテインI抗体(anti-cardiolipin/β2-glycoprotein I antibodies; aCL/β2GPI)あるいは抗ホスファチジルセリン/プロトロンビン抗体(anti-phosphatidylserine/prothrombin antibodies; aPS/PT)のどちらか,あるいは両方を含むIgGであった(aCL/β2GPI・aPS/PT double positive IgG(i–iv):4例,aCL/β2GPI single positive IgG(v–vi):2例,aPS/PT single positive IgG(vii):1例)(Table 1)。Normal IgGはaCL/β2GPIのIgG/IgM並びにaPS/PTのIgG/IgMがすべて陰性の健常人血清より純化・精製した。
IgG | aCL/β2GPI (U/mL) | aPS/PT (U/mL) |
---|---|---|
i | 22.8 | 30.2 |
ii | 13.5 | 14.1 |
iii | 13.5 | 21.5 |
iv | 31.3 | 38.9 |
v | 48.1 | — |
vi | 53.5 | — |
vii | — | 41.4 |
PBMCを播種・静置後,PBMC中の単球表面をPE標識抗CD14抗体(anti-CD14 monoclonal antibody; CD14mAb)(Miltenyi Biotec, Germany)で1.5時間処理した後に,2.5% IgG-aPLs刺激を行った。Controlはフローサイトメトリー解析にて,Isotype controlとして用いるPE標識IgG抗体(Miltenyi Biotec)にて処理後,IgG-aPLs刺激を行った。刺激にはaCL/β2GPI並びにaPS/PTがともに陽性であるSLE患者血漿より純化・精製したIgG-aPLs(aCL/β2GPI・aPS/PT double positive IgG i–iii:3例)を用いた。
5. 単球表面抗原の解析IgG-aPLsによる6時間の刺激終了後,PBMC浮遊液を回収し,遠心した(300 × g 5 min)。その後,上清をアスピレートし,1% Bovine Serum Albumin(FUJIFILM Wako Pure Chemical Corporation, Japan)Buffer 100 μLに再浮遊させたものをCD14-PE(Miltenyi Biotec)あるいはTissue Factor(TF)/CD142-FITC(Miltenyi Biotec)を用いて染色し,固定・洗浄後,フローサイトメーター【MACSQuant Analyzer 10】(Miltenyi Biotec)にて単球表面抗原解析を行った。陰性コントロールとしてIsotype Control Antibody, mouse IgG, FITC(Miltenyi Biotec)及びIsotype Control Antibody, mouse IgG, PE(Miltenyi Biotec)を用いた。
6. 統計解析統計解析には統計解析ソフト【StatFlex ver. 7】(Artec, Japan)を用いて解析した。
本研究は,山口大学大学院医学系研究科保健学専攻医学系研究倫理審査委員会の承認(管理番号:363)を得て実施した。
PBMCをIgG-aPLsにて刺激し,6時間後の単球表面CD14の発現量をフローサイトメトリーにて解析した(Figure 1)。単球分画にゲーティングをかけ,normal IgG刺激における単球表面CD14の陽性率を1として比較した結果,IgG-aPLs刺激(i–vii)で単球表面CD14陽性率が減少傾向を示すことを確認した。IgG-aPLs iv刺激でのみ有意差が認められた。低下の度合いはaCL/β2GPIあるいはaPS/PTがどちらか一方のみ含有するsingle positive-IgGで刺激した場合に比べ,両抗体を共に含有するdouble positive-IgGで刺激した場合に大きかった。
PBMCをIgG-aPLsにて刺激し,単球表面CD14の陽性率をフローサイトメトリーにて解析した。Normal IgG刺激における単球表面CD14の陽性率を1として比較した結果,IgG-aPLs刺激(i–vii)で単球CD14陽性率が減少傾向を示すことを確認した。IgG-aPLs iv刺激でのみ有意差が認められた。
*Mann-Whitney U test:normal IgG VS.IgG-aPLs iv,p < 0.005
aPLs:抗リン脂質抗体,PBS:リン酸緩衝液,LPS:リポポリサッカライド
単球表面レセプターであるCD14抗原を,CD14mAbで処理したPBMCと,Isotype controlで処理したPBMCを3種類のIgG-aPLs(aCL/β2GPI・aPS/PT double positive)で刺激後の単球表面TFの発現率をフローサイトメトリー解析した(Figure 2)。
単球表面CD14抗原を,CD14mAbで処理したPBMCと,処理していないPBMCをIgG-aPLsで刺激後の単球表面TFの発現率を解析した。その結果,CD14mAbで単球を処理するとTFの発現が有意に低下することを確認した。
