2022 年 71 巻 3 号 p. 431-435
近年,トランスフェリン中に存在する糖鎖欠損トランスフェリンの比率(%CDT)が飲酒マーカーとして有用であると報告されている。一般的に日本人は欧米人に比べアルコール飲酒量が少ない傾向であり,カットオフ値の検討が必要と考えられるがその報告は少ない。そこで我々は,健診事業における毎日の習慣飲酒者の検出における%CDTの日本人のカットオフ値について検討した。対象は2018年2月に当院の健診センターを受診した234例とし,アンケートにより非飲酒群74例,時々飲酒群80例,毎日飲酒群80例に分類した。検討の結果,毎日の習慣飲酒者を検出するためのカットオフ値は1.96%であり,感度18.8%,特異度95.0%であった。
Recently, it has been reported that the ratio of carbohydrate deficiency transferrin (%CDT) present in transferrin is useful as a marker of alcohol consumpstion. In general, Japanese people tend to drink less alcohol than Westerners. Therefore, it is necessary to examine the cutoff value, but there are few reports on this issue. We examined the Japanese cut-off value of %CDT in the detection of daily drinking habits in the medical examination business. The subjects were 234 patients who visited our medical examination center in February 2018. The questionnaire was used to classify 74 patients into the nondrinking group, 80 patients into the occasionally drinking group, and 80 patients into the daily drinking group. As a result of the examination, we found that the cut-off value for identifying a habitual drinker, that is, one who drinks daily, was 1.96%, the sensitivity was 18.8%, and the specificity was 95.0%.
アルコールの摂取は,がん,虚血性心疾患,脳卒中,高血糖,高血圧,高脂血症をはじめとする生活習慣病のリスクに密接に関与しており,大量の摂取はアルコール性肝障害を引き起こす。また,大量摂取の継続は脂肪肝に始まり,肝炎,肝線維症へと進行し,最終的には肝硬変,肝臓がんを引き起こすことが知られている1),2)。現在,慢性的なアルコールの飲酒マーカーとして一般的に利用されているγGTは特異性の点で課題があることから,アルコール依存を検出できるマーカーの必要性がより一層高まっている。近年,アルコール依存の新たなマーカーとして糖鎖欠損トランスフェリン(carbohydrate deficiency transferrin; CDT)が開発されその有用性が報告されている3)。一般的に日本人の飲酒量は欧米人に比べ少ない4)とされ,そのため%CDTのカットオフに差異が生じる可能性がある。しかし,アルコール依存を診断するカットオフについて,諸外国のデータは報告されているが日本人における報告は少ない。そこで今回我々は,健康診断の問診にて毎日飲酒する群を“毎日の習慣飲酒者”と設定し,日本人の健診事業における毎日の習慣飲酒者の検出のためのカットオフを検討した。なお,本論文は済生会今治病院臨床研究倫理審査に承認されている(承認番号I1-10)。
2018年2月に当院の健診センターを受診した234例を対象とした。受診時に当院で使用している問診表の自己回答により,飲酒習慣として非飲酒群74例,時々飲酒群80例,毎日飲酒群80例に分類した。また,それぞれの群における1日の飲酒量として1合未満,1合以上2合未満,2合以上の3群にそれぞれ分類した。なお,非飲酒群において飲酒量が1合以上と回答した6例は回答内容が合わないため除外した。
2. 方法%CDTの測定機器はネフェロメトリーを原理とするシーメンスヘルスケア・ダイアグノスティクス株式会社のAtellica NEPH630,試薬は,CDT測定に同社のN-ラテックスCDT,トランスフェリン測定に同社のN-抗血清トランスフェリンを添付文書に従い使用し,トランスフェリンに対するCDTの比率を%CDT(CDT/トランスフェリン)として計算した。検体は−30℃で凍結保存し1ヶ月以内に測定した。統計処理として各群の平均値の差の検定にF検定,T検定,有意水準0.05を用いた。また,カットオフの計算にはシスメックス社のMCP-TQMの基準範囲を用い,時々飲酒群の基準範囲の上限値を毎日の習慣飲酒者の検出のためのカットオフとした。また,2合以上の飲酒率の検定にはカイ2乗検定を用いた。
飲酒頻度による比較を行った結果,各群の%CDTは非飲酒群1.31 ± 0.14%,時々飲酒群1.45 ± 0.24%,毎日飲酒群1.77 ± 0.64%であり,飲酒頻度が増加するほど%CDTは有意に上昇した(p < 0.001)(Figure 1)。
