2022 年 71 巻 3 号 p. 560-566
今回我々は,夜間帯に陽転した血液培養よりGranulicatella adiacensを分離し,感染性心内膜炎と診断された1症例を経験したので報告する。症例は50歳代男性。数日前から37~38℃台の発熱と倦怠感を認め,意識障害,構音障害がみられ当院に搬送された。脳病変を検索するため,頭部MRIを実施し,左後頭葉を中心に梗塞を認めた。各種培養検体の採取後,TAZ/PIPCが投与されたが,血液培養よりグラム陽性レンサ状球菌が検出されたためABPCに変更された。当初,検出菌はStreptococciを疑ったが,サブカルチャーにて5%ヒツジ血液寒天培地に発育しなかったことから栄養要求性レンサ球菌(NVS)を推定し,チョコレート寒天培地とブルセラHK寒天培地を追加した。嫌気培養でα溶血を示すコロニーを認め,NVSを強く疑いGMの追加投与が行われた。梗塞源と感染性心内膜炎の精査のため経食道エコーが施行され,感染性心内膜炎を疑う所見を認めたため心原性脳塞栓症と診断された。その後,検出菌はG. adiacensと同定され,疣贅からも同菌が検出されたため同菌による心内膜炎と診断された。感染性心内膜炎の治療は長期間にわたるため,起炎菌の同定は極めて重要であり,G. adiacensなどのNVSは通常のヒツジ血液寒天培地では発育を認めないため分離培養の段階でどの培地を選択するかが重要な要素となる。
We present a case of infective endocarditis (IE) diagnosed through the detection of Granulicatella adiacens in a blood culture that turned positive at night. A man in his 50s had a fever of over 37°C, which did not surpass 39°C, and malaise for a few days. He was transferred to our hospital on experiencing impaired consciousness and dysarthria. Brain magnetic resonance imaging, performed on suspicion of a lesion, revealed an infarct centered in the left occipital lobe. After collecting various specimens, tazobactam/piperacillin was administered but changed to ampicillin because gram-positive streptococci were detected. Initially, a streptococcal infection was suggested. However, on subculturing, as no growth was observed on 5% sheep blood agar, nutritionally variant streptococci (NVS) were suspected, and chocolate agar and brucella HK agar were used. Anaerobic subculturing revealed colonies showing alpha-hemolysis. Owing to strong NVS suspicion, an additional gentamicin dose was administered. Transesophageal echocardiography was performed to detect the infarction source, which indicated IE; thus, the diagnosis cardiogenic cerebral embolism was made. The organism identified as G. adiacens was also detected in his warts. Thus, the patient’s condition was diagnosed as endocarditis caused by G. adiacens. Since IE treatment is of a long duration, identifying the causative agent is crucial, and selecting an appropriate isolation medium is important because NVS such as G. adiacens do not grow in a normal medium.
感染性心内膜炎(infective endocarditis; IE)とは心内膜および弁の感染症である。不明熱の代表疾患であり,診断が困難なことも少なくない。また,多彩かつ重篤な合併症を併発し,長期間の治療が必要となる。