Paired t test:CD14mAb処理なしVS.CD14mAb処理あり,p < 0.05
CD14mAb:抗CD14モノクローナル抗体,TF:組織因子,aCL/β2GPI:抗カルジオリピン/β2-グリコプロテインI抗体,aPS/PT:抗ホスファチジルセリン/プロトロンビン抗体,TF:組織因子
その結果,CD14mAbで単球を処理することでTFの発現量が有意に低下することを確認した。
3. CD14mAb処理のTNF-α産生への影響PBMC培養上清を回収し,上清中のTNF-α産生量を,Human TNF-alpha Quantikine ELISA Kit(R&D Systems, USA)にて定量した(Figure 3)。その結果,CD14mAbで単球を処理することでTNF-α産生量が減少傾向を示すことを確認したが有意差はなかった。
PBMC培養上清中のTNF-α産生量をELISA kitにて定量した結果,CD14mAbで単球を処理することでTNF-α産生量が減少傾向を示すことを確認したが有意差はなかった。
CD14mAb:抗CD14モノクローナル抗体,aCL/β2GPI:抗カルジオリピン/β2-グリコプロテインI抗体,aPS/PT:抗ホスファチジルセリン/プロトロンビン抗体
CD14抗原はLPSの高親和性レセプターとして,グラム陰性桿菌の貪食・殺菌に関与し,LPS刺激により単球表面CD14のsheddingが引き起こされることはすでに報告されている11)。LPS刺激による単球表面CD14のsheddingは,LPSによる1次刺激後のLPSに対する単球/マクロファージ応答を鈍化させ,TNF-αなどの過剰産生を防止することができる効率的な調節機構として機能し得ると考えられている11)。この単球表面CD14のsheddingがIgG-aPLs刺激によっても確認されたため,同様の炎症調節機構が作動しているとの仮説を立てた。本研究において,IgG-aPLs iv刺激で著しいCD14発現低下が認められたが(Figure 1),すべてのIgG-aPLsはaCL/β2GPI・aPS/PTが中低度の力価であったため,抗体力価とCD14発現低下との関連性は低いと考える。また,本来ならば単球表面CD14をCD14mAbでマスキング処理することにより,aPLs刺激によるCD14のsheddingが抑制されることを直接証明するべきであるが,CD14をCD14mAbにて処理した上で発現量を解析することは困難であると考えた。そこでCD14mAbにて処理後にTF発現やTNF-α産生が抑制されることを証明することにより間接的にCD14がaPLsを認識するレセプターであることを証明できると考え,検討を実施した。
本来,単球表面CD14抗原のマスキングには未標識のCD14抗体を用いるべきであるが,CD14抗体が実際に単球に結合しているかを確認するためにPE標識CD14mAbを用いた(CD14mAb処理あり)。標識抗体を用いることによる実験系への影響を考慮し,コントロール(CD14mAb処理なし)にもPE標識IgG抗体を添加することによって,マスキングの影響を比較検討した。
aPLsはβ2GPIやプロトロンビンなどと複合体を形成し,血管内皮細胞や末梢血単球などの細胞膜レセプターに結合することにより,細胞内にシグナルを挿入し,P38-MAPKやNFκBなどを介して細胞膜表面にTFの発現を促す12),13)。単球表面CD14抗原をそのレセプターの1つとする報告もある14)。単球表面CD14抗原をCD14mAbで前処理を施すことにより,後続刺激であるIgG-aPLsによる単球表面TF発現が有意に抑制されたという本研究成果より,CD14を介してaPLsによるシグナルが挿入され,TF発現が惹起されることが示唆された。
しかしながら,CD14抗原をマスキングしているにもかかわらずTNF-α濃度が上昇しているケースもあった(Figure 3)。これは,その他の経路を介して単球が活性化されたためであると考える。CD36抗原と抗リン脂質抗体による単球活性化作用も報告されており14),CD14をブロックしてもCD36をはじめとしたその他レセプターを介してaPLsによる単球活性化が起こったと推測される。
APS患者血中に存在するaPLsは単球を活性化状態に導き,細胞表面TF発現など種々の炎症反応を惹起する。CD14はaPLsによる単球活性化を惹起する一つの経路であると考えられる。その一方で,単球はaPLsから刺激を受取った後,細胞表面CD14をsheddingさせることにより,それ以上の刺激を受け取らないようにすることで炎症反応を抑制し,aPLsによる単球活性化作用を調節していると推測できる。
aPLsを認識する細胞表面レセプターを特定し,血栓形成のトリガーとなるTF発現やサイトカイン産生のシグナル伝達機構を解明することにより,APSの病態発症機序の解明につながるのみならず,新たな治療戦略のエビデンスとなる可能性が期待される。
抗リン脂質抗体による単球表面組織因子発現には,CD14抗原が関与していることが示唆された。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。