毎日飲酒群80例を対象に飲酒量による比較を行った結果,1日飲酒量1合未満1.52 ± 0.15%,1~2合1.67 ± 0.38%,2合以上2.15 ± 0.98%であり,1日の飲酒量が増加するほど%CDTは有意に上昇した(p < 0.05)(Figure 2)。
飲酒頻度の各群における飲酒量との関係を検討した。その結果,非飲酒群はすべて1合未満,時々飲酒群の1合未満47/80(58.8%),1~2合25/80(31.3%),2合以上8/80(10.0%),毎日飲酒群の1合未満16/80(20.0%),1~2合41/80(51.3%),2合以上23/80(28.8%)であり,飲酒量2合以上の割合は時々飲酒群に比べ毎日飲酒群は有意に高率であった(p = 0.003)。
4. カットオフ値の設定各群においてカットオフの分析を行った結果,各群の基準範囲は非飲酒群の分布は1/X(1/4)で1.05~1.61%,時々飲酒群の分布は1/X型で1.11~1.96%,毎日飲酒群の分布は1/X型で1.11~3.12%であった(Figure 3)。よって毎日の習慣飲酒者を検出するためのカットオフ値として,時々飲酒する群の基準範囲の上限の1.96%とした。得られたカットオフ値を用い,毎日飲酒群における感度は18.8%(15/80),時々飲酒群における特異度は95.0%(76/80)であった。
アルコールの大量の摂取はアルコール性肝障害を引き起こす。また,大量摂取の継続は脂肪肝に始まり,肝炎,肝線維症へと進行し,最終的には肝硬変,肝臓がんを引き起こすことが知られている1),2)。これを防ぐには,飲酒量や飲酒パターンを正確に把握し,病態進展を未然に防ぐことが重要である。しかし,飲酒の有無や量は自己申告であり信頼性に欠けるため,客観的に飲酒状況を把握するための生化学的バイオマーカーが望まれている。習慣飲酒の生化学的マーカーとして最も汎用されているのはγGTであるが,大量飲酒後にも上昇しないいわゆるnon-responderが存在する。また,γGTは肝炎,胆汁うっ滞,肝癌,薬剤常用などの肝疾患に限らず様々な要因でも上昇することから5),確実なマーカーになり得ない。一方,血球内ホスファチジルエタノール6)は診断感度が最も優れているとされているが,測定には赤血球からの抽出操作や質量分析装置が必要などの課題があることから,日常検査法としては普及していない。そこで,2016年に新たなマーカーであるcarbohydrate deficiency transferrin(CDT)がネフェロメトリー法を原理とする測定系として開発され,体外診断用医薬品として国内承認され測定可能となった。CDTはトランスフェリンの糖鎖が1ないし2つが欠損し,糖鎖末端のシアロ酸が0~2個になったアイソフォームの総称である。CDTは大量の習慣飲酒により増加することが知られており,肝ゴルジ体でのグルコシルトランスフェラーゼ減少による糖鎖形成不全などが要因ではないかといわれている7)~9)。一方で,鉄欠乏性貧血などでトランスフェリンが増加に伴いCDTも増加するなど,トランスフェリンの変化要因との鑑別のため,トランスフェリン中のCDTの比として%CDT(CDT/トランスフェリン)で評価する。%CDTはγGTが上昇しにくい過剰飲酒者も感知できることや,アルコール摂取以外のγGT上昇要因に左右されず特異度が高いことが報告され10)その有用性は高い。一方,飲酒常習者,アルコール依存を検出するためのカットオフ値に関して,欧米では報告されている11)が,日本人におけるカットオフの報告は少ない。一般的に,日本人を含む黄色人種は白人種に比べ飲酒量が少ないとされている4)。よって今後,%CDTを活用させるためには,日本人におけるカットオフ値の設定は必要不可欠である。
カットオフ値の設定において,アルコール依存の定義は難しく,今回は当院で健康診断を受診した患者を対象に,受診時の問診により毎日の習慣飲酒者を検出するために,時々飲酒群の基準範囲の上限をカットオフ値として検討した結果1.96%であった。三重大学のSuzukiらの報告12)にほぼ一致したカットオフ値が得られたが,三重大学ではアルコール依存者を対象とした検討に対して,今回の検討では健診受診者を対象にしていることから意義は高いと考える。そのため,健康診断受診者が正確に問診に回答しているかの正確性が重要である。各群の比較において,飲酒頻度が増加するに従い%CDTが有意に高値であり,2合以上飲酒すると回答した割合が有意に高率であることから,ある程度問診内容に問題はなく適切であったと考える。但し,得られたカットオフ値による特異度は95%と良好であったが,感度は18.8%とやや低率であった。健康診断において基本的に健康であることが前提である。そのため,健診事業におけるアルコール習慣者の定義の確立が必要であり,より詳細な問診を実施した上で再検証することが必要と思われる。
しかし,近年では航空業界において機長の乗務前の飲酒による逮捕,出発が遅れたりするなど社会問題となっている。また,旅行業界においてはバス運転手の飲酒管理など運輸業全般でアルコール依存に関する管理体制の強化の必要性が高まっている。そのため今後,企業健診事業などにおいて%CDTの活用は非常に期待され,今回の検討におけるカットオフ値の算出は有用と考える。
日本人における毎日の習慣飲酒者を検出するための%CDTのカットオフ値は1.96%であった。得られたカットオフ値の感度は18.8%,特異度は95.0%であった。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。