Granulicatella adiacensは,ヒトの口腔内や泌尿生殖器,腸管内の常在菌であるが,本菌が原因菌となる感染症として臨床的に最も重要なのは感染性心内膜炎であり,心機能異常や免疫抑制患者に多く発症することが確認されている1),2)。発育にはL-システインあるいはピリドキサール(ビタミンB6)を要求する。そのため,Trypticase Soy Agar(TSA)を基礎培地とする5%ヒツジ血液寒天培地には発育せず,チョコレート寒天培地や嫌気性菌用培地に発育することから,栄養要求性レンサ球菌(nutritionally variant streptococci; NVS)と呼ばれている3)。現在までにヒトから分離されているNVSはGranulicatella adiacens,Granulicatella elegans,Abiotrophia defectivaの3菌種である。これらの菌は,その発育特性から嫌気性菌とされることや,正しい菌種名が得られずに誤同定されることがあるため,日常検査では注意が必要である4)。NVSは感染性心内膜炎患者の血液培養から分離されたviridans streptococciの5~10%を占めるといわれ,塞栓症などの合併症が多く,死亡率が高い1),5),6)。さらに,penicillin(PCG)に対する感受性が低く,tolerance株[penicillinに対する最小殺菌濃度(MBC)が最小発育阻止濃度(MIC)の32倍以上]が存在するという報告がある7)。今回我々は,血液培養よりG. adiacensが検出された感染性心内膜炎の1症例を経験したので報告する。なお本論文に関係する質量分析装置による同定は日本大学医学部附属板橋病院臨床研究倫理審査委員会で承認されている(RK-190212-04)。
患者:50歳代,男性。
主訴:発熱,全身倦怠感。
既往歴:心房細動,僧房弁閉鎖不全症,うっ血性心不全。
現病歴:5日ほど前から特に誘因なく,37~38℃台の発熱と倦怠感を認めた。会社にてパソコンのパスワード想起不能,ローマ字が打てないなど意識障害,構音障害などの症状がみられ当院に搬送。頭部MRI上,左後頭葉を中心に梗塞を認めた。
入院時検査所見:血液検査の炎症反応はWBC 9,200/μL,CRP 7.28 mg/dL,微生物学的検査は尿培養,喀痰培養及び血液培養が実施された(Table 1)。
CBC | Biochemical test | Microorganism test | |||
WBC | 9.2 (×103/μL) | TP | 6.2 (g/dL) | Urinary culture | negative |
Neutrophil | 68.5 (%) | AST (GOT) | 20 (U/L) | ||
Eosinophil | 0.6 (%) | ALT (GPT) | 41 (U/L) | ||
Basophil | 0.7 (%) | LD (LDH) | 223 (U/L) | ||
Lymphocyte | 4.3 (%) | CK | 29 (U/L) | ||
Monocyte | 25.9 (%) | BUN | 8.7 (mg/dL) | Sputum culture | Staphylococus aureus (MSSA): 1+ normal bacterial flora: 2+ |
RBC | 3.20 (×106/μL) | CRE | 0.63 (mg/dL) | ||
HGB | 9.4 (g/dL) | eGFR | 101.3 (mL/min/1.73 m2) | ||
HCT | 27.4 (%) | UA | 3.1 (mg/dL) | ||
PLT | 138 (×103/μL) | Na | 133 (mmoL/L) | ||
Coagulation test | K | 4.0 (mmoL/L) | Blood culture | 2 sets positive: Granulicatella adiacens | |
PT | 22.6 (sec) | CL | 97 (mmoL/L) | ||
PT% | 30 (%) | CRP | 7.28 (mg/dL) | ||
PT INR | 2.27 | ||||
APTT | 41.7 (sec) |
身体所見:血圧123/68 mmHg,脈拍95回/分,体温38.7℃。胸部聴診では呼吸音に異常は認めないが,心尖部にLevine III度/VI度の収縮期雑音を聴取した。
臨床経過:入院後の経過と使用抗菌薬を示す(Figure 1)。各種培養検体の採取後,Tazobactam/Piperacillin(TAZ/PIPC)の投与が開始された。しかし,第2病日(時刻9:40)に血液培養よりグラム陽性レンサ状球菌が検出されたため,(時刻9:53)Ampicillin(ABPC)に変更された。第3病日(時刻9:30)に心疾患の既往歴とコロニーの発育状況からNVSの可能性が考えられ,速やかに臨床医へ感染性心内膜炎の可能性について報告し,(時刻9:48)にGentamicin(GM)の追加投与が行われた。塞栓源と感染性心内膜炎の精査のため経食道エコーが施行され,僧帽弁逸脱,僧帽弁閉鎖不全および僧帽弁前尖,後尖に疣贅を疑わせる所見を認め,臨床的に感染性心内膜炎と合致し心原性脳塞栓症と診断された(Figure 2)。第4病日に菌種名の確定,薬剤感受性の仮報告をした。第5病日には疣贅除去の手術が施行された。術後の経過も良好にて第28病日目に退院となった。
TAZ/PIPC: Tazobactam/Piperacillin, ABPC: Ampicillin, GM: Gentamicin
LA: Left atrium, LV: Left ventricle, Ao: Aorta
↑: vegetation
入院直後に採取した血液培養検査は,血液培養自動分析装置BACTEC FX(日本ベクトン・ディッキンソン)にてBD バクテックTM 23F好気用レズンボトルP(好気ボトル),BD バクテックTM 22F嫌気用レズンボトルP(嫌気ボトル)を用いて培養を行った。培養20時間後の夜間帯に2セット共に陽性となったため,夜勤者がグラム染色標本作製とサブカルチャーに5%ヒツジ血液寒天培地(T)(日本ベクトン・ディッキンソン)を用いて35℃好気培養した。翌朝,細菌検査担当技師がグラム染色(バーミーM染色キット:武藤化学)を行ったところ,グラム陽性レンサ状球菌を認めた(Figure 3)。日勤業務終了時(培養18時間後),5%ヒツジ血液寒天培地に発育が認められないため,NVSを考慮してチョコレート寒天培地(日本ベクトン・ディッキンソン)にて35℃ 5%炭酸ガス培養,ブルセラHK寒天培地(RS)(極東製薬)にて35℃嫌気培養を追加した。培養翌日,ブルセラHK寒天培地に微小なコロニーを認めた(Figure 4)。培養2日目にはチョコレート寒天培地に微小なコロニーを認めた。コロニーのグラム染色所見は多型・多染性を示すグラム陽性菌が観察された(Figure 3)。また,この時点でも5%ヒツジ血液寒天培地には発育が認められなかった。
A: Gram stain of solution from the blood culture bottles
B: Gram stain of colonies on Brucella HK agar after 24 h culture at 35°C
A: Colonies of isolated bacterium on Brucella HK agar after 24 h culture at 35°C
B: Colonies of isolated bacterium on sheep blood agar and chocolate agar after 48 h culture at 35°C
ブルセラHK寒天培地上に発育したコロニーを用いて衛星現象,pyrrolidonyl arylamidase(PYR)試験,耐気性試験そしてVITEK2による同定を実施した。
衛星現象は,Trypticase Soy Agar(TSA)を基礎培地とする血液寒天培地に塗布し,Staphylococcus aureus(S. aureus)を直線状に画線塗布したものを35℃ 5%炭酸ガス培養した。培養翌日,S. aureusの近傍にNVSの発育が認められる衛星現象(satellitism)を確認した(Figure 5)。
PYR試験は,弱陽性であることを確認した。
耐気性試験は,ブルセラHK寒天培地を2枚用いて,1つのコロニーを2枚の培地に純培養した。それらの培地を1枚は5% 炭酸ガス培養,残り1枚は嫌気培養した。培養翌日,5% 炭酸ガス培養と嫌気培養共に発育が認められ嫌気性菌であることを否定した。
また,同時に実施したVITEK2 GP同定カード(ビオメリュー・ジャパン)にてG. adiacens(同定確率98.0%)と同定され,術中に採取された疣贅からも同菌が検出された。後日,本菌は日本大学医学部附属板橋病院の質量分析計MALDI Biotyper(ブルカー・ダルトニクス)にてG. adiacens(Score Value 2.182)と同定された。
3. 薬剤感受性試験G. adiacensを含むNVSの薬剤感受性試験はCLSI document M45-A28)に準拠し,0.001%ピリドキサール塩酸塩(ビタミンB6)を添加したウマ溶血血液加ミューラーヒントンブロスを使用して実施する必要がある。しかし,当院にはピリドキサール塩酸塩を常備していないため,VITEK2感受性カードAST-ST03(ビオメリュー・ジャパン)にて実施した。G. adiacensはデータベースにはないため,菌種名をStreptococcus anginosusで登録し参考値として報告した(Table 2)。
MIC (μg/mL) | measuring range (μg/mL) | |
---|---|---|
PCG | ≤ 0.06 | ≤ 0.06 ~ > 2 |
ABPC | ≤ 0.25 | ≤ 0.25 ~ > 8 |
CTX | 0.25 | ≤ 0.12 ~ > 2 |
CTRX | 0.25 | ≤ 0.12 ~ > 4 |
LVFX | 1 | ≤ 0.25 ~ > 16 |
EM | ≤ 0.12 | ≤ 0.12 ~ > 16 |
CLDM | ≤ 0.25 | ≤ 0.25 ~ > 0.5 |
LZD | ≤ 2 | ≤ 2 ~ > 4 |
TEIC | ≤ 0.12 | ≤ 0.12 ~ > 4 |
VCM | 1 | ≤ 0.12 ~ > 4 |
本菌の血流感染は歯科治療を契機とする報告が多くみられる。しかし,本症例は歯科治療歴もなく,喀出痰と尿からは同菌が検出されなかったことから侵入門戸は特定できないが,今回,便培養が実施されていないため腸粘膜からのBacterial Translocationを否定することはできなかった。
当検査室では,血液培養でグラム陽性レンサ状球菌が検出された場合のサブカルチャーには5%ヒツジ血液寒天培地のみを使用しているが,NVSの可能性を考慮してより早い段階で報告するためには,チョコレート寒天培地や嫌気性菌用培地にも分離培養することが必要であると思われた。しかし,同じ名称の培地でもメーカーによって発育性が異なるので,自施設で使用する培地の特性を知っておくことが必要である。
同定に関して,衛星現象はS. aureusには,NVSが要求するL-システインやビタミンB6,ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)などを放出するため,S. aureusの周囲にNVSが発育することができることによる。衛星現象はStaphylococcus属以外にEnterococcus faecalisやEscherichia coliでも観察することができる。
さらに,PYR試験は,NVSと類似する細菌との鑑別に有用である9)(Table 3)。NVSのPYR陽性反応は微弱であるため,同定キットではなく単一基質試験(Tablet,disk,Swabなど)による確認が望ましい。Swabを用いる際は,buffer量をSwabが湿る程度に留め,衛星現象で発育した菌苔を使用するとよい4)。
Bacteria | PYR | Growth on 5% sheep blood agar | Growth on Bile esculin agar |
---|---|---|---|
NVS | +w | − | − |
viridans streptococci | − | + | − |
S. pneumoniae | − | + | − |
S. bovis | − | + | + |
Enterococci | + | + | + |
w; weak
サブカルチャーの際にブルセラHK寒天培地を用いて嫌気培養を行った場合には,発育したコロニーを嫌気性菌と誤らないように注意が必要である。そのためにも,NVSが疑われた場合には耐気性試験により嫌気性菌であることを否定し,PYR試験と衛星現象の確認を行うことが重要である。近年,迅速な菌種同定を可能とする質量分析計が病院微生物検査室に普及しつつあるが,NVSの同定法には質量分析計でも高い確率で菌種名が得られ,容易に同定可能となっている。しかし,質量分析計が導入されているのは一部の施設であり,同定の際にはNVSの特徴を理解し,NVSを疑った時点で速やかに臨床医へ感染性心内膜炎の可能性について報告することで抗菌薬の選択に貢献できると考えられる。
治療に関して,NVSは寛容性[最小発育阻止濃度(MIC)と最小殺菌濃度(MBC)が非常に異なるため発育抑制は比較的容易だが殺菌が難しい性質]が試験管内では認められることが多いが,臨床的にはこの寛容性が治療成績を落としているとのエビデンスは現時点では確認されておらず,ペニシリン,ゲンタマイシン,バンコマイシンに感受性の腸球菌と同様に治療してよいとされる10)。第1選択薬はペニシリンまたはアンピシリンの大量投与にゲンタマイシンを加えた長期間併用療法であり,第2選択薬はバンコマイシンとゲンタマイシンの長期間併用療法が推奨されている11)。
今回,当院にはピリドキサール塩酸塩が常備されておらず,CLSI document M45-A2に準拠した薬剤感受性試験を実施することができなかった。しかし,NVSであることが分かれば,ガイドライン等に準じた抗菌薬治療を行うことができるため,いち早くNVSであることを臨床医に報告したことが重要であった。PCGに高度耐性かつtolerance株,さらに多剤耐性を示したNVSの報告7)もあることから,今後は薬剤感受性試験のためにピリドキサール塩酸塩溶液を凍結保存しておくことが望ましいと思われた。
また,今回,血液培養陽性時の初期対応を夜勤者が実施したことが,NVSの早期判定に繋がった。当院では,迅速な報告をするため時間外に血液培養が陽転した場合,日直・夜勤者が5%ヒツジ血液寒天培地へのサブカルチャーと塗抹標本作製を実施している。6ヵ月間,血液培養が陽転した時間帯の統計を行ったところ,全陽性本数276本中,日勤帯88本(32%),時間外188本(68%)であり,明らかに時間外での陽転件数が多かった。このことからも,時間外の血液培養陽転時における日直・夜勤者の初期対応は有用であると思われた。
感染性心内膜炎は不明熱の代表疾患であり,早期診断が困難なことも少なくない。的確な診断のもと,適切に奏効する治療を行わなければ多くの合併症を引き起こし,ついには死に至るため注意が必要である。合併症(感染性心内膜炎における合併率)には心不全(50~60%),塞栓症(20~50%),腎障害(30%),そして頻度は少ないが播種性血管内凝固症候群(DIC)などがあり重篤な病態で死亡率も高い。再発は,再燃(初回と同一菌による感染)と再感染(初回と異なる菌による感染)に分けられる。再発の頻度は2~6%とされる。自己弁感染性心内膜炎に対して,人工弁置換術を施行した症例の再発は,術後15年で約20%とされている。再発に関連する因子はいくつかあげられるが,初回治療時の不適切な抗菌薬治療が原因であることが最も多い。そのため,適切な抗菌薬治療をできるだけ早期に開始することが,合併症の発症および再発を予防する最も重要な治療と考えられる12)。
NVSによる感染性心内膜炎の治療は困難であり,enterococciやviridans streptococciによる症例に比して,難治性で再発例も多く,死亡例や合併症の頻度が高い。その理由として,菌種同定が難しいことだけでなくtolerance株があることも推定される。できるだけ早期に適切な治療を選択できるかが患者の生命予後に大きく影響するため,起炎菌の早期同定が最も重要である。起炎菌が分離されれば菌種同定と薬剤感受性試験が可能となり,より適切な抗菌薬の選択につながるため,早期分離にはNVSの特徴を把握し,分離培養の段階でどの培地を選択するかが重要となる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。